安息のとばり
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その春の日は、大変に天気が美しかった。雲の切れ間から降り注ぐ陽の光は天使の通り道のようであったし、黄金に光る空はどこまでも遠く、けれど手を伸ばせば届きそうなほどだった。
その日、数日に渡ったブチャラティチームの激戦の冒険は幕を閉じた。親しく、大切であった仲間たちは去っていき、残されたなまえたちは新たな王に心からの忠誠を捧げた。
失った仲間たちをおもえば、ひどく悲しくて、つらい気持ちになる。けれど、ぼっかりと胸に開いた穴を抱いて前を向けるほどの希望を、新しいボスは――ジョルノは与えてくれた。王としての素質、カリスマ、だれもがついていきたくなるほどの大きな器。元クラスメートで、ギャングとしては後輩のはず彼にはその魅力があった。
自分たちに都合の良いように情報を操作し、ジョルノをボスに仕立て上げることは容易ではなかった。しかし、先代ボス・ディアボロの正体を知っている者がいなかったのと、若きギャングスタ―の的確な指示で、あっという間に組織は統率された。彼の行動はすべて正しく、その鮮やかさといったら。なまえは渦中にいながら、密かに舌を巻いてその様を見ていた。
ジョルノが持つカリスマ性は並大抵のものではなく、彼に忠誠を誓う者は後を絶たない。
新生パッショーネは裏社会の洗浄に動き出し、良いスタートを切っている。誰もがそう思っている。
無論、なまえもそう感じていた。
故郷に帰り、ジョルノに仕え始めた彼女の地位はミスタと共に飛び上がった。ネアポリスのチンピラから一気にボス側近に上り詰め、仲間たちと日々目まぐるしく働きまわった。ブチャラティチームにいたときよりも、仕事の量も責任の重さも膨れ上がったけれど、彼女は満足していた。
今まで以上に自分の行いが故郷のためになっていることに生きがいを感じたし、ジョルノたちと同じ正しい白の中にいることを誇りに思っていた。
しかし、その胸の内には大きなわだかまりがあった。それは底なし沼のようにドロドロしていて、前を向いて歩こうとする彼女の足を捉えて離さない。そこから伝わってくる不安は、日々その心を蝕んでいた。
「ジョルノ」
「何です」
ボスの執務室。午後の日差しが差し込むそこは、ギャングの仕事場というにはあまりにも厳粛で、まるで教会のような厳かで一種神聖な空気が巡っていた。
なまえは入室許可が出るや否や、部屋の主にデスク越しに詰め寄った。悠然と構えるジョルノは報告書に目を落としたまま、こちらに一瞥もくれない。
「要件は手短に。組織を統率して最初の山場は越したけれど、忙しいのは変わらないんだ」
「わかってる」
「ぼくは無駄が嫌いです。同じことを2度言うってことも、もちろん無駄だ。それもわかっているね」
どきりと心臓が脈打つ。なまえの握りしめた拳に手汗が滲む。ジョルノは相変わらず報告書を読んでいるが、なまえの声に耳を傾けている。そこにはボスとしての威厳とジョルノ自身の苛立ちが乗っているのを、彼女は肌で痛いほどに感じた。
ジョルノには全てお見通しなようだ。何故彼女が激務の合間を縫って自分に会いに来たのか、彼は理解している。そして、その話をさせないために圧をかけているのだ。
ぺらり。ジョルノが書類をめくる小さな音が、いやに彼女の鼓膜を震わした。
ガタガタと手が震える。いま自分と向かい合っているのは、ともに激動の日々を乗り越えた仲間ではなく、ギャング組織のボスであることを、なまえは理解していた。無礼を働けば相応の罰が待っている。臆病なきらいのある彼女にとって、それは恐るべきことだった。
強く拳を握って、震えを抑える。目を閉じて深呼吸を一つ。
目を開いてジョルノを見ると、彼の美しい瞳もなまえを映していた。
「ジョジョ、お願いです。兄さんについて…………パンナコッタ・フーゴについての情報をわたしにもください」
その声は震えてこそいなかったものの、ひどく哀れな色をしていた。ジョルノは表情を変えず、彼女の揺れる瞳をじっと見ていた。
パンナコッタ・フーゴ。なまえの兄の名前だった。
彼女は兄を深く愛しており、その仲の良さはかつてチームメンバーが一様に愛に溢れた呆れ顔を披露するほどだった。
あの日、フーゴはチームで唯一裏切り者のボートに乗らなかった。 賢い兄の理性が最悪な事態を想定し、行動した結果だ。ボスを裏切るなんて自殺に等しい行為だったし、実際ボートに乗った半数が命を落とした。それほどの激戦だった。失った仲間たちをおもえば、彼の行動は正解だったのだろう。
故郷に帰ってきて半年、なまえは彼とあれきり会っていない。共に暮らす家に、彼は一度も帰ってこなかった。
「今何をしているのか、どこにいるのか。たったの少しだっていいんです。彼に関しての情報を」
「答えは『NO』だ。前と変わらない、これで何度目ですか。忠告したはずだ。ぼくは無駄を嫌う、と」
きっぱりとジョルノは言った。食い下がろうとすることもお見通しなのか、彼は報告書を机に置いて眼を鋭く細めてなまえを見た。
この半年、なまえは仕事の傍らずっと兄の行方を追っていた。担当していたナワバリの店には漏れなく聞き込みをし、路地裏のネズミ一匹すら見逃さないような情熱でくまなく町を捜しまわった。
けれど、尻尾の一つも出てこない。兄は賢く、どこかに隠れ住むのもきっと上手くやる。しかし、奇妙なほど、彼女の耳にフーゴの噂は入ってこなかった。
「これ以上自分で調べよう、だなんて思わない方がいい。それこそ時間の無駄だ」
「……なんで。何故そう言うの。いいや、何故そんなことをするの? 構成員にも聞いても、みんな『何も知らない』の一点張り。ミスタだって何も教えてくれない。町で尋ねても『見ていない』とみんな言うわ」
彼女が町で兄のことを尋ねるとき、誰もがよそよそしさを伴って受け答えした。ギャングになってから付き合いの長い店主は気の毒そうな、申し訳なさそうな顔をしていたので問い詰めてみれば、こればかりはどうしても言えないと、頼むからこれ以上聞かないでくれと頭を下げられてしまった。
バン、となまえはジョルノのデスクに両手をついた。
「あなた箝口令を敷いているッ。わたしの耳に兄の名前が入らないことを徹底しているわッ」
「……だったら? そこまでわかっているなら、自分の今やるべきことくらいわかるはずだけれど。何故いまきみはここにいる?」
「気が済まないからに決まっているでしょ! なんでこんなことをするの。あたし兄さんにスゴク会いたい。今スグ会って、もう全部終わったって、命を狙われることはないのだと、この口から伝えたい。生きて帰ってこれたこと、褒めてもらいたい。抱きしめてもらいたい」
こげ茶色の、上品なデスクの上で拳を握る。うつむくと、手の甲に抑えきれなかった涙が滴り落ちた。ジョルノはなまえを見上げるばかりで何も言わない。
物語の真実を知る兄は、放っておくことのできない不穏分子だ。突然姿を現した若きギャングスタ―に懐疑的な構成員は何人もいる。もしも、彼らがフーゴからその話を引き出すことがあれば、大きな混乱を招くのは火を見るよりも明らかだ。絶対にそのようなことがあってはならない。
故に、フーゴに待つのは、死か、忠誠か。そのどちらかで、ほかに道はない。
判断を下すのは、今目の前にいるこのジョルノだ。元チームメイトだったとはいえ、彼は必要とあらば兄を殺す。ギャングの世界に温情はないし、特にジョルノはそういったことに容赦がない。
強く握りすぎて白くなった拳を、ジョルノの手が包む。なまえのそれより一回りほど大きくて、春風のようにあたたかく優しい。
大切な家族の命を握っている相手だというのに、手の甲から滲んでくるそのぬくもりにひどく安心した。絡まっていた糸が解けるように、拳から力が抜けていく。
最後の雫がジョルノの手の甲に落ちる。涙を流す必要はない、と彼の春風の指先が目元に伸びてくる。こちらを慮る気持ちが溢れたそれを拒絶することなど到底できず、目を瞑って受け入れる。雫をさらっていったそれは、限りなく優しい。
瞼の裏には、遠くなっていく岸から自分たちを見送っていた兄の立ち姿がうつりこんでいた。
その日、数日に渡ったブチャラティチームの激戦の冒険は幕を閉じた。親しく、大切であった仲間たちは去っていき、残されたなまえたちは新たな王に心からの忠誠を捧げた。
失った仲間たちをおもえば、ひどく悲しくて、つらい気持ちになる。けれど、ぼっかりと胸に開いた穴を抱いて前を向けるほどの希望を、新しいボスは――ジョルノは与えてくれた。王としての素質、カリスマ、だれもがついていきたくなるほどの大きな器。元クラスメートで、ギャングとしては後輩のはず彼にはその魅力があった。
自分たちに都合の良いように情報を操作し、ジョルノをボスに仕立て上げることは容易ではなかった。しかし、先代ボス・ディアボロの正体を知っている者がいなかったのと、若きギャングスタ―の的確な指示で、あっという間に組織は統率された。彼の行動はすべて正しく、その鮮やかさといったら。なまえは渦中にいながら、密かに舌を巻いてその様を見ていた。
ジョルノが持つカリスマ性は並大抵のものではなく、彼に忠誠を誓う者は後を絶たない。
新生パッショーネは裏社会の洗浄に動き出し、良いスタートを切っている。誰もがそう思っている。
無論、なまえもそう感じていた。
故郷に帰り、ジョルノに仕え始めた彼女の地位はミスタと共に飛び上がった。ネアポリスのチンピラから一気にボス側近に上り詰め、仲間たちと日々目まぐるしく働きまわった。ブチャラティチームにいたときよりも、仕事の量も責任の重さも膨れ上がったけれど、彼女は満足していた。
今まで以上に自分の行いが故郷のためになっていることに生きがいを感じたし、ジョルノたちと同じ正しい白の中にいることを誇りに思っていた。
しかし、その胸の内には大きなわだかまりがあった。それは底なし沼のようにドロドロしていて、前を向いて歩こうとする彼女の足を捉えて離さない。そこから伝わってくる不安は、日々その心を蝕んでいた。
「ジョルノ」
「何です」
ボスの執務室。午後の日差しが差し込むそこは、ギャングの仕事場というにはあまりにも厳粛で、まるで教会のような厳かで一種神聖な空気が巡っていた。
なまえは入室許可が出るや否や、部屋の主にデスク越しに詰め寄った。悠然と構えるジョルノは報告書に目を落としたまま、こちらに一瞥もくれない。
「要件は手短に。組織を統率して最初の山場は越したけれど、忙しいのは変わらないんだ」
「わかってる」
「ぼくは無駄が嫌いです。同じことを2度言うってことも、もちろん無駄だ。それもわかっているね」
どきりと心臓が脈打つ。なまえの握りしめた拳に手汗が滲む。ジョルノは相変わらず報告書を読んでいるが、なまえの声に耳を傾けている。そこにはボスとしての威厳とジョルノ自身の苛立ちが乗っているのを、彼女は肌で痛いほどに感じた。
ジョルノには全てお見通しなようだ。何故彼女が激務の合間を縫って自分に会いに来たのか、彼は理解している。そして、その話をさせないために圧をかけているのだ。
ぺらり。ジョルノが書類をめくる小さな音が、いやに彼女の鼓膜を震わした。
ガタガタと手が震える。いま自分と向かい合っているのは、ともに激動の日々を乗り越えた仲間ではなく、ギャング組織のボスであることを、なまえは理解していた。無礼を働けば相応の罰が待っている。臆病なきらいのある彼女にとって、それは恐るべきことだった。
強く拳を握って、震えを抑える。目を閉じて深呼吸を一つ。
目を開いてジョルノを見ると、彼の美しい瞳もなまえを映していた。
「ジョジョ、お願いです。兄さんについて…………パンナコッタ・フーゴについての情報をわたしにもください」
その声は震えてこそいなかったものの、ひどく哀れな色をしていた。ジョルノは表情を変えず、彼女の揺れる瞳をじっと見ていた。
パンナコッタ・フーゴ。なまえの兄の名前だった。
彼女は兄を深く愛しており、その仲の良さはかつてチームメンバーが一様に愛に溢れた呆れ顔を披露するほどだった。
あの日、フーゴはチームで唯一裏切り者のボートに乗らなかった。 賢い兄の理性が最悪な事態を想定し、行動した結果だ。ボスを裏切るなんて自殺に等しい行為だったし、実際ボートに乗った半数が命を落とした。それほどの激戦だった。失った仲間たちをおもえば、彼の行動は正解だったのだろう。
故郷に帰ってきて半年、なまえは彼とあれきり会っていない。共に暮らす家に、彼は一度も帰ってこなかった。
「今何をしているのか、どこにいるのか。たったの少しだっていいんです。彼に関しての情報を」
「答えは『NO』だ。前と変わらない、これで何度目ですか。忠告したはずだ。ぼくは無駄を嫌う、と」
きっぱりとジョルノは言った。食い下がろうとすることもお見通しなのか、彼は報告書を机に置いて眼を鋭く細めてなまえを見た。
この半年、なまえは仕事の傍らずっと兄の行方を追っていた。担当していたナワバリの店には漏れなく聞き込みをし、路地裏のネズミ一匹すら見逃さないような情熱でくまなく町を捜しまわった。
けれど、尻尾の一つも出てこない。兄は賢く、どこかに隠れ住むのもきっと上手くやる。しかし、奇妙なほど、彼女の耳にフーゴの噂は入ってこなかった。
「これ以上自分で調べよう、だなんて思わない方がいい。それこそ時間の無駄だ」
「……なんで。何故そう言うの。いいや、何故そんなことをするの? 構成員にも聞いても、みんな『何も知らない』の一点張り。ミスタだって何も教えてくれない。町で尋ねても『見ていない』とみんな言うわ」
彼女が町で兄のことを尋ねるとき、誰もがよそよそしさを伴って受け答えした。ギャングになってから付き合いの長い店主は気の毒そうな、申し訳なさそうな顔をしていたので問い詰めてみれば、こればかりはどうしても言えないと、頼むからこれ以上聞かないでくれと頭を下げられてしまった。
バン、となまえはジョルノのデスクに両手をついた。
「あなた箝口令を敷いているッ。わたしの耳に兄の名前が入らないことを徹底しているわッ」
「……だったら? そこまでわかっているなら、自分の今やるべきことくらいわかるはずだけれど。何故いまきみはここにいる?」
「気が済まないからに決まっているでしょ! なんでこんなことをするの。あたし兄さんにスゴク会いたい。今スグ会って、もう全部終わったって、命を狙われることはないのだと、この口から伝えたい。生きて帰ってこれたこと、褒めてもらいたい。抱きしめてもらいたい」
こげ茶色の、上品なデスクの上で拳を握る。うつむくと、手の甲に抑えきれなかった涙が滴り落ちた。ジョルノはなまえを見上げるばかりで何も言わない。
物語の真実を知る兄は、放っておくことのできない不穏分子だ。突然姿を現した若きギャングスタ―に懐疑的な構成員は何人もいる。もしも、彼らがフーゴからその話を引き出すことがあれば、大きな混乱を招くのは火を見るよりも明らかだ。絶対にそのようなことがあってはならない。
故に、フーゴに待つのは、死か、忠誠か。そのどちらかで、ほかに道はない。
判断を下すのは、今目の前にいるこのジョルノだ。元チームメイトだったとはいえ、彼は必要とあらば兄を殺す。ギャングの世界に温情はないし、特にジョルノはそういったことに容赦がない。
強く握りすぎて白くなった拳を、ジョルノの手が包む。なまえのそれより一回りほど大きくて、春風のようにあたたかく優しい。
大切な家族の命を握っている相手だというのに、手の甲から滲んでくるそのぬくもりにひどく安心した。絡まっていた糸が解けるように、拳から力が抜けていく。
最後の雫がジョルノの手の甲に落ちる。涙を流す必要はない、と彼の春風の指先が目元に伸びてくる。こちらを慮る気持ちが溢れたそれを拒絶することなど到底できず、目を瞑って受け入れる。雫をさらっていったそれは、限りなく優しい。
瞼の裏には、遠くなっていく岸から自分たちを見送っていた兄の立ち姿がうつりこんでいた。
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