安息のとばり
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ジョルノの親衛隊として働くようになってからの目まぐるしい日常の中で、兄のことを忘れたことは一度だってない。
なまえにとって、幼い頃からパンナコッタ・フーゴはヒーローで、今ではたった一人の家族なのだから。
この兄妹の生まれは裕福だったが、しかし家族関係に大きな問題があった。不器用で頭が悪かったなまえは家族から知恵遅れと蔑まれ、ほとんどいないものとして扱われた。逆に優秀すぎたフーゴは周りからの重すぎる期待に晒され、その特別扱い故にどこか浮いていた。
普通から爪弾きにされた二人は、ともに唯一心からの愛をくれる祖母のもとで安らぎ、冷たい家庭の中でお互いを支え合っていた。
なまえにとって、何でも器用にこなす兄は憧れの存在だった。そしてほかの家族とは違い、フーゴは後ろをついて回ってくる妹を決して邪険に扱わなかった。むしろ、不器用な彼女の面倒を進んでみてくれた。
勉強がいき詰まれば付きっきりで教えてくれたし、上の二人の兄からいじめられれば庇ってくれた。
自分もその才能を妬まれて陰でいびられていたのに、大きくておそろしい二人に正しい言葉で立ち向かって撃退してしまう兄の姿は、妹の目に誰よりもかっこよく、勇敢に映った。
ギャングになってからもそれは変わらず、少し細いその背中を、時に甘えながら、ずっと追いかけていた。何時か並び立てる日が来るように。
裏切り者となって袂を分かっても、必ず自分は兄のもとへ帰るものなのだとなまえは思っていた。
だからこそ、全てが終わった後、もぬけの殻でぐちゃぐちゃに荒らされていた家に帰ったときは、血の気が引いた。
しかし、あのときのディアボロに裏切り者のチームメイトひとりに気を割く余裕があったとは考えにくく、何より血の繋がりの不思議な波長で彼が生きていることは何となく実感としてあった。
兄は生きている。それだけで心の奥底から安堵した。きっと、逆も然りなはずだ。
なまえはケーキを焼いて、二人のお気に入りのストロベリーティーを用意して、彼の帰りを待った。
はじめは、すぐに帰ってくると思っていた。裏切り者の仲間故、ディアボロからの刺客を警戒し、隠れているだけだと考えていたから。
ディアボロを倒したことが知れれば、兄は飛んで帰ってきてわたしが生きているを喜んでくれるだろう。おかえりと抱きしめてくれるはず。
サン・ジョルジョ・マジョーレ島での無謀な勇気を叱られれるかもしれないけれど、それすらも待ち遠しく思えた。
早く会って、互いの無事を喜びたかった。失ってしまった仲間たちを共に悼んでほしかった。なまえはケーキを作り直して、カップを拭いて、待ち続けた。
けれど、3日経っても、一週間経っても、1ヶ月経っても、兄はただの一度も帰ってこなかった。
その間に、仲間たちは母なる大地に眠り、その墓前で慎ましやかに葬儀が執り行われた。泣き崩れるなまえを抱きしめてくれたのは兄ではなく、ジョルノとミスタだった。
街中でもちらりともその姿は見えなかった。
もっとも、ネアポリスは大きな町である。観光客も多くいつも人であふれている。全く会わないのは何も不思議なことではない。他の街に身を潜めているの可能性だってある。
しかし、彼が妹に会おうとしていないのは確かな事実だった。
ボートに乗ったことは一度たりとも後悔したことはなない。しかし、兄をひとりきりで置いていってしまったことを思うと、どうにも寂しい気持ちになる。
あのときの決断は、賢い彼の目には命を顧みない選択に映ったことだろう。無茶なことをしでかすヤツだと見放されてしまったのだろうか。そんな考えがちらりと頭をよぎる度に、なまえは頭を振った。
兄さんが自分を見捨てるはずはない。それは、幼い頃から彼の親愛を受け取ってきた経験からくる確信だった。
☆
執務室を出て、廊下を重い足取りで歩く。
ジョルノは多くは語らなかったが、気を使っているようで今日はもう休むように言われた。柔らかな表情だったが、これ以上フーゴについて聞いてくれるなと毅然とした態度をとっていたので。なまえは口をつぐんで彼の言葉に従うしかなかった。
休んだら、また自分の仕事に専念するようにともジョルノは言った。
なまえは兄のことを気にして仕事をおろそかにしたことはないと自負している。ジョルノのこの言い草は自分を甘く見ているようで気持ちのいいものではなかった。
文句の一つでも言ってやろうかと思ったのだが、自分に向くジョルノの眼差しがひどく優しかったので、途端に勢いを失ってしまった。口から飛び出すはずの言葉の棘は喉の奥で溶けていき、なまえは逃げるように執務室を後にしたのだった。
ここのところ、ジョルノはなまえに優しかった。なんというか、雰囲気が柔らかいのだ。無論、仕事で贔屓されるとか、そういうことは一切ない。しかし、ふとした瞬間、彼はその片鱗を見せる。先ほどの執務室でのことがまさにそれだった。涙を拭ってやるだとか、温かく見守る宝石のような瞳は、ほかの部下には、ミスタにも見せないものだ。
本当に人たらしなひと。
なまえはジョルノの態度について、そう感想を持った。元々人を惹きつけ、人心を掌握することに長ける彼の掌の上で転がされているんだろうと、そう思っていた。そうすることで、自分の抱く不満が爆発しないようにコントロールされているのだろう。実際、彼に優しくされると、ささくれだった心が落ち着くのだ。彼が情報を待てというのなら、もう少し待つべきなのだろうと思うことすらあった。
しかし、そう絆されてもいられない。
最近、組織の中に大きな波が動いている。旧パッショーネの負の遺産、麻薬チームの討伐だ。
先日、かつてポルポの遺産を求めて争ったサーレーとズッケェロがチームの討伐に向かった。新しいボスに忠誠を誓う権利を獲得するために。彼らの指揮はミスタが執り行っており、吉報はまだ届かない。
もしも、彼らが麻薬チームに敗れたら、その後任は誰になるのか。それは考えるまでもないことだった。
「あら、シーラE」
「! なまえ様」
向かいから歩いてきた少女はなまえの姿をみとめると、ビシリと兵隊のような動きで背筋を伸ばす。
「おつかれさま。ジョルノに用事?」
「はい。お呼び出しをいただきましたので」
「そっか。じゃあこれから仕事なんだ。気を付けてね」
「はい!」
シーラEはやはり兵隊のような動作で肯定した。
シーラEは忠誠心が服を着て歩いているように少女だ。ギャングとしてはなまえよりも先輩で、少女らしい可愛らしい外見とは裏腹に齢10歳のときに敵組織を壊滅に追いやったほどの凄腕であり、元はディアボロの親衛隊に属していた。
スタンド能力も強力で、彼女自身もかなり優秀だ。最近ジョルノが目をかけている構成員で、彼は彼女の成長に期待しているらしく、紹介されたときも目をかけてやるように言われた。
暗殺者チームとディアボロの連絡係をしていた彼女は、グレーな存在として扱われている。なんせ、暗殺者チームは裏切り者だし、表向きにはディアボロはボスを騙った反逆者となっている。シーラEは当時真面目に仕事をしていただけだが、自分たちがその事実の見え方を捻じ曲げたので、彼女の仕事は裏切り行為に加担していたと見られるのは必然だった。
ジョルノへの忠誠心を見るに裏切りの心配はないが、彼女にも近々サーレーたちと同じように再試験が課される。そうすることで、彼女に向く疑念の目は晴らすことができる。今日ジョルノが彼女を呼び出したのは、そういう意味かもしれない。
「あ、そうだ、シーラE!」
自身のポケットの中を思い出して、華奢な背中を呼び止める。彼女は不思議そうにくるりと体ごと振り向いた。長い三つ編みが揺れる。
「? なんでしょうか」
「これあげる!」
シーラEの手に握らせたのは、イチゴ味のキャンディ。昔から好きなパッケージで、よく持ち歩いているものだ。
ブチャラティチームが健在だった頃、なまえは小腹がすいたチームメイトたちによくたかられていた。飴玉ひとつぽっちであの育ち盛り、または大柄な男性の腹が膨れるとは思えなかったが、いいからよこせよとふてぶてしく向けられたあ手のひらを鮮明に覚えている。嫌がりながらも、実はそれが大好きだったことも。
今もピストルズにねだられるのは変わらないけれど、あの頃に比べるとずいぶん減るのが遅い。
イチゴ柄の包み紙はギャングの世界に似合わない代物だけれども、不意を突かれたように年相応のあどけない表情を浮かべるシーラEによく似合っていた。
シーラEは二回瞬いて、少し戸惑ったようになまえを見た。
「こ、これは……?」
「わたしからのちょっとしたエール……ちょっと味にワガママな友達にも好評なんだよ。息抜きしたい時にでもなめてよ。お節介だったらジョルノにでもあげて。わたしに押し付けられたって言えば、彼怒らないわ」
「……い、いえ。いただきます。ありがとうございます」
シーラEは依然戸惑った様子だったが、手の中の包みを見て少しだけ顔をほころばせた。
「任務ガンバって。あなたの無事を心から願っているよ」
ひらりと手を振って、今度こそ別れる。シーラEはなまえが立ち去るまで、その背中に深々と頭を下げていた。
なまえにとって、幼い頃からパンナコッタ・フーゴはヒーローで、今ではたった一人の家族なのだから。
この兄妹の生まれは裕福だったが、しかし家族関係に大きな問題があった。不器用で頭が悪かったなまえは家族から知恵遅れと蔑まれ、ほとんどいないものとして扱われた。逆に優秀すぎたフーゴは周りからの重すぎる期待に晒され、その特別扱い故にどこか浮いていた。
普通から爪弾きにされた二人は、ともに唯一心からの愛をくれる祖母のもとで安らぎ、冷たい家庭の中でお互いを支え合っていた。
なまえにとって、何でも器用にこなす兄は憧れの存在だった。そしてほかの家族とは違い、フーゴは後ろをついて回ってくる妹を決して邪険に扱わなかった。むしろ、不器用な彼女の面倒を進んでみてくれた。
勉強がいき詰まれば付きっきりで教えてくれたし、上の二人の兄からいじめられれば庇ってくれた。
自分もその才能を妬まれて陰でいびられていたのに、大きくておそろしい二人に正しい言葉で立ち向かって撃退してしまう兄の姿は、妹の目に誰よりもかっこよく、勇敢に映った。
ギャングになってからもそれは変わらず、少し細いその背中を、時に甘えながら、ずっと追いかけていた。何時か並び立てる日が来るように。
裏切り者となって袂を分かっても、必ず自分は兄のもとへ帰るものなのだとなまえは思っていた。
だからこそ、全てが終わった後、もぬけの殻でぐちゃぐちゃに荒らされていた家に帰ったときは、血の気が引いた。
しかし、あのときのディアボロに裏切り者のチームメイトひとりに気を割く余裕があったとは考えにくく、何より血の繋がりの不思議な波長で彼が生きていることは何となく実感としてあった。
兄は生きている。それだけで心の奥底から安堵した。きっと、逆も然りなはずだ。
なまえはケーキを焼いて、二人のお気に入りのストロベリーティーを用意して、彼の帰りを待った。
はじめは、すぐに帰ってくると思っていた。裏切り者の仲間故、ディアボロからの刺客を警戒し、隠れているだけだと考えていたから。
ディアボロを倒したことが知れれば、兄は飛んで帰ってきてわたしが生きているを喜んでくれるだろう。おかえりと抱きしめてくれるはず。
サン・ジョルジョ・マジョーレ島での無謀な勇気を叱られれるかもしれないけれど、それすらも待ち遠しく思えた。
早く会って、互いの無事を喜びたかった。失ってしまった仲間たちを共に悼んでほしかった。なまえはケーキを作り直して、カップを拭いて、待ち続けた。
けれど、3日経っても、一週間経っても、1ヶ月経っても、兄はただの一度も帰ってこなかった。
その間に、仲間たちは母なる大地に眠り、その墓前で慎ましやかに葬儀が執り行われた。泣き崩れるなまえを抱きしめてくれたのは兄ではなく、ジョルノとミスタだった。
街中でもちらりともその姿は見えなかった。
もっとも、ネアポリスは大きな町である。観光客も多くいつも人であふれている。全く会わないのは何も不思議なことではない。他の街に身を潜めているの可能性だってある。
しかし、彼が妹に会おうとしていないのは確かな事実だった。
ボートに乗ったことは一度たりとも後悔したことはなない。しかし、兄をひとりきりで置いていってしまったことを思うと、どうにも寂しい気持ちになる。
あのときの決断は、賢い彼の目には命を顧みない選択に映ったことだろう。無茶なことをしでかすヤツだと見放されてしまったのだろうか。そんな考えがちらりと頭をよぎる度に、なまえは頭を振った。
兄さんが自分を見捨てるはずはない。それは、幼い頃から彼の親愛を受け取ってきた経験からくる確信だった。
☆
執務室を出て、廊下を重い足取りで歩く。
ジョルノは多くは語らなかったが、気を使っているようで今日はもう休むように言われた。柔らかな表情だったが、これ以上フーゴについて聞いてくれるなと毅然とした態度をとっていたので。なまえは口をつぐんで彼の言葉に従うしかなかった。
休んだら、また自分の仕事に専念するようにともジョルノは言った。
なまえは兄のことを気にして仕事をおろそかにしたことはないと自負している。ジョルノのこの言い草は自分を甘く見ているようで気持ちのいいものではなかった。
文句の一つでも言ってやろうかと思ったのだが、自分に向くジョルノの眼差しがひどく優しかったので、途端に勢いを失ってしまった。口から飛び出すはずの言葉の棘は喉の奥で溶けていき、なまえは逃げるように執務室を後にしたのだった。
ここのところ、ジョルノはなまえに優しかった。なんというか、雰囲気が柔らかいのだ。無論、仕事で贔屓されるとか、そういうことは一切ない。しかし、ふとした瞬間、彼はその片鱗を見せる。先ほどの執務室でのことがまさにそれだった。涙を拭ってやるだとか、温かく見守る宝石のような瞳は、ほかの部下には、ミスタにも見せないものだ。
本当に人たらしなひと。
なまえはジョルノの態度について、そう感想を持った。元々人を惹きつけ、人心を掌握することに長ける彼の掌の上で転がされているんだろうと、そう思っていた。そうすることで、自分の抱く不満が爆発しないようにコントロールされているのだろう。実際、彼に優しくされると、ささくれだった心が落ち着くのだ。彼が情報を待てというのなら、もう少し待つべきなのだろうと思うことすらあった。
しかし、そう絆されてもいられない。
最近、組織の中に大きな波が動いている。旧パッショーネの負の遺産、麻薬チームの討伐だ。
先日、かつてポルポの遺産を求めて争ったサーレーとズッケェロがチームの討伐に向かった。新しいボスに忠誠を誓う権利を獲得するために。彼らの指揮はミスタが執り行っており、吉報はまだ届かない。
もしも、彼らが麻薬チームに敗れたら、その後任は誰になるのか。それは考えるまでもないことだった。
「あら、シーラE」
「! なまえ様」
向かいから歩いてきた少女はなまえの姿をみとめると、ビシリと兵隊のような動きで背筋を伸ばす。
「おつかれさま。ジョルノに用事?」
「はい。お呼び出しをいただきましたので」
「そっか。じゃあこれから仕事なんだ。気を付けてね」
「はい!」
シーラEはやはり兵隊のような動作で肯定した。
シーラEは忠誠心が服を着て歩いているように少女だ。ギャングとしてはなまえよりも先輩で、少女らしい可愛らしい外見とは裏腹に齢10歳のときに敵組織を壊滅に追いやったほどの凄腕であり、元はディアボロの親衛隊に属していた。
スタンド能力も強力で、彼女自身もかなり優秀だ。最近ジョルノが目をかけている構成員で、彼は彼女の成長に期待しているらしく、紹介されたときも目をかけてやるように言われた。
暗殺者チームとディアボロの連絡係をしていた彼女は、グレーな存在として扱われている。なんせ、暗殺者チームは裏切り者だし、表向きにはディアボロはボスを騙った反逆者となっている。シーラEは当時真面目に仕事をしていただけだが、自分たちがその事実の見え方を捻じ曲げたので、彼女の仕事は裏切り行為に加担していたと見られるのは必然だった。
ジョルノへの忠誠心を見るに裏切りの心配はないが、彼女にも近々サーレーたちと同じように再試験が課される。そうすることで、彼女に向く疑念の目は晴らすことができる。今日ジョルノが彼女を呼び出したのは、そういう意味かもしれない。
「あ、そうだ、シーラE!」
自身のポケットの中を思い出して、華奢な背中を呼び止める。彼女は不思議そうにくるりと体ごと振り向いた。長い三つ編みが揺れる。
「? なんでしょうか」
「これあげる!」
シーラEの手に握らせたのは、イチゴ味のキャンディ。昔から好きなパッケージで、よく持ち歩いているものだ。
ブチャラティチームが健在だった頃、なまえは小腹がすいたチームメイトたちによくたかられていた。飴玉ひとつぽっちであの育ち盛り、または大柄な男性の腹が膨れるとは思えなかったが、いいからよこせよとふてぶてしく向けられたあ手のひらを鮮明に覚えている。嫌がりながらも、実はそれが大好きだったことも。
今もピストルズにねだられるのは変わらないけれど、あの頃に比べるとずいぶん減るのが遅い。
イチゴ柄の包み紙はギャングの世界に似合わない代物だけれども、不意を突かれたように年相応のあどけない表情を浮かべるシーラEによく似合っていた。
シーラEは二回瞬いて、少し戸惑ったようになまえを見た。
「こ、これは……?」
「わたしからのちょっとしたエール……ちょっと味にワガママな友達にも好評なんだよ。息抜きしたい時にでもなめてよ。お節介だったらジョルノにでもあげて。わたしに押し付けられたって言えば、彼怒らないわ」
「……い、いえ。いただきます。ありがとうございます」
シーラEは依然戸惑った様子だったが、手の中の包みを見て少しだけ顔をほころばせた。
「任務ガンバって。あなたの無事を心から願っているよ」
ひらりと手を振って、今度こそ別れる。シーラEはなまえが立ち去るまで、その背中に深々と頭を下げていた。