神宗一郎と恋するお話
神奈川選抜合宿3日目 日曜日
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体育館近くの水飲み場
莉子が仙道に『話があるんですがお時間ありますか?』と誘い出し2人は人気のないところを探して歩いていた。
仙道が『ここら辺でいいか?』と聞くと莉子はコクリと頷いた。
仙道は莉子を見た。
指先が白くなるほど強く握り込んでいる拳を見て莉子がひどく緊張していることに気付き優しく声をかける。
仙道「話って告白の返事か?」
仙道は莉子が切り出しやすい様に自分から話し出した。
莉子はまたコクリと頷き『あの…』と言葉を紡ぐ。
莉子「私…色々あって恋愛は憧れてはいるんですけど…やっぱり自分に縁はないかなって思ってました」
仙道「うん」
莉子「で、でも…好きな人ができて私、その人とちゃんと向き合いたいなって、思って、ます…」
仙道「うん」
莉子「なので…仙道さんの気持ちには応えられません。ご、ごめんなさい」
と深々と頭を下げる。
莉子の涙声が揺れている。
仙道(フラれるのは俺なんだけどな)
とやるせなさに襲われるが仙道は『ありがとな』と言った。
莉子「え…」
仙道「ちゃんと考えてくれてありがとう。言葉にしてくれて嬉しいよ」
莉子は申し訳なさそうに首を横に振る。
仙道「好きな奴ともきっとうまくいくよ。木村はいいヤツだからな」
莉子「え…」
仙道「だからそのままの木村で向き合えよ。絶対、大丈夫だから。俺が保証する」
と笑う仙道に『仙道さん…』と言葉を詰まらせる。
仙道「じゃあな。また大会で会おう」
と仙道が手を差し出す。
莉子「はい…。ありがとうございます」
グスンと鼻を啜る莉子。
仙道は最後にニコッと笑うとその場を立ち去った。
初恋は見事に砕けた。しかし仙道の胸のつっかえは綺麗に消えていた。
仙道が両腕をグーッと上げて伸びをする。
仙道は(明日、久しぶりに釣りに行くかぁ)と空を仰いだ。
莉子が体育館に戻ると彦一が声をかけてくる。
彦一「莉子ちゃん」
莉子「あ、彦一君…」
彦一「片付け終わったし帰ろや」
莉子「ごめん。私、ちょっと用事があって…」
彦一「仕事なら一緒にするで」
莉子「ううん。全然関係ないから大丈夫だよ」
彦一「そうなん?じゃあ先に帰らせてもらうわ」
莉子「うん。三日間お疲れ様でした。ありがとう」
彦一「こちらこそありがとう!また大会で」
と彦一とも握手をして分かれる。
牧達の方へ向い莉子は『あの、三日間お世話になりました!ありがとうございました』と牧、高砂、清田、神に声をかける。
牧「こちらこそ世話になったよ。お疲れ様」
高砂が牧に賛同する様にコクリと頷いた。
牧「もう帰るのか?」
莉子はドキッとしたが『いえ、もう少し残ります』と答えた。
牧「1人でか?」
莉子「あ、あの…えっと…」
こんなに突っ込まれて聞かれるとは思っていなかった莉子はアタフタしてしまう。
だからといって神との打ち上げを話すのは恥ずかしい。
でも片付けも終わり彦一も帰ってしまった今、自分が残る適当な理由が何も思いつかない。
莉子(ど、ど、どうしよう)
莉子が焦っていると神が口を開いた。
神「練習相手をしてもらいたくて残って欲しいって俺が頼んだんです」
莉子「⁉︎」
神の言葉に牧の眉間に皺がよる。
牧「なんでわざわざ木村さんに頼むんだ。清田がいるだろう」
清田「⁉︎」(お、俺⁉︎)
普段は牧の言うように神の練習は清田か茜が手伝っている。でも今日は違う。手伝ってはいけない日だ。
名前を出された清田はギクシャクした動きで『オ…オレハキョウ、ヨテイガアルノデサキニカエラナイトイケナイノデス』と答えた。
神(下手くそ‼︎)
莉子「……」(絶対に嘘だってバレる‼︎)
心の中で頭を抱える神と莉子。
しかし牧は『そうか…』と言うと神に『あんまり遅くまで付き合わせるなよ。最低でも駅までは送って行くように』と指示を出す。
神は『もちろんです』と力強く答える。
莉子「……」(牧さんって素直なんだ…)
こんなに怪しい話し方なのに疑問を持たないなんてちょっと心配である。
そんな牧は莉子にも『遅くならないようにな』と釘を刺す。
莉子「はい。わかりました」
牧は莉子の返事を聞くと高砂、清田と共に体育館を出て行った。
2人きりになった途端、神は『はぁー』と大きく息を吐いた。
神「バレなくてよかったね。信長のやつ…下手くそ過ぎだろ…絶対にバレたと思った…」
と苦笑い。
莉子「私もすごくヒヤヒヤしました」
神「ね」
と2人でくすくす笑い合う。
神は『さて…。じゃあ早速ジュース買いに行きますか』と出口を指差す。
莉子「練習はいいんですか?」
莉子の言葉に神は笑う。
神「あれは木村さんが怪しまれずに体育館に残る為の口実だから気にしなくていいよ。打ち上げ終わったらすぐに駅まで送るよ」
莉子「手伝います!手伝わせて下さい‼︎」
神「遅くなるし…。家の人が心配するよ」
莉子「連絡すれば大丈夫です!」
神「じゃあ…、お願いしようかな…」
莉子「はいっ!任せて下さい‼︎」
2人は体育館を出た。
莉子は家族に電話をする為に更衣室へ、神は莉子のジュースを取りに給湯室へ行く。
神「じゃあさっきの自販機前で待ち合わせね」
莉子「はい!」
神は給湯室へ向かい冷蔵庫からリンゴジュースを取り出す。
それを持って踵を返す。
自販機に向かって歩いているとワクワクしてきた。
莉子はもう来ているかな?
俺を見たらちょっとは嬉しそうにしてくれるかな?
『神さん』と嬉しそうに笑う莉子を想像するだけで楽しかった。
神(ああ…早く会いたい…)
莉子の事を考えると空を飛べそうなくらい心がふわふわしてついさっきまで一緒にいたのにもう会いたくなっている。
手に持っているクッキーを見た。
莉子は普段からお菓子作りはよくするのかな?
作るの難しいのかな?
どれくらい時間がかかるのかな?
もう時間がかかるなら昨日は夜遅くまで起きてたってことだよな?
体、しんどくないかな…大丈夫かな…
クッキー一つから次々と聞きたいことが出てくる。
これまでにたくさんもらったことのある手作りのお菓子…。
ありがとうの一言で受け取っていたが莉子がくれた物は別。
興味の塊だった。
神「…聞きたいことが山積みだ…」
歩く速度が自然と速くなる神の表情はどこか楽しげだった。
自販機前にはすでに莉子がいた。神に気付くと莉子は嬉しそうに手を振った。
想像よりもはるかにかわいい莉子を見て胸がキュンと鳴る。
莉子「両親からもオッケーもらいました」
と笑う莉子。
神「それはよかった」(ちゃんと家族に話してきたんだな…)
と神も笑う。
自分と会う時間を作る手間を怠らない莉子に愛おしさが込み上げてきて胸がぎゅっと締め付けられた。
莉子「何、飲みますか?」
と莉子が自販機を指差す。
神は『そうだな…』と少し悩んだ後、『これにする』とカフェオレを選んだ。
莉子は『はーい』とご機嫌で返事をすると自販機にコインを入れ、カフェオレのボタンを押す。
ガコンと音を立てて紙パックに入ったカフェオレが落ちてくる。
莉子はそれを取り出すと神に『どこで飲みましょう?』と聞いた。
神は『体育館にしよ』と言った。ベンチや食堂だと人がいる。
練習が終わった後の体育館には誰も来ない。
茜がまだ部活動中なのも把握済みだ。
神(体育館なら誰にも邪魔されずに話せる)
莉子「じゃあ体育館に戻りましょう」
と体育館へ向かう。
やはり体育館は誰もいなかった。空っぽの体育館を見て今更になって莉子は緊張してきた。
莉子(本当に2人きりだ…)
神はなれた足取りで中へ入りとある入り口へ向かう。
神「こっち、こっち」
と莉子を呼ぶ神。
神が入り口を開けるとフワッと風が通って気持ちがよかった。
神「ここが一番風通りよくて気持ち良いんだ」
と言い入り口の段差に腰掛ける神。それに習い莉子も隣に座る。
お尻をモジモジと動かし何度か座り直した莉子を見て神が『あ』と声を上げた。
神「このままじゃお尻痛いよね」
莉子が『大丈夫ですよ』と言ったが神は『いいから、いいから。良いものがあるんだ』と立ち上がり体育館倉庫の扉を開けた。
莉子「本当に大丈夫なのに…」
莉子が呟くと神が倉庫からウレタンのマットを2つ持ってきた。
神「はい」
莉子が立ち上がると莉子が座っていた所にマットを置いてくれる。
神「あ」(そういえば…)
前に茜がお尻が痛いと騒いだ時、このマットを見て『え、きたなっ!』と嫌な顔をしていた事を思い出した神。
『これ綺麗だからね』
と伝えないとと思い『あの…木村さん…』と声をかけるが莉子は気にした素ぶりも見せず『ありがとうございます』とマットの上に座る。
莉子「わぁ…。やっぱりマットがあると楽ですね。座りやすいです‼︎』と神を見上げた。
神「……」
莉子「?神さん…?」
神「な、なんでもない」
と言うと神は莉子の横にマットを置いて座る。
神はとても嬉しくなった。
茜は悪くない。
神もカチンともイラっともしなかった。
(またわがまま言ってるよ…)
それくらいの感覚だった。
でも莉子は違う。
当たり前みたいに笑って受け取ってくれる。
そのことが何故だか嬉しかった。
神は2人の間にクッキーを置いた。
莉子は神にカフェオレを渡す。
神「ありがとう」
ストローを差し神が『合宿お疲れ様でした』とカフェオレを莉子に向ける。
莉子もリンゴジュースにストローを差すと『お疲れ様でした‼︎』とカフェオレに向ける。
神・莉子「かんぱーーい」
ストローから飲み物が溢れない様に優しくコツンと当てるだけの乾杯。
莉子の緊張もどこかに飛んでいった。
カフェオレを一口飲んだ神は『久しぶり飲んだけど美味い』と言った。
莉子「普段は飲まないんですか?」
神「いつもはスポドリでお腹がチャプチャプだからね」
莉子「あははは。なるほど」
神がクッキーに手を伸ばす。
莉子はそれをジッと見ていた。
サクッと良い音がする。
莉子「……」
莉子が反応を伺っていると目を大きく見開いた神が『うまっ!』と言った。
莉子「よかったです。昨日、急いで作ったから…」
『すごく美味いよ』と2枚目に手が伸びる。
2枚目を口に放り込んで『普段からお菓子はよく作るの?』と聞く。
神の質問に莉子は一番下の弟がクッキーもクッキー作りも好きなこと、だから土日には2人でよく作る事、クッキーにも色々な作り方がある事、今回作った物は簡単だけどアーモンドパウダーをたっぷり入れた莉子のお気に入りレシピである事を教えてくれた。
神「俺もこのクッキーすごく好き。めっちゃ美味い」
と3枚、4枚と手が止まらない。
そんな神を愛おしそうに見つめる莉子。
莉子「神さんは甘いもの好きですか?」
神「んー…。そうだな…。好きな方だと思うけどわざわざ買って食べたりはしないんだよな…。あ、でも家にケーキがあったらテンションは上がる」
莉子「そうなんですね」(ケーキを見つけて喜ぶ神さん…。可愛いな)
くすくす笑うと『どんなケーキが好きなんですか?』と質問を続ける。
神「どんな…んー…。あんまり考えた事なかったけど…生クリームよりチョコの方が好きかも…。あ、あれが好きだ‼︎名前がわかんないけどふわふわのスポンジだけのケーキ」
莉子は『ふわふわのスポンジだけのケーキ…』と少し悩んだ後、神を見た。
莉子「シフォンケーキ…ですかね?」
莉子の言葉に『そう!それだ!』と手を叩く神。
神「家の近所に美味しいケーキ屋さんがあってそこのシフォンケーキが美味いんだよね。木村さんにも食べさせてあげたいな」
莉子「え…」
戸惑う莉子に神はハッとしたが気づかないフリをした。
神「…えっと…木村さんはどんなケーキが好き?」
莉子「私もチョコのケーキが好きです。モンブランも好きだし…いちごのタルトも好きです」
質問が数珠繋ぎで繋がっていく。
他の人なら聞き流してしまうようなことも莉子のことになると気になった。
好きな食べ物。
好きな季節。
休日の過ごし方。
どんな本を読むのか。
どんな音楽を聴くのか。
知りたいことが次々と浮かんでくる。
それがどう役に立つのかなんてわからない。
それでも知りたかった。
もっと話したい。
もっと笑ってほしい。
もっと莉子のことを知りたい。
神はカフェオレを一口飲みながら、次は何を聞こうかと考えるのだった。
莉子が仙道に『話があるんですがお時間ありますか?』と誘い出し2人は人気のないところを探して歩いていた。
仙道が『ここら辺でいいか?』と聞くと莉子はコクリと頷いた。
仙道は莉子を見た。
指先が白くなるほど強く握り込んでいる拳を見て莉子がひどく緊張していることに気付き優しく声をかける。
仙道「話って告白の返事か?」
仙道は莉子が切り出しやすい様に自分から話し出した。
莉子はまたコクリと頷き『あの…』と言葉を紡ぐ。
莉子「私…色々あって恋愛は憧れてはいるんですけど…やっぱり自分に縁はないかなって思ってました」
仙道「うん」
莉子「で、でも…好きな人ができて私、その人とちゃんと向き合いたいなって、思って、ます…」
仙道「うん」
莉子「なので…仙道さんの気持ちには応えられません。ご、ごめんなさい」
と深々と頭を下げる。
莉子の涙声が揺れている。
仙道(フラれるのは俺なんだけどな)
とやるせなさに襲われるが仙道は『ありがとな』と言った。
莉子「え…」
仙道「ちゃんと考えてくれてありがとう。言葉にしてくれて嬉しいよ」
莉子は申し訳なさそうに首を横に振る。
仙道「好きな奴ともきっとうまくいくよ。木村はいいヤツだからな」
莉子「え…」
仙道「だからそのままの木村で向き合えよ。絶対、大丈夫だから。俺が保証する」
と笑う仙道に『仙道さん…』と言葉を詰まらせる。
仙道「じゃあな。また大会で会おう」
と仙道が手を差し出す。
莉子「はい…。ありがとうございます」
グスンと鼻を啜る莉子。
仙道は最後にニコッと笑うとその場を立ち去った。
初恋は見事に砕けた。しかし仙道の胸のつっかえは綺麗に消えていた。
仙道が両腕をグーッと上げて伸びをする。
仙道は(明日、久しぶりに釣りに行くかぁ)と空を仰いだ。
莉子が体育館に戻ると彦一が声をかけてくる。
彦一「莉子ちゃん」
莉子「あ、彦一君…」
彦一「片付け終わったし帰ろや」
莉子「ごめん。私、ちょっと用事があって…」
彦一「仕事なら一緒にするで」
莉子「ううん。全然関係ないから大丈夫だよ」
彦一「そうなん?じゃあ先に帰らせてもらうわ」
莉子「うん。三日間お疲れ様でした。ありがとう」
彦一「こちらこそありがとう!また大会で」
と彦一とも握手をして分かれる。
牧達の方へ向い莉子は『あの、三日間お世話になりました!ありがとうございました』と牧、高砂、清田、神に声をかける。
牧「こちらこそ世話になったよ。お疲れ様」
高砂が牧に賛同する様にコクリと頷いた。
牧「もう帰るのか?」
莉子はドキッとしたが『いえ、もう少し残ります』と答えた。
牧「1人でか?」
莉子「あ、あの…えっと…」
こんなに突っ込まれて聞かれるとは思っていなかった莉子はアタフタしてしまう。
だからといって神との打ち上げを話すのは恥ずかしい。
でも片付けも終わり彦一も帰ってしまった今、自分が残る適当な理由が何も思いつかない。
莉子(ど、ど、どうしよう)
莉子が焦っていると神が口を開いた。
神「練習相手をしてもらいたくて残って欲しいって俺が頼んだんです」
莉子「⁉︎」
神の言葉に牧の眉間に皺がよる。
牧「なんでわざわざ木村さんに頼むんだ。清田がいるだろう」
清田「⁉︎」(お、俺⁉︎)
普段は牧の言うように神の練習は清田か茜が手伝っている。でも今日は違う。手伝ってはいけない日だ。
名前を出された清田はギクシャクした動きで『オ…オレハキョウ、ヨテイガアルノデサキニカエラナイトイケナイノデス』と答えた。
神(下手くそ‼︎)
莉子「……」(絶対に嘘だってバレる‼︎)
心の中で頭を抱える神と莉子。
しかし牧は『そうか…』と言うと神に『あんまり遅くまで付き合わせるなよ。最低でも駅までは送って行くように』と指示を出す。
神は『もちろんです』と力強く答える。
莉子「……」(牧さんって素直なんだ…)
こんなに怪しい話し方なのに疑問を持たないなんてちょっと心配である。
そんな牧は莉子にも『遅くならないようにな』と釘を刺す。
莉子「はい。わかりました」
牧は莉子の返事を聞くと高砂、清田と共に体育館を出て行った。
2人きりになった途端、神は『はぁー』と大きく息を吐いた。
神「バレなくてよかったね。信長のやつ…下手くそ過ぎだろ…絶対にバレたと思った…」
と苦笑い。
莉子「私もすごくヒヤヒヤしました」
神「ね」
と2人でくすくす笑い合う。
神は『さて…。じゃあ早速ジュース買いに行きますか』と出口を指差す。
莉子「練習はいいんですか?」
莉子の言葉に神は笑う。
神「あれは木村さんが怪しまれずに体育館に残る為の口実だから気にしなくていいよ。打ち上げ終わったらすぐに駅まで送るよ」
莉子「手伝います!手伝わせて下さい‼︎」
神「遅くなるし…。家の人が心配するよ」
莉子「連絡すれば大丈夫です!」
神「じゃあ…、お願いしようかな…」
莉子「はいっ!任せて下さい‼︎」
2人は体育館を出た。
莉子は家族に電話をする為に更衣室へ、神は莉子のジュースを取りに給湯室へ行く。
神「じゃあさっきの自販機前で待ち合わせね」
莉子「はい!」
神は給湯室へ向かい冷蔵庫からリンゴジュースを取り出す。
それを持って踵を返す。
自販機に向かって歩いているとワクワクしてきた。
莉子はもう来ているかな?
俺を見たらちょっとは嬉しそうにしてくれるかな?
『神さん』と嬉しそうに笑う莉子を想像するだけで楽しかった。
神(ああ…早く会いたい…)
莉子の事を考えると空を飛べそうなくらい心がふわふわしてついさっきまで一緒にいたのにもう会いたくなっている。
手に持っているクッキーを見た。
莉子は普段からお菓子作りはよくするのかな?
作るの難しいのかな?
どれくらい時間がかかるのかな?
もう時間がかかるなら昨日は夜遅くまで起きてたってことだよな?
体、しんどくないかな…大丈夫かな…
クッキー一つから次々と聞きたいことが出てくる。
これまでにたくさんもらったことのある手作りのお菓子…。
ありがとうの一言で受け取っていたが莉子がくれた物は別。
興味の塊だった。
神「…聞きたいことが山積みだ…」
歩く速度が自然と速くなる神の表情はどこか楽しげだった。
自販機前にはすでに莉子がいた。神に気付くと莉子は嬉しそうに手を振った。
想像よりもはるかにかわいい莉子を見て胸がキュンと鳴る。
莉子「両親からもオッケーもらいました」
と笑う莉子。
神「それはよかった」(ちゃんと家族に話してきたんだな…)
と神も笑う。
自分と会う時間を作る手間を怠らない莉子に愛おしさが込み上げてきて胸がぎゅっと締め付けられた。
莉子「何、飲みますか?」
と莉子が自販機を指差す。
神は『そうだな…』と少し悩んだ後、『これにする』とカフェオレを選んだ。
莉子は『はーい』とご機嫌で返事をすると自販機にコインを入れ、カフェオレのボタンを押す。
ガコンと音を立てて紙パックに入ったカフェオレが落ちてくる。
莉子はそれを取り出すと神に『どこで飲みましょう?』と聞いた。
神は『体育館にしよ』と言った。ベンチや食堂だと人がいる。
練習が終わった後の体育館には誰も来ない。
茜がまだ部活動中なのも把握済みだ。
神(体育館なら誰にも邪魔されずに話せる)
莉子「じゃあ体育館に戻りましょう」
と体育館へ向かう。
やはり体育館は誰もいなかった。空っぽの体育館を見て今更になって莉子は緊張してきた。
莉子(本当に2人きりだ…)
神はなれた足取りで中へ入りとある入り口へ向かう。
神「こっち、こっち」
と莉子を呼ぶ神。
神が入り口を開けるとフワッと風が通って気持ちがよかった。
神「ここが一番風通りよくて気持ち良いんだ」
と言い入り口の段差に腰掛ける神。それに習い莉子も隣に座る。
お尻をモジモジと動かし何度か座り直した莉子を見て神が『あ』と声を上げた。
神「このままじゃお尻痛いよね」
莉子が『大丈夫ですよ』と言ったが神は『いいから、いいから。良いものがあるんだ』と立ち上がり体育館倉庫の扉を開けた。
莉子「本当に大丈夫なのに…」
莉子が呟くと神が倉庫からウレタンのマットを2つ持ってきた。
神「はい」
莉子が立ち上がると莉子が座っていた所にマットを置いてくれる。
神「あ」(そういえば…)
前に茜がお尻が痛いと騒いだ時、このマットを見て『え、きたなっ!』と嫌な顔をしていた事を思い出した神。
『これ綺麗だからね』
と伝えないとと思い『あの…木村さん…』と声をかけるが莉子は気にした素ぶりも見せず『ありがとうございます』とマットの上に座る。
莉子「わぁ…。やっぱりマットがあると楽ですね。座りやすいです‼︎』と神を見上げた。
神「……」
莉子「?神さん…?」
神「な、なんでもない」
と言うと神は莉子の横にマットを置いて座る。
神はとても嬉しくなった。
茜は悪くない。
神もカチンともイラっともしなかった。
(またわがまま言ってるよ…)
それくらいの感覚だった。
でも莉子は違う。
当たり前みたいに笑って受け取ってくれる。
そのことが何故だか嬉しかった。
神は2人の間にクッキーを置いた。
莉子は神にカフェオレを渡す。
神「ありがとう」
ストローを差し神が『合宿お疲れ様でした』とカフェオレを莉子に向ける。
莉子もリンゴジュースにストローを差すと『お疲れ様でした‼︎』とカフェオレに向ける。
神・莉子「かんぱーーい」
ストローから飲み物が溢れない様に優しくコツンと当てるだけの乾杯。
莉子の緊張もどこかに飛んでいった。
カフェオレを一口飲んだ神は『久しぶり飲んだけど美味い』と言った。
莉子「普段は飲まないんですか?」
神「いつもはスポドリでお腹がチャプチャプだからね」
莉子「あははは。なるほど」
神がクッキーに手を伸ばす。
莉子はそれをジッと見ていた。
サクッと良い音がする。
莉子「……」
莉子が反応を伺っていると目を大きく見開いた神が『うまっ!』と言った。
莉子「よかったです。昨日、急いで作ったから…」
『すごく美味いよ』と2枚目に手が伸びる。
2枚目を口に放り込んで『普段からお菓子はよく作るの?』と聞く。
神の質問に莉子は一番下の弟がクッキーもクッキー作りも好きなこと、だから土日には2人でよく作る事、クッキーにも色々な作り方がある事、今回作った物は簡単だけどアーモンドパウダーをたっぷり入れた莉子のお気に入りレシピである事を教えてくれた。
神「俺もこのクッキーすごく好き。めっちゃ美味い」
と3枚、4枚と手が止まらない。
そんな神を愛おしそうに見つめる莉子。
莉子「神さんは甘いもの好きですか?」
神「んー…。そうだな…。好きな方だと思うけどわざわざ買って食べたりはしないんだよな…。あ、でも家にケーキがあったらテンションは上がる」
莉子「そうなんですね」(ケーキを見つけて喜ぶ神さん…。可愛いな)
くすくす笑うと『どんなケーキが好きなんですか?』と質問を続ける。
神「どんな…んー…。あんまり考えた事なかったけど…生クリームよりチョコの方が好きかも…。あ、あれが好きだ‼︎名前がわかんないけどふわふわのスポンジだけのケーキ」
莉子は『ふわふわのスポンジだけのケーキ…』と少し悩んだ後、神を見た。
莉子「シフォンケーキ…ですかね?」
莉子の言葉に『そう!それだ!』と手を叩く神。
神「家の近所に美味しいケーキ屋さんがあってそこのシフォンケーキが美味いんだよね。木村さんにも食べさせてあげたいな」
莉子「え…」
戸惑う莉子に神はハッとしたが気づかないフリをした。
神「…えっと…木村さんはどんなケーキが好き?」
莉子「私もチョコのケーキが好きです。モンブランも好きだし…いちごのタルトも好きです」
質問が数珠繋ぎで繋がっていく。
他の人なら聞き流してしまうようなことも莉子のことになると気になった。
好きな食べ物。
好きな季節。
休日の過ごし方。
どんな本を読むのか。
どんな音楽を聴くのか。
知りたいことが次々と浮かんでくる。
それがどう役に立つのかなんてわからない。
それでも知りたかった。
もっと話したい。
もっと笑ってほしい。
もっと莉子のことを知りたい。
神はカフェオレを一口飲みながら、次は何を聞こうかと考えるのだった。