第一章 眼を眩ますは浅葱色
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峯義孝の死亡から半年以上がたった。
「……名前も来てたのか」
「今日は義孝さんと付き合った記念日なんだ」
“あの”東都大病院の屋上にて、ただ座って街を眺めている名前は大吾と目を合わせずにそう答えた。
「……そうか」
大吾はただそれだけ口にして名前の横に腰掛けた。
しばらくただそうしている時間が続く。
「大吾、私……
やっぱりどこを目指せばいいのかわかんなくなっちゃった」
峯の死後、必死にあらゆる手段でその姿を探したが、ついに峯の死体は見つかることはなかった。
だからこそ、“生きている”なんて現実離れした希望に縋ることしかできず、墓をたてることはおろか葬儀だって行っていない。
しかし現実は痛いくらいに名前の僅かな希望を踏みにじってくる事実ばかりだ。
「もう疲れちゃったの」
悲しいという感情を遠くに追いやっていないと自分が壊れてしまいそうで、無表情のまま全てを受け入れる毎日が永遠と続いていた。
「峯は、最後にお前がいたからこそ自分のやったことに向き合おうとしたんだ」
「私がいなかったら、義孝さんは死ななかった?」
「そうじゃない。そうじゃないことは一番お前が知ってるはずだ。だからそんなこと言うな」
「……ごめんね、大吾」
肩に置かれた手から伝わる幼馴染のぬくもりだけはずっと変わらなくて、たまらず涙がこぼれそうになる。
「もう一回だけ、義孝さんに会えたら沢山怒ってあげられるのにな」
「俺もそう思うよ」
爽やかな風が頬を撫でる。
夏のけだるさが残ってはいるものの、その風は秋の訪れを予感させた。
「……これ、食べる?一緒に」
煙草を取り出そうとした手を遮って大吾に差し出したのは、ここで食べるためのケーキだ。
この場所に来るときは、いつも二人分の食事を用意してくるのが習慣になっていた。
手ぶらでここを訪れるのも憚られるが、花束なんかはまるでお供え物の様で苦しい気持ちが先行してしまう。だから峯と二人で食べられるような食事を持参してくるのだ。
「あぁ、いただくよ」
そういって大吾は似合わない可愛い包みを手にした。
「美味しいね。このケーキ」
「そうだな」
峯のことを想って買ったケーキは、甘すぎないが日頃の疲労感を溶かしてくれるような甘美さがあった。
「峯ともこうやってケーキを食ってたのか?」
「うん」
「峯がケーキだなんて意外だな」
「義孝さんは案外甘いもの好きだったよ、公言はしないだろうけど」
「疲れてるときほど甘いもんが食いたくなるからな。俺もなんか差し入れてやればよかった」
「大吾が顔出すだけで義孝さん喜んでたよ。正直妬ける」
「峯はお前のとこに行く時が一番幸せそうな顔してたよ」
誰よりも人からの愛情を欲しがっていた彼。
それをわかっていながら、結局全てを捧げて彼とぶつかることが出来なかった。
ようやく彼と結ばれて得た、その今にも壊れてしまいそうなほど繊細な幸せを壊したくなくて、彼の間違いを指摘することが出来なかったのだ。
彼は追い求めることにとにかく貪欲であったが故に、手段を選ばないところがある。
それは彼をどんどん闇に引きずり込み、結果的に彼を攫ってしまった。
「後悔したって遅いのにね、ずっと“あの時こうしていれば”が浮かんでやまないの」
「人間ってのはそういうもんだ。それにな、峯だってこうして“美味しい”って言い合える奴がいた時間は幸せだったと思うぞ」
ケーキを見る大吾の目は酷く優しいものだった。
「……ありがとう。今日、大吾に会えてよかった」
「あぁ。俺もだ」
何かが変わった、というまではいかないけれど、ほんの少しだけ頬を撫でる風が心地よく感じた昼下がり。
しかし、相変わらずただ峯の影を追い求めながら、その事実から乖離するために只々仕事に明け暮れる日々は変わらないのだろう。
「じゃあ、今日はもう帰るね」
「気を付けて帰れよ」
「うん、バイバイ」
それが最後の会話になるなんて、思ってもみなかった。
「……名前も来てたのか」
「今日は義孝さんと付き合った記念日なんだ」
“あの”東都大病院の屋上にて、ただ座って街を眺めている名前は大吾と目を合わせずにそう答えた。
「……そうか」
大吾はただそれだけ口にして名前の横に腰掛けた。
しばらくただそうしている時間が続く。
「大吾、私……
やっぱりどこを目指せばいいのかわかんなくなっちゃった」
峯の死後、必死にあらゆる手段でその姿を探したが、ついに峯の死体は見つかることはなかった。
だからこそ、“生きている”なんて現実離れした希望に縋ることしかできず、墓をたてることはおろか葬儀だって行っていない。
しかし現実は痛いくらいに名前の僅かな希望を踏みにじってくる事実ばかりだ。
「もう疲れちゃったの」
悲しいという感情を遠くに追いやっていないと自分が壊れてしまいそうで、無表情のまま全てを受け入れる毎日が永遠と続いていた。
「峯は、最後にお前がいたからこそ自分のやったことに向き合おうとしたんだ」
「私がいなかったら、義孝さんは死ななかった?」
「そうじゃない。そうじゃないことは一番お前が知ってるはずだ。だからそんなこと言うな」
「……ごめんね、大吾」
肩に置かれた手から伝わる幼馴染のぬくもりだけはずっと変わらなくて、たまらず涙がこぼれそうになる。
「もう一回だけ、義孝さんに会えたら沢山怒ってあげられるのにな」
「俺もそう思うよ」
爽やかな風が頬を撫でる。
夏のけだるさが残ってはいるものの、その風は秋の訪れを予感させた。
「……これ、食べる?一緒に」
煙草を取り出そうとした手を遮って大吾に差し出したのは、ここで食べるためのケーキだ。
この場所に来るときは、いつも二人分の食事を用意してくるのが習慣になっていた。
手ぶらでここを訪れるのも憚られるが、花束なんかはまるでお供え物の様で苦しい気持ちが先行してしまう。だから峯と二人で食べられるような食事を持参してくるのだ。
「あぁ、いただくよ」
そういって大吾は似合わない可愛い包みを手にした。
「美味しいね。このケーキ」
「そうだな」
峯のことを想って買ったケーキは、甘すぎないが日頃の疲労感を溶かしてくれるような甘美さがあった。
「峯ともこうやってケーキを食ってたのか?」
「うん」
「峯がケーキだなんて意外だな」
「義孝さんは案外甘いもの好きだったよ、公言はしないだろうけど」
「疲れてるときほど甘いもんが食いたくなるからな。俺もなんか差し入れてやればよかった」
「大吾が顔出すだけで義孝さん喜んでたよ。正直妬ける」
「峯はお前のとこに行く時が一番幸せそうな顔してたよ」
誰よりも人からの愛情を欲しがっていた彼。
それをわかっていながら、結局全てを捧げて彼とぶつかることが出来なかった。
ようやく彼と結ばれて得た、その今にも壊れてしまいそうなほど繊細な幸せを壊したくなくて、彼の間違いを指摘することが出来なかったのだ。
彼は追い求めることにとにかく貪欲であったが故に、手段を選ばないところがある。
それは彼をどんどん闇に引きずり込み、結果的に彼を攫ってしまった。
「後悔したって遅いのにね、ずっと“あの時こうしていれば”が浮かんでやまないの」
「人間ってのはそういうもんだ。それにな、峯だってこうして“美味しい”って言い合える奴がいた時間は幸せだったと思うぞ」
ケーキを見る大吾の目は酷く優しいものだった。
「……ありがとう。今日、大吾に会えてよかった」
「あぁ。俺もだ」
何かが変わった、というまではいかないけれど、ほんの少しだけ頬を撫でる風が心地よく感じた昼下がり。
しかし、相変わらずただ峯の影を追い求めながら、その事実から乖離するために只々仕事に明け暮れる日々は変わらないのだろう。
「じゃあ、今日はもう帰るね」
「気を付けて帰れよ」
「うん、バイバイ」
それが最後の会話になるなんて、思ってもみなかった。