タイムリミットは夜明けまで
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
水平線からチカチカと眩しさを伝える太陽。
ゆっくりと昇ってくるそれは
私の顔を明るく染めていく。
その光に包まれると同時に、
私の脈はゆっくりと止まっていった。
タイムリミット、みたいだ。
__……
今日も複数の管に命を繋がれている。
病室のつまらない白い天井ばかりを見上げることには、
もう飽きたという感情さえ湧かなくなっていた。
ここ半年、名前は病気で何度か入退院を繰り返してきたがその治療も虚しく、容体は悪化の一途を辿ってきた。
ついには20代後半という若さにして、余命半年を宣告されてしまったのだ。
入院前と比べ、食欲もだいぶ落ちたし、体力も体重も随分と落ちた。
余命である半年後、自分はどうしているだろうか。
起きたばかりのベットの上でそんなことを考えていたが、憂鬱になってしまうと頭を振った。
しかし今日はこんな病室ともお別れの日だ。
管に支配された病院生活に別れを告げ、残りの余生を自宅で過ごすことにしたからだ。
__まあつまり、治療をやめて完全に死ぬことを受け入れたということでもあるのだが。
そして今日がその退院の日。
だけど死ぬと決まったからには、こんなつまらない日々を送っていたくない。
残り僅かな時間を誰よりも楽しく生きてやる!と、そんな気持ちで自分を奮い立たせた。
でなければやっていけない。
毎日、涙ににじむ天井を見ているのはもうたくさんだ。
母親の形見であるネックレスをし、荷造りをして受け付けをすませ、病院を出る。
久しぶりに外に出たせいか、体力が落ちたせいか。
自動ドアをくぐったその刹那、強烈な立ちくらみが襲った。
倒れそうになり、これはもうダメだと思わず目をつむったが、痛みを感じない。
「大丈夫ですか」
誰かに自分が支えてもらっていることがわかったのは、その抑揚のない低い声が聞こえたのと同時だった。
「あ、すみません……大丈夫です」
スーツを着込んだ自分より少し年上くらいのその男性は、思ったよりも背が高く、すっぽりと胸元に収まってしまっていた。
スーツ越しにもわかる鍛えられた肉体と、鼻腔をかすめる香水もあいまって思わず心臓は大きく脈を打った。
「顔色も優れないようですし、気をつけてくださいね」
「はい、ありがとうございました」
それだけの会話をして、その男性は病院に入っていった。
思っているより貧弱になり果ててしまった自分の身体に苦笑いしつつも、とりあえずは家に帰ろうとキャリーケースを引きずりながらタクシーに乗った。
家といっても、病院近くの小さいアパートである。
待っている人は誰もいない。
両親は二人とも大学に入った時に交通事故で帰らぬ人となってしまったからだ。
実家を出たばかりの時で、しばらく死を受け入れられなかった。
恋人も大学を卒業してからは疎遠になって、自然消滅してしまった。
お互い会おうと思えば会える関係だったが、会わなかった。
とどのつまりその程度の関係だったのだ。
もともと両親が転勤の多い仕事で、自分も転校を繰り返していたために友人と呼べる友人もほとんどいない。
そんな孤独としか言えない状況で余命半年。
もう少し自分の人生どうにかならなかったものかとも思うが、今更何を思ったところでどうにかなるわけでもない。
大学卒業後は不動産会社に勤めていた。
若いながらもそれなりに実績を積み始め、仕事もこれからだという時に病気が発祥。
初期症状はほとんどなく、気づかぬうちに病気はみるみる進行していた。
体調を崩し、病院で診断後はみるみるうちに悪化し、入院を余儀なくされて仕事はやむなく辞めた。
貯金や親の遺産があったために、金銭的な心配しなくてよかったのが唯一の救いだった。
タクシーを降りて階段を上る。
たったこれだけの動作なのに、肩で息をしながら汗を流した。
寂れたドアを開けると少し埃の被ったテーブルとソファ、テレビ。
我ながら自分の部屋は簡素なものだ。
久しぶりの帰宅、なんだかんだと家が一番落ち着く。
静まり返った部屋に寂しさを感じつつも、荷物を置いてそのままソファにダイブする。
「はあ……これからどうしよ」
安心するような、底なしの不安が襲うような。
なんとも言えない感情が渦巻いていた。
その〝これから〟というのは、
自由の身になった今日1日どう過ごすか、ということもあるし 残りの半年、どう過ごすかということでもある。
だが、考え込む暇もなく重大な違和感に気づく。
「あれ、ない……?
……ない!!!」
首元にしていたはずのネックレスがない。
家族を感じられる、唯一の母の形見だというのに。
一気に冷や汗が噴き出すようだった。
確かにだいぶ古いものだし、最近金具の緩みが気になってはいた。
だが、今無くすとは。
絶望感が押し寄せてくるが、そんな気持ちを押しとどめて努めて冷静にどこで無くしてしまったのかを考える。
とりあえず荷物を全て引っ張り出してはみたが、やはり見つからない。
それに朝、病院を出るまでは身につけていたのを覚えている。
とすると。
「もしかしてあの時……」
脳内に蘇るは病院から出た直後の記憶。
立ちくらみを起こし、通りがかりの男性に支えてもらった。
もしやあの衝撃で落ちてしまったのではないだろうか。
そう思い立ったら、また来た道をタクシーで引き返すしかなかった。
1/7ページ