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「は~~~!かっこいいいいい!!」
アイドルのライブ映像を最新の大型モニターに映し出し、外付けされたスピーカーをふんだんに使って名前は満喫していた。
「はあ……俺の部屋に来てこんなことをするのはアンタくらいですよ」
大盛り上がりしている自分の横に、呆れた様子で腰掛けるのは会社の同僚、峯義孝だ。
「だって峯くんが好きにしていいって言うから……ほら!ここ!!峯くんも見て!!」
何故こんな同僚の部屋でやりたい放題しているのかといえば、峯が体調不良で休んでいた分の仕事の穴埋めを総じて名前が請け負ったことから始まる。
社内でインフルエンザが猛威をふるい、ほとんどの社員が休んでいた。
頑丈そうに見える峯もまた、その一人だったのだ。
ただでさえ欠員が多く人不足の際に、優秀な峯の不在は会社にとって危機ともいえるレベルの大事件だった。
しかし、同じ部署でデスクを並べる峯の仕事は、ほぼ自分が請け負うしかないもの。
途方もない仕事量に白目をむきそうになったものの、なんとか決意を固めて寝る間も惜しんで仕事に明け暮れた。
おかげで無事会社は通常通りにまわり、難を逃れたというわけだ。
「俺は欲しいものでもねだるかと思って、お礼をすると提案したんですがね」
眉間にしわを寄せつつもテレビに映し出された男性アイドルを見やる峯の姿はなんだか面白い。
「疲れにはアイドル!どんなものよりも価値があると思わない?」
そう、自分は所謂アイドルオタク。それも重度の。
「“一緒に見たい映像があるから部屋を貸せ”と言われたら普通、映画か何かだと思うでしょう」
飲み会の席で“モニターやサウンドにはこだわっている”という峯の部屋情報を聞いた覚えのある名前は、まさにそれをフル活用すべく推しのライブDVDを持参した来たというわけだ。
「それにしてもやっぱり良い部屋だね、住みたい」
「アンタが住んだら一生騒がしくて落ち着けそうにない」
「あ!!見て!!これが私の推し!!きゃ~~かっこいい!」
画面いっぱいに映し出される推しを前にテンションがあがり、思わず峯の腕をつかんで視線を画面へ促した。
「……そんなにせずとも、しつこいくらいアンタのデスクに並んでるんでわかりますよ」
「え!?もうメンバーの見分けがつくってこと!?ちょっと峯くん、アイドルオタクの素質あるって!」
大きくつかれたため息も、大盛り上がりの今は全く気にならない。
「このアイドルの、どこが好きなんです?」
きた。
オタクに一番してはいけない質問だ。
「ふふ……よくぞきいてくれました!今からばっちり語るから覚悟してよね!」
峯もそれを悟ったのだろう。
仕事では絶対に見ることが出来ない“やってしまった”の顔をしている。
それからはアップテンポなミュージックに合わせ、流れるような怒涛の解説を行った。
最初は少し気を使って遠慮気味に話していたものの、やはりオタク、自分を抑えられず。
後半は畳みかけるように話をしてしまったため、さぞかし峯はぐったりしてしまっただろうと思いきや。
「ふむ、つまりは自主制作を通しての彼らの成長が魅力を倍増させているわけですね」
なんと聞き上手なうえに少し乗り気で考察をしてくれていた。
「そうなの!自主制作だからこそ活動のすべてに流れがあるっていうか……他にはない彼らだけの世界観が確立されているのが本当に好き!」
「この方はラップ担当なのに歌唱力も高い。メインボーカルとしても活躍できるレベルだ」
「うっわ、そこに気付ける峯くん天才なの?ああどうしよう、こんなに盛り上がれるなんて思ってなかった」
歓喜のあまり抱きしめそうになったが流石に我に返り、伸ばした手はひっこめることにした。
「アンタが好きなことには、興味がある」
「え?」
じっと見つめられ発された思いがけない一言に目を丸くする。
「いや、普段単純なことしか考えていなそうだから、こうして何かを雄弁に語る貴方には興味が湧くんですよ」
意地悪く弧を描く口元を見て揶揄われていることに気付いた。
「ちょっと、急に馬鹿にしないでよね」
そう言うと同時にスピーカーが割れそうなほどの歓声……というか黄色い悲鳴が響き渡る。
画面を見れば、まさにセットリストの盛り上がる部分で、艶やかな曲に合わせてセクシーな表現をアイドルがする見せ場だった。
色香を漂わせる衣装に着替えたアイドルの表現力に、思わず目を奪われてしまうシーン。
なんだかイケナイものを見ている気がして、峯と一緒に見るのは気まずさがあった。
「こういうのに、興奮するんですか?」
変わらないテンションで告げられる質問はどこか艶っぽくて、思わずドキリとしてしまう。
「か、かっこいいでしょ?こんなに鍛えて……努力も伝わってくるし……」
アイドルの露わにされた腹筋はそれはもうこの上なく美しいものだ。
「そうですか。なら、これはどうです?」
淡泊に答えたかと思えば峯は徐に自身のシャツに手をかけていた。
「ちょ、ちょっと何脱ごうとしてるの!?」
「俺も腹筋には自信があるんです」
「いや、だからなんで脱いでって」
止めにかかるもあっという間に峯はボタンを外しきってしまって、言った通り……というかそれ以上の目を見張る体躯が顔を出した。
「かっこいいですか?」
ソファーの端に追いやられ、峯を見上げるように下に敷かれてしまって逃げ場がない。
なんだってこんなことになっているんだ。
「か、カッコイイ……デス」
目の前に繰り出されているその腹筋はまさに壮観で、称賛の声を上げる以外の選択肢は見つからなかった。
「嬉しいですよ」
耳元に顔を近づけられ低くそう告げられると、身体が意図せず跳ねる。
「み、峯くんもアイドルになったら!?!」
恥ずかしさを紛らわすために大声で提案した。
「何を言い出すかと思えば……俺が?」
「そう!峯くん、顔も腹筋もかっこいいし!向いてるんじゃないかな!?」
平静を装うが全然装えていないことは確かだ。
「顔もかっこいいと思ってくれていたとは……感激ですよ」
峯がシャツのボタンを再び締め出したことに安堵しつつも、完全に墓穴を掘っていた自分のことは殴り倒したかった。
「峯くんは時々人を揶揄いすぎだからね!顔と腹筋はかっこよくてもそこは直して!」
「ファンには優しくしますよ」
アイドルオタクのこちらとしては有難いことだがこの男、アイドル関連に乗り気すぎやしないか?とも思う。
「峯くんのファンサとか想像できないけど……」
「例えば何があるんです?」
「可愛いポーズをするとか、ウィンクするとか……サイン会だったら手を握ったり、甘い言葉をかけたりだとか?」
今までの推しのファンサを想像しながら峯に当てはめてみたが、どれも似合う気がしなかった。
「……愛してる」
徐に恋人つなぎに指を絡められ、低い声でそう告げられた。
目線はこちらを捉えて離さず、こちらも視線を外すことは許されなかった。
似合わないなんてのは前言撤回だ。
「ぅ、駄目」
「何がです?」
「ファンが死ぬから峯くんはアイドル駄目」
あまりの峯の“ファンサ”の破壊力にゆでだこになってしまいそうな名前は、峯がアイドルになってはファンがむしろ可哀そうだと嘆くのだった。
それにしたって、悪ノリがすぎる。
「ははっ……安心してくださいよ、アンタだけだ」
「もうアイドルごっこはいいって!」
「アンタが他の男ばかり見ているのが悪いんだ」
優しく親指で握られている手をなぞられて、それだけでゾクゾクしてしまう。
「わ、わかった、峯くんのこと推すから!ゆるして……」
こうでも言わなければ峯の悪ノリは止まらないだろうと必死に言葉を紡いだ。
「約束ですよ
……それじゃあ、続きをみましょうか」
するりと手が離され、あっという間に元通りの空気を出された。
相変わらずアイドルの推しはテレビで輝いていて、隣の峯はそれを涼しい顔で見ている。
まるでさっきまでの悪ノリが嘘だったかのようなその態度に、こちらばかりがドキドキしていた気がして悔しくなった。
「峯くんのバカ」
「推しに暴言はいけませんよ」
「もう峯くんとは鑑賞会しない!」
「一緒に住みたいと言っていたくせに」
言葉の綾というヤツを今の状況でひっぱり出してくるのは卑怯だ。
「が、画面に集中!」
恥ずかしさを打ち消し、自分に言い聞かせるようにそう言った。
「俺はいいですよ、一緒に住んでも」
「えっ」
画面を見ることを相変わらず許してくれない爆弾発言が飛んできたのは、本当にすぐのことだった。
_______Fin 20220825.
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