捧げ物
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トロイメアの姫とハナレが祝言を挙げるとの噂がこよみの国中に広がり、各一族の王子は驚く他なかった。
二人が恋仲であるのは誰もが知っていたことではあったが、それはあまりにも突然の通達だった。
二人の祝言を初めて知ったのは招待状が届いた日。ハナレが猪突猛進とはわかっていても、頭でその情報を処理しきるのは至難の業だったのだ。
桜の花弁が舞い落ちて桃色の絨毯が城内の庭園を彩る。
しかしハナレにとっては美しい光景さえもさほど目には留まらない。
なぜなら白無垢姿の愛らしい年上の彼女が傍で控えているからだ。
「ハナレさん、舞っている時は綺麗だと思いましたけど……やっぱり男の人なんだなって改めて思っちゃいました」
「普段の俺は女に見えるのか? だとしたら俺は悲しいんだが」
顔には出ていないが、ハナレの声は意気消沈しているようにも聞こえた。
ハナレは背丈は高いものの、女舞を得意としているだけあって、所作のひとつとっても優雅で華があり、そこにいるだけで存在感がある。
それでも彼はれっきとした男性であり、着物の下に姿を隠す胸筋や腹筋は見事なまでに割れており、ハナレの容姿とは正反対の男らしさを感じさせる。
そのギャップこそが姫の心を幾度となく揺さぶるのだ。
「決してそういう意味ではないんですが……だって私は女性でなくて男性が好きですし、ハナレさんの可愛いところも、格好いいところも大好きですから」
「──改めてそう言われると照れるものがあるが……俺は自分に従ってあんたと一緒になった。だから側近にどんなことを言われても、あんた以外の女と一緒になるなんてことも考えられなかった」
祝言が決まるずっと前の話ではあるが、ハナレの若さを理由に祝言などまだ早いと何度も側近に断られていた。
ハナレの年を考えれば仕方ない話ではあるが、ハナレには姫以外の女性を伴侶にするなど到底考えられないことだった。
ほぼ一目惚れに近い形で彼女に恋し、彼女を知れば知るほどに傍にいてほしいと願うようになり、姫を妻として迎えたいと思うのもごく自然なことだった。
断れるには理由があると考えた彼は姫と会えない間は公務に力を注ぎ、寝る時すら惜しんであちらこちらを飛び回った。
こよみの国の王子として務めをしっかり果たしていれば、いつかはトロイメアの姫に相応しい王子だと認めてもらえる日を信じて。
ハナレが一度道筋を決めれば梃(てこ)でも彼を動かすことはできないと知っている側近らは、ハナレと姫の祝言を認めることとなった。ハナレの功が奏したのである。
「今日あんたと一緒になったら、毎晩あんたが隣にいる。あんたの声で目を覚まして、一緒に食事をして……そんなことが日常になるなんて、今も信じられないくらいだ」
「ハナレさんったら……ほら夢じゃないでしょう? だって手を握れるんですから」
ハナレは姫の小さな手を掬うように、壊れ物を扱うように握ると意味もなく見つめていた。
姫もハナレの視線に応えるかのように見つめ返す。
付き合いだして間もない恋人のように初々しく、二人はただただ頬を染めてしまうのだった。
そろそろ時間かと思い、二人を呼びに来たイヌイは目のやり場もなくため息をついた。
「おい、御両人。そろそろ時間だから中入れよ」
「は、はい!」
「はあ……ったくやってらんねぇな」
しかしこの時イヌイは不幸せに酔いしれるように、数えきれぬ溜め息を吐き出すことになるとはまだ知る由もなかった。
二人の祝言はこよみの国の限られた友人や親族だけを招いた、王族としては小規模なものだった。
大々的なものになると挨拶回りが大変で疲れるのもあるが、格別に美しく着飾った姫を不特定多数の者たちに見せたくないというハナレの幼い独占欲が規模を縮小させた。
友人が見守る中、祝言は滞りなく進められる。
規模が小さいといっても目映いほどに豪華絢爛であることには変わりない。
三献の儀においては姫が盃に口を付ける間中、ハナレは姫を穴が開いてしまうんじゃないかというほどに見つめている。
そんな二人を温かい目で見守るこよみの国の王子達だったが、イヌイとヒノトは大きなため息を吐く。
「なあ、もう帰っていいか? ハナレが姫を溺愛してるのはわかったが、流石に引くし疲れるっての」
「今回ばかりは君に同意するよ。まあ天下のトロイメアのお姫様を射止めたんだ。仕方ないことかもしれないけど」
「何を言うんだ。式はまだ終わっていないだろう。一番手を取られて悔しいのは分かるが、ハナレと姫があんなに幸せそうなんだ。これ以上に嬉しいことはないぞ」
そう、一見してはわからずとも姫は宗主国の姫君であり、彼女と結婚すれば権力というおまけがもれなくついてくる。
それ欲しさに数多の王子達が彼女と婚姻を結びたがった。しかしハナレは彼女がトロイメアの姫であることに目もくれず、一目惚れという一種の直感を信じ、彼女と結ばれた。
元来ハナレは嘘をつくことが苦手な男である。何ごとにおいてもストレートに伝えてしまうことがあり、そのせいで誤解されることがしばしばある。
ハナレが姫の権力欲しさに婚姻を申し込むとしたなら、彼は自らの欲を隠せずに吐露してしまっていたことだろう。
しかしハナレは姫の出自には関心はなく、姫自身を愛した。
美丈夫な上、常に涼しげに見える彼の表情だが、姫の前では蕩けたチョコレートのように甘く緩んでしまうことから彼の姫への愛情が見て取れる。
「姫とハナレ、すごく綺麗。似合いの二人。二人の子供、きっと可愛い。今から楽しみ」
「それは少し気が早いってもんじゃないかな」
仲睦まじい二人を見るカノトの目はうっとりとしていた。
祝言を挙げるにはまだ少し早いであろうカノトには、夢のまた夢で少し現実離れした、文字通り夢のような一日だったのかもしれない。
こよみの国の王子達に見守られながら、今日二人は夫婦となった。
今日からハナレと姫は同じ城で、同じ部屋で毎日過ごすのだ。二人は正真正銘夫婦となったのだから。
祝言を終えた後、二人は普段着に着替えて満開の桜を見渡せる庭園にやってきていた。
姫は小脇に抱えた風呂敷の封印を解き、その中にはハナレの大好物であるきな粉餅が入った小皿が現れた。侍女が気を利かせてくれたのだろうか、喉が渇かぬようにとほうじ茶が入った湯湯呑みもふたつ入れられていた。
「ハナレさん、これお揃いですね。亥が描いてある……ふふっ、可愛い」
「これからはあんたと揃いの物が増えそうだ。皿、湯呑み、箸──食事なんてものは一人で摂る時は味気ないと思っていたが、あんたと過ごす時間は何にも代えがたい」
ハナレがきな粉餅を口にひとつ、またひとつと口に運ぶと餅にたっぷりと付いたきな粉が口の端にまとわりつく。
それに姫が気づくと人差し指できな粉を掬いとってやった。
「ハナレさんったらきな粉ついてますよ」
ハナレは姫の手首を掴み、きな粉が付いた指を舌先で舐めあげた。
当然のことながら甘い。だが甘いと感じたのは姫の指だったからかもしれない。
「ああ、あんたは甘いな。顔が赤いようだが……熱でもあるのか?」
「ハナレさんっ! 心臓に悪いからやめてください」
姫の顔が真っ赤に染まっているのは言うまではないが、羞恥でそっぽを向いてしまった姫を見て、からかいが過ぎたかと謝罪の口付けを顳顬(こめかみ)に贈るのだった。
二人が恋仲であるのは誰もが知っていたことではあったが、それはあまりにも突然の通達だった。
二人の祝言を初めて知ったのは招待状が届いた日。ハナレが猪突猛進とはわかっていても、頭でその情報を処理しきるのは至難の業だったのだ。
桜の花弁が舞い落ちて桃色の絨毯が城内の庭園を彩る。
しかしハナレにとっては美しい光景さえもさほど目には留まらない。
なぜなら白無垢姿の愛らしい年上の彼女が傍で控えているからだ。
「ハナレさん、舞っている時は綺麗だと思いましたけど……やっぱり男の人なんだなって改めて思っちゃいました」
「普段の俺は女に見えるのか? だとしたら俺は悲しいんだが」
顔には出ていないが、ハナレの声は意気消沈しているようにも聞こえた。
ハナレは背丈は高いものの、女舞を得意としているだけあって、所作のひとつとっても優雅で華があり、そこにいるだけで存在感がある。
それでも彼はれっきとした男性であり、着物の下に姿を隠す胸筋や腹筋は見事なまでに割れており、ハナレの容姿とは正反対の男らしさを感じさせる。
そのギャップこそが姫の心を幾度となく揺さぶるのだ。
「決してそういう意味ではないんですが……だって私は女性でなくて男性が好きですし、ハナレさんの可愛いところも、格好いいところも大好きですから」
「──改めてそう言われると照れるものがあるが……俺は自分に従ってあんたと一緒になった。だから側近にどんなことを言われても、あんた以外の女と一緒になるなんてことも考えられなかった」
祝言が決まるずっと前の話ではあるが、ハナレの若さを理由に祝言などまだ早いと何度も側近に断られていた。
ハナレの年を考えれば仕方ない話ではあるが、ハナレには姫以外の女性を伴侶にするなど到底考えられないことだった。
ほぼ一目惚れに近い形で彼女に恋し、彼女を知れば知るほどに傍にいてほしいと願うようになり、姫を妻として迎えたいと思うのもごく自然なことだった。
断れるには理由があると考えた彼は姫と会えない間は公務に力を注ぎ、寝る時すら惜しんであちらこちらを飛び回った。
こよみの国の王子として務めをしっかり果たしていれば、いつかはトロイメアの姫に相応しい王子だと認めてもらえる日を信じて。
ハナレが一度道筋を決めれば梃(てこ)でも彼を動かすことはできないと知っている側近らは、ハナレと姫の祝言を認めることとなった。ハナレの功が奏したのである。
「今日あんたと一緒になったら、毎晩あんたが隣にいる。あんたの声で目を覚まして、一緒に食事をして……そんなことが日常になるなんて、今も信じられないくらいだ」
「ハナレさんったら……ほら夢じゃないでしょう? だって手を握れるんですから」
ハナレは姫の小さな手を掬うように、壊れ物を扱うように握ると意味もなく見つめていた。
姫もハナレの視線に応えるかのように見つめ返す。
付き合いだして間もない恋人のように初々しく、二人はただただ頬を染めてしまうのだった。
そろそろ時間かと思い、二人を呼びに来たイヌイは目のやり場もなくため息をついた。
「おい、御両人。そろそろ時間だから中入れよ」
「は、はい!」
「はあ……ったくやってらんねぇな」
しかしこの時イヌイは不幸せに酔いしれるように、数えきれぬ溜め息を吐き出すことになるとはまだ知る由もなかった。
二人の祝言はこよみの国の限られた友人や親族だけを招いた、王族としては小規模なものだった。
大々的なものになると挨拶回りが大変で疲れるのもあるが、格別に美しく着飾った姫を不特定多数の者たちに見せたくないというハナレの幼い独占欲が規模を縮小させた。
友人が見守る中、祝言は滞りなく進められる。
規模が小さいといっても目映いほどに豪華絢爛であることには変わりない。
三献の儀においては姫が盃に口を付ける間中、ハナレは姫を穴が開いてしまうんじゃないかというほどに見つめている。
そんな二人を温かい目で見守るこよみの国の王子達だったが、イヌイとヒノトは大きなため息を吐く。
「なあ、もう帰っていいか? ハナレが姫を溺愛してるのはわかったが、流石に引くし疲れるっての」
「今回ばかりは君に同意するよ。まあ天下のトロイメアのお姫様を射止めたんだ。仕方ないことかもしれないけど」
「何を言うんだ。式はまだ終わっていないだろう。一番手を取られて悔しいのは分かるが、ハナレと姫があんなに幸せそうなんだ。これ以上に嬉しいことはないぞ」
そう、一見してはわからずとも姫は宗主国の姫君であり、彼女と結婚すれば権力というおまけがもれなくついてくる。
それ欲しさに数多の王子達が彼女と婚姻を結びたがった。しかしハナレは彼女がトロイメアの姫であることに目もくれず、一目惚れという一種の直感を信じ、彼女と結ばれた。
元来ハナレは嘘をつくことが苦手な男である。何ごとにおいてもストレートに伝えてしまうことがあり、そのせいで誤解されることがしばしばある。
ハナレが姫の権力欲しさに婚姻を申し込むとしたなら、彼は自らの欲を隠せずに吐露してしまっていたことだろう。
しかしハナレは姫の出自には関心はなく、姫自身を愛した。
美丈夫な上、常に涼しげに見える彼の表情だが、姫の前では蕩けたチョコレートのように甘く緩んでしまうことから彼の姫への愛情が見て取れる。
「姫とハナレ、すごく綺麗。似合いの二人。二人の子供、きっと可愛い。今から楽しみ」
「それは少し気が早いってもんじゃないかな」
仲睦まじい二人を見るカノトの目はうっとりとしていた。
祝言を挙げるにはまだ少し早いであろうカノトには、夢のまた夢で少し現実離れした、文字通り夢のような一日だったのかもしれない。
こよみの国の王子達に見守られながら、今日二人は夫婦となった。
今日からハナレと姫は同じ城で、同じ部屋で毎日過ごすのだ。二人は正真正銘夫婦となったのだから。
祝言を終えた後、二人は普段着に着替えて満開の桜を見渡せる庭園にやってきていた。
姫は小脇に抱えた風呂敷の封印を解き、その中にはハナレの大好物であるきな粉餅が入った小皿が現れた。侍女が気を利かせてくれたのだろうか、喉が渇かぬようにとほうじ茶が入った湯湯呑みもふたつ入れられていた。
「ハナレさん、これお揃いですね。亥が描いてある……ふふっ、可愛い」
「これからはあんたと揃いの物が増えそうだ。皿、湯呑み、箸──食事なんてものは一人で摂る時は味気ないと思っていたが、あんたと過ごす時間は何にも代えがたい」
ハナレがきな粉餅を口にひとつ、またひとつと口に運ぶと餅にたっぷりと付いたきな粉が口の端にまとわりつく。
それに姫が気づくと人差し指できな粉を掬いとってやった。
「ハナレさんったらきな粉ついてますよ」
ハナレは姫の手首を掴み、きな粉が付いた指を舌先で舐めあげた。
当然のことながら甘い。だが甘いと感じたのは姫の指だったからかもしれない。
「ああ、あんたは甘いな。顔が赤いようだが……熱でもあるのか?」
「ハナレさんっ! 心臓に悪いからやめてください」
姫の顔が真っ赤に染まっているのは言うまではないが、羞恥でそっぽを向いてしまった姫を見て、からかいが過ぎたかと謝罪の口付けを顳顬(こめかみ)に贈るのだった。