神宗一郎と恋するお話
神奈川選抜合宿2日目 土曜日
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合宿2日目 土曜日 食堂
7時過ぎ 神は同室のメンバーと食堂に向かって廊下を歩いていた。まだ眠そうな仙道がふあぁと大きなあくびをして目を擦る。
彦一は朝ご飯の準備に為、一足先に食堂に向かっているため不在。
仙道「眠い…」
涙を浮かべながら呟く仙道に宮城は呆れた様に『お前、一番最初に寝てなかったか?』と言えば仙道は『流川のが先だったろ?』と笑って答える。
流川「………」
流川はほぼ目を瞑って歩いている。
眠った状態で歩く流川に宮城が『起きろ。危ないだろ』と言った後『ってかお前ら2人、大人数が寝てる部屋でよく熟睡なんてできるよな…俺は無理だ…』と仙道を見上げた。
仙道「騒ぐヤツいなかったからな」
と仙道が清田を見てニコッと笑いかける。
清田「そりゃどういう意味だ?」
ガルルルと食ってかかっていく清田に仙道は『あははははは』と笑った。
神は2人の会話を聞いて(いいおもちゃにされてるな)と苦笑い。
宮城「…なぁ。神」
言い争いを放置して宮城が神の所へ避難してくる。
神「うん?」
宮城「人多くないか?まだ7時なのに…」
と宮城が周囲を見渡す。神奈川選抜以外の生徒が同じ方向に歩いていく。男子も女子も同じくらいの人数だ。
神は『あぁ…それは…』と宮城の質問に答える。
神「ウチはスポーツに力入れてるから三連休になるとどこも合宿って言うか泊まり込みの練習するんだよね」
宮城「…バスケ部の連中も?」
神「今回は大学へ練習試合に行ってるよ」
宮城「…マジか…」(大学生が練習相手かよ…)
海南との練習内容の違いに宮城は顔を顰めつつ(負けてられん!もっと練習量を増やすしかねぇ‼︎‼︎)と目を見開く。
流川「はっ!」(…寒気!)
悪寒に襲われた流川がバチッと目を開けた。
神「あ、起きた」
食堂に着くと神の説明通り生徒が複数人いた。各グループの机の上には菓子パンや惣菜パン、コンビニのおにぎりやインスタントの汁物などが置かれみんな各々朝食をとっているようでワイワイと賑わっていた。
賑わう食堂に中に神が彦一を見つけた。
神「あ、いた。一番奥にいる」
神が先頭を歩いていく。神に気付いた人間がみんな神に声をかける。
簡単に挨拶だけする人や一言、二言話していく人間。
やはり女子が積極的に神に声をかけていく。
宮城(さすが海南のアイドル…)
「神君、おはよう。バスケ部は大学に行ったって聞いてたけど神君はこっちに残ったの?」
神「おはよう。俺は今回は居残り。神奈川の選抜チームに選ばれたんだ。今日はこっちのメンバーと合宿」
と宮城達を指差す。
「えぇ〜‼︎すっごぉい‼︎」
目をキラキラさせ大声で叫ぶ女の子たち。
神は少し困った様に笑いながらも相手をする。
近くのテーブルで朝ごはんを食べていた女の子が『あ!宗ちゃん!』と声を上げた。
その声に女の子たちはあからさまに嫌な顔をした。
(げっ…いたんだ…)
宮城・仙道(…宗ちゃん…?)
驚く2人と少々ウンザリ気味な清田。
清田(またこの人か…この人、話長いんだよな…)
福田は見覚えのある顔に(どっかで見たことあるな…)と首を捻る。
神は声をかけてきた女の子を見て『茜か』と笑う。
ショートカットがよく似合う可愛らしい印象の女の子はキラキラした笑顔で神を見上げる。茜を見ていると神に対しての気持ちが透けて見えるようだった。神以外に興味がないのがよくわかる。
宮城(うーーーん)
宮城が神を見た。
宮城の頭の中で莉子を中心とした人間関係相関図に新たな登場人物と矢印が追加される。
神は莉子に気がある。この女の子も神に気がある。今、ここで朝ごはんを食べていると言うことはこの子も合宿中の可能性が高く神が莉子に気がある事がバレたらややこしいことになるような気がする。
宮城(それは阻止したい)
神を『宗ちゃん』と呼んでいる事や神の親しげな笑顔と態度を見てただの女友達ではないだろうなと予想する宮城。
茜は宮城達をチラッと見たが挨拶などもなく神に『ねぇ。宗ちゃぁん』と腕に絡みつき甘えた声を出す。
宮城(感じ悪…莉子ちゃんの方がずっと可愛げあって『良い女』だぜ…まぁ、アヤちゃんがダントツだけど)
宮城は『俺たち先に行ってる』と言うと仙道、清田、福田を引き連れて彦一のいるテーブルへ向かう。
先に神へ声をかけてきていた女の子も白けてしまった様な表情を浮かべ茜と入れ替わる形でさっさといなくなる。
茜は2人っきりになれたのが嬉しいのか機嫌の良い笑顔で神を見上げる。
茜「今から朝ごはん?」
神「あぁ」
神の返事を聞いた茜は後ろに隠していたパンを差し出す。
茜「宗ちゃん、これあげる。好きでしょ?」
と惣菜パンを差し出す。神が『ありがとう』とパンを受け取ると茜はニコッと笑い『いいの』と上目遣いで神を見つめ返す。
キラッキラッの笑顔からは『宗ちゃん大好き』オーラが出ていて、まるで『ここは2人の世界だから話しかけてこないで』と主張しているようだ。
宮城(すげぇな…神は意に介してないって感じだけど…)
席について食事が運ばれてくるのを待っている宮城が頬杖をついて神と茜を観察している。くれぐれも莉子のことを頼んだと彩子から言われているのだ。神と茜の存在は要注意だ。莉子に何かあったら彩子に合わせる顔がない。
宮城(神が莉子ちゃんに気があるってばれなきゃいい話なんだけどな)
神に会えて嬉しそうな茜とは違い神はいたって通常運転。話しかけられた事に対して淡々と簡潔に返事をしている。
宮城(クールだねぇ…)
隣のテーブルに座る女の子達が『うわ…またやってるよ…』と神と茜を見て顔を顰める。
話かけられた女の子が『あぁ…。『私の宗ちゃん』アピール?』と笑う。
「鬱陶しくない?確かに神君は人気者だけどさぁ…みんながみんな神君を狙ってるわけないじゃん」
「神君って良い人で努力家だから応援したくなる人だし試合前には声をかけたくなるよね」
「そうそう。なのに話してるだけですぐに敵認定からのシャットアウトってムカつくんだよね」
「まぁ、まぁ…」
女の子達の会話を聞いて宮城は(あの子の片想いってわけね…)と理解していく。
しかも執着心が強いタイプらしい。
宮城(…やっぱ莉子ちゃんとの接触には要注意だな…)
そんなことを考えながら神と茜を眺めている宮城。
莉子「みなさんおはようございます」
味噌汁が乗った大きなトレイを持った莉子が笑顔で現れた。
宮城「莉子ちゃん⁉︎⁉︎」
仙道「木村⁉︎⁉︎な、何してんだ⁉︎」
宮城同様、隣の女の子の会話を聞いていて宮城と同じ様な事を考えていた仙道もびっくりしている。
莉子は狼狽える2人に『え?』と首を傾げると『朝ご飯の準備ですけど…』と答えた。
宮城と仙道の声に神も莉子の存在に気が付いたようだ。すぐに莉子に駆け寄ろうとして茜に行く手を遮られているのが見えた。
宮城(マズい…莉子ちゃんの存在がバレた…)
莉子の存在に気が付いた神が明らかにソワソワし始めた。
気もそぞろになり視線どころか顔全体で莉子の動きを追いかける神。茜の顔が引き攣っている。
莉子「お味噌汁どうぞ。まだおかわりありますからたくさん食べてくださいね」
宮城と仙道の前に湯気の上がった味噌汁を置く莉子。
宮城「ありがとう」
仙道「サンキュ」
宮城や仙道にニコッと笑いかけると隣に座る福田と清田にも味噌汁を置いていく。
その間も神はしきりに莉子の様子を気にしていて、そんな神を茜が腕を引っ張って『私の話を聞いてよ』とこの場に神を繋ぎ止めようと必死だ。
宮城はハラハラしていた。
宮城(神、頼むぞ…。お前の対応次第でその女の莉子ちゃんへの印象が変わる…)
しかし宮城の願い虚しく神は茜の腕を振り切ると顔の前で手を合わせ、すぐさま莉子の方は小走りでやってきた。
茜の表情は傷ついたような怒っているような驚いているような…なんとも形容し難い表情を浮かべている。
宮城(あとで説教だな…)
茜とは打って変わって嬉々とした表情で莉子の方にやってくる姿はまるで大型犬そのものだ。
神「木村さん!おはよう」
嬉しそうに莉子の隣に立つ神。神の表情が『会えて嬉しい』と物語っている。
莉子「あ、神さん!おはようございます‼︎」
莉子も嬉しそうに神に挨拶をする。そして『更衣室の件、神さんが提案してくれたって彦一君から聞きました。本当にありがとうございます』と感謝を述べると分かり易く神の表情が緩む。
神「喜んでもらえてよかった」
ニコニコと笑い合う2人を見て茜の顔は般若の様な怒りに満ちている。
宮城(…オワッタ…)
宮城は天を仰いだ。
印象は最悪。神は好意がダダ漏れな事に気づいていないのだろう。隠せと言ったはずの莉子への感情が溢れてしまっている。
そして距離がやたら近い。しかし昨日のことや更衣室のことで神のことを信用している莉子は特に気にしている様子はなく宮城は(ヤバいなぁ)と額に手を当てた。これじゃ神の好意を受け入れてしまっているように見える。
彦一が袋に入ったお弁当を持ってやってきた。
彦一「お弁当届きましたぁ!」
味噌汁を配り終わった莉子も手伝って選手達にお弁当が配られる。
三井「弁当、一つなくないか?」
と三井が言うと莉子が『私の分は元々ないんです』と言った。
神「木村さん、朝ご飯食べて来たの?俺のお弁当半分食べる?さっきパンもらったからそれ食べてもいいよ」
と矢継ぎ早に色んなことを提案されて莉子はたじろぎながらも『大丈夫です』と手を左右に振った。
莉子「家から持って来たのでここで一緒に食べてもいいですか?」
宮城が『もちろん』と自分の隣の椅子を引いて莉子に座る様に促す。慌てて神も莉子の隣に陣取る。
莉子は紙袋から小さなおにぎりを一つと使い捨ての小さいタッパーを取り出した。
タッパーの中には卵焼きとウインナーとブロッコリーが入っていた。
卵焼きの存在に流川の目がキラッと光る。
流川「ソレ…」
向かいの席に座っていた流川が突然喋りだし莉子は『え?』と聞き返した。
流川「卵焼き…ホシイ…」
流川はクラスは違えど同じ学年だ。あまり接点がない様に見えても莉子は同じ1年の流川を桜木同様、気にかけている。前に寝過ごしお昼ご飯を食べ損ねかけていた流川に自分のお弁当を丸々あげていた莉子。その時食べた卵焼きが流川の胃袋を鷲掴みにしていたのだ。
あの玉子焼きをもう一度食べれるチャンスにスイッチが入った様に動き始めた流川を見て仙道が『そんなに美味いのか?』と聞くとコクンと頷いた。流川は自分の弁当を差し出し『…交換…』と莉子に言う。
お弁当のおかずと交換しようと差し出された流川の弁当と流川の顔を交互に見て莉子はにっこりと笑う。
莉子「いいよ。たくさん食べてほしいから交換なしでいいよ…どうぞ」
と流川が差し出したお弁当の隣に小さなタッパーを差し出す。
すると仙道が『そんなに美味いなら俺も食ってみたい』と言い出した。
流川「‼︎」
莉子「え…」
元々、自分の分として少量しか持ってきていない。分けるほどないのだ。莉子は(どうしよう…)と困ってしまう。
神「…」(俺も食べたい…でもそれを言ったら木村さん困るよな…それに俺が好意を持ってるってバレるかも…)
宮城に『莉子ちゃんは好意を持っている男が苦手』だと聞いている。今はバレるのはマズイ。
一応、気を付けていたらしい。
さぁ、どうする?とみんなが注目している中、藤真が立ち上がった。
藤真「ジャンケンだな」
一同「は?」
莉子「ジャンケン…?」
藤真が仙道と流川の元へ歩み寄り『俺も食ってみたくなった』とにっこりと笑う。藤真は『あと他に食べたい奴いるか?』と手首をブンブン振る。なぜか気合い十分だ。
花形「…本当にジャンケンするのか?」
藤真「あぁ。昨日の鶏の照り焼きだって美味かったし流川のこの反応…。食ってみたいと思わないか?」
と流川の肩に手をポンと置く。
流川「…」
玉子焼きの倍率が上がり仏頂面の流川。莉子はオロオロしている。
一同「……」(確かに…)
藤真の発言に納得したメンバーはガタンと音を立てて全員が席を立つ。
莉子「‼︎⁉︎」
牧「よし!昨日のチーム分けでまずジャンケンだ。代表2人。4人でジャンケンして勝った奴が玉子焼き総取りだ」
一同「おう!」
牧の指示でAとBに分かれる為に移動を始める選手達に莉子は慌てた。
莉子「ちょ、ちょっと待って下さい!」
仙道「ん?どうした…?」
みんなが莉子の方を見る。
莉子「ただの玉子焼きなのにこんな盛り上がられると困ります…。取り合ってもらうようなモノじゃないんです…」
みんなの期待に応えられる様な代物ではないのだ。玉子焼きへのハードルが高すぎる。みんなを満足させる自信がない莉子は眉をハの字に下げやめて欲しいと訴える。
藤真「…木村、それは違うぞ」
ジャンケンの言い出しっぺの藤真が静かに話し出す。
莉子「え?」
藤真「…美味いか美味くないか…。価値があるかないか…それを知りたいから食べたいんだ」
莉子「えぇ…」
藤真「それに…」
莉子「それに…?」
藤真「勝負事は燃える。どんな事でもな」
とグッと拳を握りキラッとしたいい笑顔を見せる藤真に莉子は呆れてしまう。
莉子「……」(何それ…理由になってない…)
藤真「よし!さっそく始めよう‼︎予選開始だ」
食堂内に野太い『じゃんけーーーん、ぽん!』の掛け声が響く。
他の部活の人間も誰が玉子焼きをゲットするか見守っている。
Aチーム
神が小さくガッツポーズ。
神「っし!」
仙道もニコッと笑い『よっしゃ!』と神とハイタッチ。
流川「……」(食べたかった…)
流川は無表情で玉子焼きを見つめている。
#莉子#「…」(何か可哀そう…)
Aチームの代表は神と仙道に決定。
Bチーム
『あいこでしょ!』
『しょ!』
『しょ!』
あいこが続いているのは三井、福田、清田の3人。あいこを繰り返す3人をおかしそうに眺める藤真に莉子が話しかける。
莉子「白熱してますね…」(こんなに一生懸命になるようなものじゃないのに…)
藤真「仲は悪いが気は合うみたいだな」
莉子「そうですね…」
浮かない顔の莉子に藤真は苦笑い。
藤真「悪かったよ」
莉子「え?」
藤真「いいチャンスだと思ったんだ。俺たちは普段、ライバル関係で混合チームも久しぶり。レベルの高い連中だからプレイ中の連携はどうとでもなるだろうが、チームの雰囲気作りはちょっと難しいと思うんだ。自己主張の強い奴らばかりだから…」
と笑う。莉子も釣られて笑ってしまう。
莉子「確かにそうですね」
藤真「こういうバスケ以外のやりとりって人間関係を作る上で結構大事なんだ。『楽しい』を共有する事は仲を深める」
と腕を組んで藤真がジャンケンで盛り上がるメンバー達を見る。莉子もそちらに視線を向ける。
莉子「……」
三井、福田、清田を取り囲むメンバーたち。
一瞬、わぁぁ!と歓声の様な声が起こる。
清田「よっしゃぁ‼︎‼︎」
清田が拳を突き上げる。連続あいこ勝負を制したのは清田だった。
三井が悔しそうに『だーー!くっそぉ‼︎』と頭を抱え、福田は無言でプルプル震えている。握った拳から悔しさが滲み出ていた。
三井の背中を叩き宮城が声をかける。福田には仙道と神が声をかけている。
楽しそうに笑っているメンバーを見て莉子は藤真の言葉がストンと心に落ちた。
莉子「このジャンケン勝負はレクリエーションってことですね…」
藤真「そう、そう。そんな感じ。そういう目的だから玉子焼きの出来はそこまで重要じゃない。だからそんなにプレッシャーに感じるな。木村も楽しめ」
ポンと莉子の背中を叩く藤真。
莉子「はい。そうします」
莉子は藤真ににっこりと笑いかけると盛り上がる選手達の輪に入っていく。
それを見ていると花形に声をかけられる。
花形「いい子だよな」
藤真が見上げると不敵に笑う花形と目が合う。そんな花形に藤真は迷惑そうな顔をした。
藤真「邪推しないでくれ。チームの雰囲気作りのためだ」
花形「すまん。藤真が女子の背中を叩いてるのなんか初めて見たからついな」
藤真「…」(確かにいい子だよな…)
選手達の輪に入っていくと途端に選手達に取り囲まれてしまう莉子。すっかりバスケ部の姫になった莉子。大男達の集団の中で楽しそうな笑顔を見せる莉子にキュンと心が疼く。
藤真「……」
花形「…?藤真?どうした?」
顔を真っ赤にしている藤真に首を傾げる花形。
藤真「何でもない」
と顔を背ける藤真に花形は『え…』と藤真と莉子を交互に見た。
笑っている莉子。それを見た藤真がパッと目を逸らす。耳まで真っ赤になっている。
花形「…まさか…本当に木村さんのこと…」
目をこれでもかと言うほど見開いた花形が目に入って藤真は羞恥心で体がカッと熱くなった。
藤真「だから!何でもないって‼︎」
顔を真っ赤にしたままそんな事を言う藤真に花形は『ははっ』と笑ってしまう。
花形「今、初めて藤真に説得力ないって思ったよ」
揶揄うような口調が憎ったらしい。
藤真「ぐっ…!」
言葉に詰まった藤真は花形から表情を隠す様に前髪をかきあげると莉子を見た。
笑顔いっぱいの莉子を見て藤真はキュンとときめき(あー‼︎あんだけ可愛いんだ‼︎仕方ねぇだろ!)と悔しそうに顔を顰める。
そんな藤真を楽しそうに見つめる花形。
花形に気付いた藤真は『くそっ!』と呟いたのだった。
7時過ぎ 神は同室のメンバーと食堂に向かって廊下を歩いていた。まだ眠そうな仙道がふあぁと大きなあくびをして目を擦る。
彦一は朝ご飯の準備に為、一足先に食堂に向かっているため不在。
仙道「眠い…」
涙を浮かべながら呟く仙道に宮城は呆れた様に『お前、一番最初に寝てなかったか?』と言えば仙道は『流川のが先だったろ?』と笑って答える。
流川「………」
流川はほぼ目を瞑って歩いている。
眠った状態で歩く流川に宮城が『起きろ。危ないだろ』と言った後『ってかお前ら2人、大人数が寝てる部屋でよく熟睡なんてできるよな…俺は無理だ…』と仙道を見上げた。
仙道「騒ぐヤツいなかったからな」
と仙道が清田を見てニコッと笑いかける。
清田「そりゃどういう意味だ?」
ガルルルと食ってかかっていく清田に仙道は『あははははは』と笑った。
神は2人の会話を聞いて(いいおもちゃにされてるな)と苦笑い。
宮城「…なぁ。神」
言い争いを放置して宮城が神の所へ避難してくる。
神「うん?」
宮城「人多くないか?まだ7時なのに…」
と宮城が周囲を見渡す。神奈川選抜以外の生徒が同じ方向に歩いていく。男子も女子も同じくらいの人数だ。
神は『あぁ…それは…』と宮城の質問に答える。
神「ウチはスポーツに力入れてるから三連休になるとどこも合宿って言うか泊まり込みの練習するんだよね」
宮城「…バスケ部の連中も?」
神「今回は大学へ練習試合に行ってるよ」
宮城「…マジか…」(大学生が練習相手かよ…)
海南との練習内容の違いに宮城は顔を顰めつつ(負けてられん!もっと練習量を増やすしかねぇ‼︎‼︎)と目を見開く。
流川「はっ!」(…寒気!)
悪寒に襲われた流川がバチッと目を開けた。
神「あ、起きた」
食堂に着くと神の説明通り生徒が複数人いた。各グループの机の上には菓子パンや惣菜パン、コンビニのおにぎりやインスタントの汁物などが置かれみんな各々朝食をとっているようでワイワイと賑わっていた。
賑わう食堂に中に神が彦一を見つけた。
神「あ、いた。一番奥にいる」
神が先頭を歩いていく。神に気付いた人間がみんな神に声をかける。
簡単に挨拶だけする人や一言、二言話していく人間。
やはり女子が積極的に神に声をかけていく。
宮城(さすが海南のアイドル…)
「神君、おはよう。バスケ部は大学に行ったって聞いてたけど神君はこっちに残ったの?」
神「おはよう。俺は今回は居残り。神奈川の選抜チームに選ばれたんだ。今日はこっちのメンバーと合宿」
と宮城達を指差す。
「えぇ〜‼︎すっごぉい‼︎」
目をキラキラさせ大声で叫ぶ女の子たち。
神は少し困った様に笑いながらも相手をする。
近くのテーブルで朝ごはんを食べていた女の子が『あ!宗ちゃん!』と声を上げた。
その声に女の子たちはあからさまに嫌な顔をした。
(げっ…いたんだ…)
宮城・仙道(…宗ちゃん…?)
驚く2人と少々ウンザリ気味な清田。
清田(またこの人か…この人、話長いんだよな…)
福田は見覚えのある顔に(どっかで見たことあるな…)と首を捻る。
神は声をかけてきた女の子を見て『茜か』と笑う。
ショートカットがよく似合う可愛らしい印象の女の子はキラキラした笑顔で神を見上げる。茜を見ていると神に対しての気持ちが透けて見えるようだった。神以外に興味がないのがよくわかる。
宮城(うーーーん)
宮城が神を見た。
宮城の頭の中で莉子を中心とした人間関係相関図に新たな登場人物と矢印が追加される。
神は莉子に気がある。この女の子も神に気がある。今、ここで朝ごはんを食べていると言うことはこの子も合宿中の可能性が高く神が莉子に気がある事がバレたらややこしいことになるような気がする。
宮城(それは阻止したい)
神を『宗ちゃん』と呼んでいる事や神の親しげな笑顔と態度を見てただの女友達ではないだろうなと予想する宮城。
茜は宮城達をチラッと見たが挨拶などもなく神に『ねぇ。宗ちゃぁん』と腕に絡みつき甘えた声を出す。
宮城(感じ悪…莉子ちゃんの方がずっと可愛げあって『良い女』だぜ…まぁ、アヤちゃんがダントツだけど)
宮城は『俺たち先に行ってる』と言うと仙道、清田、福田を引き連れて彦一のいるテーブルへ向かう。
先に神へ声をかけてきていた女の子も白けてしまった様な表情を浮かべ茜と入れ替わる形でさっさといなくなる。
茜は2人っきりになれたのが嬉しいのか機嫌の良い笑顔で神を見上げる。
茜「今から朝ごはん?」
神「あぁ」
神の返事を聞いた茜は後ろに隠していたパンを差し出す。
茜「宗ちゃん、これあげる。好きでしょ?」
と惣菜パンを差し出す。神が『ありがとう』とパンを受け取ると茜はニコッと笑い『いいの』と上目遣いで神を見つめ返す。
キラッキラッの笑顔からは『宗ちゃん大好き』オーラが出ていて、まるで『ここは2人の世界だから話しかけてこないで』と主張しているようだ。
宮城(すげぇな…神は意に介してないって感じだけど…)
席について食事が運ばれてくるのを待っている宮城が頬杖をついて神と茜を観察している。くれぐれも莉子のことを頼んだと彩子から言われているのだ。神と茜の存在は要注意だ。莉子に何かあったら彩子に合わせる顔がない。
宮城(神が莉子ちゃんに気があるってばれなきゃいい話なんだけどな)
神に会えて嬉しそうな茜とは違い神はいたって通常運転。話しかけられた事に対して淡々と簡潔に返事をしている。
宮城(クールだねぇ…)
隣のテーブルに座る女の子達が『うわ…またやってるよ…』と神と茜を見て顔を顰める。
話かけられた女の子が『あぁ…。『私の宗ちゃん』アピール?』と笑う。
「鬱陶しくない?確かに神君は人気者だけどさぁ…みんながみんな神君を狙ってるわけないじゃん」
「神君って良い人で努力家だから応援したくなる人だし試合前には声をかけたくなるよね」
「そうそう。なのに話してるだけですぐに敵認定からのシャットアウトってムカつくんだよね」
「まぁ、まぁ…」
女の子達の会話を聞いて宮城は(あの子の片想いってわけね…)と理解していく。
しかも執着心が強いタイプらしい。
宮城(…やっぱ莉子ちゃんとの接触には要注意だな…)
そんなことを考えながら神と茜を眺めている宮城。
莉子「みなさんおはようございます」
味噌汁が乗った大きなトレイを持った莉子が笑顔で現れた。
宮城「莉子ちゃん⁉︎⁉︎」
仙道「木村⁉︎⁉︎な、何してんだ⁉︎」
宮城同様、隣の女の子の会話を聞いていて宮城と同じ様な事を考えていた仙道もびっくりしている。
莉子は狼狽える2人に『え?』と首を傾げると『朝ご飯の準備ですけど…』と答えた。
宮城と仙道の声に神も莉子の存在に気が付いたようだ。すぐに莉子に駆け寄ろうとして茜に行く手を遮られているのが見えた。
宮城(マズい…莉子ちゃんの存在がバレた…)
莉子の存在に気が付いた神が明らかにソワソワし始めた。
気もそぞろになり視線どころか顔全体で莉子の動きを追いかける神。茜の顔が引き攣っている。
莉子「お味噌汁どうぞ。まだおかわりありますからたくさん食べてくださいね」
宮城と仙道の前に湯気の上がった味噌汁を置く莉子。
宮城「ありがとう」
仙道「サンキュ」
宮城や仙道にニコッと笑いかけると隣に座る福田と清田にも味噌汁を置いていく。
その間も神はしきりに莉子の様子を気にしていて、そんな神を茜が腕を引っ張って『私の話を聞いてよ』とこの場に神を繋ぎ止めようと必死だ。
宮城はハラハラしていた。
宮城(神、頼むぞ…。お前の対応次第でその女の莉子ちゃんへの印象が変わる…)
しかし宮城の願い虚しく神は茜の腕を振り切ると顔の前で手を合わせ、すぐさま莉子の方は小走りでやってきた。
茜の表情は傷ついたような怒っているような驚いているような…なんとも形容し難い表情を浮かべている。
宮城(あとで説教だな…)
茜とは打って変わって嬉々とした表情で莉子の方にやってくる姿はまるで大型犬そのものだ。
神「木村さん!おはよう」
嬉しそうに莉子の隣に立つ神。神の表情が『会えて嬉しい』と物語っている。
莉子「あ、神さん!おはようございます‼︎」
莉子も嬉しそうに神に挨拶をする。そして『更衣室の件、神さんが提案してくれたって彦一君から聞きました。本当にありがとうございます』と感謝を述べると分かり易く神の表情が緩む。
神「喜んでもらえてよかった」
ニコニコと笑い合う2人を見て茜の顔は般若の様な怒りに満ちている。
宮城(…オワッタ…)
宮城は天を仰いだ。
印象は最悪。神は好意がダダ漏れな事に気づいていないのだろう。隠せと言ったはずの莉子への感情が溢れてしまっている。
そして距離がやたら近い。しかし昨日のことや更衣室のことで神のことを信用している莉子は特に気にしている様子はなく宮城は(ヤバいなぁ)と額に手を当てた。これじゃ神の好意を受け入れてしまっているように見える。
彦一が袋に入ったお弁当を持ってやってきた。
彦一「お弁当届きましたぁ!」
味噌汁を配り終わった莉子も手伝って選手達にお弁当が配られる。
三井「弁当、一つなくないか?」
と三井が言うと莉子が『私の分は元々ないんです』と言った。
神「木村さん、朝ご飯食べて来たの?俺のお弁当半分食べる?さっきパンもらったからそれ食べてもいいよ」
と矢継ぎ早に色んなことを提案されて莉子はたじろぎながらも『大丈夫です』と手を左右に振った。
莉子「家から持って来たのでここで一緒に食べてもいいですか?」
宮城が『もちろん』と自分の隣の椅子を引いて莉子に座る様に促す。慌てて神も莉子の隣に陣取る。
莉子は紙袋から小さなおにぎりを一つと使い捨ての小さいタッパーを取り出した。
タッパーの中には卵焼きとウインナーとブロッコリーが入っていた。
卵焼きの存在に流川の目がキラッと光る。
流川「ソレ…」
向かいの席に座っていた流川が突然喋りだし莉子は『え?』と聞き返した。
流川「卵焼き…ホシイ…」
流川はクラスは違えど同じ学年だ。あまり接点がない様に見えても莉子は同じ1年の流川を桜木同様、気にかけている。前に寝過ごしお昼ご飯を食べ損ねかけていた流川に自分のお弁当を丸々あげていた莉子。その時食べた卵焼きが流川の胃袋を鷲掴みにしていたのだ。
あの玉子焼きをもう一度食べれるチャンスにスイッチが入った様に動き始めた流川を見て仙道が『そんなに美味いのか?』と聞くとコクンと頷いた。流川は自分の弁当を差し出し『…交換…』と莉子に言う。
お弁当のおかずと交換しようと差し出された流川の弁当と流川の顔を交互に見て莉子はにっこりと笑う。
莉子「いいよ。たくさん食べてほしいから交換なしでいいよ…どうぞ」
と流川が差し出したお弁当の隣に小さなタッパーを差し出す。
すると仙道が『そんなに美味いなら俺も食ってみたい』と言い出した。
流川「‼︎」
莉子「え…」
元々、自分の分として少量しか持ってきていない。分けるほどないのだ。莉子は(どうしよう…)と困ってしまう。
神「…」(俺も食べたい…でもそれを言ったら木村さん困るよな…それに俺が好意を持ってるってバレるかも…)
宮城に『莉子ちゃんは好意を持っている男が苦手』だと聞いている。今はバレるのはマズイ。
一応、気を付けていたらしい。
さぁ、どうする?とみんなが注目している中、藤真が立ち上がった。
藤真「ジャンケンだな」
一同「は?」
莉子「ジャンケン…?」
藤真が仙道と流川の元へ歩み寄り『俺も食ってみたくなった』とにっこりと笑う。藤真は『あと他に食べたい奴いるか?』と手首をブンブン振る。なぜか気合い十分だ。
花形「…本当にジャンケンするのか?」
藤真「あぁ。昨日の鶏の照り焼きだって美味かったし流川のこの反応…。食ってみたいと思わないか?」
と流川の肩に手をポンと置く。
流川「…」
玉子焼きの倍率が上がり仏頂面の流川。莉子はオロオロしている。
一同「……」(確かに…)
藤真の発言に納得したメンバーはガタンと音を立てて全員が席を立つ。
莉子「‼︎⁉︎」
牧「よし!昨日のチーム分けでまずジャンケンだ。代表2人。4人でジャンケンして勝った奴が玉子焼き総取りだ」
一同「おう!」
牧の指示でAとBに分かれる為に移動を始める選手達に莉子は慌てた。
莉子「ちょ、ちょっと待って下さい!」
仙道「ん?どうした…?」
みんなが莉子の方を見る。
莉子「ただの玉子焼きなのにこんな盛り上がられると困ります…。取り合ってもらうようなモノじゃないんです…」
みんなの期待に応えられる様な代物ではないのだ。玉子焼きへのハードルが高すぎる。みんなを満足させる自信がない莉子は眉をハの字に下げやめて欲しいと訴える。
藤真「…木村、それは違うぞ」
ジャンケンの言い出しっぺの藤真が静かに話し出す。
莉子「え?」
藤真「…美味いか美味くないか…。価値があるかないか…それを知りたいから食べたいんだ」
莉子「えぇ…」
藤真「それに…」
莉子「それに…?」
藤真「勝負事は燃える。どんな事でもな」
とグッと拳を握りキラッとしたいい笑顔を見せる藤真に莉子は呆れてしまう。
莉子「……」(何それ…理由になってない…)
藤真「よし!さっそく始めよう‼︎予選開始だ」
食堂内に野太い『じゃんけーーーん、ぽん!』の掛け声が響く。
他の部活の人間も誰が玉子焼きをゲットするか見守っている。
Aチーム
神が小さくガッツポーズ。
神「っし!」
仙道もニコッと笑い『よっしゃ!』と神とハイタッチ。
流川「……」(食べたかった…)
流川は無表情で玉子焼きを見つめている。
#莉子#「…」(何か可哀そう…)
Aチームの代表は神と仙道に決定。
Bチーム
『あいこでしょ!』
『しょ!』
『しょ!』
あいこが続いているのは三井、福田、清田の3人。あいこを繰り返す3人をおかしそうに眺める藤真に莉子が話しかける。
莉子「白熱してますね…」(こんなに一生懸命になるようなものじゃないのに…)
藤真「仲は悪いが気は合うみたいだな」
莉子「そうですね…」
浮かない顔の莉子に藤真は苦笑い。
藤真「悪かったよ」
莉子「え?」
藤真「いいチャンスだと思ったんだ。俺たちは普段、ライバル関係で混合チームも久しぶり。レベルの高い連中だからプレイ中の連携はどうとでもなるだろうが、チームの雰囲気作りはちょっと難しいと思うんだ。自己主張の強い奴らばかりだから…」
と笑う。莉子も釣られて笑ってしまう。
莉子「確かにそうですね」
藤真「こういうバスケ以外のやりとりって人間関係を作る上で結構大事なんだ。『楽しい』を共有する事は仲を深める」
と腕を組んで藤真がジャンケンで盛り上がるメンバー達を見る。莉子もそちらに視線を向ける。
莉子「……」
三井、福田、清田を取り囲むメンバーたち。
一瞬、わぁぁ!と歓声の様な声が起こる。
清田「よっしゃぁ‼︎‼︎」
清田が拳を突き上げる。連続あいこ勝負を制したのは清田だった。
三井が悔しそうに『だーー!くっそぉ‼︎』と頭を抱え、福田は無言でプルプル震えている。握った拳から悔しさが滲み出ていた。
三井の背中を叩き宮城が声をかける。福田には仙道と神が声をかけている。
楽しそうに笑っているメンバーを見て莉子は藤真の言葉がストンと心に落ちた。
莉子「このジャンケン勝負はレクリエーションってことですね…」
藤真「そう、そう。そんな感じ。そういう目的だから玉子焼きの出来はそこまで重要じゃない。だからそんなにプレッシャーに感じるな。木村も楽しめ」
ポンと莉子の背中を叩く藤真。
莉子「はい。そうします」
莉子は藤真ににっこりと笑いかけると盛り上がる選手達の輪に入っていく。
それを見ていると花形に声をかけられる。
花形「いい子だよな」
藤真が見上げると不敵に笑う花形と目が合う。そんな花形に藤真は迷惑そうな顔をした。
藤真「邪推しないでくれ。チームの雰囲気作りのためだ」
花形「すまん。藤真が女子の背中を叩いてるのなんか初めて見たからついな」
藤真「…」(確かにいい子だよな…)
選手達の輪に入っていくと途端に選手達に取り囲まれてしまう莉子。すっかりバスケ部の姫になった莉子。大男達の集団の中で楽しそうな笑顔を見せる莉子にキュンと心が疼く。
藤真「……」
花形「…?藤真?どうした?」
顔を真っ赤にしている藤真に首を傾げる花形。
藤真「何でもない」
と顔を背ける藤真に花形は『え…』と藤真と莉子を交互に見た。
笑っている莉子。それを見た藤真がパッと目を逸らす。耳まで真っ赤になっている。
花形「…まさか…本当に木村さんのこと…」
目をこれでもかと言うほど見開いた花形が目に入って藤真は羞恥心で体がカッと熱くなった。
藤真「だから!何でもないって‼︎」
顔を真っ赤にしたままそんな事を言う藤真に花形は『ははっ』と笑ってしまう。
花形「今、初めて藤真に説得力ないって思ったよ」
揶揄うような口調が憎ったらしい。
藤真「ぐっ…!」
言葉に詰まった藤真は花形から表情を隠す様に前髪をかきあげると莉子を見た。
笑顔いっぱいの莉子を見て藤真はキュンとときめき(あー‼︎あんだけ可愛いんだ‼︎仕方ねぇだろ!)と悔しそうに顔を顰める。
そんな藤真を楽しそうに見つめる花形。
花形に気付いた藤真は『くそっ!』と呟いたのだった。