神宗一郎と恋するお話
神奈川選抜
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国体メンバーの発表から約1週間が経ち莉子達は三連休を利用した合同合宿のために海南大附属高校へと向かっていた。
この日は金曜日。授業を終えた湘北メンバーが改札口へと向かって歩いていく。
仙道「よう」
宮城「ん?」
駅構内で声をかけられ振り返ると陵南メンバーが立っていた。
宮城「お前らも今の電車に乗ってたのか」
仙道「そうみたいだな」
ニコッと笑う仙道。莉子は190センチの仙道を見上げた。
莉子(わぁ…仙道さんだ…な、なんかすごい大きい人だな…)
ニコニコ笑っているのに仙道の持つ他者を圧倒するような天才のオーラに恐縮してしまう。
簡単な挨拶を済ませるとそのままみんなで海南に向かうことになった。
莉子は最初こそ仙道のオーラや福田の雰囲気に緊張していたが桜木が来れなくて残念だと話す仙道や別にいなくてもいいと言いながらも桜木は冬の大会には間に合うのかとしっかり桜木を意識している福田を見ていると緊張も恐怖も段々と薄らいでいった。
莉子と彦一はすっかり意気投合し和気藹々とした雰囲気で話している。
話の内容は彦一によるバスケ談義。莉子は知らない話ばかりで興味津々に聞き入っている。そんな中、後ろを歩いていた三井が莉子のリュックをグイッと引っ張った。
三井「おい」
突然、リュックを強く引っ張られた莉子は『わっ!』と大きな声をあげた。
引っ張られた勢いで2、3歩後退りした莉子の隣は彦一から三井に変わる。
三井の隣を歩いていた宮城は手で口を隠し『うわ〜』と笑い『男の嫉妬はミニクイですよ』と揶揄う。
三井「うるせぇ!」
顔を真っ赤にして怒鳴る三井。
莉子「ど、どーしたんですか?」
不機嫌そうな三井に莉子は戸惑う。自分のこれまでの行動に三井を怒らせる心当たりがなく莉子は不安そうに三井を見上げた。
三井(うっ…)
捨てられる前の子猫のような視線に三井がたじろぐ。またすべてを悟っていると言わんばかりの宮城の揶揄う様な視線が鬱陶しい。
何かを言わなければ変な空気になると辺りを見渡し話題を探す。
そして三井はある事に気付き莉子に視線を戻した。
三井「お前、泊まりじゃなくて通いだったよな?」
莉子「はい」
頷く莉子に不機嫌そうに呟く。
三井「帰る時、気ぃつけろよ?」
莉子は目をパチクリさせると『え?』と首を傾げた。
首を傾げる莉子に三井は『飲み屋が多いから酔っ払いに気をつけろって言ってんだよ!』とペシンと頭を叩く。
『痛っ!』と叩かれた頭を押さえると莉子は周囲を見渡した。
駅の周辺はシャッターが閉められた店舗が多く閑散としている。閉められた店の佇まいからして居酒屋のようだ。
営業時間が迫っているのだろう。看板を出したり暖簾を出したり慌ただしく店に人が出入りしている。
確かに営業が始まればタチの悪い酔っ払いが出てくるかもしれない。
三井の言いたいことは理解できたが莉子は不満げに唇を尖らせた。
莉子「だからって叩かなくても…」
三井「お前がポケ〜っとしてるから喝を入れたんだよ。ありがたく思え」
三井の言葉に莉子がさらに口を尖らせ『ポケーッとなんてしてません』と不服そうに呟いた。そんな莉子の態度に三井が『あ?』と睨み返すと莉子は『宮城さぁーん!』とすぐさま隣を歩く宮城に助けを求める。
宮城は困ったように笑い『まぁ、まぁ…』と莉子に言う。
宮城「こう見えても三井さんは心配してんだよ。莉子ちゃんの事、妹みたいに思ってるから」
ニヤニヤと笑い『ねぇ?三井サン?』と含みのある視線を向けられた三井はチッと舌打ちをして『こんな手のかかる妹なんかいらねぇよ』と顔を顰めた。
莉子「私だってこんな怖いお兄ちゃん嫌です」
負けてたまるかと莉子も言い返す。
三井「あ?」
ギロっと睨まれた莉子はビクッと肩を振るわせると『ほら!そうやってすぐに目で脅す‼︎』と言うと『もっと優しく言ってほしいです…』とシュンと俯く。
悲しげな莉子を見て三井が『うっ…』と唸った。
宮城(三井サン…コレに弱いんだよな…)
三井が何も言えないでいると『じゃあ俺が兄貴になってやる』と仙道ののんびりとした声が割って入ってきた。
仙道の言葉に莉子だけでなく三井も宮城も『は?』と固まり足を止めた。
宮城「…何、言ってんの?お前…」
仙道「何って…俺が兄貴になってやるって言ったんだ」
宮城の質問に答えた後、仙道が莉子に向かって『どうする?』と笑う。
仙道の表情を見て(冗談だ)と思った。それと同時に揶揄われれているとも感じ莉子が頬を膨らませる。
莉子「か、揶揄わないで下さい!」
と怒る莉子に仙道は『揶揄う?』と首を傾げる。そしてにっこりと笑って『俺は本気だ』と続けた。
莉子「え…」
戸惑う莉子を仙道はさらに追い詰める様に続けた。
仙道「兄貴枠が埋まってるなら彼氏枠でもいいけど」
と莉子の頭を撫でた。
莉子「‼︎⁉︎」
三井「‼︎⁉︎」
頭を撫でられ慌てふためく莉子を見て仙道は穏やかに笑う。
莉子「……」(こういう時どうしたらいいかわかんない…)
まるで子どもを見守るような優しい視線が居心地悪く感じて仙道から目を逸らす。
仙道の優しい視線の正体が友人に向けられる『厚意』なのかそれとも異性に向けられる『好意』なのかわからない。
莉子にとってそれらの区別は難しく今のような不鮮明で曖昧な状況は少し怖い。
莉子「……」(どうしよう…)
困ったような表情を浮かべる莉子に仙道の加虐心が掻き立てられる。もっと困らせてやりたい気持ちを押さえるのに必死だ。
言葉に詰まる莉子のリュックが再び引っ張られる。
莉子「わっ!」
三井は呆れたような表情で『本気にすんな。冗談に決まってんだろ』と言った。
そして仙道に『コイツはすぐに信じるからあんまり揶揄うなよ』と睨む。
仙道は眉をハの字に下げ『すんません』と頭を掻いた。
三井が『ほら。行くぞ。さっさと歩け』と莉子の背中を押す。
『はい…』と歩き出す莉子。彦一が『仙道さんが変な事ゆうてごめんな…』と申し訳なさそうに謝る。
莉子「ううん。…私もごめんね…。あぁいう事を言われるとどうしていいのかわからなくなっちゃうんだよね…」
その後ろでは三井が仙道の尻を蹴った後『アイツで遊ぶな』と睨んだ。
仙道(三井サンもか…)
蹴られた尻を摩りながら『わかりました』と困った様に笑った。
海南に着くと定期的に偵察に来ている彦一の案内ですぐに体育館へ向かう。
着いた体育館の入り口には何人もの女の子が『キャーキャー』と黄色い声援を送っている。
それを見た宮城は気に入らないのか『ケッ』と息を吐き出す。
宮城「キャーキャー騒ぎやがってアイドルか何かと勘違いしてんんじゃねぇーのか」
三井「嫉妬は醜いぞ」
さっき言われた事をそのまま返す三井。
宮城「何ぃ‼︎⁉︎」
彦一「海南においては牧さん、神さんの人気はアイドル的です。今回は藤真さん、仙道さんに流川君もおるからそっちの意味でも注目されとると思いますよ」
三井・宮城(牧がアイドル…)
キラキラした衣装を着た神は想像できるが牧のそれは想像しがたい。
馬鹿な事を考え顔をしかめる2人。莉子が口を開く。
莉子「入りにくいですね…どうしましょう…」
群がる女の子達に入り口が塞がっていて中に入れそうにない。
その時、後ろから声をかけられる。
「しょ…湘北と陵南の皆さんですよね」
一同「ん?」
振り返ると緊張した様子の海南バスケ部の部員が立っていた。
彼は直立不動のまま叫ぶように言った。
「おおおおお、お待ちしてました!こっ…こ、こ…更衣室にご案内します…」(すげぇ…ホンモノの仙道だ…)
三井「お、おう。頼む」
海南1年生が案内しようとした時、3人の後ろに隠れる様に立っていたもう1人の召集メンバーである莉子の存在に気が付き、肩がビクッと跳ねた。
「あっ…」(可愛いっ‼︎)
莉子は目が合った一年生に『…よろしくお願いします』と頭を下げた。
「うっ…あ…えっと…こっ…こちらこそよろしくお願いします…」(つ…作り物みたいな顔した子だな…)
顔を真っ赤にして狼狽えながら挨拶を返す一年生。
三井「コイツの更衣室もあんの?」
と莉子を親指でクイクイと指差す三井。
「はい。用意してあります」
莉子「…ありがとうございます」
礼儀正しく頭を下げる莉子。
一年生はまず三井達を体育館近くの男バスの更衣室に案内した。
「今、翔陽の皆さんも着替えていますので…」
宮城「わかった。サンキュー」
というとノックをして中から藤真の『どーぞー』と言う声が聞こえる。
3人が更衣室に入って行くのを確認して一年生は莉子を見た。
「俺は一年の田中って言います。木村さんの準備が終わったらスコアボードとかビブスの場所と洗濯機の場所を教えますね」
莉子「はい。お願いします」
更衣室に向かって歩き始めると田中が『実は…』と申し訳なさそうに頭を掻いた。
田中「女バスの更衣室が使えるはずだったんですけど急遽、変更になってちょっと古い更衣室を使ってもらう事になっちゃって…。ちょっと埃っぽいかもしれないんだけど…」
莉子「大丈夫です。私は荷物さえ置ければいいので問題ないです」
とニコッと笑う莉子に頬を染める田中。
田中「……」(マネージャーなんて面倒くさいと思ってたけど木村さんが一緒なら最高だ‼︎)
心の中で鼻の下を伸ばす田中に気づく様子もなく莉子は校内を見渡し(綺麗な学校だなぁ…)なんて呑気に考えながら田中に設備の説明を受けるのだった。
海南大附属高校体育館。
着替えを終えた神奈川選抜の選手が体育館に集まり始める。
流川がゆったりと入ってくると清田が早速、『流川ぁ…』と睨みつける。
流川「……」
流川はチラッと清田を見ただけで特にリアクションなし。無視された清田は『無視すんなーーーー』と流川を指差し叫んだ。
臨戦体制なのは清田だけではない。三井や宮城もライバル達に威嚇の様な鋭い視線を送る。
三井「……」(神…負けねぇぞ…)
宮城「……」(牧、藤真…神奈川のナンバーワンガードが誰なのか証明してやる…)
公式戦前の様な鋭い視線を向けてくる2人に牧と神は笑う。
牧「フッ、相変わらずだな」
神「湘北が来ると身が引き締まる様な気がします」
神は猛烈に湘北を…特に桜木を意識していた。海南とはダークホースである湘北に追い詰められ、また個人では桜木に完全に抑えられてしまった。トラウマ級の出来事だ。しかしその苦い経験は選手としてまだまだ伸びると確信させられる出来事でもあった。
そんな神に良い刺激を与えてくれる存在である湘北との練習に神はワクワクしていた。
和気藹々とした雰囲気が漂う中、突然『うおおおおおぉぉぉぉーーーー‼︎‼︎』と言う大声がこだました。
彦一「凄いメンバーや‼︎‼︎」
「‼︎‼︎⁉︎」
みんなが驚き一斉に彦一へと目をやる。
三井「うるせーな」
宮城「まったく…」
怪訝な表情を浮かべる2人に気づく事なく彦一はさらに叫ぶ。
彦一「牧さん、藤真さんの両巨頭に、ウチが誇る天才・仙道さん、それに湘北のエース、流川君も‼︎名選手ぞろいや‼︎ワイがこのメンバーの一員になれるなんて‼︎」
一同(お前は選手じゃないだろ)
個性豊かなメンバーを見て花形がニコリと笑う。
花形「彦一の言う通り面白いチームになりそうだな」
藤真「それをまとめるのが大変なんだがな…やりがいはあるよな」
と藤真と花形が顔を見やり穏やかに笑う。
選手達が集まり始めると高頭が牧に『全員揃ったら俺の前に集合させてくれ』と指示を出す。
牧は体育館内を見渡し『マネージャーが1人来てないですけど多分、設備の確認に行っていると思います。待ちますか?』と監督に問う。
高頭は『いや…集合させてくれ』と腕を組んだ。
牧がパンッと手を叩き『集合』と声を張った。ゾロゾロと監督の前に集合し全員が揃うと『座ってくれ』と選手をその場に座らせ高頭が話を始める。
高頭「今回、神奈川選抜の監督を務めることになった高頭だ。よろしく」
選手一同「よろしくお願いします!」
三井(チッ、なんで安西先生じゃねぇんだ…)
あからさまに不満げな三井。
高頭が続ける。
高頭「今年は混成メンバーだけあって選手個々のレベルは非常に高いチームになった。だが、連携面はこれからだ。まずはそこの向上が急務となる。よって…」
高頭が言葉を切った。その視線は入り口に向かっている。
何かあったのかと選手達が入り口に視線を向ける。
神も釣られる様に入り口に目をやる。莉子がビブスの入ったカゴを床に置いているのが見えた。
高頭の話の邪魔をしないように気をつけていのだろう。物音一つさせず準備を始める。
選手側に背中を向けているため顔は見えない。
神(あの子がマネージャーか…思ってた子じゃないみたい。よかった)
と少し安心した。これで紹介してくれなんて面倒な事は言われないだろう。
高頭「一応、紹介しとくか…」
高頭がそう呟くと練習の準備をしている莉子に向かって『マネージャー!紹介するからこっちに来てくれ!』と手招きをする。
作業していた手を止め莉子が俯いていた顔を上げた。
莉子を脳が認識した瞬間『ズッキューン!』と神の心臓は撃ち抜かれた。
胸元にバスケットボールと『shohoku』とプリントされた白いTシャツに『shohoku』のロゴが入った黒と赤のジャージを着た莉子が走ってくる。
陶器の様な白い肌。黒目がちな大きなアーモンドアイは子鹿の様に愛らしく、筋の通った鼻は知的で控えめな唇は気品さを感じさせた。
おでこに浮かぶ汗の粒すら光り輝く宝石の様に見える。
キラキラ輝く#莉子#に神の心は完全に奪われ目が離せなくなっていた。
高頭「話の途中だがマネージャーを紹介しとく」
というと莉子に『自己紹介』と小さくささやく。
莉子は強張った表情で一歩前に出ると『湘北高校1年の木村莉子です…。よろしくお願いします』と頭を下げた。
風鈴がリンっと鳴るような軽やかで涼しげな声が神の鼓膜を甘く刺激する。その甘い刺激は全身へ波紋の様に広がっていく。
ヒーリング効果があるのではないかと思わせる心地良い声にうっとりとした表情を浮かべ莉子を見つめた。
一同「お願いします!」
優しげな莉子の声とは対照的に和太鼓を彷彿とさせる選手達の張りのある声にボーッとしていた神は頬を殴られた様に現実に引き戻される。
神(はっ‼︎い、今は大事な合宿中だ…。余計な事は考えない様にしないと…集中!集中‼︎)
だらしなく緩む表情筋に喝を入れると(ヨシッ!)と再び莉子と高頭を見た。
選手達の大きな声に一瞬驚きながらも噛まずに自己紹介できた事に安堵した莉子はホッと胸を撫で下ろした。
莉子(よかった…ちゃんと言えた…)
口元に微かな笑みが浮かぶ。
神(可愛い…)
喝を入れた表情筋がとたんに緩む。
莉子の表情や仕草一つ一つが神の心を的確に撃ち抜いていく。
撃ち抜かれた心は熱を持ち、命を宿した様にドキドキと脈打ち始める。
神(うー…辛い…なんだ…コレ…)
初めての感覚に混乱してくる神。ドキドキとうるさい心臓に頼むから落ち着いてくれと願うが一向に止まる気配はない。
高頭「手を止めさせて悪かったな。準備を続けてくれ」
莉子は『はい、失礼します』と小さく返事をすると高頭、選手達にペコッと頭を下げて小走りで元の場所へ戻っていく。
神は目を離す事ができずじっと莉子を見つめていた。
低めのポニーテールが小さく揺れている。
神(髪…綺麗だな…下ろしたらどんな感じになるんだろ…)
そんな事を考えながら魔法にかかったように莉子の後ろ姿を眺めている神。
黒猫の尻尾のようにユラユラ揺れている髪の毛を見ていると時間がゆっくり流れ始める。
フワフワした感覚になんだか夢の中にいるみたいだと思った。
パンッと手を叩く乾いた音がしてハッと我に返った神が高頭の方へ顔と意識を向ける。
神(集中しないと…)
選ばれただけで満足はしていない。少しでも多く試合に出たい。余計な事を考えている暇はない。
ここではフワフワと浮ついた心は邪魔でしかないのだ。
高頭がコホンと咳を払いをしてから話し始める。
高頭「話を戻すぞ。もう一度言うが連携面の向上が急務だ。よってこの合宿では紅白戦のミニゲームを中心に行う」
選手たちの前に、ホワイトボード登場。
12人の名前が2グループに分けられている。
A
牧、宮城、仙道、神、流川、花形
B
藤真、三井、清田、長谷川、福田、高砂
一同「…………」
誰も口にしないが、このグループ分けが何を表しているのかはおおよそ見当はついている。
三井は険しい表情でホワイトボードを睨み付けている。
三井(神はAチームで俺はBチームかよ、クソ……)
高頭、ホワイトボードを指差す。
高頭「この分け方について敢えて説明はしない。あくまでも暫定であって明日は変えるつもりだ。まず今日はこの2チームでゲームをする。ゲームを重ねていって最終的にスタメンを決めるつもりだ」
一同「……」
全員の目つきが変わる。
高頭「話は以上だ。30分後にゲームをはじめよう。アップとポジション決めておくように。準備を始めてくれ」
一同「はい!」
高頭がパイプ椅子に座ると牧が指示を出す。
牧「まず各自アップだ。開始10分前に集合して、各チームに分かれてポジションを決めてくれ」
一同「はい!」
選手達が散らばりストレッチを始める。神の隣には清田がいる。
神はストレッチをしながらチラッと莉子を見る。
莉子は彦一と何かを話している。真剣な顔で彦一の言うことにうんうんと相槌を打っている莉子を眺めている。
神(いいな…俺も話してみたい…)
そんなことを考えていると隣でストレッチをしていた清田が声をかけてきた。
清田「待ってて下さいね」
神「ん?何を?」
清田「俺!Aチームに入るんで待ってて下さいね‼︎」
神「……おう……」
後輩がこんなに真剣に合宿に打ち込んでいるのに自分は何を考えているんだと情けない気持ちになった。
神(気を引き締めないと…。このメンツで油断はできないんだ…)
と神は一度、莉子を見て(あの子の事は一旦、忘れる!)と固く決意した。
ゲーム開始10分前になり選手達が牧と藤真の元に集まる。
集まる選手達を眺めていると彦一が莉子に声をかけた。
彦一「莉子ちゃん」
莉子「ん?どうしたの?」
莉子は彦一を見た。
彦一「ワイがAチームに入ってもええかなぁ?」
莉子「え?」
彦一「要チェックなことが多すぎるんやぁ!仙道さんと牧さん!仙道さんと神さん!仙道さんと流川君‼︎コンビネーションを近くで見たいんや‼︎」
莉子「ふふふ。いーよ」
と笑う莉子。
彦一「ありがとう‼︎」
彦一は喜んで赤のビブスを持ってAチームのベンチへと向かった。
莉子(本当に仙道さんが好きなんだなぁ)
莉子もまた白いビブスを持ってBチームへと向かった。
Aチームベンチ
輪になって座り牧が指示を出す。
牧「仙道が2番、流川が4番。普段とは違うポジションだがお前らなら上手くこなしてくれるだろう。まずは作戦なし。自由にやってみよう」
一同「おう!」
和やかなムードのなかミーティングは早々に終わりゲームが始まるのを待つ。
彦一「神さん。ビブスどうぞ」
神「さんきゅ」
と受け取り視線はBチームにいる莉子へ向けられる。
神(あっちに行っちゃったか…)
残念に思う気持ちを隠す様にビブスに袖を通す。
神(だから!集中!集中‼︎女の子に現をぬかしてる場合じゃないんだって!)
と邪念を振り払うようにぶんぶんと頭を横に振った。
仙道「⁉︎な、なんだ?どうした?」
いきなり頭を振り出した神に驚いた仙道。
神は気まずそうに『なんでもない…』と呟いたのだった。
Bチームベンチ
こちらも輪になり藤真が指示を出す。
#莉子#は藤真の少し後ろに立った。
藤真「まずはフリーオフェンスで。自分の持ち味を出していこう」
藤真の言葉にうなづくと三井は『で…』と話を進める。
三井「誰が外れる?」
清田「インターハイに出てない奴は?」
福田「なに?」
三井「1年が外れるってのもアリだな」
清田「だったら体力のない奴にすれば?」
三井「あ…⁉︎」
一髪即発の雰囲気に藤真、長谷川、高砂、莉子の4人が顔を見合わせる。
全員の表情が(これ大丈夫?)と心配しているのがわかる。
莉子(どうなっちゃうんだろう…)
ハラハラした様子で藤真の背中を見ていると長谷川が小さく手を上げて言った。
長谷川「俺が一旦外れる」
長谷川の言葉に藤真がホッと息をはく。
藤真「悪いな、一志。まずはそうしてくれ…」(これは面倒なチームだ。明日はぜひ変更させてもらおう)
莉子は心の中で長谷川に(ありがとうございます)と頭を下げた。
そして莉子は睨み合う三井、福田、清田を見つめ小さなため息をついたのだった。
この日は金曜日。授業を終えた湘北メンバーが改札口へと向かって歩いていく。
仙道「よう」
宮城「ん?」
駅構内で声をかけられ振り返ると陵南メンバーが立っていた。
宮城「お前らも今の電車に乗ってたのか」
仙道「そうみたいだな」
ニコッと笑う仙道。莉子は190センチの仙道を見上げた。
莉子(わぁ…仙道さんだ…な、なんかすごい大きい人だな…)
ニコニコ笑っているのに仙道の持つ他者を圧倒するような天才のオーラに恐縮してしまう。
簡単な挨拶を済ませるとそのままみんなで海南に向かうことになった。
莉子は最初こそ仙道のオーラや福田の雰囲気に緊張していたが桜木が来れなくて残念だと話す仙道や別にいなくてもいいと言いながらも桜木は冬の大会には間に合うのかとしっかり桜木を意識している福田を見ていると緊張も恐怖も段々と薄らいでいった。
莉子と彦一はすっかり意気投合し和気藹々とした雰囲気で話している。
話の内容は彦一によるバスケ談義。莉子は知らない話ばかりで興味津々に聞き入っている。そんな中、後ろを歩いていた三井が莉子のリュックをグイッと引っ張った。
三井「おい」
突然、リュックを強く引っ張られた莉子は『わっ!』と大きな声をあげた。
引っ張られた勢いで2、3歩後退りした莉子の隣は彦一から三井に変わる。
三井の隣を歩いていた宮城は手で口を隠し『うわ〜』と笑い『男の嫉妬はミニクイですよ』と揶揄う。
三井「うるせぇ!」
顔を真っ赤にして怒鳴る三井。
莉子「ど、どーしたんですか?」
不機嫌そうな三井に莉子は戸惑う。自分のこれまでの行動に三井を怒らせる心当たりがなく莉子は不安そうに三井を見上げた。
三井(うっ…)
捨てられる前の子猫のような視線に三井がたじろぐ。またすべてを悟っていると言わんばかりの宮城の揶揄う様な視線が鬱陶しい。
何かを言わなければ変な空気になると辺りを見渡し話題を探す。
そして三井はある事に気付き莉子に視線を戻した。
三井「お前、泊まりじゃなくて通いだったよな?」
莉子「はい」
頷く莉子に不機嫌そうに呟く。
三井「帰る時、気ぃつけろよ?」
莉子は目をパチクリさせると『え?』と首を傾げた。
首を傾げる莉子に三井は『飲み屋が多いから酔っ払いに気をつけろって言ってんだよ!』とペシンと頭を叩く。
『痛っ!』と叩かれた頭を押さえると莉子は周囲を見渡した。
駅の周辺はシャッターが閉められた店舗が多く閑散としている。閉められた店の佇まいからして居酒屋のようだ。
営業時間が迫っているのだろう。看板を出したり暖簾を出したり慌ただしく店に人が出入りしている。
確かに営業が始まればタチの悪い酔っ払いが出てくるかもしれない。
三井の言いたいことは理解できたが莉子は不満げに唇を尖らせた。
莉子「だからって叩かなくても…」
三井「お前がポケ〜っとしてるから喝を入れたんだよ。ありがたく思え」
三井の言葉に莉子がさらに口を尖らせ『ポケーッとなんてしてません』と不服そうに呟いた。そんな莉子の態度に三井が『あ?』と睨み返すと莉子は『宮城さぁーん!』とすぐさま隣を歩く宮城に助けを求める。
宮城は困ったように笑い『まぁ、まぁ…』と莉子に言う。
宮城「こう見えても三井さんは心配してんだよ。莉子ちゃんの事、妹みたいに思ってるから」
ニヤニヤと笑い『ねぇ?三井サン?』と含みのある視線を向けられた三井はチッと舌打ちをして『こんな手のかかる妹なんかいらねぇよ』と顔を顰めた。
莉子「私だってこんな怖いお兄ちゃん嫌です」
負けてたまるかと莉子も言い返す。
三井「あ?」
ギロっと睨まれた莉子はビクッと肩を振るわせると『ほら!そうやってすぐに目で脅す‼︎』と言うと『もっと優しく言ってほしいです…』とシュンと俯く。
悲しげな莉子を見て三井が『うっ…』と唸った。
宮城(三井サン…コレに弱いんだよな…)
三井が何も言えないでいると『じゃあ俺が兄貴になってやる』と仙道ののんびりとした声が割って入ってきた。
仙道の言葉に莉子だけでなく三井も宮城も『は?』と固まり足を止めた。
宮城「…何、言ってんの?お前…」
仙道「何って…俺が兄貴になってやるって言ったんだ」
宮城の質問に答えた後、仙道が莉子に向かって『どうする?』と笑う。
仙道の表情を見て(冗談だ)と思った。それと同時に揶揄われれているとも感じ莉子が頬を膨らませる。
莉子「か、揶揄わないで下さい!」
と怒る莉子に仙道は『揶揄う?』と首を傾げる。そしてにっこりと笑って『俺は本気だ』と続けた。
莉子「え…」
戸惑う莉子を仙道はさらに追い詰める様に続けた。
仙道「兄貴枠が埋まってるなら彼氏枠でもいいけど」
と莉子の頭を撫でた。
莉子「‼︎⁉︎」
三井「‼︎⁉︎」
頭を撫でられ慌てふためく莉子を見て仙道は穏やかに笑う。
莉子「……」(こういう時どうしたらいいかわかんない…)
まるで子どもを見守るような優しい視線が居心地悪く感じて仙道から目を逸らす。
仙道の優しい視線の正体が友人に向けられる『厚意』なのかそれとも異性に向けられる『好意』なのかわからない。
莉子にとってそれらの区別は難しく今のような不鮮明で曖昧な状況は少し怖い。
莉子「……」(どうしよう…)
困ったような表情を浮かべる莉子に仙道の加虐心が掻き立てられる。もっと困らせてやりたい気持ちを押さえるのに必死だ。
言葉に詰まる莉子のリュックが再び引っ張られる。
莉子「わっ!」
三井は呆れたような表情で『本気にすんな。冗談に決まってんだろ』と言った。
そして仙道に『コイツはすぐに信じるからあんまり揶揄うなよ』と睨む。
仙道は眉をハの字に下げ『すんません』と頭を掻いた。
三井が『ほら。行くぞ。さっさと歩け』と莉子の背中を押す。
『はい…』と歩き出す莉子。彦一が『仙道さんが変な事ゆうてごめんな…』と申し訳なさそうに謝る。
莉子「ううん。…私もごめんね…。あぁいう事を言われるとどうしていいのかわからなくなっちゃうんだよね…」
その後ろでは三井が仙道の尻を蹴った後『アイツで遊ぶな』と睨んだ。
仙道(三井サンもか…)
蹴られた尻を摩りながら『わかりました』と困った様に笑った。
海南に着くと定期的に偵察に来ている彦一の案内ですぐに体育館へ向かう。
着いた体育館の入り口には何人もの女の子が『キャーキャー』と黄色い声援を送っている。
それを見た宮城は気に入らないのか『ケッ』と息を吐き出す。
宮城「キャーキャー騒ぎやがってアイドルか何かと勘違いしてんんじゃねぇーのか」
三井「嫉妬は醜いぞ」
さっき言われた事をそのまま返す三井。
宮城「何ぃ‼︎⁉︎」
彦一「海南においては牧さん、神さんの人気はアイドル的です。今回は藤真さん、仙道さんに流川君もおるからそっちの意味でも注目されとると思いますよ」
三井・宮城(牧がアイドル…)
キラキラした衣装を着た神は想像できるが牧のそれは想像しがたい。
馬鹿な事を考え顔をしかめる2人。莉子が口を開く。
莉子「入りにくいですね…どうしましょう…」
群がる女の子達に入り口が塞がっていて中に入れそうにない。
その時、後ろから声をかけられる。
「しょ…湘北と陵南の皆さんですよね」
一同「ん?」
振り返ると緊張した様子の海南バスケ部の部員が立っていた。
彼は直立不動のまま叫ぶように言った。
「おおおおお、お待ちしてました!こっ…こ、こ…更衣室にご案内します…」(すげぇ…ホンモノの仙道だ…)
三井「お、おう。頼む」
海南1年生が案内しようとした時、3人の後ろに隠れる様に立っていたもう1人の召集メンバーである莉子の存在に気が付き、肩がビクッと跳ねた。
「あっ…」(可愛いっ‼︎)
莉子は目が合った一年生に『…よろしくお願いします』と頭を下げた。
「うっ…あ…えっと…こっ…こちらこそよろしくお願いします…」(つ…作り物みたいな顔した子だな…)
顔を真っ赤にして狼狽えながら挨拶を返す一年生。
三井「コイツの更衣室もあんの?」
と莉子を親指でクイクイと指差す三井。
「はい。用意してあります」
莉子「…ありがとうございます」
礼儀正しく頭を下げる莉子。
一年生はまず三井達を体育館近くの男バスの更衣室に案内した。
「今、翔陽の皆さんも着替えていますので…」
宮城「わかった。サンキュー」
というとノックをして中から藤真の『どーぞー』と言う声が聞こえる。
3人が更衣室に入って行くのを確認して一年生は莉子を見た。
「俺は一年の田中って言います。木村さんの準備が終わったらスコアボードとかビブスの場所と洗濯機の場所を教えますね」
莉子「はい。お願いします」
更衣室に向かって歩き始めると田中が『実は…』と申し訳なさそうに頭を掻いた。
田中「女バスの更衣室が使えるはずだったんですけど急遽、変更になってちょっと古い更衣室を使ってもらう事になっちゃって…。ちょっと埃っぽいかもしれないんだけど…」
莉子「大丈夫です。私は荷物さえ置ければいいので問題ないです」
とニコッと笑う莉子に頬を染める田中。
田中「……」(マネージャーなんて面倒くさいと思ってたけど木村さんが一緒なら最高だ‼︎)
心の中で鼻の下を伸ばす田中に気づく様子もなく莉子は校内を見渡し(綺麗な学校だなぁ…)なんて呑気に考えながら田中に設備の説明を受けるのだった。
海南大附属高校体育館。
着替えを終えた神奈川選抜の選手が体育館に集まり始める。
流川がゆったりと入ってくると清田が早速、『流川ぁ…』と睨みつける。
流川「……」
流川はチラッと清田を見ただけで特にリアクションなし。無視された清田は『無視すんなーーーー』と流川を指差し叫んだ。
臨戦体制なのは清田だけではない。三井や宮城もライバル達に威嚇の様な鋭い視線を送る。
三井「……」(神…負けねぇぞ…)
宮城「……」(牧、藤真…神奈川のナンバーワンガードが誰なのか証明してやる…)
公式戦前の様な鋭い視線を向けてくる2人に牧と神は笑う。
牧「フッ、相変わらずだな」
神「湘北が来ると身が引き締まる様な気がします」
神は猛烈に湘北を…特に桜木を意識していた。海南とはダークホースである湘北に追い詰められ、また個人では桜木に完全に抑えられてしまった。トラウマ級の出来事だ。しかしその苦い経験は選手としてまだまだ伸びると確信させられる出来事でもあった。
そんな神に良い刺激を与えてくれる存在である湘北との練習に神はワクワクしていた。
和気藹々とした雰囲気が漂う中、突然『うおおおおおぉぉぉぉーーーー‼︎‼︎』と言う大声がこだました。
彦一「凄いメンバーや‼︎‼︎」
「‼︎‼︎⁉︎」
みんなが驚き一斉に彦一へと目をやる。
三井「うるせーな」
宮城「まったく…」
怪訝な表情を浮かべる2人に気づく事なく彦一はさらに叫ぶ。
彦一「牧さん、藤真さんの両巨頭に、ウチが誇る天才・仙道さん、それに湘北のエース、流川君も‼︎名選手ぞろいや‼︎ワイがこのメンバーの一員になれるなんて‼︎」
一同(お前は選手じゃないだろ)
個性豊かなメンバーを見て花形がニコリと笑う。
花形「彦一の言う通り面白いチームになりそうだな」
藤真「それをまとめるのが大変なんだがな…やりがいはあるよな」
と藤真と花形が顔を見やり穏やかに笑う。
選手達が集まり始めると高頭が牧に『全員揃ったら俺の前に集合させてくれ』と指示を出す。
牧は体育館内を見渡し『マネージャーが1人来てないですけど多分、設備の確認に行っていると思います。待ちますか?』と監督に問う。
高頭は『いや…集合させてくれ』と腕を組んだ。
牧がパンッと手を叩き『集合』と声を張った。ゾロゾロと監督の前に集合し全員が揃うと『座ってくれ』と選手をその場に座らせ高頭が話を始める。
高頭「今回、神奈川選抜の監督を務めることになった高頭だ。よろしく」
選手一同「よろしくお願いします!」
三井(チッ、なんで安西先生じゃねぇんだ…)
あからさまに不満げな三井。
高頭が続ける。
高頭「今年は混成メンバーだけあって選手個々のレベルは非常に高いチームになった。だが、連携面はこれからだ。まずはそこの向上が急務となる。よって…」
高頭が言葉を切った。その視線は入り口に向かっている。
何かあったのかと選手達が入り口に視線を向ける。
神も釣られる様に入り口に目をやる。莉子がビブスの入ったカゴを床に置いているのが見えた。
高頭の話の邪魔をしないように気をつけていのだろう。物音一つさせず準備を始める。
選手側に背中を向けているため顔は見えない。
神(あの子がマネージャーか…思ってた子じゃないみたい。よかった)
と少し安心した。これで紹介してくれなんて面倒な事は言われないだろう。
高頭「一応、紹介しとくか…」
高頭がそう呟くと練習の準備をしている莉子に向かって『マネージャー!紹介するからこっちに来てくれ!』と手招きをする。
作業していた手を止め莉子が俯いていた顔を上げた。
莉子を脳が認識した瞬間『ズッキューン!』と神の心臓は撃ち抜かれた。
胸元にバスケットボールと『shohoku』とプリントされた白いTシャツに『shohoku』のロゴが入った黒と赤のジャージを着た莉子が走ってくる。
陶器の様な白い肌。黒目がちな大きなアーモンドアイは子鹿の様に愛らしく、筋の通った鼻は知的で控えめな唇は気品さを感じさせた。
おでこに浮かぶ汗の粒すら光り輝く宝石の様に見える。
キラキラ輝く#莉子#に神の心は完全に奪われ目が離せなくなっていた。
高頭「話の途中だがマネージャーを紹介しとく」
というと莉子に『自己紹介』と小さくささやく。
莉子は強張った表情で一歩前に出ると『湘北高校1年の木村莉子です…。よろしくお願いします』と頭を下げた。
風鈴がリンっと鳴るような軽やかで涼しげな声が神の鼓膜を甘く刺激する。その甘い刺激は全身へ波紋の様に広がっていく。
ヒーリング効果があるのではないかと思わせる心地良い声にうっとりとした表情を浮かべ莉子を見つめた。
一同「お願いします!」
優しげな莉子の声とは対照的に和太鼓を彷彿とさせる選手達の張りのある声にボーッとしていた神は頬を殴られた様に現実に引き戻される。
神(はっ‼︎い、今は大事な合宿中だ…。余計な事は考えない様にしないと…集中!集中‼︎)
だらしなく緩む表情筋に喝を入れると(ヨシッ!)と再び莉子と高頭を見た。
選手達の大きな声に一瞬驚きながらも噛まずに自己紹介できた事に安堵した莉子はホッと胸を撫で下ろした。
莉子(よかった…ちゃんと言えた…)
口元に微かな笑みが浮かぶ。
神(可愛い…)
喝を入れた表情筋がとたんに緩む。
莉子の表情や仕草一つ一つが神の心を的確に撃ち抜いていく。
撃ち抜かれた心は熱を持ち、命を宿した様にドキドキと脈打ち始める。
神(うー…辛い…なんだ…コレ…)
初めての感覚に混乱してくる神。ドキドキとうるさい心臓に頼むから落ち着いてくれと願うが一向に止まる気配はない。
高頭「手を止めさせて悪かったな。準備を続けてくれ」
莉子は『はい、失礼します』と小さく返事をすると高頭、選手達にペコッと頭を下げて小走りで元の場所へ戻っていく。
神は目を離す事ができずじっと莉子を見つめていた。
低めのポニーテールが小さく揺れている。
神(髪…綺麗だな…下ろしたらどんな感じになるんだろ…)
そんな事を考えながら魔法にかかったように莉子の後ろ姿を眺めている神。
黒猫の尻尾のようにユラユラ揺れている髪の毛を見ていると時間がゆっくり流れ始める。
フワフワした感覚になんだか夢の中にいるみたいだと思った。
パンッと手を叩く乾いた音がしてハッと我に返った神が高頭の方へ顔と意識を向ける。
神(集中しないと…)
選ばれただけで満足はしていない。少しでも多く試合に出たい。余計な事を考えている暇はない。
ここではフワフワと浮ついた心は邪魔でしかないのだ。
高頭がコホンと咳を払いをしてから話し始める。
高頭「話を戻すぞ。もう一度言うが連携面の向上が急務だ。よってこの合宿では紅白戦のミニゲームを中心に行う」
選手たちの前に、ホワイトボード登場。
12人の名前が2グループに分けられている。
A
牧、宮城、仙道、神、流川、花形
B
藤真、三井、清田、長谷川、福田、高砂
一同「…………」
誰も口にしないが、このグループ分けが何を表しているのかはおおよそ見当はついている。
三井は険しい表情でホワイトボードを睨み付けている。
三井(神はAチームで俺はBチームかよ、クソ……)
高頭、ホワイトボードを指差す。
高頭「この分け方について敢えて説明はしない。あくまでも暫定であって明日は変えるつもりだ。まず今日はこの2チームでゲームをする。ゲームを重ねていって最終的にスタメンを決めるつもりだ」
一同「……」
全員の目つきが変わる。
高頭「話は以上だ。30分後にゲームをはじめよう。アップとポジション決めておくように。準備を始めてくれ」
一同「はい!」
高頭がパイプ椅子に座ると牧が指示を出す。
牧「まず各自アップだ。開始10分前に集合して、各チームに分かれてポジションを決めてくれ」
一同「はい!」
選手達が散らばりストレッチを始める。神の隣には清田がいる。
神はストレッチをしながらチラッと莉子を見る。
莉子は彦一と何かを話している。真剣な顔で彦一の言うことにうんうんと相槌を打っている莉子を眺めている。
神(いいな…俺も話してみたい…)
そんなことを考えていると隣でストレッチをしていた清田が声をかけてきた。
清田「待ってて下さいね」
神「ん?何を?」
清田「俺!Aチームに入るんで待ってて下さいね‼︎」
神「……おう……」
後輩がこんなに真剣に合宿に打ち込んでいるのに自分は何を考えているんだと情けない気持ちになった。
神(気を引き締めないと…。このメンツで油断はできないんだ…)
と神は一度、莉子を見て(あの子の事は一旦、忘れる!)と固く決意した。
ゲーム開始10分前になり選手達が牧と藤真の元に集まる。
集まる選手達を眺めていると彦一が莉子に声をかけた。
彦一「莉子ちゃん」
莉子「ん?どうしたの?」
莉子は彦一を見た。
彦一「ワイがAチームに入ってもええかなぁ?」
莉子「え?」
彦一「要チェックなことが多すぎるんやぁ!仙道さんと牧さん!仙道さんと神さん!仙道さんと流川君‼︎コンビネーションを近くで見たいんや‼︎」
莉子「ふふふ。いーよ」
と笑う莉子。
彦一「ありがとう‼︎」
彦一は喜んで赤のビブスを持ってAチームのベンチへと向かった。
莉子(本当に仙道さんが好きなんだなぁ)
莉子もまた白いビブスを持ってBチームへと向かった。
Aチームベンチ
輪になって座り牧が指示を出す。
牧「仙道が2番、流川が4番。普段とは違うポジションだがお前らなら上手くこなしてくれるだろう。まずは作戦なし。自由にやってみよう」
一同「おう!」
和やかなムードのなかミーティングは早々に終わりゲームが始まるのを待つ。
彦一「神さん。ビブスどうぞ」
神「さんきゅ」
と受け取り視線はBチームにいる莉子へ向けられる。
神(あっちに行っちゃったか…)
残念に思う気持ちを隠す様にビブスに袖を通す。
神(だから!集中!集中‼︎女の子に現をぬかしてる場合じゃないんだって!)
と邪念を振り払うようにぶんぶんと頭を横に振った。
仙道「⁉︎な、なんだ?どうした?」
いきなり頭を振り出した神に驚いた仙道。
神は気まずそうに『なんでもない…』と呟いたのだった。
Bチームベンチ
こちらも輪になり藤真が指示を出す。
#莉子#は藤真の少し後ろに立った。
藤真「まずはフリーオフェンスで。自分の持ち味を出していこう」
藤真の言葉にうなづくと三井は『で…』と話を進める。
三井「誰が外れる?」
清田「インターハイに出てない奴は?」
福田「なに?」
三井「1年が外れるってのもアリだな」
清田「だったら体力のない奴にすれば?」
三井「あ…⁉︎」
一髪即発の雰囲気に藤真、長谷川、高砂、莉子の4人が顔を見合わせる。
全員の表情が(これ大丈夫?)と心配しているのがわかる。
莉子(どうなっちゃうんだろう…)
ハラハラした様子で藤真の背中を見ていると長谷川が小さく手を上げて言った。
長谷川「俺が一旦外れる」
長谷川の言葉に藤真がホッと息をはく。
藤真「悪いな、一志。まずはそうしてくれ…」(これは面倒なチームだ。明日はぜひ変更させてもらおう)
莉子は心の中で長谷川に(ありがとうございます)と頭を下げた。
そして莉子は睨み合う三井、福田、清田を見つめ小さなため息をついたのだった。