神宗一郎と恋するお話
神奈川選抜合宿3日目 日曜日
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莉子が顔を上げると『そ、それで…何か…お礼をしたいなと思って…』とモジモジしている。
神「?」
莉子は『それで…く…クッキーを作ってきたんですけど…』と神を見上げた。
神「えっ⁉︎クッキー⁉︎」
莉子「でも神さんに彼女さんがいたらそんなのもらっても迷惑だろうなと思って…。だから…」
伺う様に『お付き合いされてる方…いますか?』と顔を真っ赤にして絞り出すようにそう問いかける。
神は一瞬言葉を失った。
清田の言葉が頭を過る。
『神さんに彼女がいたら嫌だと思っている』
だとすれば莉子はおそらく彼女の有無を確認する方法を考えたはずだ。
神「……」(それがこれ?)
莉子は祈る様な顔でじっと神の返事を待っている。
かっ…かわいい‼︎
緩む口元を慌てて手で隠す神。
神「…」(ナニソレ!メチャクチャカワイイ‼︎‼︎)
莉子の人柄がよく出たなんて可愛い作戦なんだろう…。
あまりの健気さに眩暈すら覚える。
莉子「…あの…やっぱりお付き合いされている方いますよね…」
莉子はしゅんとしてしまう。
神(あぁ…本当にかわいいな…)
俺に彼女がいるとダメなの?
そう聞いたら彼女はどんな顔をするんだろう。
顔を真っ赤にして慌てふためくのかな?
それとも少し気まずそうにコクリと頷く?
そんな事を想像して愛おしさが込み上げてくる。
無意識に莉子の頬に手が向かった。指先でスッとくすぐる様に優しく撫でると莉子の頬がポッとピンクに染まった。
それを見た神は満足そうに微笑んだ。
神「…彼女なんていないよ。木村さんが見た子もただの幼馴染だし」
きっと莉子が一番ほしい言葉を選んだつもりの神。
さぁどうだ?と莉子の様子を伺う。
神の心地よいテノールが莉子の心に染み込んでいく。
莉子(おさななじみ…)
神の言葉が胸の中にストンと収まる。
その瞬間、莉子の表情がぱぁっと明るくなった。
莉子「本当ですか⁉︎」
神はコクっとうなづき、『彼女なんていたことないよ』と笑う。
神「だからクッキー、もらっていい?」
莉子「はっはい‼︎こ、更衣室にあるのですぐとってきます!」
と言うやいなや莉子は更衣室へ走っていく。
神は莉子の後ろ姿を見て『ははっ。めっちゃ嬉しそう』と神もまた嬉しそうに笑った。
莉子「はぁ…はぁ…はぁ…お待たせしました!」
息を切らし顔を赤くし乱れた前髪でキラキラの笑顔で戻ってきた莉子にトキメキが止まらずまた神は口元を手で押さえた。
神(あぁ…本当にかわいい…)
莉子「?」
神は『急いで来てくれたんだね』と前髪をチョンチョンと直してくれる。
莉子「あっ…。す、すみません…」
と恥ずかしそうに前髪を直す莉子。
神は愛おしそうにそれを眺めている。
莉子「…あ、あの…。これ…」
髪を直し終わった莉子は持ってきたクッキーをいそいそと神に差し出す。
神は嬉しそうにクッキーを見て『ありがとう』と笑い受け取る。
莉子「お礼を言うのは私の方です…。私のこと守ってくれて本当にありがとうございました」
ありがとうございました
これまでに何千回と言われてきた言葉。そんなありきたりな言葉に胸の中が暖かくなる。
神「…どういたしまして」
と笑い合う神と莉子。
神「じゃあ自販機行こっか」
莉子「はい!」
と言うと莉子の動きがピタッと止まった。
神「?」
莉子「……」
その場から動かない莉子に神は首を傾げた。
神「?木村さん?どうしたの?」
莉子はものすごく申し訳なさそうに神を見た。
そして『お金とジュース…更衣室に忘れてきちゃいました…』と言うと恥ずかしいのか手で顔を覆ってしまった。
神は『え』と莉子を見た。
神(つまりクッキーを渡すのに気を取られて全部、忘れてきたってこと…?)
耳まで真っ赤になっている莉子を見て神は『はははは』と笑った。
莉子「⁉︎」
神「あははは。なんだよ、それ」(めっちゃカワイイ!)
とクシャと顔を歪ませてお腹を抱えて笑う神。
莉子「⁉︎」(あっ!)
急に砕けた口調になった神にドキッとする。
羨ましいと思っていた清田に見せたクシャとした笑顔に嬉しくなった。
莉子「……」(私にもそんな顔して笑ってくれるんだ…)
お腹を抱えた神がニヤリと笑う。
神「俺とジュース飲むのそんなに楽しみだったの?」
さっきまで無邪気に笑っていた神が揶揄う様な視線を向けてくる。
コロコロ変わる神の表情に莉子はパニックになる。
莉子「い、いや…。あ、あの…えっと…」
神「一緒だね」
莉子「へ?」
神「俺も楽しみにしてた」
莉子「なっ、なっなっ…!」
慌てふためく莉子の反応を楽しそうに見つめ『だからさ』と声をかける。
莉子は神を見た。
神「練習終わったら2人で打ち上げしない?」
莉子「打ち上げ…ですか?」
神「うん。今から取りに行ってるとあんまり時間ないし…。だから練習終わりに2人で打ち上げ。どうかな?」
莉子「……」
黙る莉子に神は(ちょっと調子に乗りすぎたか?)と慌てて『やっぱり信長も呼ぼう!』と訂正する。
莉子「え…」
神「他の連中も誘お!仙道とかさ」
気まずい雰囲気にならない様に努めて明るく話す神。
莉子「……」
莉子は何かを考える様にジッと神を見つめる。
神「……」(…これは…どういう感情?)
神の提案に莉子はプルプルと小さく首を横に振った。
莉子「…私…2人で打ち上げしたいです」
神「!」
チラッと神の様子を伺う莉子。
神は一瞬、びっくりしたがすぐに『よかった』と笑う。
莉子(『よかった』ってどういう意味だろう…)
それって神もまた2人で打ち上げをしたかったという事なのだろうか…?
莉子(もしそうだったらいいのにな…)
と嬉しそうに微笑む莉子に見惚れる神。
神「……」
自分が女の子に対して愛おしく思えるなんて知らなかった。
これが人を好きになるってことなのか…
自分が莉子にハマっていく感覚がはっきりとわかる。
神「……」(大事にしたいな…)
莉子が神を見てハッと息を飲んだ。
神の視線があまりにも優しくて何故か涙が込み上げてきた。
莉子(…ダメ…。今、泣いたら変に思われちゃう…)
莉子がフイっと顔を逸らした。思わず神は苦笑い。
神は『俺、体育館に戻るね。木村さんはどうする?』と尋ねる。
莉子「私はもうちょっと仕事してから体育館に戻ります」
神は残念に思いながらも『わかった。また後でね』と手を挙げる。
莉子も『はい。また後で』と手を振る。
神は体育館へと向かって歩き出すがある事を思い出し莉子の方へ振り返る。
神「ちゃんと忘れずにジュース、冷やしときなよ」
と言うと莉子は目を見開いた後『わ、わかってます!』と頬を膨らませる。
神「ははは」
神は満足そうに笑うと今度こそ体育館へと向かう。
莉子は『もう!』と怒りながらも(揶揄われた…)と少しだけ神との距離が縮んだ気がして嬉しく思うのだった。
神が体育館に向かって歩いていると体育館へと繋がる渡り廊下に茜が立っていた。
神(あ…)
茜は神に気づくとおずおずと近づいてくる。
神は立ち止まり茜を見下ろしている。茜が目の前まで来て『あの…宗ちゃん…』と上目遣いで見上げる。
神「何」
素っ気ない神に茜の目が潤む。
茜「まだ怒ってる…?」
神「……」
神は黙っていた。
『まだ』ってなんだ…。と少し呆れた。茜は自分が何で怒っているのか分かってないんだと思った。
茜「みっともないとか言ってごめん…」
神は大きなため息をついた。
神「はぁ…。違うよ。俺が怒ってるのはそこじゃないから。茜が木村さんの事をどう思ってるかなんて俺には関係ないんどけどさ…、友達がと、友達の事を悪く言うのは聞いててすごく不愉快だ」
茜「…ごめんなさい…。もう絶対に言わない」
茜が見た事ないほど落ち込んでいる。茜は謝ったりしない。そんな茜が何度も『ごめんなさい』と言っている。
神(仕方ないな…)
神は茜を許すことにした。
神「…。うん。わかってくれたならもういいよ」
茜の顔が一気に明るくなった。
神(ゲンキンなやつだな…)
と苦笑い。
茜「じゃあ午後練見に行ってもいい?」
神「テニス部は午後から練習ないの?」
茜「いいの。宗ちゃんの練習が見たい!」
神「レギュラーになれたって喜んでたのに…。サボったら外されるかもしれないぞ」
茜「…」
神「見にくるのは構わないけど後で後悔しないようにな」
茜「うん!ありが…」
神が何かに導かれる様に顔を後ろへ振り返った。
神「あ」
茜が『ありがとう』を言い切る前に神は目の前から消えた。
神「木村さん!」
神はドリンクを運ぶ莉子に気付き走って行ったのだ。
弾んだ声で神が莉子に声をかける。
神「重そうだね。持つよ」
とドリンクの入った箱に手を伸ばす神。
莉子「これくらい大丈夫です」
と体を捻って神の手を避ける莉子。
神は『いいから、いいから』とさらに手を伸ばす。
グッと2人の距離が近づいて莉子の肩が神の胸に触れる。
茜の目からは2人が重なったように見えた。
莉子が顔を真っ赤にしてそれを見て神が笑う。
え?いつの間にこんなに仲良くなったの?
茜は愕然としその場から動けなかった。
恥ずかしがる莉子を神は慈しむ様に見つめているが隙をついてドリンクの入った箱を取り上げる。
莉子「あっ!」
あっという間に箱を取り上げられる莉子。
神「行こ」
神が箱を抱えると莉子が困った表情で神の周りをぴょんぴょん跳ねる様に歩き回る。
神はそんな莉子を見ておかしそうに笑いながら茜の前を通り体育館へ入っていく。
2人の会話は聞こえているはずなのに何も頭に入ってこなかった。
茜「………」
茜はただその場に立ち尽くすのみだった。
体育館
神はクーラーボックスの近くに箱を置いた。
神「ここでいい?」
莉子は『はい。ありがとうございました…』と口を尖らせている。
表情と言葉が合っていない。
神はフッと笑うと莉子の目線に合うように腰を屈めて『どういたしまして』と言った。
三井「近い!」
の声と同時に神の頭をはたく三井。
神「いってぇ…」
と頭を摩る神と三井に猛抗議する莉子。
莉子「三井先輩‼︎暴力はダメです‼︎」
三井「うるせぇ!」
宮城「これはセクハラから莉子を守る為だから」
牧「セクハラ⁉︎」
神「ちっ、違います!俺、そんな事してません!」
ワラワラと莉子の元に集まってくる選手達。
茜はその光景を入り口から見ている。
莉子をチヤホヤするのは神だけではない。その事が茜を余計に惨めにさせた。
茜「あんなにたくさん男がいるんだから宗ちゃんにちょっかい出さないでよ…」
茜の独り言は誰にも届くことはなかった。
ピピィーーーーーー‼︎‼︎
体育館内に最後の5対5の終了を告げるホイッスルが鳴り響く。
合宿最後の試合の得点は『A組 44』 『B組 35』だった。
三井は『チッ』と舌打ち。
パイプ椅子から高頭が立ちパチパチと手を叩く。
高頭「よーーーっし、お疲れ!」
彦一と莉子も拍手。
「お疲れ様でした‼︎」
「っしたああああーーーーーーー‼︎‼︎‼︎」
選抜メンバー12人がいっせいにコートに寝転がる。
莉子と彦一がタオルとドリンクを選手達に届けに走る。
神は彦一からタオルとドリンクを受け取る。
神は上体を起こし汗を拭きながらドリンクを流し込む。
神「ふぅ…」(ついに終わった…)
休憩をしていると高頭が集合を掛けた。
高頭「集合してくれ!」
一同、集まる。
高頭は練習中の厳しい視線とは違う穏やかな表情で選手達を一瞥する。
高頭「みんなご苦労だった。あとは国体本番を待つのみだ。他校のことに口を出すものではないかもしれないが、大会が近づいたら、疲れが溜まらないようなるべく軽い練習にしてもらえるとありがたい」
高頭の発言に清田は神にこそこそ耳打ち。
清田 (ってコトは、ウチも軽い練習にしてくれるんですかね?)
神(それはどうだろうな?)
高頭、続ける。
高頭「大会中は本当に仲間になろう。普段敵であることは忘れて、勝利のためにみんな力を合わせてくれ。優勝するために」
一同、うなずく。
パチン!
高頭、ひとつ手を叩く。
高頭「よし、合同練習はこれで終わりだ。来週、大会で会おう!」
「お疲れ様でしたあああ‼︎」
「したああああ‼︎‼︎」
合同練習は全て終了。
コート内では選手達がクールダウンのストレッチをしている。
莉子と彦一は片付けに勤しむ。
莉子(この後、神さんと打ち上げだ…)
ドキドキする。
神の方を見ると清田とボールを触りながら何か話している。
そこに藤真がやって来た。
藤真「お疲れ」
莉子「お疲れ様です」
藤真「三日間世話になったな。ありがとう」
と手を差し出してきた。莉子は両手で藤真の手を包み込む様に握ると『貴重な経験をさせて頂きました。こちらこそお世話になりました。ありがとうございました!』と言った。
その後も花形、長谷川にもお礼を伝え握手を交わす。
莉子は藤真の方へ向き直すとポケットに入れていたレシピを取り出した。
莉子「これ…。約束してたレシピです」
藤真は差し出された白い紙を見て『サンキュー』と受け取る。
それから藤真達は莉子と少し話をしてから体育館を出て行った。
すぐに神が莉子の元へ走ってくる。
慌てた様子で莉子に『木村さん!』と掴みかかる勢いで声をかける。
莉子「はい」
と振り返り神を見上げる莉子。
ニコッと笑いかけられると神は(あ。可愛い…)と毒気を抜かれたかの様に冷静さを取り戻す。
『コホン』と咳払いをしてから神は莉子に問う。
神「…今、藤真さんに何を渡したの?」
莉子「え?」
神「藤真さんに何か渡してたよね?これくらいの小さい紙みたいなやつ。あれなに?」
と指で四角を作る。
その四角を見て『あー』と声をあげる。
莉子「あれはドリンクのレシピです」
神「ドリンクのレシピ?」
莉子「はい。藤真さんが作り方を知りたいって言ってたのでメモに書いて渡したんです」
神「……へ、へぇ〜…。そ、そうなんだ…ハハハハ」(れ、連絡先渡してるのかと思った…)
と気まずそうに頭を掻く神。莉子は不思議そうに神を見上げている。
莉子「?」(どうしたんだろう…?)
茜「……」
茜は体育館の2階から2人の様子を見ていた。
慌てる神なんて数年振りに見た。
莉子といると知らない神が次から次へと現れて茜を混乱させる。
茜(あぁ…嫌だ…)
茜は莉子に影響を受ける神が嫌だった。
手すりを握る手に力が入る。
莉子が神から離れる。向かった先は仙道だ。
茜「あの人…」
茜は仙道の事を知っていた。神の応援に行った時キャーキャー騒がれていた花形プレイヤーだ。
茜「私には宗ちゃんしかいないのに…。マジでムカつく…」
茜「私には宗ちゃんしかいないのに…」
藤真とも笑っていた。
神とも笑っていた。
今度は仙道だ。
茜は奥歯を噛み締めた。
体育館から仙道と莉子が出ていく。
それを見送る神。
なんだかその背中は寂しそうで茜は涙が出そうだった。
神「?」
莉子は『それで…く…クッキーを作ってきたんですけど…』と神を見上げた。
神「えっ⁉︎クッキー⁉︎」
莉子「でも神さんに彼女さんがいたらそんなのもらっても迷惑だろうなと思って…。だから…」
伺う様に『お付き合いされてる方…いますか?』と顔を真っ赤にして絞り出すようにそう問いかける。
神は一瞬言葉を失った。
清田の言葉が頭を過る。
『神さんに彼女がいたら嫌だと思っている』
だとすれば莉子はおそらく彼女の有無を確認する方法を考えたはずだ。
神「……」(それがこれ?)
莉子は祈る様な顔でじっと神の返事を待っている。
かっ…かわいい‼︎
緩む口元を慌てて手で隠す神。
神「…」(ナニソレ!メチャクチャカワイイ‼︎‼︎)
莉子の人柄がよく出たなんて可愛い作戦なんだろう…。
あまりの健気さに眩暈すら覚える。
莉子「…あの…やっぱりお付き合いされている方いますよね…」
莉子はしゅんとしてしまう。
神(あぁ…本当にかわいいな…)
俺に彼女がいるとダメなの?
そう聞いたら彼女はどんな顔をするんだろう。
顔を真っ赤にして慌てふためくのかな?
それとも少し気まずそうにコクリと頷く?
そんな事を想像して愛おしさが込み上げてくる。
無意識に莉子の頬に手が向かった。指先でスッとくすぐる様に優しく撫でると莉子の頬がポッとピンクに染まった。
それを見た神は満足そうに微笑んだ。
神「…彼女なんていないよ。木村さんが見た子もただの幼馴染だし」
きっと莉子が一番ほしい言葉を選んだつもりの神。
さぁどうだ?と莉子の様子を伺う。
神の心地よいテノールが莉子の心に染み込んでいく。
莉子(おさななじみ…)
神の言葉が胸の中にストンと収まる。
その瞬間、莉子の表情がぱぁっと明るくなった。
莉子「本当ですか⁉︎」
神はコクっとうなづき、『彼女なんていたことないよ』と笑う。
神「だからクッキー、もらっていい?」
莉子「はっはい‼︎こ、更衣室にあるのですぐとってきます!」
と言うやいなや莉子は更衣室へ走っていく。
神は莉子の後ろ姿を見て『ははっ。めっちゃ嬉しそう』と神もまた嬉しそうに笑った。
莉子「はぁ…はぁ…はぁ…お待たせしました!」
息を切らし顔を赤くし乱れた前髪でキラキラの笑顔で戻ってきた莉子にトキメキが止まらずまた神は口元を手で押さえた。
神(あぁ…本当にかわいい…)
莉子「?」
神は『急いで来てくれたんだね』と前髪をチョンチョンと直してくれる。
莉子「あっ…。す、すみません…」
と恥ずかしそうに前髪を直す莉子。
神は愛おしそうにそれを眺めている。
莉子「…あ、あの…。これ…」
髪を直し終わった莉子は持ってきたクッキーをいそいそと神に差し出す。
神は嬉しそうにクッキーを見て『ありがとう』と笑い受け取る。
莉子「お礼を言うのは私の方です…。私のこと守ってくれて本当にありがとうございました」
ありがとうございました
これまでに何千回と言われてきた言葉。そんなありきたりな言葉に胸の中が暖かくなる。
神「…どういたしまして」
と笑い合う神と莉子。
神「じゃあ自販機行こっか」
莉子「はい!」
と言うと莉子の動きがピタッと止まった。
神「?」
莉子「……」
その場から動かない莉子に神は首を傾げた。
神「?木村さん?どうしたの?」
莉子はものすごく申し訳なさそうに神を見た。
そして『お金とジュース…更衣室に忘れてきちゃいました…』と言うと恥ずかしいのか手で顔を覆ってしまった。
神は『え』と莉子を見た。
神(つまりクッキーを渡すのに気を取られて全部、忘れてきたってこと…?)
耳まで真っ赤になっている莉子を見て神は『はははは』と笑った。
莉子「⁉︎」
神「あははは。なんだよ、それ」(めっちゃカワイイ!)
とクシャと顔を歪ませてお腹を抱えて笑う神。
莉子「⁉︎」(あっ!)
急に砕けた口調になった神にドキッとする。
羨ましいと思っていた清田に見せたクシャとした笑顔に嬉しくなった。
莉子「……」(私にもそんな顔して笑ってくれるんだ…)
お腹を抱えた神がニヤリと笑う。
神「俺とジュース飲むのそんなに楽しみだったの?」
さっきまで無邪気に笑っていた神が揶揄う様な視線を向けてくる。
コロコロ変わる神の表情に莉子はパニックになる。
莉子「い、いや…。あ、あの…えっと…」
神「一緒だね」
莉子「へ?」
神「俺も楽しみにしてた」
莉子「なっ、なっなっ…!」
慌てふためく莉子の反応を楽しそうに見つめ『だからさ』と声をかける。
莉子は神を見た。
神「練習終わったら2人で打ち上げしない?」
莉子「打ち上げ…ですか?」
神「うん。今から取りに行ってるとあんまり時間ないし…。だから練習終わりに2人で打ち上げ。どうかな?」
莉子「……」
黙る莉子に神は(ちょっと調子に乗りすぎたか?)と慌てて『やっぱり信長も呼ぼう!』と訂正する。
莉子「え…」
神「他の連中も誘お!仙道とかさ」
気まずい雰囲気にならない様に努めて明るく話す神。
莉子「……」
莉子は何かを考える様にジッと神を見つめる。
神「……」(…これは…どういう感情?)
神の提案に莉子はプルプルと小さく首を横に振った。
莉子「…私…2人で打ち上げしたいです」
神「!」
チラッと神の様子を伺う莉子。
神は一瞬、びっくりしたがすぐに『よかった』と笑う。
莉子(『よかった』ってどういう意味だろう…)
それって神もまた2人で打ち上げをしたかったという事なのだろうか…?
莉子(もしそうだったらいいのにな…)
と嬉しそうに微笑む莉子に見惚れる神。
神「……」
自分が女の子に対して愛おしく思えるなんて知らなかった。
これが人を好きになるってことなのか…
自分が莉子にハマっていく感覚がはっきりとわかる。
神「……」(大事にしたいな…)
莉子が神を見てハッと息を飲んだ。
神の視線があまりにも優しくて何故か涙が込み上げてきた。
莉子(…ダメ…。今、泣いたら変に思われちゃう…)
莉子がフイっと顔を逸らした。思わず神は苦笑い。
神は『俺、体育館に戻るね。木村さんはどうする?』と尋ねる。
莉子「私はもうちょっと仕事してから体育館に戻ります」
神は残念に思いながらも『わかった。また後でね』と手を挙げる。
莉子も『はい。また後で』と手を振る。
神は体育館へと向かって歩き出すがある事を思い出し莉子の方へ振り返る。
神「ちゃんと忘れずにジュース、冷やしときなよ」
と言うと莉子は目を見開いた後『わ、わかってます!』と頬を膨らませる。
神「ははは」
神は満足そうに笑うと今度こそ体育館へと向かう。
莉子は『もう!』と怒りながらも(揶揄われた…)と少しだけ神との距離が縮んだ気がして嬉しく思うのだった。
神が体育館に向かって歩いていると体育館へと繋がる渡り廊下に茜が立っていた。
神(あ…)
茜は神に気づくとおずおずと近づいてくる。
神は立ち止まり茜を見下ろしている。茜が目の前まで来て『あの…宗ちゃん…』と上目遣いで見上げる。
神「何」
素っ気ない神に茜の目が潤む。
茜「まだ怒ってる…?」
神「……」
神は黙っていた。
『まだ』ってなんだ…。と少し呆れた。茜は自分が何で怒っているのか分かってないんだと思った。
茜「みっともないとか言ってごめん…」
神は大きなため息をついた。
神「はぁ…。違うよ。俺が怒ってるのはそこじゃないから。茜が木村さんの事をどう思ってるかなんて俺には関係ないんどけどさ…、友達がと、友達の事を悪く言うのは聞いててすごく不愉快だ」
茜「…ごめんなさい…。もう絶対に言わない」
茜が見た事ないほど落ち込んでいる。茜は謝ったりしない。そんな茜が何度も『ごめんなさい』と言っている。
神(仕方ないな…)
神は茜を許すことにした。
神「…。うん。わかってくれたならもういいよ」
茜の顔が一気に明るくなった。
神(ゲンキンなやつだな…)
と苦笑い。
茜「じゃあ午後練見に行ってもいい?」
神「テニス部は午後から練習ないの?」
茜「いいの。宗ちゃんの練習が見たい!」
神「レギュラーになれたって喜んでたのに…。サボったら外されるかもしれないぞ」
茜「…」
神「見にくるのは構わないけど後で後悔しないようにな」
茜「うん!ありが…」
神が何かに導かれる様に顔を後ろへ振り返った。
神「あ」
茜が『ありがとう』を言い切る前に神は目の前から消えた。
神「木村さん!」
神はドリンクを運ぶ莉子に気付き走って行ったのだ。
弾んだ声で神が莉子に声をかける。
神「重そうだね。持つよ」
とドリンクの入った箱に手を伸ばす神。
莉子「これくらい大丈夫です」
と体を捻って神の手を避ける莉子。
神は『いいから、いいから』とさらに手を伸ばす。
グッと2人の距離が近づいて莉子の肩が神の胸に触れる。
茜の目からは2人が重なったように見えた。
莉子が顔を真っ赤にしてそれを見て神が笑う。
え?いつの間にこんなに仲良くなったの?
茜は愕然としその場から動けなかった。
恥ずかしがる莉子を神は慈しむ様に見つめているが隙をついてドリンクの入った箱を取り上げる。
莉子「あっ!」
あっという間に箱を取り上げられる莉子。
神「行こ」
神が箱を抱えると莉子が困った表情で神の周りをぴょんぴょん跳ねる様に歩き回る。
神はそんな莉子を見ておかしそうに笑いながら茜の前を通り体育館へ入っていく。
2人の会話は聞こえているはずなのに何も頭に入ってこなかった。
茜「………」
茜はただその場に立ち尽くすのみだった。
体育館
神はクーラーボックスの近くに箱を置いた。
神「ここでいい?」
莉子は『はい。ありがとうございました…』と口を尖らせている。
表情と言葉が合っていない。
神はフッと笑うと莉子の目線に合うように腰を屈めて『どういたしまして』と言った。
三井「近い!」
の声と同時に神の頭をはたく三井。
神「いってぇ…」
と頭を摩る神と三井に猛抗議する莉子。
莉子「三井先輩‼︎暴力はダメです‼︎」
三井「うるせぇ!」
宮城「これはセクハラから莉子を守る為だから」
牧「セクハラ⁉︎」
神「ちっ、違います!俺、そんな事してません!」
ワラワラと莉子の元に集まってくる選手達。
茜はその光景を入り口から見ている。
莉子をチヤホヤするのは神だけではない。その事が茜を余計に惨めにさせた。
茜「あんなにたくさん男がいるんだから宗ちゃんにちょっかい出さないでよ…」
茜の独り言は誰にも届くことはなかった。
ピピィーーーーーー‼︎‼︎
体育館内に最後の5対5の終了を告げるホイッスルが鳴り響く。
合宿最後の試合の得点は『A組 44』 『B組 35』だった。
三井は『チッ』と舌打ち。
パイプ椅子から高頭が立ちパチパチと手を叩く。
高頭「よーーーっし、お疲れ!」
彦一と莉子も拍手。
「お疲れ様でした‼︎」
「っしたああああーーーーーーー‼︎‼︎‼︎」
選抜メンバー12人がいっせいにコートに寝転がる。
莉子と彦一がタオルとドリンクを選手達に届けに走る。
神は彦一からタオルとドリンクを受け取る。
神は上体を起こし汗を拭きながらドリンクを流し込む。
神「ふぅ…」(ついに終わった…)
休憩をしていると高頭が集合を掛けた。
高頭「集合してくれ!」
一同、集まる。
高頭は練習中の厳しい視線とは違う穏やかな表情で選手達を一瞥する。
高頭「みんなご苦労だった。あとは国体本番を待つのみだ。他校のことに口を出すものではないかもしれないが、大会が近づいたら、疲れが溜まらないようなるべく軽い練習にしてもらえるとありがたい」
高頭の発言に清田は神にこそこそ耳打ち。
清田 (ってコトは、ウチも軽い練習にしてくれるんですかね?)
神(それはどうだろうな?)
高頭、続ける。
高頭「大会中は本当に仲間になろう。普段敵であることは忘れて、勝利のためにみんな力を合わせてくれ。優勝するために」
一同、うなずく。
パチン!
高頭、ひとつ手を叩く。
高頭「よし、合同練習はこれで終わりだ。来週、大会で会おう!」
「お疲れ様でしたあああ‼︎」
「したああああ‼︎‼︎」
合同練習は全て終了。
コート内では選手達がクールダウンのストレッチをしている。
莉子と彦一は片付けに勤しむ。
莉子(この後、神さんと打ち上げだ…)
ドキドキする。
神の方を見ると清田とボールを触りながら何か話している。
そこに藤真がやって来た。
藤真「お疲れ」
莉子「お疲れ様です」
藤真「三日間世話になったな。ありがとう」
と手を差し出してきた。莉子は両手で藤真の手を包み込む様に握ると『貴重な経験をさせて頂きました。こちらこそお世話になりました。ありがとうございました!』と言った。
その後も花形、長谷川にもお礼を伝え握手を交わす。
莉子は藤真の方へ向き直すとポケットに入れていたレシピを取り出した。
莉子「これ…。約束してたレシピです」
藤真は差し出された白い紙を見て『サンキュー』と受け取る。
それから藤真達は莉子と少し話をしてから体育館を出て行った。
すぐに神が莉子の元へ走ってくる。
慌てた様子で莉子に『木村さん!』と掴みかかる勢いで声をかける。
莉子「はい」
と振り返り神を見上げる莉子。
ニコッと笑いかけられると神は(あ。可愛い…)と毒気を抜かれたかの様に冷静さを取り戻す。
『コホン』と咳払いをしてから神は莉子に問う。
神「…今、藤真さんに何を渡したの?」
莉子「え?」
神「藤真さんに何か渡してたよね?これくらいの小さい紙みたいなやつ。あれなに?」
と指で四角を作る。
その四角を見て『あー』と声をあげる。
莉子「あれはドリンクのレシピです」
神「ドリンクのレシピ?」
莉子「はい。藤真さんが作り方を知りたいって言ってたのでメモに書いて渡したんです」
神「……へ、へぇ〜…。そ、そうなんだ…ハハハハ」(れ、連絡先渡してるのかと思った…)
と気まずそうに頭を掻く神。莉子は不思議そうに神を見上げている。
莉子「?」(どうしたんだろう…?)
茜「……」
茜は体育館の2階から2人の様子を見ていた。
慌てる神なんて数年振りに見た。
莉子といると知らない神が次から次へと現れて茜を混乱させる。
茜(あぁ…嫌だ…)
茜は莉子に影響を受ける神が嫌だった。
手すりを握る手に力が入る。
莉子が神から離れる。向かった先は仙道だ。
茜「あの人…」
茜は仙道の事を知っていた。神の応援に行った時キャーキャー騒がれていた花形プレイヤーだ。
茜「私には宗ちゃんしかいないのに…。マジでムカつく…」
茜「私には宗ちゃんしかいないのに…」
藤真とも笑っていた。
神とも笑っていた。
今度は仙道だ。
茜は奥歯を噛み締めた。
体育館から仙道と莉子が出ていく。
それを見送る神。
なんだかその背中は寂しそうで茜は涙が出そうだった。