捧げ物
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人の身というものは実に厄介なものだ。動かなくとも腹は減るし、睡魔がやってくる。
刀として遂げなければならない本懐は変わらないのに、最近は刀としてではなく、人に近付いてきたのではないかと揶揄されることが度々あり、明石は頭を悩ませていた。
その原因の一因であると思われるのは、本丸の審神者だ。
彼女は人間でいえば大人でも子供でもない年若い娘だったが、明石から見れば赤子と大して変わらない。この世に生み出されて経た年月が違うのだからそれは当然だろう。
本丸の主でありながら、部屋に籠りきりでは体が怠けて仕方ないと自ら内番担当の刀剣男子の手伝いをしたり、とても真面目とは言えない働きぶりの明石を引き摺るようにして、共に汗を流しながら作業をすることもあった。
土にまみれながら微笑む彼女は、太陽光に負けず大輪を咲かせる向日葵のようだ、と明石は思った。
だがもう時は既に遅く、彼女と共に過ごすうちに誰にも抱いたことのない感情は日に日に強くなっていく。
部隊長に任命されれば面倒臭がりながらも部隊を支え、主が望む結果を持ち帰った。
またある時は審神者が年頃だからと演練で見知ったことのある、男審神者との見合いをこんのすけから相談された際は、時期尚早だの適当な理由で退けてきた。
しかしそれもきっと長くは続かないだろう。
蕾が花開くように、審神者もまたいつかは少女から大人の女性になる時がくるのだ──。
「なぁ明石の旦那、に懸想してるだろ?」
珍しく内番で一緒になった薬研に問われ、明石は表情にこそ出さなかったが驚きを隠せなかった。
外見を成人や子供の判別に用いるとするならば、短刀は外見の幼い者が多く、薬研も他者から見れば少年にしか見えないだろう。
短刀の中でも乱と薬研は人間の感情の機微を理解しているのか、それともただ単に審神者を慕っているのかはわからないが、妙に鋭い所があるのが非常に厄介だ。
「薬研はん、藪から棒に何ですのん? 懸想やなんて、そんなんまるで自分が人間みたいな感情を持ってるとでも言いたげな言い方ですなあ」
「そりゃあそう思われても仕方ねえだろ? 主の見合いを悉(ことごと)く破談にさせてるらしいじゃねぇか。こんのすけがぼやいてたぜ」
少子化が進む中、霊力の高い審神者同士を結びつけるという話は珍しくない。
審神者は外見こそ突出したものはないが、霊力が高いため彼女を伴侶にと望む男審神者は決して少なくないのだ。
ある者が破談になっても、餌に群がる蟻のように湧いて出てくる。
「破談にさせてるやなんて人聞き悪いですわ。まあ、人ちゃいますけど。年端もいかん娘が刀や人間の目利きができるようには見えまへんからなぁ、助言したまでですわ。主はんが不幸になるんを見たない言うんもありますけど」
そう、その言葉に嘘や偽りはない。
審神者として生きる以上は一般人と同等の人生など歩めはしないし、女性としての幸せを求めたところで叶わないというものだ。
それならば審神者に相応しい相手が出てくれば、この刀に似つかわしくない感情もどこかへと消え去るのではないかと思ったが、演練で男審神者と出会う度に明石の審神者への想いが強くなっていった。
刀が主にこんな感情を抱くなど馬鹿げている。周囲から見れば非常に滑稽に映ることだろう。
「てことは身分・家柄・霊力・人格に問題がなきゃあ、旦那のお眼鏡にかなうってわけだよな」
「まあ……そういうことになりますわな」
明石の歯切れを悪くさせている原因に気付けないほど、薬研は鈍くもないし他者の気付かれたくない部分に気付いてしまうほど鋭い所がある。
流れ行く雲のように行く当てのない風のように、掴み所のない明石を翻弄しているのが一人の少女だなんて、役人に知られてしまったらどう思うだろうか。
よければ刀解、下手をすればその責は審神者にも及ぶかもしれない、と考えれば軽率な言動や行動はやはり避けるべきだろう。
「明石の旦那は知ってるかは知らねえが、主に好意を持ってる連中は多いんだ。審神者も刀剣もな。ま、主が好きな奴とくっついてくれりゃ、俺としては嬉しいってもんだが──あ、肥料が切れちまったみてぇだな。ちょっくら取ってくる」
明石の肩を土で汚れた手袋を装着したままの手で軽く叩くと、薬研は踵を返して去っていった。
(回りくどい刀剣やなあ……そんなん承知の上や──)
作業の終了及び結果報告を伝えるため、明石は審神者の部屋を訪れた。
障子越しに映る影はひとつ。どうやら先約はないようだ。
「主、部屋にいはりますか」
「どうぞ」
部屋の中は若い女性のものとは思えない、必要最低限のものが置いてあるだけの仕事部屋に近いものだった。
本棚にはぎっしりと書物が並べられ、机には端末と無造作に置かれた大量の書類、そして湯呑みが二つ乗せられた漆塗りのお盆が置かれている。
年端もいかぬ娘に色気を求めてなどはいないが、今後変化がないようならこれは考えものだ。
「まだ仕事してはったんですか? あんまり根詰めたかて効率悪なるだけやし、休んだらどうです?」
「はい、そろそろお戻りになると思ってお待ちしてました。そういえば今日はどうでしたか?」
言った尻から仕事の話を持ち出され、明石は口の端を上げた。
度が過ぎるほど生真面目で一生懸命な審神者は明石とはまるで正反対の性質だ。だからこそ惹かれてしまうのかもしれない。
明石は審神者に促されるまま湯飲みを手に取り、茶を流し込む。
「どうもこうもありませんわ。近侍・内番・出陣・部隊長……主はんは人、いや刀使いが荒いんやから困ったもんですわ」
「でもなんだかんだ言って明石さんはしっかり務めを果たしてくれますから。これからもよろしくお願いしますね?」
(何も知らんとのんびりお茶なんか飲みはって──罪な人やなあ……)
内なる想いを告げるまでは、その向日葵のような笑顔が曇らぬよう、数ある刀剣の一振りとして彼女に仕えよう。
そして時が来ればいつかこの想いを打ち明けたい──何も知らずに茶を啜り、幸せそうな笑顔を浮かべる審神者を横目に見ながら、破顔した。
刀として遂げなければならない本懐は変わらないのに、最近は刀としてではなく、人に近付いてきたのではないかと揶揄されることが度々あり、明石は頭を悩ませていた。
その原因の一因であると思われるのは、本丸の審神者だ。
彼女は人間でいえば大人でも子供でもない年若い娘だったが、明石から見れば赤子と大して変わらない。この世に生み出されて経た年月が違うのだからそれは当然だろう。
本丸の主でありながら、部屋に籠りきりでは体が怠けて仕方ないと自ら内番担当の刀剣男子の手伝いをしたり、とても真面目とは言えない働きぶりの明石を引き摺るようにして、共に汗を流しながら作業をすることもあった。
土にまみれながら微笑む彼女は、太陽光に負けず大輪を咲かせる向日葵のようだ、と明石は思った。
だがもう時は既に遅く、彼女と共に過ごすうちに誰にも抱いたことのない感情は日に日に強くなっていく。
部隊長に任命されれば面倒臭がりながらも部隊を支え、主が望む結果を持ち帰った。
またある時は審神者が年頃だからと演練で見知ったことのある、男審神者との見合いをこんのすけから相談された際は、時期尚早だの適当な理由で退けてきた。
しかしそれもきっと長くは続かないだろう。
蕾が花開くように、審神者もまたいつかは少女から大人の女性になる時がくるのだ──。
「なぁ明石の旦那、に懸想してるだろ?」
珍しく内番で一緒になった薬研に問われ、明石は表情にこそ出さなかったが驚きを隠せなかった。
外見を成人や子供の判別に用いるとするならば、短刀は外見の幼い者が多く、薬研も他者から見れば少年にしか見えないだろう。
短刀の中でも乱と薬研は人間の感情の機微を理解しているのか、それともただ単に審神者を慕っているのかはわからないが、妙に鋭い所があるのが非常に厄介だ。
「薬研はん、藪から棒に何ですのん? 懸想やなんて、そんなんまるで自分が人間みたいな感情を持ってるとでも言いたげな言い方ですなあ」
「そりゃあそう思われても仕方ねえだろ? 主の見合いを悉(ことごと)く破談にさせてるらしいじゃねぇか。こんのすけがぼやいてたぜ」
少子化が進む中、霊力の高い審神者同士を結びつけるという話は珍しくない。
審神者は外見こそ突出したものはないが、霊力が高いため彼女を伴侶にと望む男審神者は決して少なくないのだ。
ある者が破談になっても、餌に群がる蟻のように湧いて出てくる。
「破談にさせてるやなんて人聞き悪いですわ。まあ、人ちゃいますけど。年端もいかん娘が刀や人間の目利きができるようには見えまへんからなぁ、助言したまでですわ。主はんが不幸になるんを見たない言うんもありますけど」
そう、その言葉に嘘や偽りはない。
審神者として生きる以上は一般人と同等の人生など歩めはしないし、女性としての幸せを求めたところで叶わないというものだ。
それならば審神者に相応しい相手が出てくれば、この刀に似つかわしくない感情もどこかへと消え去るのではないかと思ったが、演練で男審神者と出会う度に明石の審神者への想いが強くなっていった。
刀が主にこんな感情を抱くなど馬鹿げている。周囲から見れば非常に滑稽に映ることだろう。
「てことは身分・家柄・霊力・人格に問題がなきゃあ、旦那のお眼鏡にかなうってわけだよな」
「まあ……そういうことになりますわな」
明石の歯切れを悪くさせている原因に気付けないほど、薬研は鈍くもないし他者の気付かれたくない部分に気付いてしまうほど鋭い所がある。
流れ行く雲のように行く当てのない風のように、掴み所のない明石を翻弄しているのが一人の少女だなんて、役人に知られてしまったらどう思うだろうか。
よければ刀解、下手をすればその責は審神者にも及ぶかもしれない、と考えれば軽率な言動や行動はやはり避けるべきだろう。
「明石の旦那は知ってるかは知らねえが、主に好意を持ってる連中は多いんだ。審神者も刀剣もな。ま、主が好きな奴とくっついてくれりゃ、俺としては嬉しいってもんだが──あ、肥料が切れちまったみてぇだな。ちょっくら取ってくる」
明石の肩を土で汚れた手袋を装着したままの手で軽く叩くと、薬研は踵を返して去っていった。
(回りくどい刀剣やなあ……そんなん承知の上や──)
作業の終了及び結果報告を伝えるため、明石は審神者の部屋を訪れた。
障子越しに映る影はひとつ。どうやら先約はないようだ。
「主、部屋にいはりますか」
「どうぞ」
部屋の中は若い女性のものとは思えない、必要最低限のものが置いてあるだけの仕事部屋に近いものだった。
本棚にはぎっしりと書物が並べられ、机には端末と無造作に置かれた大量の書類、そして湯呑みが二つ乗せられた漆塗りのお盆が置かれている。
年端もいかぬ娘に色気を求めてなどはいないが、今後変化がないようならこれは考えものだ。
「まだ仕事してはったんですか? あんまり根詰めたかて効率悪なるだけやし、休んだらどうです?」
「はい、そろそろお戻りになると思ってお待ちしてました。そういえば今日はどうでしたか?」
言った尻から仕事の話を持ち出され、明石は口の端を上げた。
度が過ぎるほど生真面目で一生懸命な審神者は明石とはまるで正反対の性質だ。だからこそ惹かれてしまうのかもしれない。
明石は審神者に促されるまま湯飲みを手に取り、茶を流し込む。
「どうもこうもありませんわ。近侍・内番・出陣・部隊長……主はんは人、いや刀使いが荒いんやから困ったもんですわ」
「でもなんだかんだ言って明石さんはしっかり務めを果たしてくれますから。これからもよろしくお願いしますね?」
(何も知らんとのんびりお茶なんか飲みはって──罪な人やなあ……)
内なる想いを告げるまでは、その向日葵のような笑顔が曇らぬよう、数ある刀剣の一振りとして彼女に仕えよう。
そして時が来ればいつかこの想いを打ち明けたい──何も知らずに茶を啜り、幸せそうな笑顔を浮かべる審神者を横目に見ながら、破顔した。
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