神宗一郎と恋するお話
神奈川選抜合宿2日目 土曜日
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小走りで食堂に向かっていると色々な生徒から『よう』『おう』などの軽い挨拶から『今からご飯?』『今日も自主練か?』『お疲れ』などのたくさん声をかけられる。
神はその度に返事を返す。
『ああ』『うん』『まあね』
もちろん愛想笑いも添えて。
しかし心はここにあらずで相手が何か言っているのはわかっても頭に入ってこず話も続かない。
神「ごめん。牧さんに呼ばれてるから」
と会話も早々に足早に食堂に向かう。
食堂に入ると椅子に腰掛け睨む様に入り口を見ている牧と目が合った。
混雑のピークは過ぎていても雑談する者や片付けをする者で騒つく食堂内でも牧の周りだけスポットが当たっているかの様に見えるのは牧の威圧感のせいだろう。
神(まずいな…めちゃくちゃ怒ってる…)
冷たいものが背中を伝うがそれでも莉子のために使った時間に後悔はない。誠意を持って謝罪しようと真っ直ぐ牧の方へ向かう。
神「遅くなりすみませんでした」
と深々と頭を下げる。
目の前の神のつむじに向かって牧は『今まで何をしてた』と静かに言った。
姿勢を正し『それは…』と口ごもる。
牧の目が一瞬大きく見開かれた。
神(ん?)
牧は取り繕うように『コホン』と咳払いをすると『……自主練はしたけりゃすればいい』と言った。
牧「だがお前が食わなきゃいつまでも片付けられん」
と牧は彦一を見た。
視線に気付いたのか気まずそうに彦一が作業をしている。
神は『すみませんでした。気をつけます』と頭を下げた。
牧「……」
彦一にも『ごめん。自分の分は自分でするから』と声をかける。しかし彦一は『ワイがします』と言う。
神は首を横に振った。
神「いいから。他に仕事があるならそっちを優先させて早く休みなよ。俺のことは気にしなくていいから」
彦一「でも…」
牧「神がいいって言ってるんだ。そうしろ」
牧と神からそう言われ彦一は神と牧の顔を交互に見てから『ほな、よろしくお願いします』と言うと食堂を後にした。
神は再び牧の方に向き直った。
牧は『で、何があった』と言った。
神「え?」
牧は椅子を少しだけ後ろに引いて足を組み手で顎を摩った。
牧「今回の合宿では単独行動が多すぎる。練習でもしてるのかと思ったが汗も掻いていないし…。一体、何をしている?彦一もいない事だしもう話せるだろ」
牧は『ふん』と腕を組み、椅子の背もたれにもたれた。
神は(…これは…)と思った。
どんな長い話でも付き合うぞという圧を感じる。
神(嘘をついたら余計に怪しまれるかも…)
牧は『さぁ、話せ』と言いた気に神を見ている。
神「……」(どうしよう…)
神が黙り込んでいると牧は言った。
牧「その顔の怪我が原因で話せないのか?」
莉子のことで頭がいっぱいだったせいで怪我のことなどすっかり忘れていた神は『あ』と声を上げ頬に手を当てた。
牧「…ヤバいことになってないだろうな?」
と射抜くような視線を神に向ける。
神「大丈夫です。殴られたけど俺は殴り返してません」
牧「…じゃあいいかとはならんぞ」
神「…すみません。もう2度としません」
牧「トラブルの内容は?」
神は少し気まずそうに後頭部をポリポリと掻いて『実は…』と口を開く。
神「木村さんが俺のクラスメイトとトラブってたので間に入ったんです。そいつと話をしててこんな時間になっちゃいました」
牧「トラブル…?どんな?」
神「…嫌がってる木村さんにしつこくちょっかいを出してました」
牧「…それで?」
神「もう木村さんに近づかないと約束させました」
牧が『うーーん』と唸ると『それは信用できるのか?』と問う。
牧「相手は殴ってくる様な奴なんだろ?」
神「俺を殴ったからちょっかいを出せなくなったんです」
牧は『ちょっと待て』と手の平を神に向けた。
牧は『それはつまり…殴られた事を使って相手を脅したってことか?』と驚いた様に目を見開いた。
神「はい」
牧「……」
しばらく黙っていた牧は『で…、木村さんは今どうしてる?このことは知ってるのか?』と神を見た。
神「俺が相手を脅したことは知りませんが話をつけた事は言いました」
牧「何か言ってたか?」
神「……っ!」
神は一瞬言葉を詰まらせたが『俺にも…選抜メンバーにも海南バスケ部にも迷惑をかけてごめんなさいって何度も謝られました…』と伝える。
牧「そうか…。まだ木村さんは残ってるのか?」
神は首を横に振った。
神「家族が迎えにきてくれたので帰りました。校門までは信長に付き合うように頼んであります」
牧は神の答えにフッと笑うと『わかった』と言った。そして『あまり褒められた対応とは言えないが事情はわかった。これからは誰かに相談するんだぞ』と言うと神の肩をポンと叩いた。
神「はい…。すみませんでした」
ともう一度、深く頭を下げた。
牧「おう」
牧を見送り1人になった神は席に着くと弁当の蓋を開けた。
玉子焼きを摘み口の中へ入れる。
市販のお弁当に入っている玉子焼き独特のプリプリとした食感と少し甘めの玉子焼きを食べているとふと莉子の顔が浮かんだ。
莉子の玉子焼きはどんな味なんだろう…。
神(いつか食べてみたいな…)
それにはもっと仲良くなる必要があるが…。
神(俺が仲良くなりと思うことは木村さんは迷惑だと思うかな…)
莉子の嫌がることはしたくないのにどうも空回っている気がしてならない。
神(…少なくともこれで木村さんの不安は解消されたはずなのに…)
何かを得て何かを失った様な気がするのは気のせいだろうか…。
神(木村さんの考えてる事が知りたい…)
ちょっと気持ちが沈んだ時、大きな声で名前を呼ばれた。
茜「宗ちゃん!こんな所にいた‼︎」
大きな声で『やっと見つけた〜』と言いながら歩いてくる茜に神は少し迷惑そうに顔を顰めると『何…』と言った。
そんな神にお構いなしに神の席までやってくると茜は『自主練してるのかなーっと思って体育館に行ったけどいなくて…探し回ったんだよ』と言うとドリンクを見せ『練習これからでしょ?これ差し入れ』と笑い、神の前に置いた。
神はドリンクを見て『あぁ…いつも悪いな』と言った。
その瞬間、茜は何かに気付いたのか目をまん丸に見開くと神の頬を掴みぐいっと自身の方へ引っ張った。
神「なっ!何⁉︎」
神は茜にされるがまま顔をじっと見つめられる。
茜は頬を指差し叫ぶように言った。
茜「ここ!怪我してる!どうしたの⁉︎」
神「!」
神は頬を手で隠した。
神(あ、ヤバい…)
茜は幼馴染だけあって母親とも仲が良い。母親にまで話がいくと面倒だ。
傷を隠す様に顔を背ける神。
神(母さんにバレたらややこしい事になるな…)
母親に知られたら何があったんだと学校に連絡がいくかもしれない。そんな事になったらまた莉子を不安にさせてしまう。きっとまた『私のせいで…』とまた自分を責めるに違いない。
神「こ、これは…その…」(誤魔化さないと…)
焦った様子の神に茜は顔を顰めた。
茜「…あの子が関係してるんだ…」
と不貞腐れたように言う茜。
神は『あの子?』と茜を見た。
茜は『湘北のマネージャー‼︎』と大声で叫ぶとバンっと机を叩いた。
神は驚いた様に『木村さんの事か?』と首を傾げた。
キッと神を睨む茜。
茜「宗ちゃんも他の選手たちも鼻の下を伸ばし過ぎなのよ!そもそもあの子、これ見よがしに選手達を引き連れて歩き回って何様なの‼︎⁉︎美人だからって調子に乗ってるんじゃない?宗ちゃんもみんなもあの子の後ろについてまわってだっさいのよ‼︎情けないったらありゃしないわ‼︎」
と憤慨したように怒る茜。莉子を悪く言われた神もまた少し苛立った表情で言い返す。
神「勝手に決めつけるなよ。」
茜「だってそうじゃん。男みんなにいい顔して…。ああいう方美人って見ててムカつくのよ!私、あの子大っ嫌い」
神「……」
茜「それに感情的になる宗ちゃんも宗ちゃんらしくない」
神「……」
茜「宗ちゃんはね、冷静沈着なの。クールなの!それなのにあの子が絡むとアタフタしちゃってさ…本当に情けなくて見ていられないよ!本当見ててダサい‼︎」
神「………」
黙り込む神。
茜「振り回される宗ちゃんなんて見たくない」
神は茜を見た。
神「だったら見るな」
茜「えっ…」
怒りを含んだ表情と声に茜は言葉を失った。
そんな神を見たことがなかった。
少なくともそんな視線は自分に向けられることはなかった。なのに今、神ははっきりとした敵意を持った視線を自分に向けている。
ショックだった。
何も言えずに立ち尽くす茜。
神は黙って残っているお弁当をかき込むと弁当の蓋を閉め席を立った。
神のジャージを咄嗟に掴んだ。
茜「そっ…宗ちゃん…ご、ごめんね…私…」
神が『はぁ』とため息をつき体をグイッと捻って茜の手を振り払うとその場を立ち去ろうとする。
茜は神の腕を掴んだ。
茜「ねぇ。待って‼︎ご、ごめんね。言いすぎた」
神「……」
茜を見下ろす冷たい視線に涙が溢れそうになった。
神「離せ」
茜「待ってよ‼︎ごめんって…私、言い過ぎちゃった…」
涙声で声が震えてしまう。
神はもう一度『離せ』と言った。
茜は唇を噛んだ。そしてそっと手を離す。
食堂を出て行こうとしていた神がくるりと振り返った。
茜は期待した。
俺も言いすぎた。ごめん
そんな言葉を期待したが振り返った神の視線は冷たいままで『怪我のことだけど周りに言いふらしたりするなよ』と威圧的な口調で言った。
茜は予想していなかった言葉に『えっ』と固まった。
神は続けて『すぐに母さんになんでも話すだろ。それもやめてくれ。検索されたくないんだ』と言うと睨む様に茜を見た。
茜「…わ、わかった」
とうなづいた。
もう『待って』とは言えなかった。長い付き合いでも神を怒らせた事がなかった茜はどうしたらいいのかわからなかった。
正直な話、神が何で怒っているのかもよくわかっていなかった。
神は小さい頃から感情に流されることはあまりなく、茜がキツイことを言っても『辛辣だな』なんて苦笑いを浮かべているだけだったからだ。
茜「……」(あの子を悪く言ったから…?)
心当たりはそれしかない。
でも莉子のことで自分の非を認め謝ることはできなかった。
茜は神の恋心を受け入れられないからだ。
何がなんでも莉子という存在を認めるわけにはいかなかった。
神はそのまま振り返る事も茜の様子を見ることもなく食堂を出て行ってた。
茜はドリンクを見つめた。
机の上に一つだけポツンと置かれた受け取ってもらえなかったドリンク。
茜「………」
もう茜が知っている神はどこにもいないような気がして涙が込み上げてくるのだった。
更衣室前
清田「じゃあ俺はここで待ってるからな」
莉子「うん。ごめんね。すぐに荷物持ってくる」
清田「あぁ」
更衣室に入りドアをパタンと閉めた。
莉子はロッカーを開けた。
莉子「………」(はぁ…)
清田の言った『お前はしてもらったことをそのまま受け止めて『ありがとうございます』って言って甘えとけばいいんだよ』という言葉が頭に残っていた。
甘えるわけにはいかないと思いながらも莉子は小さくため息をついた。
莉子「私…怪我の手当てどころかちゃんとお礼も言ってない…」
自覚した途端、ものすごく後悔した。
莉子(ありがとうございますって言えばよかった…)
どうして私は、あんな言い方しかできなかったんだろう。
申し訳ない…ごめんなさい…
神に何度言った?
申し訳なく思うことは清田の言うように神の行動を否定することになるのではないか?
莉子(神さん…元気なかった…私のせいかも…)
本当はとても嬉しかったしとてもホッとした。
本心は違ったのに…。
言いたかったのはそんなことじゃない。
小野寺との一件ではずっと神に守ってもらってばかりだった。神とはこの大会が終わればまた接点のない日常に戻る。
それが怖かっただけだ。
これ以上近づいたらもう引き返せなくなる。神の厚意を受け取ればまた怖い時、辛い時、誰かに助けを求めたくなった時、真っ先に神の顔を浮かぶ様になってしまう気がした。
だから、突き放したかった。
莉子(私はどうするべきだった?)
神を傷つけたかったわけじゃない。
莉子はリュックの中に入っているポーチを取り出すと一枚の絆創膏を取り出した。
莉子(まだ…間に合うかな…)
せめて一言、『ありがとうございました』と言いたい。いや言うべきだ。
莉子「よしっ‼︎」
莉子は絆創膏を手にリュックを背負うと戸締りをして更衣室を出た。
清田と合流して校門に向かう。莉子は少し緊張していた。
莉子(どう切り出そう…)
絆創膏を握りしめた手に力が入る。
清田「なぁ」
莉子「はいっ!」
清田「‼︎⁉︎」
清田は勢いよく返事をした莉子にびっくりする。
清田「でけー声出すな!びっくりするだろ!」
莉子「ご、ごめん…。ボーッとしてたからびっくりしちゃったの…。えっと…それで何?」
清田「あー…。えっと」
清田は莉子が更衣室で帰る用意をしているのを待つ間、この2人のことを考えていた。
神を『かっこいい』と言った莉子の表情と莉子に『関心がある』と言った神のことを考えると2人の関係に名前をつけることができるような気がする。
清田(つまりそういうことだよな…)
神はモテるが女の子に興味がない。そんな神が『関心がある』といい甲斐甲斐しく世話をしている。
清田「……」(接近禁止喰らうくらい気にかけてんのに…コイツは何を考えてんだ)
神の気持ちが莉子にまったく伝わっていないことに腹立たしくなったが神の為だ。ここは少し踏み込む必要がありそうだ。
しかし清田も恋愛においては奥手と言ってもいい。切り出し方がわからない。
清田「えっと…だな…その…」
莉子「…?」
うだうだ悩むのは性に合わない。
清田「…お前…神さんのこと好きだろ」
超ド直球な言葉に莉子が固まる。
莉子「………え?」
清田「バレバレだぞ」
清田の言葉に莉子の顔が見る見るうちにカーーっと真っ赤に染まる。
莉子「う、うそだ!」
清田「いや…。本当に。わかりやすいよ、お前」
莉子「まさか神さんにもバレてる?」
真っ赤の次は真っ青になる莉子。
清田「…それはまだっぽいな。だから告っちまえよ」
莉子は『はぁ⁉︎』と大声を出し、ぶんぶん首を振りながら『ムリムリムリムリ‼︎』と叫んだ。
莉子「絶対に無理!だって神さんって彼女いるじゃん!」
今度は清田が『はぁ⁉︎』と大声を出した。
清田「誰だよそれ‼︎」
莉子「体育館にも来てた…神さんの事をそ、宗ちゃんって呼んでるショートカットの可愛い女の人…」
神を宗ちゃんと呼ぶのは茜しかいない。清田は『あぁ…』と頷いた。
清田「あの人は彼女じゃねぇ。ただの幼馴染だ」
思ってもなかった言葉に莉子は目をパチパチさせて『幼馴染?』と聞き返した。
清田「赤ちゃんの時から交流あるらしいからな…だから仲良く見えるんだろ」
莉子「……」(幼馴染ってあんなに距離近いものなのかな…?)
莉子に異性の幼馴染なんていないが汗を拭いてもらうシュチュエーションなんて『恋人同士』以外考えられない。
莉子「ただ付き合ってないだけで両想いなんじゃないかな…きっと…」
思い出すたび心が痛くなる。神が身を屈め茜が汗を拭き取るシーン…。
清田「なんでそう思うんだよ?」
莉子「だって…2人の距離が…すごく近かったから…」
普段の距離感を知っている清田は(なるほどね)と思った。確かに距離は近いがそれは茜が詰めているからだ。
そんな些細な勘違いで進展しないなんてなんてもどかしいんだ。
清田「…それってお前がそう思ってるだけだろ」
莉子「…え…」
清田「雰囲気だけでわかった気になるな。ちゃんと聞いてみろ」
莉子「でも…」
清田「お前はもっと素直になった方がいい。なんだかんだ誤魔化そうとするからややこしくなるんだ」
と清田が言う。
確かに莉子は神への想いを否定しようとしてきた。
莉子「……」(本当にただの幼馴染だったら…)
ジュワっと胸がざわついた。
莉子(もしただの幼馴染だったら…私にもチャンスってくるのかな…)
トクトクと鼓動し始める胸の高鳴りが莉子を決断させる。
莉子「確かめてみる…」
莉子の返事に清田はニヤリと笑い『おう!』と言うと莉子の背中を叩いのだった。
校門に着くと悠馬が立っていた。
清田は悠馬を指差し『アイツが弟?』と聞いた。莉子はコクリと頷いた。
清田は『じゃあな。気をつけて帰れよ』と言う。
莉子は『あ、あの…』と言うと握りしめていた絆創膏を清田に差し出した。
清田「…?え?何?」
莉子「神さんに渡して欲しいの。今更だけど…血が出てたから…」
清田は握りしめていたせいでくしゃくしゃになった絆創膏を見て莉子を見た。
清田「お礼はちゃんと自分の口から言った方がいいぞ」
莉子「そ、それはもちろん明日…ちゃんと言うよ」
清田「わかった。じゃあこれは神さんに渡すから」
莉子「ありがとう!じゃあまた明日!」
清田「おう」
と言うと莉子は校門に向かって走っていく。
清田は悠馬と莉子が見えなくなるまでその場に立っていた。そして見えなくってから踵を返し食堂に向かう。
清田(莉子はどうでもいいが神さんのためだ!俺が一肌脱いでやる!)
軽快な足取りで食堂に向かっていると神がこっちに向かって歩いて来るところだった。
清田「じーんさぁーん」
とブンブン手を振り神に向かって走っていく。
神は駆け寄ってきた清田に『木村さんをちゃんと弟の所まで送って行ったか?』と聞く。
清田「はいっ!ちゃんと弟と帰るの見ました!」
清田は莉子から預かった絆創膏を神に差し出す。
神「ん?」
清田「莉子からです。手当てもせずごめんなさいって言ってました」
神「……」
神は黙って絆創膏を受け取った。しわしわのヨレヨレになった絆創膏を見つめ(また『ごめんなさい』…か……)と思った。
神「本当…大失敗だな…」
はぁ…とため息をつく神。
清田「え?」
神は『何でもない』と力無く笑うとポケットに絆創膏を入れ『シュート練習してくる』と言った。
『俺も行きます!』と後をついてくる清田。
神と並んで歩く。清田は神に話しかけた。
清田「そーいや、莉子のやつ神さんの幼馴染のこと気にしてましたよ」
神は『え?』と驚いた後『茜の事?』と首を傾げた。
清田「はい。彼女と勘違いしてるっぽくて…。違うとは言っときましたけど莉子は神さんから聞いた方が安心するんじゃないですかね」
神「安心ってなんだよ」
清田「そのままの意味っすよ。神さんから『違う』って言われたら『あ、そうなんだ。よかった』って思うって事です」
神は立ち止まって訝し気に清田を見た。
神「え…。ちょっと待って…え?どう言うこと?」
清田「え?だから…」
何かを言いかけた清田を神が『ちょっと待て‼︎』と制する。
眉間を手で押さえ『ダメだ…』と小さく呟いた。
清田「どうしたんすか?」
神「今、俺は都合よく解釈してる…。これは良くない」
清田「……はい?」
神「信長の言い方だとさ…まるで…その…俺に彼女がいたら嫌だって言ってる様に聞こえるんだよ…」
『うぅ〜』と小さく唸り、まるで煩悩を押し込めるように眉間を抑える指に力が入る。
清田「え?その通りですけど」
眉間を赤くした神がバッと勢いよく顔を上げた。
神「いやいやいや‼︎そんなわけない。俺のことは苦手なんだ」
清田「え?なんでそう思うんですか?神さん女子からめっちゃモテるのに」
神「木村さんは男が苦手だからだよ」
清田「神さんは違うかもしれないじゃないですか」
神「あんまり俺を喜ばせないでくれよ。また暴走しちゃうよ…」
と頭を抱える神を見て清田はため息をついた。
清田「莉子と神さんって似たもの同士ですね」
神「え?」
清田「本人に確かめもせず勝手な思い込みしてるところ…似てますよ」
神「……」
清田「いや…。そういう点なら俺も一緒か」
神「お前も?」
清田「俺の目には2人はとてもいい感じに見えてますよ。雰囲気がいい。でもそれも想像でしかないですもんね。神さんが違うって言うなら違う」
神「…嫌味か?」
清田「まさか。でも本当に2人はいい感じに見えるから諦めちゃうのは勿体無いなって思ってるだけです。最後に一歩踏み出してから諦めてもいいんじゃないですか?」
神は神妙な顔付きで清田を見た。
清田「…もしかして怒りました?」
神「いや…。まさか恋愛相談を信長にする日が来るとは思わなくて…。しかも背中を押してもらってるし」
清田「ってことは…」
神はニコッと笑った。
神「俺もこのまま終わらせる気はなかったんだ。でも怖がらせたくなくてビビってたんだ。でも…信長のこと信じて一歩距離を詰めてみる」
清田「おぉ!」
神は清田と肩を組むと清田の頭をワシャワシャと撫で『ありがとな』と笑った。
神はその度に返事を返す。
『ああ』『うん』『まあね』
もちろん愛想笑いも添えて。
しかし心はここにあらずで相手が何か言っているのはわかっても頭に入ってこず話も続かない。
神「ごめん。牧さんに呼ばれてるから」
と会話も早々に足早に食堂に向かう。
食堂に入ると椅子に腰掛け睨む様に入り口を見ている牧と目が合った。
混雑のピークは過ぎていても雑談する者や片付けをする者で騒つく食堂内でも牧の周りだけスポットが当たっているかの様に見えるのは牧の威圧感のせいだろう。
神(まずいな…めちゃくちゃ怒ってる…)
冷たいものが背中を伝うがそれでも莉子のために使った時間に後悔はない。誠意を持って謝罪しようと真っ直ぐ牧の方へ向かう。
神「遅くなりすみませんでした」
と深々と頭を下げる。
目の前の神のつむじに向かって牧は『今まで何をしてた』と静かに言った。
姿勢を正し『それは…』と口ごもる。
牧の目が一瞬大きく見開かれた。
神(ん?)
牧は取り繕うように『コホン』と咳払いをすると『……自主練はしたけりゃすればいい』と言った。
牧「だがお前が食わなきゃいつまでも片付けられん」
と牧は彦一を見た。
視線に気付いたのか気まずそうに彦一が作業をしている。
神は『すみませんでした。気をつけます』と頭を下げた。
牧「……」
彦一にも『ごめん。自分の分は自分でするから』と声をかける。しかし彦一は『ワイがします』と言う。
神は首を横に振った。
神「いいから。他に仕事があるならそっちを優先させて早く休みなよ。俺のことは気にしなくていいから」
彦一「でも…」
牧「神がいいって言ってるんだ。そうしろ」
牧と神からそう言われ彦一は神と牧の顔を交互に見てから『ほな、よろしくお願いします』と言うと食堂を後にした。
神は再び牧の方に向き直った。
牧は『で、何があった』と言った。
神「え?」
牧は椅子を少しだけ後ろに引いて足を組み手で顎を摩った。
牧「今回の合宿では単独行動が多すぎる。練習でもしてるのかと思ったが汗も掻いていないし…。一体、何をしている?彦一もいない事だしもう話せるだろ」
牧は『ふん』と腕を組み、椅子の背もたれにもたれた。
神は(…これは…)と思った。
どんな長い話でも付き合うぞという圧を感じる。
神(嘘をついたら余計に怪しまれるかも…)
牧は『さぁ、話せ』と言いた気に神を見ている。
神「……」(どうしよう…)
神が黙り込んでいると牧は言った。
牧「その顔の怪我が原因で話せないのか?」
莉子のことで頭がいっぱいだったせいで怪我のことなどすっかり忘れていた神は『あ』と声を上げ頬に手を当てた。
牧「…ヤバいことになってないだろうな?」
と射抜くような視線を神に向ける。
神「大丈夫です。殴られたけど俺は殴り返してません」
牧「…じゃあいいかとはならんぞ」
神「…すみません。もう2度としません」
牧「トラブルの内容は?」
神は少し気まずそうに後頭部をポリポリと掻いて『実は…』と口を開く。
神「木村さんが俺のクラスメイトとトラブってたので間に入ったんです。そいつと話をしててこんな時間になっちゃいました」
牧「トラブル…?どんな?」
神「…嫌がってる木村さんにしつこくちょっかいを出してました」
牧「…それで?」
神「もう木村さんに近づかないと約束させました」
牧が『うーーん』と唸ると『それは信用できるのか?』と問う。
牧「相手は殴ってくる様な奴なんだろ?」
神「俺を殴ったからちょっかいを出せなくなったんです」
牧は『ちょっと待て』と手の平を神に向けた。
牧は『それはつまり…殴られた事を使って相手を脅したってことか?』と驚いた様に目を見開いた。
神「はい」
牧「……」
しばらく黙っていた牧は『で…、木村さんは今どうしてる?このことは知ってるのか?』と神を見た。
神「俺が相手を脅したことは知りませんが話をつけた事は言いました」
牧「何か言ってたか?」
神「……っ!」
神は一瞬言葉を詰まらせたが『俺にも…選抜メンバーにも海南バスケ部にも迷惑をかけてごめんなさいって何度も謝られました…』と伝える。
牧「そうか…。まだ木村さんは残ってるのか?」
神は首を横に振った。
神「家族が迎えにきてくれたので帰りました。校門までは信長に付き合うように頼んであります」
牧は神の答えにフッと笑うと『わかった』と言った。そして『あまり褒められた対応とは言えないが事情はわかった。これからは誰かに相談するんだぞ』と言うと神の肩をポンと叩いた。
神「はい…。すみませんでした」
ともう一度、深く頭を下げた。
牧「おう」
牧を見送り1人になった神は席に着くと弁当の蓋を開けた。
玉子焼きを摘み口の中へ入れる。
市販のお弁当に入っている玉子焼き独特のプリプリとした食感と少し甘めの玉子焼きを食べているとふと莉子の顔が浮かんだ。
莉子の玉子焼きはどんな味なんだろう…。
神(いつか食べてみたいな…)
それにはもっと仲良くなる必要があるが…。
神(俺が仲良くなりと思うことは木村さんは迷惑だと思うかな…)
莉子の嫌がることはしたくないのにどうも空回っている気がしてならない。
神(…少なくともこれで木村さんの不安は解消されたはずなのに…)
何かを得て何かを失った様な気がするのは気のせいだろうか…。
神(木村さんの考えてる事が知りたい…)
ちょっと気持ちが沈んだ時、大きな声で名前を呼ばれた。
茜「宗ちゃん!こんな所にいた‼︎」
大きな声で『やっと見つけた〜』と言いながら歩いてくる茜に神は少し迷惑そうに顔を顰めると『何…』と言った。
そんな神にお構いなしに神の席までやってくると茜は『自主練してるのかなーっと思って体育館に行ったけどいなくて…探し回ったんだよ』と言うとドリンクを見せ『練習これからでしょ?これ差し入れ』と笑い、神の前に置いた。
神はドリンクを見て『あぁ…いつも悪いな』と言った。
その瞬間、茜は何かに気付いたのか目をまん丸に見開くと神の頬を掴みぐいっと自身の方へ引っ張った。
神「なっ!何⁉︎」
神は茜にされるがまま顔をじっと見つめられる。
茜は頬を指差し叫ぶように言った。
茜「ここ!怪我してる!どうしたの⁉︎」
神「!」
神は頬を手で隠した。
神(あ、ヤバい…)
茜は幼馴染だけあって母親とも仲が良い。母親にまで話がいくと面倒だ。
傷を隠す様に顔を背ける神。
神(母さんにバレたらややこしい事になるな…)
母親に知られたら何があったんだと学校に連絡がいくかもしれない。そんな事になったらまた莉子を不安にさせてしまう。きっとまた『私のせいで…』とまた自分を責めるに違いない。
神「こ、これは…その…」(誤魔化さないと…)
焦った様子の神に茜は顔を顰めた。
茜「…あの子が関係してるんだ…」
と不貞腐れたように言う茜。
神は『あの子?』と茜を見た。
茜は『湘北のマネージャー‼︎』と大声で叫ぶとバンっと机を叩いた。
神は驚いた様に『木村さんの事か?』と首を傾げた。
キッと神を睨む茜。
茜「宗ちゃんも他の選手たちも鼻の下を伸ばし過ぎなのよ!そもそもあの子、これ見よがしに選手達を引き連れて歩き回って何様なの‼︎⁉︎美人だからって調子に乗ってるんじゃない?宗ちゃんもみんなもあの子の後ろについてまわってだっさいのよ‼︎情けないったらありゃしないわ‼︎」
と憤慨したように怒る茜。莉子を悪く言われた神もまた少し苛立った表情で言い返す。
神「勝手に決めつけるなよ。」
茜「だってそうじゃん。男みんなにいい顔して…。ああいう方美人って見ててムカつくのよ!私、あの子大っ嫌い」
神「……」
茜「それに感情的になる宗ちゃんも宗ちゃんらしくない」
神「……」
茜「宗ちゃんはね、冷静沈着なの。クールなの!それなのにあの子が絡むとアタフタしちゃってさ…本当に情けなくて見ていられないよ!本当見ててダサい‼︎」
神「………」
黙り込む神。
茜「振り回される宗ちゃんなんて見たくない」
神は茜を見た。
神「だったら見るな」
茜「えっ…」
怒りを含んだ表情と声に茜は言葉を失った。
そんな神を見たことがなかった。
少なくともそんな視線は自分に向けられることはなかった。なのに今、神ははっきりとした敵意を持った視線を自分に向けている。
ショックだった。
何も言えずに立ち尽くす茜。
神は黙って残っているお弁当をかき込むと弁当の蓋を閉め席を立った。
神のジャージを咄嗟に掴んだ。
茜「そっ…宗ちゃん…ご、ごめんね…私…」
神が『はぁ』とため息をつき体をグイッと捻って茜の手を振り払うとその場を立ち去ろうとする。
茜は神の腕を掴んだ。
茜「ねぇ。待って‼︎ご、ごめんね。言いすぎた」
神「……」
茜を見下ろす冷たい視線に涙が溢れそうになった。
神「離せ」
茜「待ってよ‼︎ごめんって…私、言い過ぎちゃった…」
涙声で声が震えてしまう。
神はもう一度『離せ』と言った。
茜は唇を噛んだ。そしてそっと手を離す。
食堂を出て行こうとしていた神がくるりと振り返った。
茜は期待した。
俺も言いすぎた。ごめん
そんな言葉を期待したが振り返った神の視線は冷たいままで『怪我のことだけど周りに言いふらしたりするなよ』と威圧的な口調で言った。
茜は予想していなかった言葉に『えっ』と固まった。
神は続けて『すぐに母さんになんでも話すだろ。それもやめてくれ。検索されたくないんだ』と言うと睨む様に茜を見た。
茜「…わ、わかった」
とうなづいた。
もう『待って』とは言えなかった。長い付き合いでも神を怒らせた事がなかった茜はどうしたらいいのかわからなかった。
正直な話、神が何で怒っているのかもよくわかっていなかった。
神は小さい頃から感情に流されることはあまりなく、茜がキツイことを言っても『辛辣だな』なんて苦笑いを浮かべているだけだったからだ。
茜「……」(あの子を悪く言ったから…?)
心当たりはそれしかない。
でも莉子のことで自分の非を認め謝ることはできなかった。
茜は神の恋心を受け入れられないからだ。
何がなんでも莉子という存在を認めるわけにはいかなかった。
神はそのまま振り返る事も茜の様子を見ることもなく食堂を出て行ってた。
茜はドリンクを見つめた。
机の上に一つだけポツンと置かれた受け取ってもらえなかったドリンク。
茜「………」
もう茜が知っている神はどこにもいないような気がして涙が込み上げてくるのだった。
更衣室前
清田「じゃあ俺はここで待ってるからな」
莉子「うん。ごめんね。すぐに荷物持ってくる」
清田「あぁ」
更衣室に入りドアをパタンと閉めた。
莉子はロッカーを開けた。
莉子「………」(はぁ…)
清田の言った『お前はしてもらったことをそのまま受け止めて『ありがとうございます』って言って甘えとけばいいんだよ』という言葉が頭に残っていた。
甘えるわけにはいかないと思いながらも莉子は小さくため息をついた。
莉子「私…怪我の手当てどころかちゃんとお礼も言ってない…」
自覚した途端、ものすごく後悔した。
莉子(ありがとうございますって言えばよかった…)
どうして私は、あんな言い方しかできなかったんだろう。
申し訳ない…ごめんなさい…
神に何度言った?
申し訳なく思うことは清田の言うように神の行動を否定することになるのではないか?
莉子(神さん…元気なかった…私のせいかも…)
本当はとても嬉しかったしとてもホッとした。
本心は違ったのに…。
言いたかったのはそんなことじゃない。
小野寺との一件ではずっと神に守ってもらってばかりだった。神とはこの大会が終わればまた接点のない日常に戻る。
それが怖かっただけだ。
これ以上近づいたらもう引き返せなくなる。神の厚意を受け取ればまた怖い時、辛い時、誰かに助けを求めたくなった時、真っ先に神の顔を浮かぶ様になってしまう気がした。
だから、突き放したかった。
莉子(私はどうするべきだった?)
神を傷つけたかったわけじゃない。
莉子はリュックの中に入っているポーチを取り出すと一枚の絆創膏を取り出した。
莉子(まだ…間に合うかな…)
せめて一言、『ありがとうございました』と言いたい。いや言うべきだ。
莉子「よしっ‼︎」
莉子は絆創膏を手にリュックを背負うと戸締りをして更衣室を出た。
清田と合流して校門に向かう。莉子は少し緊張していた。
莉子(どう切り出そう…)
絆創膏を握りしめた手に力が入る。
清田「なぁ」
莉子「はいっ!」
清田「‼︎⁉︎」
清田は勢いよく返事をした莉子にびっくりする。
清田「でけー声出すな!びっくりするだろ!」
莉子「ご、ごめん…。ボーッとしてたからびっくりしちゃったの…。えっと…それで何?」
清田「あー…。えっと」
清田は莉子が更衣室で帰る用意をしているのを待つ間、この2人のことを考えていた。
神を『かっこいい』と言った莉子の表情と莉子に『関心がある』と言った神のことを考えると2人の関係に名前をつけることができるような気がする。
清田(つまりそういうことだよな…)
神はモテるが女の子に興味がない。そんな神が『関心がある』といい甲斐甲斐しく世話をしている。
清田「……」(接近禁止喰らうくらい気にかけてんのに…コイツは何を考えてんだ)
神の気持ちが莉子にまったく伝わっていないことに腹立たしくなったが神の為だ。ここは少し踏み込む必要がありそうだ。
しかし清田も恋愛においては奥手と言ってもいい。切り出し方がわからない。
清田「えっと…だな…その…」
莉子「…?」
うだうだ悩むのは性に合わない。
清田「…お前…神さんのこと好きだろ」
超ド直球な言葉に莉子が固まる。
莉子「………え?」
清田「バレバレだぞ」
清田の言葉に莉子の顔が見る見るうちにカーーっと真っ赤に染まる。
莉子「う、うそだ!」
清田「いや…。本当に。わかりやすいよ、お前」
莉子「まさか神さんにもバレてる?」
真っ赤の次は真っ青になる莉子。
清田「…それはまだっぽいな。だから告っちまえよ」
莉子は『はぁ⁉︎』と大声を出し、ぶんぶん首を振りながら『ムリムリムリムリ‼︎』と叫んだ。
莉子「絶対に無理!だって神さんって彼女いるじゃん!」
今度は清田が『はぁ⁉︎』と大声を出した。
清田「誰だよそれ‼︎」
莉子「体育館にも来てた…神さんの事をそ、宗ちゃんって呼んでるショートカットの可愛い女の人…」
神を宗ちゃんと呼ぶのは茜しかいない。清田は『あぁ…』と頷いた。
清田「あの人は彼女じゃねぇ。ただの幼馴染だ」
思ってもなかった言葉に莉子は目をパチパチさせて『幼馴染?』と聞き返した。
清田「赤ちゃんの時から交流あるらしいからな…だから仲良く見えるんだろ」
莉子「……」(幼馴染ってあんなに距離近いものなのかな…?)
莉子に異性の幼馴染なんていないが汗を拭いてもらうシュチュエーションなんて『恋人同士』以外考えられない。
莉子「ただ付き合ってないだけで両想いなんじゃないかな…きっと…」
思い出すたび心が痛くなる。神が身を屈め茜が汗を拭き取るシーン…。
清田「なんでそう思うんだよ?」
莉子「だって…2人の距離が…すごく近かったから…」
普段の距離感を知っている清田は(なるほどね)と思った。確かに距離は近いがそれは茜が詰めているからだ。
そんな些細な勘違いで進展しないなんてなんてもどかしいんだ。
清田「…それってお前がそう思ってるだけだろ」
莉子「…え…」
清田「雰囲気だけでわかった気になるな。ちゃんと聞いてみろ」
莉子「でも…」
清田「お前はもっと素直になった方がいい。なんだかんだ誤魔化そうとするからややこしくなるんだ」
と清田が言う。
確かに莉子は神への想いを否定しようとしてきた。
莉子「……」(本当にただの幼馴染だったら…)
ジュワっと胸がざわついた。
莉子(もしただの幼馴染だったら…私にもチャンスってくるのかな…)
トクトクと鼓動し始める胸の高鳴りが莉子を決断させる。
莉子「確かめてみる…」
莉子の返事に清田はニヤリと笑い『おう!』と言うと莉子の背中を叩いのだった。
校門に着くと悠馬が立っていた。
清田は悠馬を指差し『アイツが弟?』と聞いた。莉子はコクリと頷いた。
清田は『じゃあな。気をつけて帰れよ』と言う。
莉子は『あ、あの…』と言うと握りしめていた絆創膏を清田に差し出した。
清田「…?え?何?」
莉子「神さんに渡して欲しいの。今更だけど…血が出てたから…」
清田は握りしめていたせいでくしゃくしゃになった絆創膏を見て莉子を見た。
清田「お礼はちゃんと自分の口から言った方がいいぞ」
莉子「そ、それはもちろん明日…ちゃんと言うよ」
清田「わかった。じゃあこれは神さんに渡すから」
莉子「ありがとう!じゃあまた明日!」
清田「おう」
と言うと莉子は校門に向かって走っていく。
清田は悠馬と莉子が見えなくなるまでその場に立っていた。そして見えなくってから踵を返し食堂に向かう。
清田(莉子はどうでもいいが神さんのためだ!俺が一肌脱いでやる!)
軽快な足取りで食堂に向かっていると神がこっちに向かって歩いて来るところだった。
清田「じーんさぁーん」
とブンブン手を振り神に向かって走っていく。
神は駆け寄ってきた清田に『木村さんをちゃんと弟の所まで送って行ったか?』と聞く。
清田「はいっ!ちゃんと弟と帰るの見ました!」
清田は莉子から預かった絆創膏を神に差し出す。
神「ん?」
清田「莉子からです。手当てもせずごめんなさいって言ってました」
神「……」
神は黙って絆創膏を受け取った。しわしわのヨレヨレになった絆創膏を見つめ(また『ごめんなさい』…か……)と思った。
神「本当…大失敗だな…」
はぁ…とため息をつく神。
清田「え?」
神は『何でもない』と力無く笑うとポケットに絆創膏を入れ『シュート練習してくる』と言った。
『俺も行きます!』と後をついてくる清田。
神と並んで歩く。清田は神に話しかけた。
清田「そーいや、莉子のやつ神さんの幼馴染のこと気にしてましたよ」
神は『え?』と驚いた後『茜の事?』と首を傾げた。
清田「はい。彼女と勘違いしてるっぽくて…。違うとは言っときましたけど莉子は神さんから聞いた方が安心するんじゃないですかね」
神「安心ってなんだよ」
清田「そのままの意味っすよ。神さんから『違う』って言われたら『あ、そうなんだ。よかった』って思うって事です」
神は立ち止まって訝し気に清田を見た。
神「え…。ちょっと待って…え?どう言うこと?」
清田「え?だから…」
何かを言いかけた清田を神が『ちょっと待て‼︎』と制する。
眉間を手で押さえ『ダメだ…』と小さく呟いた。
清田「どうしたんすか?」
神「今、俺は都合よく解釈してる…。これは良くない」
清田「……はい?」
神「信長の言い方だとさ…まるで…その…俺に彼女がいたら嫌だって言ってる様に聞こえるんだよ…」
『うぅ〜』と小さく唸り、まるで煩悩を押し込めるように眉間を抑える指に力が入る。
清田「え?その通りですけど」
眉間を赤くした神がバッと勢いよく顔を上げた。
神「いやいやいや‼︎そんなわけない。俺のことは苦手なんだ」
清田「え?なんでそう思うんですか?神さん女子からめっちゃモテるのに」
神「木村さんは男が苦手だからだよ」
清田「神さんは違うかもしれないじゃないですか」
神「あんまり俺を喜ばせないでくれよ。また暴走しちゃうよ…」
と頭を抱える神を見て清田はため息をついた。
清田「莉子と神さんって似たもの同士ですね」
神「え?」
清田「本人に確かめもせず勝手な思い込みしてるところ…似てますよ」
神「……」
清田「いや…。そういう点なら俺も一緒か」
神「お前も?」
清田「俺の目には2人はとてもいい感じに見えてますよ。雰囲気がいい。でもそれも想像でしかないですもんね。神さんが違うって言うなら違う」
神「…嫌味か?」
清田「まさか。でも本当に2人はいい感じに見えるから諦めちゃうのは勿体無いなって思ってるだけです。最後に一歩踏み出してから諦めてもいいんじゃないですか?」
神は神妙な顔付きで清田を見た。
清田「…もしかして怒りました?」
神「いや…。まさか恋愛相談を信長にする日が来るとは思わなくて…。しかも背中を押してもらってるし」
清田「ってことは…」
神はニコッと笑った。
神「俺もこのまま終わらせる気はなかったんだ。でも怖がらせたくなくてビビってたんだ。でも…信長のこと信じて一歩距離を詰めてみる」
清田「おぉ!」
神は清田と肩を組むと清田の頭をワシャワシャと撫で『ありがとな』と笑った。