タイムリミットは夜明けまで
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それから名前と峯は同棲をすることになった。
といっても、峯は仕事により多忙で、会える時間は限られているのだが。
しかし、峯も仕事の合間を縫って極力時間を作ることに尽力してくれていた。
それがわかるからこそ、日に日にくすぐったい様な想いは大きくなった。
峯が仕事の間は家事を行ったり、趣味を楽しんだり、やりたいことを遠慮なくやっていいと言ってくれた。
名前自身も、残り僅かの時間は自由にやりたいこと全部やってやる!……と思っていたのだが。
いざ自由を与えられると、やりたいことが見つからないもので、料理のレパートリーを増やしてみたりだとか、掃除をいつもより念入りにしてみたりだとか、裁縫にも手を出してみた。
峯は帰ってくる度、それらを丁寧に褒めてくれた。
そんな些細な特別を積み重ねていける時間に、心から感謝した。
それに峯が休日のときには様々な場所に連れて行ってくれた。
それだけでなくとも、自分の中で峯という存在はますます大きくなって、共に時を過ごせるだけで幸せだった。
峯からはまだ、好きだとかそんな言葉を言われたことはないし、自分からも言っていない。
最期を迎えて終わってしまうことがわかっている関係なら、いっそそんな関係にはならない方がいいと思っていた。
愛人だとか恋人だとか、そんな明確な関係じゃないことだけは確かだがそれでも確かに自分は、峯を愛していた。
だけどそんな幸せな時間も終わりが近づく。
余命半年を宣告されてからあっという間に半年以上がすぎた。
つまり残りの自分の命の期限は0になっていた。
だが奇跡的に、まだ生きている。
日に日に症状は重くなり、日常生活に支障をきたすくらいに進行していった。
起き上がるのも辛くて、ほぼ寝たきりになってしまった。
___……そろそろ自分の人生の幕引きであることは、十分すぎるくらいに自覚できていた。
目を閉じれば近くから聞こえる波打つ音。
日はとうに沈んでいて、深夜の生ぬるい風が頬をかすめる。
寝たきりになってしまってからは、名前は峯と結ばれたあの場所の近くを訪れていたのだった。
海の目の前にあるコテージを峯が手配してくれたのだ。
手配といっても、ここでさえも峯の所有物だというのだから驚く。
「……起きていたんですね、体調はどうですか」
足音を忍ばせつつも峯が部屋に入ってきた。
「昼間沢山寝たせいで寝れなくて。それに今、だいぶ気分がいいんです。海のおかげですかね」
「そうでしたか、それなら良かった。
__少し外に出ませんか。海を見に」
”気分がいい”とは言ったものの、呼吸は浅くなり顔も青白い名前を見て、峯は名前の死は目前に迫っていることを悟った。
名前も嶺が勘づいていることに気づいたが、あくまでお互い”気づかないふり”をしていた。
「そうですね、ぜひ」
そう返事すると、峯がおもむろに近寄ってくる。
「わわっ」
すっと腕が伸びてきたかと思えば、あっという間に峯に抱きかかえられていた。
「歩くのは辛いでしょうから」
そんなことを言ってそのままコテージを出る。
名前の靴を持たないあたり、下ろす気がないのだろう。
「……重くないですか?」
「まさか。……むしろどこかに消えてしまいそうなくらいには軽い」
そう言って私の額に口付ける。
「!よしたかさ……」
そのくすぐったさや恥ずかしさが込み上げてきて逃げ出したいけれど、下手に動くと抱きかかえてくれている峯に負担をかけてしまう。
どうすることもできず、ただ峯の顔を見つめ直すことしか出来ない。
それに気づいた峯は優しく微笑んだ。
「俺はね、名前さん。きっとあんたのそんな所に惚れたんだ」
「えっ……」
今、惚れたと言ったか。
峯からそんな愛を告げられたのは初めてで、硬直してしまう。
波打つ音よりも、自分の鼓動の方が大きく聞こえてくるようだった。
「最初はちょっとした賭けだったんです」
「賭け……?」
峯から紡ぎ出される言葉はまったく予想がつかなくて、必死に話を理解しようと頭を働かせる。
「上辺だけじゃない、本当の人と人の繋がりを求めて極道になった、って言いましたよね?……あなたにも同じことを求めたんです」
「本当の、人と人の繋がり……」
確かに極道になった経緯はきいている。しかし、同じことを自分にも求めた……切なげに揺らぐ峯の瞳に吸い寄せられるように、名前は峯の頬を撫でた。
「金をチラつかせればついてこない人間はいなかった。男も女も。だが皆金を手にしてしまえば、そのまま金に溺れてサヨナラだ。だが余命半年を俺が背負えば、貴方は俺から離れられないと思った」
「それが賭け、ですか……?」
「はい。あなたが俺から離れるか離れないか。離れなくとも金に溺れてしまうか、人と人の繋がりを見せてくれるか。…………あなたは俺の予想を超えていた」
「と言いますと……?」
「そんな賭けをしたことなんて忘れてしまうくらい、眩しいくらいに貴方は真っ直ぐだったんです。……1人の人間として俺を見てくれた。覚えてますか?〝努力した〟と言って下さったこと。たぶん俺はあの時、あんたに恋をしたんだ」
「!!」
また鼓動が更にうるさくなる。
「……最低でしょう、賭けで近づいただなんて。
しかもあんたの命を背負うと言っておきながら」
自重するように視線を外して地面を見つめる峯。
しかし、頬に添えられた名前の手に自らの手を重ね、愛おしそうに親指で撫でた。
そんなチグハグな峯の言動は、峯本来の姿を垣間見せているような気がした。
「最低だなんて思いません。むしろ感謝していますよ。
だって、賭けを考えた時点で義孝さんは、私に希望を持ってくれているんですもん」
すると峯は目を少し開いて驚いているようだった。
あ、この顔は見たことある。
丁度その、自分が峯に“努力した”と言ったあの時と同じ顔だ。
嗚呼、あの時みせたこの顔は自分に恋をしてくれた顔だったのか。
「私もお返事をしなければなりませんよね、
私も__
義孝さんを愛しています」
ようやく言葉という確証で繋がれた自分達の想い。
切なく笑ってみせる峯は、月の光に照らされていて。
それはもう、今までの人生の中で一番美しくみえた。
「貴女には本当にかなわない」
それから峯が告げたその言葉はまさに、これまで自分が何度も峯に向けて思った言葉そのもので、思わず笑みがこぼれた。
「ふふ、きっと私達はどこか似ているのかもしれません」
「?どういうことですか?」
「私も、義孝さんにはかなわないってことです。
義孝さんは最期を突きつけられている私に、唯一といっていい希望を下さったんですよ。
ある意味私も、義孝さんが私の寿命をどう受け取ってくれるのか賭けをしていたのかもしれません」
「……」
峯はこちらの言葉ひとつひとつを取りこぼさぬ様に、じっくりと耳を傾けてくれている。
「だから最期に、貴方から好きと言ってもらえて嬉しかった。
もう、思い残すことはありません」
「……やはり、いなくなってしまうんですね」
先程からとてつもない眠気が名前を包んでいる。
瞬きでさえもしてしまえば、引きずり込まれてしまいそうなくらい。
峯に好きだと言ってもらえて、安心してしまったからなのだろうか。
「いなくなるなんて寂しいこと言わないでください。私は眠ってしまったって貴方を忘れることはできません」
「それならば、夢で会えますか?」
「ええ、必ず。夢で逢いましょう」
「……そろそろ夜明けだ」
「本当だ、やっぱりここの海はとっても綺麗ですね。
ありがとうございます、義孝さん。
私は幸せです」
「俺も、幸せだ。
__ずっと名前を愛している」
その言葉を言うか言わないか。
お互いの視界はもう歪んでいたし、口も塞がれた。
地平線から太陽がゆっくりと顔を出す。
嗚呼、とても眠い。
最期に感じた温もりが貴方で良かった、義孝さん。
先に寝てしまう私を許してね。
昇ってくる太陽とは正反対に、
名前の意識はゆっくりと幕を閉じた。
タイムリミットは、夜明けまで。
といっても、峯は仕事により多忙で、会える時間は限られているのだが。
しかし、峯も仕事の合間を縫って極力時間を作ることに尽力してくれていた。
それがわかるからこそ、日に日にくすぐったい様な想いは大きくなった。
峯が仕事の間は家事を行ったり、趣味を楽しんだり、やりたいことを遠慮なくやっていいと言ってくれた。
名前自身も、残り僅かの時間は自由にやりたいこと全部やってやる!……と思っていたのだが。
いざ自由を与えられると、やりたいことが見つからないもので、料理のレパートリーを増やしてみたりだとか、掃除をいつもより念入りにしてみたりだとか、裁縫にも手を出してみた。
峯は帰ってくる度、それらを丁寧に褒めてくれた。
そんな些細な特別を積み重ねていける時間に、心から感謝した。
それに峯が休日のときには様々な場所に連れて行ってくれた。
それだけでなくとも、自分の中で峯という存在はますます大きくなって、共に時を過ごせるだけで幸せだった。
峯からはまだ、好きだとかそんな言葉を言われたことはないし、自分からも言っていない。
最期を迎えて終わってしまうことがわかっている関係なら、いっそそんな関係にはならない方がいいと思っていた。
愛人だとか恋人だとか、そんな明確な関係じゃないことだけは確かだがそれでも確かに自分は、峯を愛していた。
だけどそんな幸せな時間も終わりが近づく。
余命半年を宣告されてからあっという間に半年以上がすぎた。
つまり残りの自分の命の期限は0になっていた。
だが奇跡的に、まだ生きている。
日に日に症状は重くなり、日常生活に支障をきたすくらいに進行していった。
起き上がるのも辛くて、ほぼ寝たきりになってしまった。
___……そろそろ自分の人生の幕引きであることは、十分すぎるくらいに自覚できていた。
目を閉じれば近くから聞こえる波打つ音。
日はとうに沈んでいて、深夜の生ぬるい風が頬をかすめる。
寝たきりになってしまってからは、名前は峯と結ばれたあの場所の近くを訪れていたのだった。
海の目の前にあるコテージを峯が手配してくれたのだ。
手配といっても、ここでさえも峯の所有物だというのだから驚く。
「……起きていたんですね、体調はどうですか」
足音を忍ばせつつも峯が部屋に入ってきた。
「昼間沢山寝たせいで寝れなくて。それに今、だいぶ気分がいいんです。海のおかげですかね」
「そうでしたか、それなら良かった。
__少し外に出ませんか。海を見に」
”気分がいい”とは言ったものの、呼吸は浅くなり顔も青白い名前を見て、峯は名前の死は目前に迫っていることを悟った。
名前も嶺が勘づいていることに気づいたが、あくまでお互い”気づかないふり”をしていた。
「そうですね、ぜひ」
そう返事すると、峯がおもむろに近寄ってくる。
「わわっ」
すっと腕が伸びてきたかと思えば、あっという間に峯に抱きかかえられていた。
「歩くのは辛いでしょうから」
そんなことを言ってそのままコテージを出る。
名前の靴を持たないあたり、下ろす気がないのだろう。
「……重くないですか?」
「まさか。……むしろどこかに消えてしまいそうなくらいには軽い」
そう言って私の額に口付ける。
「!よしたかさ……」
そのくすぐったさや恥ずかしさが込み上げてきて逃げ出したいけれど、下手に動くと抱きかかえてくれている峯に負担をかけてしまう。
どうすることもできず、ただ峯の顔を見つめ直すことしか出来ない。
それに気づいた峯は優しく微笑んだ。
「俺はね、名前さん。きっとあんたのそんな所に惚れたんだ」
「えっ……」
今、惚れたと言ったか。
峯からそんな愛を告げられたのは初めてで、硬直してしまう。
波打つ音よりも、自分の鼓動の方が大きく聞こえてくるようだった。
「最初はちょっとした賭けだったんです」
「賭け……?」
峯から紡ぎ出される言葉はまったく予想がつかなくて、必死に話を理解しようと頭を働かせる。
「上辺だけじゃない、本当の人と人の繋がりを求めて極道になった、って言いましたよね?……あなたにも同じことを求めたんです」
「本当の、人と人の繋がり……」
確かに極道になった経緯はきいている。しかし、同じことを自分にも求めた……切なげに揺らぐ峯の瞳に吸い寄せられるように、名前は峯の頬を撫でた。
「金をチラつかせればついてこない人間はいなかった。男も女も。だが皆金を手にしてしまえば、そのまま金に溺れてサヨナラだ。だが余命半年を俺が背負えば、貴方は俺から離れられないと思った」
「それが賭け、ですか……?」
「はい。あなたが俺から離れるか離れないか。離れなくとも金に溺れてしまうか、人と人の繋がりを見せてくれるか。…………あなたは俺の予想を超えていた」
「と言いますと……?」
「そんな賭けをしたことなんて忘れてしまうくらい、眩しいくらいに貴方は真っ直ぐだったんです。……1人の人間として俺を見てくれた。覚えてますか?〝努力した〟と言って下さったこと。たぶん俺はあの時、あんたに恋をしたんだ」
「!!」
また鼓動が更にうるさくなる。
「……最低でしょう、賭けで近づいただなんて。
しかもあんたの命を背負うと言っておきながら」
自重するように視線を外して地面を見つめる峯。
しかし、頬に添えられた名前の手に自らの手を重ね、愛おしそうに親指で撫でた。
そんなチグハグな峯の言動は、峯本来の姿を垣間見せているような気がした。
「最低だなんて思いません。むしろ感謝していますよ。
だって、賭けを考えた時点で義孝さんは、私に希望を持ってくれているんですもん」
すると峯は目を少し開いて驚いているようだった。
あ、この顔は見たことある。
丁度その、自分が峯に“努力した”と言ったあの時と同じ顔だ。
嗚呼、あの時みせたこの顔は自分に恋をしてくれた顔だったのか。
「私もお返事をしなければなりませんよね、
私も__
義孝さんを愛しています」
ようやく言葉という確証で繋がれた自分達の想い。
切なく笑ってみせる峯は、月の光に照らされていて。
それはもう、今までの人生の中で一番美しくみえた。
「貴女には本当にかなわない」
それから峯が告げたその言葉はまさに、これまで自分が何度も峯に向けて思った言葉そのもので、思わず笑みがこぼれた。
「ふふ、きっと私達はどこか似ているのかもしれません」
「?どういうことですか?」
「私も、義孝さんにはかなわないってことです。
義孝さんは最期を突きつけられている私に、唯一といっていい希望を下さったんですよ。
ある意味私も、義孝さんが私の寿命をどう受け取ってくれるのか賭けをしていたのかもしれません」
「……」
峯はこちらの言葉ひとつひとつを取りこぼさぬ様に、じっくりと耳を傾けてくれている。
「だから最期に、貴方から好きと言ってもらえて嬉しかった。
もう、思い残すことはありません」
「……やはり、いなくなってしまうんですね」
先程からとてつもない眠気が名前を包んでいる。
瞬きでさえもしてしまえば、引きずり込まれてしまいそうなくらい。
峯に好きだと言ってもらえて、安心してしまったからなのだろうか。
「いなくなるなんて寂しいこと言わないでください。私は眠ってしまったって貴方を忘れることはできません」
「それならば、夢で会えますか?」
「ええ、必ず。夢で逢いましょう」
「……そろそろ夜明けだ」
「本当だ、やっぱりここの海はとっても綺麗ですね。
ありがとうございます、義孝さん。
私は幸せです」
「俺も、幸せだ。
__ずっと名前を愛している」
その言葉を言うか言わないか。
お互いの視界はもう歪んでいたし、口も塞がれた。
地平線から太陽がゆっくりと顔を出す。
嗚呼、とても眠い。
最期に感じた温もりが貴方で良かった、義孝さん。
先に寝てしまう私を許してね。
昇ってくる太陽とは正反対に、
名前の意識はゆっくりと幕を閉じた。
タイムリミットは、夜明けまで。