神宗一郎と恋するお話
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牧「騒ぎすぎるなよ」
と清田を指す牧。名前指定された清田は『子どもじゃあるまいし騒いだりしませんよっ!』と胸を叩く。
全員「……」
自信満々の清田だがメンバー全員の視線は冷たい。
牧「…神」
神「はい」
牧「任せたぞ」
チラッと清田を見た後、神は苦笑いを浮かべ『…はい…』と小さく返事をした。
3年生が去り残った1、2年によるロビーの端で始まったジャンケン部屋決め。
宮城「サクッと決めちまおーぜ」
輪になるメンバーを見つめる莉子。
莉子「……」(こういうのって関係なくてもなんかワクワクしちゃう…)
目をキラキラさせた莉子を見て神はクスクス笑う。
神(めっちゃワクワクしてる…。こういうの好きなのか。大人っぽく見えるけど意外と子供っぽいとこもあるんだな…)
神以外のメンバーはすでに円になってじゃんけんの準備ができている。
宮城「神ー。さっさと来いよ。早く部屋で休みてぇ」
神「!」
莉子「?」
莉子の視線が神に向く。
莉子を見ていた事が本人にバレたかと焦る。
神「あ…えっと」
莉子「??」
その時、『おーい』とのんびりした仙道の声。
仙道「神、参加しないと監督と同じ部屋だぞ」
神「!⁉︎」
神は『それは困る!』と慌てて輪に加わる神。
莉子「ふふっ」
莉子が笑っているのを見て小っ恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちが混ざる。
神が加わると何故か清田が『せーの』と仕切り出す。
莉子「ふふふ」(清田くん…可愛い…悠人みたい…)
1番年下なのに何故か仕切りたがる清田の姿に末の弟を思い出した。
清田「グーとパーで分かれましょっ!」
「しょっ!」
「しょっ!」
莉子「あ」
何度目かのジャンケンで無事に分かれることができたメンバー。
仙道、清田、福田、宮城
神、流川、彦一
清田が『だーーーっ!』と叫びながら膝から崩れ落ちた。
清田「神さーん!」
離れてしまった神を思い名前を叫ぶ清田。
神「騒ぐな。恥ずかしい…」
と本当に嫌そうな顔をしている神。
切ない清田とは打って変わって神の反応はとてもクール。
清田「そんなぁ」
四つん這いで項垂れる清田の背中をポンポンと優しく叩く莉子。
清田「ん?」
莉子「どんまい」
と半笑いの莉子。
バカにされている
清田はギロっと莉子を睨んだ。
清田「おーまーえー!」
と怒る清田を見て莉子はケラケラ笑い『元気じゃん』と清田の肩を叩く。
清田「は?」
莉子はニコッと笑う。
莉子は『大丈夫。寂しいのは寝る時だけ。後はご飯もお風呂もずっと一緒だよ』と励ます。
それを聞いていた仙道は『ははっ』と吹き出し『今年の1年、やっぱり面白いな』と笑う。
神「……」(楽しそう…)
「あの子、かわいくね?」
ぴくっ
「あ。本当だ。ってか優しそう」
神はチラッと莉子を見た。
莉子は清田に向かって『ほら、立って』と言って腕を掴み立ち上がらせていた。
神「……」
声のした方へ視線を向けた。
神「……」(やっぱり…)
男性達が見ていたのはやはり莉子だった。
ロビーで騒いでいたせいで注目を浴びてしまったようだ。
男性達は神に気付かずに話を続ける。
「俺、あーいうニコニコしてる子好きなんだよな」
「感情の起伏がいい状態で一定の子な」
「そうそうそう!安心できるっつーか、癒されるんだよなー」
神(わかる…)
男性は少し考えてから『後で声掛けてみようかな?』と言った。
神「‼︎⁉︎」
「いいね。そうしようぜ」
わいわいと楽しそうにエレベーターに乗り込む男性客を見送る神の視線は鋭い。
神「………」(させるか…)
莉子「神さん」
神はハッとして『なに?』と莉子を見た。
莉子は神に鍵を差し出した。
莉子「これどうぞ」
神「ありがとう」
『どういたしまして』と伝える代わりに莉子はニコッと笑い返してくる。
神(あぁ…)
ニコニコした笑顔に苛立っていた心がスーッと引いていくのを感じた。
神(本当に癒される…)
幸せを噛み締めていると仙道が『2人とも行こうぜ』と神の肩を叩く。
神「うん」
莉子「はい」
みんなで部屋に向かう。
神は莉子の後ろを歩いている。
そして周囲に気を配る。
莉子を見ている不審人物はいないか?
危険な物はないか?
好きそうな物はないか?
面白そうな物は?楽しそうな物は?
無意識に見てしまう。
彦一と談笑している莉子の後頭部を見ている。
彦一より背の高い莉子。でも華奢だった。
神「…」(背中…小さいな…)
エレベーターが来て全員で乗り込む。
神「……」
狭いエレベーターの中では各々の距離が近い。
神(あ…)
神は福田の鞄が莉子に当たりそうだ。
どちらかが体を動かしただけでも当たりそうな距離感に気づいて鞄をそっと手で押さえた。
莉子への気遣いが染み付いている様なその行動は完全に無意識だった。
もちろん莉子も気付いていない。鞄を押さえられた福田も気付いていない。
宮城「飯って何時からだっけ?」
莉子「7時です。場所は最上階の団体客用の食堂です」
宮城「そっか。わかった」
チーンとベルがなって目的階で止まる。
莉子が降りると神も福田の鞄から手を離した。
莉子は神達の隣の部屋だった。
神「……」
部屋に入ろうとする莉子に彦一が『わい、この後牧さん達に報告しに行かなあかんのやけど準備とか頼んでもええかな?』と申し訳なさそうに言う。
莉子「残ってる仕事はドリンクの準備と洗濯ぐらいだから…」
と莉子が答える。
莉子「私、1人でも問題ないよ」
彦一「ごめんなぁ。終わったらすぐに行くでな」
莉子「うん。ありがとう」
神「……」(ということはしばらくの間、木村さんは1人で作業か…)
莉子がジッと自分を見ている神に気づき『?』と首を傾げる。
神「……」
小動物のような愛らしい仕草を計算なしにしてくる莉子に神の心配は尽きない。
神(こんな子…1人にはできない…)
神は小さくため息をついたのだった。
莉子荷物を部屋に置くとすぐに宿舎内のコインランドリーに向かった。
明日の試合の為にタオルとユニフォームの洗濯を始める。
莉子「……」(分けた方がいい…よね?)
別々の洗濯機に入れ洗剤を放り込む。
スタートボタンを押すと『30分後出来上がり』と表示された。
莉子「30分後か…」
と手を腰に当てゴウンゴウンと回り出した洗濯機を見ていると莉子は背後の気配に気付いた。
莉子「………」(ん?)
チラッと後ろを見れば神が入り口からこちらを覗いている。
莉子はクスッと笑った。
神は莉子の後ろでソワソワし声をかけるタイミングを見計らっている様だった。
莉子(何かあったのかな?)
くるりと神の方へ向き直ると莉子は『神さん。どうしたんですか?』と声をかけた。
神は気付いていないと思っていたのか驚いた様子だった。
神「え、えーと…」(やばい。いい言い訳が何も思いつかない…)
モジモジしている神を見て莉子が言った。
莉子「私、待ち時間ができてしまって…。もし時間を持て余してるならちょっとお話しませんか?」
神は嬉しそうに『うん!』と莉子の隣にやって来た。
作動中の洗濯機の前に丸いすを二つ並べ座る。
話題はやはり今日の試合だ。
莉子「今日の試合すごかったですね」
神「みんな気合い入ってたからね」
莉子「神さんもすごかったです!私、あんなに遠くからのシュート初めて見ました!」
神「そう?」
はしゃぐ莉子に神は目を細める。
莉子「疲れてませんか?」
神「俺は交代を繰り返してたし全然疲れてないよ。木村さんの方が疲れてるんじゃない?」
莉子「私…ですか?」
神「だってずっと仕事してるし…。常に頭フル回転って感じなんじゃないかなと思って」
『疲れてない?大丈夫?』と顔を覗き込む神。
莉子「⁉︎」
莉子は慌てて『だっ、大丈夫です!』と顔を逸らした。
顔を赤くした莉子を見て神はギュッと拳を握った。
神(まずいな…)
神は口元を隠すように手で覆った。
莉子は神と話す時、少し緊張しているようだった。
一年トリオが莉子と屈託なく話すのを見て何度も羨ましく思ってきた。
でも莉子が自分を特別に思ってくれていることも感じてた。
だから、いつか莉子が自分とも屈託なく接してくれる日がくると思ってた。
神(早くそんな日が来いって思ってたけど…)
恥ずかしそうに顔を伏せる莉子を見ているとどうしようもなくもどかしい。
莉子が屈託なく笑うこと、少し踏み込んだプライベートな話を聞くこと、彼女の頑張りを知ること、優しさや気遣い、お茶目な一面に気づくこと…。自分の視線に恥ずかしがる姿がこんなにも『愛おしい』なんて知らなかった。
この気持ちを伝えたい。
ただ『好き』だけじゃなく、可愛くてしかたない事も、愛おしく思っている事も大切である事も、尊敬している事も全部、知って欲しい。
しかしそれと同時に不安もあった。
莉子とのメッセージや電話のやり取りで桜木ととても仲がいいことや桜木はもう1人のマネージャーが好きなこと、桜木の友達もよくしてくれているらしいが、彼らは『俺たちは不良だからあんまり一緒にいない方がいいよ』と普段は距離を取られていることを知った。
不良で恐れられている桜木がいて他の男子は怖がって声をかけにこない。
桜木は違う女の子に片想い中でその友達ともいい距離感で接している…。
神(今の木村さんがが平穏にいられる理由は恋愛から遠のいているからだ)
前に『彼氏に憧れる』と言っていた。
神にとって『憧れ』は手に入らないモノへ向けられる感情だ。
莉子は恋愛や彼氏というものを諦めている可能性はないのか?
神(もしそうだとしたら…)
神も今、莉子と『いい雰囲気』なのは充分承知している。
しかし告白なんてしてしまったら『いい雰囲気』から恋愛に発展してしまう。
神はそうなれば嬉しいし幸せだ。
でも莉子は?それを望んでるのか?
『憧れ』でとどめておきたいのでは?
そう思うと言い出せなかった。
神(木村さんといたい…。でも今の関係を壊したくない…)
神はギュッと唇を噛んだ。
莉子「…?神さん?大丈夫ですか?やっぱり疲れてるんじゃ…」
と顔を覗き込んできた。
心配そうに眉をハの字にした莉子を見てドキッとする。
神(な、何で…)
今度は神が莉子から顔を逸らした。
恥ずかしそうに顔を背けたかと思えば自分の異変に気付いてしっかりと目線を合わせてくる莉子
神(そういうの…本当…ズルいよな…)
莉子を見た。
ものすごくドキドキしている。
心がくすぐったい。
神「だ、大丈夫だよ。本当…」
神は立ち上がった。
ピーピーピー
洗濯機から洗いが終了したことを知らせる電子音が鳴った。
莉子「あ」
神「終わったみたいだね。これって干すの?」
莉子「いえ…。乾燥機に移して乾かします…」
神「じゃあ俺、こっちするよ」
とタオルが入った洗濯機を開けた。
そして、上段に設置された乾燥機にタオルを放り込む。
莉子「ありがとうございます」
莉子もユニフォームを乾燥に入れた。
お金を入れ、操作する手が止まった。
莉子「時間…ってどれくらいだろ…」
ポツリと呟いた小さな独り言。
ぬっと長い腕が莉子の背後から伸びてきた。
神「ユニフォームは30分でちゃんと乾くよ。タオルは念のために40分にしといたら安心かな」
と神が慣れた手つきで操作する。
ピッ
神がスタートボタンを押した。
莉子「ありがとうございます。私、コインランドリーって使った事なくて…家だとオートで乾燥まで全部やってくれるから…」
と少し気まずそうな莉子に神は『俺も部活やってなきゃ知らなかったよ』とお釣りを莉子に渡す。
ちゃんと乾燥機が動き出したのを確認して神は『この後はどうする?部屋に戻る?』と莉子を見た。
莉子は壁にかかった時計を見上げた。
時刻は6時30分を少し過ぎた頃。
莉子は神に視線を戻した。
神は必要以上に距離を詰めてこない。
莉子にとって男の人は『いつ手のひらを返すかわからないもの』であり、また友情を壊す存在でもあった。
自分がちゃんとした人間関係を築く上で男の人との距離感はものすごく大切だと思っている。
それに手のひらを返した男の子はとても怖い。
そういう莉子の体験や考え、想いを知ってくれている神は莉子の気持ちをとても尊重してくれている。
だから『部屋に戻る』という離れるための逃げ道を選択肢に入れてくれる。
莉子「……」(だとすれば…私から距離を詰める、べき?)
神「木村さん?どうした?」
莉子「乾燥が終わるまで仕事はないんです。だ、だから…あの…」
神「うん?」
莉子「このままもう少しだけ…ご飯の時間までお話しませんか…?」
顔を真っ赤にさせた莉子を見て神は『もちろん』と笑った。
莉子「!」
嬉しそうに笑う神を見て莉子はドキッとしたが、苦しくもなった。
以前、神に抱きしめられた時の事を思い出した。
あの時はまだ神は莉子と小野寺のことを知らずにいた。
だから感情に任せて莉子を抱きしめたのだろう。
莉子「……」(あの時から神さんは私の事…)
素の神はもっと情熱的なのかもしれない。
でも今は莉子のことを知っているからか前の様なガツガツとした接触はしてこない。
むしろいつも莉子の様子をうかがっているようにすら見える。
莉子「……」(あぁ…)
告白を断った莉子を『傷つけられた』と好意を持っていたはずなの女の子を徹底的に痛めつけた彼らと、『好きだから』と過去を知り、一緒に心を痛め、自分の気持ちを抑え莉子を尊重してくれる神が同じなわけない。
自分の誘いにこんなに嬉しそうに笑う神を信じたい。
莉子「……」(私は、神さんを信じたい…)
ただ優しいからじゃない。
好きだと言ってくれたからでもない。
怖がらないように、自分で歩けるように、ずっと待ってくれている。
そんな神と、もっと一緒にいたい。
もっと神のことを知りたい。
そして神にも、自分のことを知ってほしい。
莉子(……私、神さんともっと一緒にいたい…)
そう気づいた瞬間、胸の奥が大きく鳴った。
莉子が神をグッと真っ直ぐ見据えるように見つめた。
莉子「私、神さんが好きです」
神「え?」
莉子「もう、声だけとか文字だけじゃ物足りなくなっちゃいました」
と薄ら涙を浮かべ笑う莉子。
莉子「私…神さんと手を繋ぎたいし、休みの日だって会う権利が欲しいし…また抱きしめて欲しいです」
神「木村さん…」
莉子「恋愛をするなら絶対に神さんとがいいんです。だから…」
神がゴクリと唾を飲み込んだ。
莉子「私を彼女にしてくれませんか?」
神は一瞬、ぐっと感情を抑える様に言葉を飲み込んだ。
だが嬉しさが込み上げてきて我慢なんてできそうにない。
答えなんて分かりきっている。
神「……もちろん!」
神がガバッと莉子に抱きつく。
莉子「わぁ!」
驚いたように声を上げた莉子が神の背中に腕を回す。
莉子の頭頂部に神が頬擦りする。
莉子「ボサボサになっちゃいます」
と楽しそうな莉子の声。
神は幸せを噛み締める様に強く抱きしめた。
莉子「大好きです」
神の胸の中から聞こえた莉子の言葉に神は『俺も』と返した。
神「俺も大好きだ」
と抱きしめる腕に少しだけ力を入れる。
莉子「ふふふふ。嬉しい」
と言うと莉子はギュッと神を抱きしめ返した。
夕食の時間が近づき2人でエレベーターに乗る。
神「……」
莉子「……」
狭い空間で莉子と神は少し緊張した。
2人で入り口側を向き肩を並べ立っていると振動で少し手の甲同士が触れた。
神は莉子を見た。
莉子も神を見た。
目が合った2人は恥ずかしそうに笑い合う。
莉子「ふふ。ごめんなさい」
神「ふっ。いえ。こちらこそ」
再び前に向き直った。
目的階まで何も話さなかった。
しかしそれがかえって心地よかった。
穏やかな空気が2人を包み込んでいた。
と清田を指す牧。名前指定された清田は『子どもじゃあるまいし騒いだりしませんよっ!』と胸を叩く。
全員「……」
自信満々の清田だがメンバー全員の視線は冷たい。
牧「…神」
神「はい」
牧「任せたぞ」
チラッと清田を見た後、神は苦笑いを浮かべ『…はい…』と小さく返事をした。
3年生が去り残った1、2年によるロビーの端で始まったジャンケン部屋決め。
宮城「サクッと決めちまおーぜ」
輪になるメンバーを見つめる莉子。
莉子「……」(こういうのって関係なくてもなんかワクワクしちゃう…)
目をキラキラさせた莉子を見て神はクスクス笑う。
神(めっちゃワクワクしてる…。こういうの好きなのか。大人っぽく見えるけど意外と子供っぽいとこもあるんだな…)
神以外のメンバーはすでに円になってじゃんけんの準備ができている。
宮城「神ー。さっさと来いよ。早く部屋で休みてぇ」
神「!」
莉子「?」
莉子の視線が神に向く。
莉子を見ていた事が本人にバレたかと焦る。
神「あ…えっと」
莉子「??」
その時、『おーい』とのんびりした仙道の声。
仙道「神、参加しないと監督と同じ部屋だぞ」
神「!⁉︎」
神は『それは困る!』と慌てて輪に加わる神。
莉子「ふふっ」
莉子が笑っているのを見て小っ恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちが混ざる。
神が加わると何故か清田が『せーの』と仕切り出す。
莉子「ふふふ」(清田くん…可愛い…悠人みたい…)
1番年下なのに何故か仕切りたがる清田の姿に末の弟を思い出した。
清田「グーとパーで分かれましょっ!」
「しょっ!」
「しょっ!」
莉子「あ」
何度目かのジャンケンで無事に分かれることができたメンバー。
仙道、清田、福田、宮城
神、流川、彦一
清田が『だーーーっ!』と叫びながら膝から崩れ落ちた。
清田「神さーん!」
離れてしまった神を思い名前を叫ぶ清田。
神「騒ぐな。恥ずかしい…」
と本当に嫌そうな顔をしている神。
切ない清田とは打って変わって神の反応はとてもクール。
清田「そんなぁ」
四つん這いで項垂れる清田の背中をポンポンと優しく叩く莉子。
清田「ん?」
莉子「どんまい」
と半笑いの莉子。
バカにされている
清田はギロっと莉子を睨んだ。
清田「おーまーえー!」
と怒る清田を見て莉子はケラケラ笑い『元気じゃん』と清田の肩を叩く。
清田「は?」
莉子はニコッと笑う。
莉子は『大丈夫。寂しいのは寝る時だけ。後はご飯もお風呂もずっと一緒だよ』と励ます。
それを聞いていた仙道は『ははっ』と吹き出し『今年の1年、やっぱり面白いな』と笑う。
神「……」(楽しそう…)
「あの子、かわいくね?」
ぴくっ
「あ。本当だ。ってか優しそう」
神はチラッと莉子を見た。
莉子は清田に向かって『ほら、立って』と言って腕を掴み立ち上がらせていた。
神「……」
声のした方へ視線を向けた。
神「……」(やっぱり…)
男性達が見ていたのはやはり莉子だった。
ロビーで騒いでいたせいで注目を浴びてしまったようだ。
男性達は神に気付かずに話を続ける。
「俺、あーいうニコニコしてる子好きなんだよな」
「感情の起伏がいい状態で一定の子な」
「そうそうそう!安心できるっつーか、癒されるんだよなー」
神(わかる…)
男性は少し考えてから『後で声掛けてみようかな?』と言った。
神「‼︎⁉︎」
「いいね。そうしようぜ」
わいわいと楽しそうにエレベーターに乗り込む男性客を見送る神の視線は鋭い。
神「………」(させるか…)
莉子「神さん」
神はハッとして『なに?』と莉子を見た。
莉子は神に鍵を差し出した。
莉子「これどうぞ」
神「ありがとう」
『どういたしまして』と伝える代わりに莉子はニコッと笑い返してくる。
神(あぁ…)
ニコニコした笑顔に苛立っていた心がスーッと引いていくのを感じた。
神(本当に癒される…)
幸せを噛み締めていると仙道が『2人とも行こうぜ』と神の肩を叩く。
神「うん」
莉子「はい」
みんなで部屋に向かう。
神は莉子の後ろを歩いている。
そして周囲に気を配る。
莉子を見ている不審人物はいないか?
危険な物はないか?
好きそうな物はないか?
面白そうな物は?楽しそうな物は?
無意識に見てしまう。
彦一と談笑している莉子の後頭部を見ている。
彦一より背の高い莉子。でも華奢だった。
神「…」(背中…小さいな…)
エレベーターが来て全員で乗り込む。
神「……」
狭いエレベーターの中では各々の距離が近い。
神(あ…)
神は福田の鞄が莉子に当たりそうだ。
どちらかが体を動かしただけでも当たりそうな距離感に気づいて鞄をそっと手で押さえた。
莉子への気遣いが染み付いている様なその行動は完全に無意識だった。
もちろん莉子も気付いていない。鞄を押さえられた福田も気付いていない。
宮城「飯って何時からだっけ?」
莉子「7時です。場所は最上階の団体客用の食堂です」
宮城「そっか。わかった」
チーンとベルがなって目的階で止まる。
莉子が降りると神も福田の鞄から手を離した。
莉子は神達の隣の部屋だった。
神「……」
部屋に入ろうとする莉子に彦一が『わい、この後牧さん達に報告しに行かなあかんのやけど準備とか頼んでもええかな?』と申し訳なさそうに言う。
莉子「残ってる仕事はドリンクの準備と洗濯ぐらいだから…」
と莉子が答える。
莉子「私、1人でも問題ないよ」
彦一「ごめんなぁ。終わったらすぐに行くでな」
莉子「うん。ありがとう」
神「……」(ということはしばらくの間、木村さんは1人で作業か…)
莉子がジッと自分を見ている神に気づき『?』と首を傾げる。
神「……」
小動物のような愛らしい仕草を計算なしにしてくる莉子に神の心配は尽きない。
神(こんな子…1人にはできない…)
神は小さくため息をついたのだった。
莉子荷物を部屋に置くとすぐに宿舎内のコインランドリーに向かった。
明日の試合の為にタオルとユニフォームの洗濯を始める。
莉子「……」(分けた方がいい…よね?)
別々の洗濯機に入れ洗剤を放り込む。
スタートボタンを押すと『30分後出来上がり』と表示された。
莉子「30分後か…」
と手を腰に当てゴウンゴウンと回り出した洗濯機を見ていると莉子は背後の気配に気付いた。
莉子「………」(ん?)
チラッと後ろを見れば神が入り口からこちらを覗いている。
莉子はクスッと笑った。
神は莉子の後ろでソワソワし声をかけるタイミングを見計らっている様だった。
莉子(何かあったのかな?)
くるりと神の方へ向き直ると莉子は『神さん。どうしたんですか?』と声をかけた。
神は気付いていないと思っていたのか驚いた様子だった。
神「え、えーと…」(やばい。いい言い訳が何も思いつかない…)
モジモジしている神を見て莉子が言った。
莉子「私、待ち時間ができてしまって…。もし時間を持て余してるならちょっとお話しませんか?」
神は嬉しそうに『うん!』と莉子の隣にやって来た。
作動中の洗濯機の前に丸いすを二つ並べ座る。
話題はやはり今日の試合だ。
莉子「今日の試合すごかったですね」
神「みんな気合い入ってたからね」
莉子「神さんもすごかったです!私、あんなに遠くからのシュート初めて見ました!」
神「そう?」
はしゃぐ莉子に神は目を細める。
莉子「疲れてませんか?」
神「俺は交代を繰り返してたし全然疲れてないよ。木村さんの方が疲れてるんじゃない?」
莉子「私…ですか?」
神「だってずっと仕事してるし…。常に頭フル回転って感じなんじゃないかなと思って」
『疲れてない?大丈夫?』と顔を覗き込む神。
莉子「⁉︎」
莉子は慌てて『だっ、大丈夫です!』と顔を逸らした。
顔を赤くした莉子を見て神はギュッと拳を握った。
神(まずいな…)
神は口元を隠すように手で覆った。
莉子は神と話す時、少し緊張しているようだった。
一年トリオが莉子と屈託なく話すのを見て何度も羨ましく思ってきた。
でも莉子が自分を特別に思ってくれていることも感じてた。
だから、いつか莉子が自分とも屈託なく接してくれる日がくると思ってた。
神(早くそんな日が来いって思ってたけど…)
恥ずかしそうに顔を伏せる莉子を見ているとどうしようもなくもどかしい。
莉子が屈託なく笑うこと、少し踏み込んだプライベートな話を聞くこと、彼女の頑張りを知ること、優しさや気遣い、お茶目な一面に気づくこと…。自分の視線に恥ずかしがる姿がこんなにも『愛おしい』なんて知らなかった。
この気持ちを伝えたい。
ただ『好き』だけじゃなく、可愛くてしかたない事も、愛おしく思っている事も大切である事も、尊敬している事も全部、知って欲しい。
しかしそれと同時に不安もあった。
莉子とのメッセージや電話のやり取りで桜木ととても仲がいいことや桜木はもう1人のマネージャーが好きなこと、桜木の友達もよくしてくれているらしいが、彼らは『俺たちは不良だからあんまり一緒にいない方がいいよ』と普段は距離を取られていることを知った。
不良で恐れられている桜木がいて他の男子は怖がって声をかけにこない。
桜木は違う女の子に片想い中でその友達ともいい距離感で接している…。
神(今の木村さんがが平穏にいられる理由は恋愛から遠のいているからだ)
前に『彼氏に憧れる』と言っていた。
神にとって『憧れ』は手に入らないモノへ向けられる感情だ。
莉子は恋愛や彼氏というものを諦めている可能性はないのか?
神(もしそうだとしたら…)
神も今、莉子と『いい雰囲気』なのは充分承知している。
しかし告白なんてしてしまったら『いい雰囲気』から恋愛に発展してしまう。
神はそうなれば嬉しいし幸せだ。
でも莉子は?それを望んでるのか?
『憧れ』でとどめておきたいのでは?
そう思うと言い出せなかった。
神(木村さんといたい…。でも今の関係を壊したくない…)
神はギュッと唇を噛んだ。
莉子「…?神さん?大丈夫ですか?やっぱり疲れてるんじゃ…」
と顔を覗き込んできた。
心配そうに眉をハの字にした莉子を見てドキッとする。
神(な、何で…)
今度は神が莉子から顔を逸らした。
恥ずかしそうに顔を背けたかと思えば自分の異変に気付いてしっかりと目線を合わせてくる莉子
神(そういうの…本当…ズルいよな…)
莉子を見た。
ものすごくドキドキしている。
心がくすぐったい。
神「だ、大丈夫だよ。本当…」
神は立ち上がった。
ピーピーピー
洗濯機から洗いが終了したことを知らせる電子音が鳴った。
莉子「あ」
神「終わったみたいだね。これって干すの?」
莉子「いえ…。乾燥機に移して乾かします…」
神「じゃあ俺、こっちするよ」
とタオルが入った洗濯機を開けた。
そして、上段に設置された乾燥機にタオルを放り込む。
莉子「ありがとうございます」
莉子もユニフォームを乾燥に入れた。
お金を入れ、操作する手が止まった。
莉子「時間…ってどれくらいだろ…」
ポツリと呟いた小さな独り言。
ぬっと長い腕が莉子の背後から伸びてきた。
神「ユニフォームは30分でちゃんと乾くよ。タオルは念のために40分にしといたら安心かな」
と神が慣れた手つきで操作する。
ピッ
神がスタートボタンを押した。
莉子「ありがとうございます。私、コインランドリーって使った事なくて…家だとオートで乾燥まで全部やってくれるから…」
と少し気まずそうな莉子に神は『俺も部活やってなきゃ知らなかったよ』とお釣りを莉子に渡す。
ちゃんと乾燥機が動き出したのを確認して神は『この後はどうする?部屋に戻る?』と莉子を見た。
莉子は壁にかかった時計を見上げた。
時刻は6時30分を少し過ぎた頃。
莉子は神に視線を戻した。
神は必要以上に距離を詰めてこない。
莉子にとって男の人は『いつ手のひらを返すかわからないもの』であり、また友情を壊す存在でもあった。
自分がちゃんとした人間関係を築く上で男の人との距離感はものすごく大切だと思っている。
それに手のひらを返した男の子はとても怖い。
そういう莉子の体験や考え、想いを知ってくれている神は莉子の気持ちをとても尊重してくれている。
だから『部屋に戻る』という離れるための逃げ道を選択肢に入れてくれる。
莉子「……」(だとすれば…私から距離を詰める、べき?)
神「木村さん?どうした?」
莉子「乾燥が終わるまで仕事はないんです。だ、だから…あの…」
神「うん?」
莉子「このままもう少しだけ…ご飯の時間までお話しませんか…?」
顔を真っ赤にさせた莉子を見て神は『もちろん』と笑った。
莉子「!」
嬉しそうに笑う神を見て莉子はドキッとしたが、苦しくもなった。
以前、神に抱きしめられた時の事を思い出した。
あの時はまだ神は莉子と小野寺のことを知らずにいた。
だから感情に任せて莉子を抱きしめたのだろう。
莉子「……」(あの時から神さんは私の事…)
素の神はもっと情熱的なのかもしれない。
でも今は莉子のことを知っているからか前の様なガツガツとした接触はしてこない。
むしろいつも莉子の様子をうかがっているようにすら見える。
莉子「……」(あぁ…)
告白を断った莉子を『傷つけられた』と好意を持っていたはずなの女の子を徹底的に痛めつけた彼らと、『好きだから』と過去を知り、一緒に心を痛め、自分の気持ちを抑え莉子を尊重してくれる神が同じなわけない。
自分の誘いにこんなに嬉しそうに笑う神を信じたい。
莉子「……」(私は、神さんを信じたい…)
ただ優しいからじゃない。
好きだと言ってくれたからでもない。
怖がらないように、自分で歩けるように、ずっと待ってくれている。
そんな神と、もっと一緒にいたい。
もっと神のことを知りたい。
そして神にも、自分のことを知ってほしい。
莉子(……私、神さんともっと一緒にいたい…)
そう気づいた瞬間、胸の奥が大きく鳴った。
莉子が神をグッと真っ直ぐ見据えるように見つめた。
莉子「私、神さんが好きです」
神「え?」
莉子「もう、声だけとか文字だけじゃ物足りなくなっちゃいました」
と薄ら涙を浮かべ笑う莉子。
莉子「私…神さんと手を繋ぎたいし、休みの日だって会う権利が欲しいし…また抱きしめて欲しいです」
神「木村さん…」
莉子「恋愛をするなら絶対に神さんとがいいんです。だから…」
神がゴクリと唾を飲み込んだ。
莉子「私を彼女にしてくれませんか?」
神は一瞬、ぐっと感情を抑える様に言葉を飲み込んだ。
だが嬉しさが込み上げてきて我慢なんてできそうにない。
答えなんて分かりきっている。
神「……もちろん!」
神がガバッと莉子に抱きつく。
莉子「わぁ!」
驚いたように声を上げた莉子が神の背中に腕を回す。
莉子の頭頂部に神が頬擦りする。
莉子「ボサボサになっちゃいます」
と楽しそうな莉子の声。
神は幸せを噛み締める様に強く抱きしめた。
莉子「大好きです」
神の胸の中から聞こえた莉子の言葉に神は『俺も』と返した。
神「俺も大好きだ」
と抱きしめる腕に少しだけ力を入れる。
莉子「ふふふふ。嬉しい」
と言うと莉子はギュッと神を抱きしめ返した。
夕食の時間が近づき2人でエレベーターに乗る。
神「……」
莉子「……」
狭い空間で莉子と神は少し緊張した。
2人で入り口側を向き肩を並べ立っていると振動で少し手の甲同士が触れた。
神は莉子を見た。
莉子も神を見た。
目が合った2人は恥ずかしそうに笑い合う。
莉子「ふふ。ごめんなさい」
神「ふっ。いえ。こちらこそ」
再び前に向き直った。
目的階まで何も話さなかった。
しかしそれがかえって心地よかった。
穏やかな空気が2人を包み込んでいた。
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