神宗一郎と恋するお話
神奈川選抜合宿2日目 土曜日
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体育館に戻った神は莉子の様子を伝える為に仙道の元へ向かった。
神「仙道」
駆け寄ってくる神に仙道は『どうだった?』と落ち着かない様子。
神はニコッと笑うと『もう大丈夫だと思うよ。弁当も全部食べてたし』と答えると『そうか…よかった…』と仙道の眉尻が下がった。
神はそのまま仙道とウォーミングアップを始め、そのまま午後の練習が始まった。
体育館の雰囲気はいい。段々と『チーム』として完成度が上がっていく神奈川代表を見てギャラリーの期待値が高まっていくのを肌で感じる。
神「ふぅ…」
神は一息ついた。顔を上げると2階のギャラリーの歓声がさらに大きく聞こえる。観客の表情と歓声の大きさから自分たちへの大きな期待を感じ取り神は心が奮い立つのを感じた。
神はグッと拳を握った。
神(良い感じだな…あとは…)
チラッと莉子を見る。
莉子は清田と楽しげに話している。
笑っている莉子を見ていると(やっぱり笑顔が一番似合うな…)と口元が緩んだ。それと同時に小野寺への怒りも湧いてくる。
神「……」
小野寺はプライドの高い男だ。大勢の前で振られた事で傷付けられたプライドを取り戻す為に自分が恥をかかされた以上に莉子を精神的に傷付け貶めているのだ。
莉子を嘲笑う事で『自分の方がマシだ』と安心感を得る為に…。
莉子はそんなくだらないプライドの為に散々傷付けられ自分の気持ちを伝える事ができなくなったのだ。
神(本当に腹が立つ…)
莉子には心穏やかでいてほしい。莉子の平穏を揺るがす奴は許さない。
神(…徹底的に嫌な所を突いて黙らせてやる…)
穏やかな表情で莉子を見ていたかと思えば鋭い目つきになった神に仙道は『神?どうした?』と声をかけた。
神は『何でもないよ』と笑うと『ちょっと牧さんのとこ行ってくる』と一歩踏み出した。
仙道「お、おう…」
神は牧の元へ向かった。
牧は高砂や藤真、長谷川といった3年生チームと一緒に休憩していた。
3年生の輪の中に声をかける。
神「牧さん。ちょっといいですか」
一斉に3年生の視線が神に集まる。
牧「ん?神か…。どうした?」
神「あの…ちょっとフォームのチェックをしたくて…カメラを借りたいんですけどいいですか?」
牧「…フォームのチェック?」
牧か訝しげな表情を浮かべ神を見た。
神「はい。ちょっと確認したい事があって…」
(確認…?何を今更…?)と内心首を傾げつつもなんだかんだで次期キャプテンの神を信頼している牧は『わかった』と縦に頷く。
神「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げるとベンチへ戻る。
莉子のドリンクを一口飲んだ。
神「……」(ここからは俺が頑張る番だな…)
どこか緊張しているような硬い表情を浮かべている神。
神「……」(悠馬から連絡があれば一番ダメージが与えられるんだけどな…)
清田「神さん」
清田がタオルを神に向かって差し出す。神は『さんきゅ』とタオルを受け取った。
神は受け取ったタオルで汗を拭く。
清田「……」
ジッと顔を見つめてくる清田に神は首を傾げた。
神「ん?何?」
神はタオルを首にかけると再びドリンクに口をつけた。
清田「いや…。難しい顔してるなと思って…。なんか考え事ですか?」
神「そんな難しい顔してたか?」
清田「はい。試合直前みたいな顔してました」
神「そうか…。でもなんでもないよ。ちょっと考え事はしてたけど深刻な事じゃない」
清田「そうですか…」
清田は腑に落ちていない様子だ。神は(困ったな…)と苦笑いを浮かべていると牧が『集合!』と号令をかけた。
神「集合だ。行こう」
と清田の背中をポンと叩く。
これ幸いと牧の方へ向かう神の背中を納得していない清田が声をかける。
清田「神さん」
神「ん?」
清田「俺はいつでも神さんの味方すっからね‼︎」
神「え⁉︎」
神は面食らった様に目を大きく見開いた。
清田「困った事があれば俺、協力なんでもしますから‼︎」
と拳をにぎり鼻息荒く宣言する清田に神は『ぶはっ』と吹き出し『頼りにしてるよ』と清田の肩をバシンと力強く叩いた。
午後の練習が終わり食堂に向かった選手達と分かれた神はすぐさま更衣室の自分のロッカーに置いてある携帯を取り出しメッセージを確認する。
悠馬からのメッセージを見つけすぐにメッセージを開く。
悠馬のメッセージには全国的に有名な会社の名前と小野寺と同じ苗字の男性の名前と役職が記されていた。名前の下には携帯の番号も書かれている。
その下には弁護士事務所の名前と女性の名前が書かれていた。
神の表情が一気に明るくなる。
神「…よし…。これでいける…」
神は部室内の収納棚からカメラの機材が入ったカバンを取り出し肩にかけた。
携帯も持って急いで校舎内に入る。今日は土曜日で授業はない。今のこの時間はみんなが食事を取るため食堂にいるから今なら誰にも聞かれずに話ができるだろう。
神(木村さんの事は誰にも聞かれたくない…電話するなら今がチャンスだ)
部室棟から一番遠い教室に入り適当な椅子に座り一呼吸。
神「……」(どうか話の通じる人でありますように…)
悠馬の話では『マシな人』らしいが小野寺を育てた人だ。信用できない。
緊張をほぐす様に『よしっ!』と小さく気合いを入れてメッセージに載っていた男性の携帯番号に電話をかける。
呼び出し音を聞いていると段々と緊張感が高まってくる。
神「……」(落ち着け…。まずちゃんとこっちには敵意がないことを伝えて…)
そんなことを考えていると電話の呼び出し音が途切れた。
ハッとして耳を澄ませる。
「はい」
低い男性の声がした。
威厳を感じさせる太い声に神の携帯を持つ手に力が入った。
神「あ、あの…。俺は海南大付属高校2年の神宗一郎といいます…。突然のお電話申し訳ありません…」
「海南…?ウチの宏樹と同じ高校だね。歳も一緒だ…」
高校の名前を聞いて声のトーンが穏やかな落ち着いたものに変わった。
神「はい。その宏樹さんのことで相談があるんです」
『相談』と聞いた瞬間、父親の落胆した様な大きなため息が聞こえた。
「……はぁ……。またあいつが何か…?」
呆れたような声に神は手応えを感じた。
神はできるだけ丁寧に説明を始めた。
自分がバスケ部である事。他校と合宿中である事。合宿の手伝いに来てくれたマネージャーが莉子であること…。莉子の名前を聞いた小野寺の父親の声が上擦った。
「木村…莉子さん…?」
神「はい」
「そうか…。あの子が海南に…」
神「はい…。2人とも驚いていたので偶然だと思うんですが嫌な偶然でした」
「……」
神「お互い知らん顔をしていればよかったんですが…」
「宏樹がまた何かしたのか…」
落胆したのか呆れた様に呟く父親。
このリアクションで神は父親が宏樹を信用していないことを確信した。でも小野寺のことを一方的に悪く言うのはよくない。できるだけ自分は中立であることをアピールしつつ小野寺に手を焼いていることを伝えたい。
神は『はい…。残念ですが…』と落ち込んでいるフリをする。
神の中では友達が悪い道に行ってしまうのを心配している友人Aである。
神「また彼女にちょっかいをかけています。木村さんは中学時代の事を気にして強気に出れず息子さんは調子に乗って写真で脅してます」
「また作ったのか⁉︎」
父親が声を荒げた。神は慌てて『いえ!でもまた写真を作るぞと捉えられるような事を言っていて…。木村さんも不安そうにしています』と伝える。
「そうか…。まだ最悪な事にはなっていないんだね…。よかった…」
神「木村さんはオオゴトにするつもりはありません。また騒いで怖い思いをさせられるかもしれないし家族を巻き込みたくないと思っているので息子さんからちょっかいを出されても黙ってただ時間が過ぎるのを待っているだけです…」
「……」
神「そんな状態だから息子さんは完全に調子に乗っています。何も言わない彼女を支配した気になっているんです。放っておいたらまた『度が過ぎる』事をしてしまうかもしれないんです。でも俺のいうことは聞く耳を持ちません。なので力を貸してください。お願いします…。息子さんにやめる様に言ってください」
「……」
神「木村さんの学校がバレてしまったんです。この合宿が終わっても学校で待ち伏せされるかもしれないし自宅もバレてしまうかもしれないと不安になっています。なのでできればこの合宿中には解決してあげたくて…。でも俺が息子さんを止めるには力不足で…。迷惑なのは承知しています…。でもお願いします!力を貸してください。お願いします‼︎」
思わず神は椅子から立ち上がり大きく頭を下げた。立ち上がった時に椅子がガタンと大きく揺れた。
その音が聞こえたのか父親が電話口でクスッと笑ったような気がした。
「名前をもう一度聞かせてもらえるかな?」
神「…?えっと…神宗一郎です…。息子さんとは同じクラスです」
「同じクラスの神君だね…わかった。宏樹にはすぐに辞めるように伝えるよ。私は今、宏樹とは離れて暮らしているんだ。だから君の名前を出してもいいかな?」
神「俺のですか?それは構いませんが…」
「私と神君が繋がっていると分かれば変な真似はできないだろう。スパイのような事をさせて申し訳ないけど…」
神「いえ…。本当にありがとうございます」
神はもう一度深く頭を下げた。
「こちらこそありがとう。最後にもう一つだけ聞きたいことがあるんだが…」
神「はい。何でしょう」
「木村さんは元気そうかな…?」
心配しているとも緊張しているとも受け取れる声色に神は心底(この人に連絡をしてよかった…)と思った。
神「元気です。新しい学校はとても楽しいと言っていました」
「そうか!」
神の言葉に父親の声が弾んだ。
「それならよかった…。すぐに息子と話をつけるよ」
神「ありがとうございます!」
父親の言葉に神はホッと胸を撫で下ろしたのだった。
神は食堂に向かう前に以前、小野寺と話した空き教室に立ち寄った。
あの日のことを思い出しながら教室の扉に手をかける。
相変わらず埃っぽい教室だ。カメラの機材が入ったカバンを足元に置くと教室の中を一周見渡した。
神(確か…あの時は俺から先に入って…この辺りに俺が立って…小野寺はこの辺り…だったかな…)
立っていた位置を確認しながら辺りの机や椅子を動かしていく。
神「…こんな感じ…でいいか…」
机と椅子、カメラを並べ終わると神は教室を出た。
『すぐに話をする』と言ってくれた言葉を信じるなら今頃、話し合いをしている最中だろう。
神「……」(できる限り徹底的に追い込んでやる…)
作業を終えた神は食堂に向かった。
食堂には他の部員もいて賑わっている。神は食堂内を見渡しサッカー部の集団を見つけたがその集団の中に小野寺はいない。
神(話し合ってるのかな…)
入り口で立ち止まっている神を茜が見つけた。
茜「宗ちゃん」
すぐに声をかけてきた。莉子に取られるわけにはいかない。
先手必勝だ。
神「おう…茜か…」
神がポケットに手を突っ込んだ。
茜「何、こんなところで突っ立てるの?一緒にご飯食べようよ」
と腕に絡みついてくる茜。神にとって茜のスキンシップは日常茶飯事だ。腕を払う事もなくジャージのズボンに手を入れたまま話し出す。
神「テニス部の子達と食べろよ。俺は選抜メンバーと食べるから」
茜「えぇ〜。一緒に食べたい」
と腕にギュッと抱きしめる茜。
神「親睦を深めたいから今回はこっちのメンバーと食べるよ」
と神はドライな対応。
茜「あのマネージャーもいるの?」
茜の質問に目をパチクリさせる神。
神「マネージャー?彦一の事?もちろんいるよ」
茜「違う!女子マネの方‼︎‼︎」
と怒る茜に神は(このテンション…面倒だな…)と思いながら質問に答える。
神「あの子は通いだから一緒にご飯を食べるのはお昼だけ。今はいないよ」
茜「もう帰ったの?」
茜の問いに(なんでそんなこと聞くんだ?)と心の中で首を傾げる神。
神は首を傾げつつも『多分…』と口を開いた。
神「…まだ色々仕事してくれてるはずだからどこかにいると思うよ。何でそんな事聞くの?」
茜「あの子がいると宗ちゃんはバタバタしてて落ち着かないから、いない方がゆっくり話せていいの」
と言うと神の腕に頬を寄せさらにギュッと強く抱きついた。
神「…俺…そんなにバタバタしてる?」
茜「してる。いつもの落ち着いてる宗ちゃんがいい」
神「…そうか…」
神は(そんなにバタバタしてたか…。もっとかっこよく振る舞いたいんだけどな…)
(うーーん)と頭を悩ませているとガラガラと扉が開いて『キャッ』と声が聞こえた。
どんな喧騒の中でも神にはそれが莉子のものだとすぐにわかった。
神「木村さん‼︎」
ぱぁぁと表情が明るくなり、ずっとポケットに入れていた手を出した神に茜は顔を顰めた。
茜「……」(なんで…私の時には微動だにしないくせにこの子がくるとこんなに嬉しそうなの…)
茜は自分が話しかけても神の反応は薄いが莉子が相手だと全然違う事に腹を立てた。
ただ『手を出さなかった』だけ。でも神はそんな些細な行動が特別だった。
一見して穏やかで押しに弱そうだが実はかなりの頑固者だ。自分の意思を一番尊重している。だから『神奈川の選手達とご飯を食べる』事を決めているから茜が腕に絡みついてもポケットから手を出さずその場から動かなかった。
でも莉子を見た瞬間『何でもあなたに従います』と言わんばかりに手を出した。また同時に『あなたに触れたいです』と言っているようにも見えて腹が立った。
莉子「あ…。神さんだったんですね…大声出してごめんなさい…びっくりしてしまって…」
と申し訳なさそうに口元を抑える莉子。
神「ううん。入り口で話してる俺らが悪いんだよ。びっくりさせてごめんね」
とニコニコ笑顔の神。茜は膨れっ面である。
莉子「………」(あ……)
莉子はそんな茜に気付き(ど、どうしよう…)と困惑してると莉子は誰かに『どけっ‼︎』と突き飛ばされた。
莉子「痛っ‼︎」
神「‼︎⁉︎」
体勢を大きく崩した莉子をとっさに神が抱きとめる。
茜「⁉︎」
神「大丈夫⁉︎」
莉子「だ、大丈夫です…。ありがとうございます…」
莉子の無事を確認すると突き飛ばしてきた人間をギロッと睨んだ。
怒りを露わにした小野寺を見てサッと莉子を背中に庇う。
しかし小野寺は神以外が見えていないのか莉子には目もくれず『テメェ…』と怒りを含んだ血走った目で神を睨みつけガッと神の胸ぐらを掴んだ。
小野寺の雰囲気に圧倒され茜ですら声を出せずにいる中、神が胸ぐらを掴む小野寺の手を掴んだ。
神「何だよ」
低い声と冷たい表情に何故か茜の背筋が伸びた。長い付き合いの茜でも初めて見る神の姿だった。
小野寺「何だよじゃねぇだろ…。テメェ…やりやがったな…」
と凄む小野寺とは対照的に神がニコッと笑った。
神「一体、俺が何をしたって言うんだよ。ちょっと落ち着きなよ」
ともう片方の手で小野寺の肩を叩く。
小野寺「とぼけるな‼︎」
と神の手を振り払う。今度は両手で神の胸ぐらを掴みにかかる。神は小さく両手をあげて『本当に心当たりがないんだって』と飄々と答える。
そんな神に怒りが込み上げてくる。
小野寺「このっ…やろう‼︎」
神「ここじゃゆっくり話せないし場所を変えよう。俺たちには話し合いが必要だ」
『だろ?』と笑う神の顔面をぶん殴ってやりたい気持ちを抑え小野寺はなんとか手を話した。
神はまるでエスコートでもする様にドアの方へ手を向け『どうぞ』と小野寺に食堂から出るように促した。
小野寺は『チッ』と舌打ちをするとズカズカと出ていく。
出て行った小野寺を見て神は『ふう』と一息ついて神も小野寺の後に続いて出ようとするとクンッと後ろに引っ張られる感覚に後ろを振り返った。
神「?」
背中に庇った莉子が神のTシャツを掴み不安げに神を見上げていた。
神「…っ!」
その姿にキュンとしてしまった。
莉子がシャツから手を離した。
莉子「あ、あの…」
と俯く莉子。
神はハッとして取り繕うように微笑む。
神「大丈夫だよ。ただの話し合うだけだから…」
莉子が顔を上げた。
莉子「でも…先輩…すごく怒ってました…本当に大丈夫なんですか…?」
今にも泣き出しそうな莉子。2人の接点である自分が『話し合い』の内容だとわかっているから不安でしかたないのだ。
神「うっ…」
あまりにも不安そうな莉子の表情に神は抱きしめたくなる衝動をグッと抑えた。
ここは食堂。そんなことをしたらとんでもないことになる。
神「…心配しないで…。後で何があったのかちゃんと話すから」
というと莉子は目をウルウルさせて『約束ですよ』と言った。
神「ん…約束…」
言葉だけは安心できないだろうなと神は莉子に小指を差し出す。莉子は神の小指と神の顔を交互に見た。
戸惑う莉子に神は『約束するよ』と笑顔を向けた。
そっと莉子は自分の小指を絡める。神は『約束』とキュッと小指に力を込めて軽く上下に揺らした。
神「……」(小さいな…)
自分より二回りは小さく細い小指に胸が高鳴った。
ひんやりとしていて柔らかさを感じつつも少しカサついた指先に莉子が真面目にマネージャー業をこなしている姿を思い愛おしさが込み上げてくる。
莉子もまた神の小指から感じる温かさに心がときめくのを感じた。
莉子「……」(『男の人の手』だ…)
自分より大きく少し硬さを感じる肌感に『男』を感じてドキドキした。
絡めた小指がそっと離れる。
神・莉子「………」(寂しい…)
離れていくぬくもりに寂しさが込み上げてくる。
莉子は『待ってますね』と神を見上げた。
神「うん」
と言うと神は食堂から出て行った。
神(超可愛かったぁぁぁぁぁ…)
後ろ髪を引かれながら食堂のドアを閉めると『はぁぁぁぁぁぁ』と大きく息を吐いてその場にうずくまり莉子の余韻に浸る。
小野寺「おい」
不機嫌な声が頭から降ってきた。
顔を上げれば目の前には不機嫌そうに立っている小野寺。
小野寺「何やってんだ。さっさとしろよ」
神「……」
幸せな気分が一気に下がる。
『こっちはお前に話なんかない。黙って父親に言われた通り大人しくしとけ』と言いたいのをグッと我慢して『悪い』と立ち上がって色々と準備した教室へ連れていく。
教室に入って神はすぐにポケットに入れていたカメラの遠隔リモコンのスイッチを入れる。
神は画角を気にしつつ予定通りの場所に立つ。振り返れば小野寺も予定通りの位置に立っており神はホッと胸を撫で下ろす。
神「で、話って何?」
小野寺「お前が何で父親の連絡先を知ってたんだよ」
神「企業秘密」
と笑う神。
小野寺「なんで…」
神「何でって…小野寺が言ったんだろ?」
小野寺「え?」
神「『嫌がる人を抵抗させずに従わせると支配欲が満たされて気持ちいいからやってみたら?』って俺に勧めただろ。だからやってみた」
小野寺の顔色が変わった。
小野寺「…それで…俺を従わせる為に親父に接触したのか?」
愕然としている小野寺を見て神はバカにしたように笑った。
神「自分がやり返されるって思わなかったの?叩けば埃しかでないくせに…。敵、多いよ?自覚なかった?」
小野寺「……」
神「おめでたい奴だな。本当に浅はかって言葉が一番似合うよ。お前は」
小野寺「何…?」
神「何もかもが浅はかじゃないか。振られてるのに懲りもせず何度も告白してさぁ…。最終手段で大勢の前で告白して醜態晒したのって誰のせいなの?自分でしょ?それを木村さんが悪いって思い込もうとしてるのか勘違いしてるのか知らないけど人のせいにして貶めて…。みんなの前で木村さんの服を破くってさ…。本当に何考えてんの?」
小野寺「う、うるさい‼︎お前に何がわかる‼︎」
神「わかんないなぁ…。でもそれが正解だよな。浅はかな奴に共感したら自分もそうだって言ってるようなもんだし」
と神がバカにしたように笑った。
神「お前を見てると自分がちゃんとしてるって思えて安心できるよ」
小野寺「んだとっ‼︎」
神「お前みたいに上に唾を吐いて自分の顔にかかって慌てる愚かな奴になりたくないもん。さぞ楽しかっただろうな。勝てない人相手に足を引っ張るような事をして。俺にはそんなみっともない事できないよ」
と笑う神に小野寺は『この野郎‼︎‼︎』と飛びかかった。
神の顔面に拳を叩きつける小野寺。
バキィッっと乾いた音がした。
神は無抵抗にそれを受けるとそのまま後ろへ倒れ込んだ。
尻もちをついた神。
マウントポジションを取った小野寺が神の胸ぐらを掴み喚く。
小野寺「そもそもあの女が黙って俺と付き合ってればこんな事になってなかったんだ‼︎ちょっと見た目がいいだけのクセに調子に乗りやがって‼︎たかが偽物の写真だろ!それをワーワー騒いだせいで転校させられて第一志望の高校に通えなかったんだ‼︎俺だって被害者だ!親父だって金さえ掴ませりゃ黙らせることもできたのに‼︎なんで俺を転校させたんだよ‼︎俺は悪くない‼︎あの女と親父が悪いんだ‼︎‼︎クソっ‼︎‼︎」
と言うともう一度、神の顔面を殴りつけた。
神「仙道」
駆け寄ってくる神に仙道は『どうだった?』と落ち着かない様子。
神はニコッと笑うと『もう大丈夫だと思うよ。弁当も全部食べてたし』と答えると『そうか…よかった…』と仙道の眉尻が下がった。
神はそのまま仙道とウォーミングアップを始め、そのまま午後の練習が始まった。
体育館の雰囲気はいい。段々と『チーム』として完成度が上がっていく神奈川代表を見てギャラリーの期待値が高まっていくのを肌で感じる。
神「ふぅ…」
神は一息ついた。顔を上げると2階のギャラリーの歓声がさらに大きく聞こえる。観客の表情と歓声の大きさから自分たちへの大きな期待を感じ取り神は心が奮い立つのを感じた。
神はグッと拳を握った。
神(良い感じだな…あとは…)
チラッと莉子を見る。
莉子は清田と楽しげに話している。
笑っている莉子を見ていると(やっぱり笑顔が一番似合うな…)と口元が緩んだ。それと同時に小野寺への怒りも湧いてくる。
神「……」
小野寺はプライドの高い男だ。大勢の前で振られた事で傷付けられたプライドを取り戻す為に自分が恥をかかされた以上に莉子を精神的に傷付け貶めているのだ。
莉子を嘲笑う事で『自分の方がマシだ』と安心感を得る為に…。
莉子はそんなくだらないプライドの為に散々傷付けられ自分の気持ちを伝える事ができなくなったのだ。
神(本当に腹が立つ…)
莉子には心穏やかでいてほしい。莉子の平穏を揺るがす奴は許さない。
神(…徹底的に嫌な所を突いて黙らせてやる…)
穏やかな表情で莉子を見ていたかと思えば鋭い目つきになった神に仙道は『神?どうした?』と声をかけた。
神は『何でもないよ』と笑うと『ちょっと牧さんのとこ行ってくる』と一歩踏み出した。
仙道「お、おう…」
神は牧の元へ向かった。
牧は高砂や藤真、長谷川といった3年生チームと一緒に休憩していた。
3年生の輪の中に声をかける。
神「牧さん。ちょっといいですか」
一斉に3年生の視線が神に集まる。
牧「ん?神か…。どうした?」
神「あの…ちょっとフォームのチェックをしたくて…カメラを借りたいんですけどいいですか?」
牧「…フォームのチェック?」
牧か訝しげな表情を浮かべ神を見た。
神「はい。ちょっと確認したい事があって…」
(確認…?何を今更…?)と内心首を傾げつつもなんだかんだで次期キャプテンの神を信頼している牧は『わかった』と縦に頷く。
神「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げるとベンチへ戻る。
莉子のドリンクを一口飲んだ。
神「……」(ここからは俺が頑張る番だな…)
どこか緊張しているような硬い表情を浮かべている神。
神「……」(悠馬から連絡があれば一番ダメージが与えられるんだけどな…)
清田「神さん」
清田がタオルを神に向かって差し出す。神は『さんきゅ』とタオルを受け取った。
神は受け取ったタオルで汗を拭く。
清田「……」
ジッと顔を見つめてくる清田に神は首を傾げた。
神「ん?何?」
神はタオルを首にかけると再びドリンクに口をつけた。
清田「いや…。難しい顔してるなと思って…。なんか考え事ですか?」
神「そんな難しい顔してたか?」
清田「はい。試合直前みたいな顔してました」
神「そうか…。でもなんでもないよ。ちょっと考え事はしてたけど深刻な事じゃない」
清田「そうですか…」
清田は腑に落ちていない様子だ。神は(困ったな…)と苦笑いを浮かべていると牧が『集合!』と号令をかけた。
神「集合だ。行こう」
と清田の背中をポンと叩く。
これ幸いと牧の方へ向かう神の背中を納得していない清田が声をかける。
清田「神さん」
神「ん?」
清田「俺はいつでも神さんの味方すっからね‼︎」
神「え⁉︎」
神は面食らった様に目を大きく見開いた。
清田「困った事があれば俺、協力なんでもしますから‼︎」
と拳をにぎり鼻息荒く宣言する清田に神は『ぶはっ』と吹き出し『頼りにしてるよ』と清田の肩をバシンと力強く叩いた。
午後の練習が終わり食堂に向かった選手達と分かれた神はすぐさま更衣室の自分のロッカーに置いてある携帯を取り出しメッセージを確認する。
悠馬からのメッセージを見つけすぐにメッセージを開く。
悠馬のメッセージには全国的に有名な会社の名前と小野寺と同じ苗字の男性の名前と役職が記されていた。名前の下には携帯の番号も書かれている。
その下には弁護士事務所の名前と女性の名前が書かれていた。
神の表情が一気に明るくなる。
神「…よし…。これでいける…」
神は部室内の収納棚からカメラの機材が入ったカバンを取り出し肩にかけた。
携帯も持って急いで校舎内に入る。今日は土曜日で授業はない。今のこの時間はみんなが食事を取るため食堂にいるから今なら誰にも聞かれずに話ができるだろう。
神(木村さんの事は誰にも聞かれたくない…電話するなら今がチャンスだ)
部室棟から一番遠い教室に入り適当な椅子に座り一呼吸。
神「……」(どうか話の通じる人でありますように…)
悠馬の話では『マシな人』らしいが小野寺を育てた人だ。信用できない。
緊張をほぐす様に『よしっ!』と小さく気合いを入れてメッセージに載っていた男性の携帯番号に電話をかける。
呼び出し音を聞いていると段々と緊張感が高まってくる。
神「……」(落ち着け…。まずちゃんとこっちには敵意がないことを伝えて…)
そんなことを考えていると電話の呼び出し音が途切れた。
ハッとして耳を澄ませる。
「はい」
低い男性の声がした。
威厳を感じさせる太い声に神の携帯を持つ手に力が入った。
神「あ、あの…。俺は海南大付属高校2年の神宗一郎といいます…。突然のお電話申し訳ありません…」
「海南…?ウチの宏樹と同じ高校だね。歳も一緒だ…」
高校の名前を聞いて声のトーンが穏やかな落ち着いたものに変わった。
神「はい。その宏樹さんのことで相談があるんです」
『相談』と聞いた瞬間、父親の落胆した様な大きなため息が聞こえた。
「……はぁ……。またあいつが何か…?」
呆れたような声に神は手応えを感じた。
神はできるだけ丁寧に説明を始めた。
自分がバスケ部である事。他校と合宿中である事。合宿の手伝いに来てくれたマネージャーが莉子であること…。莉子の名前を聞いた小野寺の父親の声が上擦った。
「木村…莉子さん…?」
神「はい」
「そうか…。あの子が海南に…」
神「はい…。2人とも驚いていたので偶然だと思うんですが嫌な偶然でした」
「……」
神「お互い知らん顔をしていればよかったんですが…」
「宏樹がまた何かしたのか…」
落胆したのか呆れた様に呟く父親。
このリアクションで神は父親が宏樹を信用していないことを確信した。でも小野寺のことを一方的に悪く言うのはよくない。できるだけ自分は中立であることをアピールしつつ小野寺に手を焼いていることを伝えたい。
神は『はい…。残念ですが…』と落ち込んでいるフリをする。
神の中では友達が悪い道に行ってしまうのを心配している友人Aである。
神「また彼女にちょっかいをかけています。木村さんは中学時代の事を気にして強気に出れず息子さんは調子に乗って写真で脅してます」
「また作ったのか⁉︎」
父親が声を荒げた。神は慌てて『いえ!でもまた写真を作るぞと捉えられるような事を言っていて…。木村さんも不安そうにしています』と伝える。
「そうか…。まだ最悪な事にはなっていないんだね…。よかった…」
神「木村さんはオオゴトにするつもりはありません。また騒いで怖い思いをさせられるかもしれないし家族を巻き込みたくないと思っているので息子さんからちょっかいを出されても黙ってただ時間が過ぎるのを待っているだけです…」
「……」
神「そんな状態だから息子さんは完全に調子に乗っています。何も言わない彼女を支配した気になっているんです。放っておいたらまた『度が過ぎる』事をしてしまうかもしれないんです。でも俺のいうことは聞く耳を持ちません。なので力を貸してください。お願いします…。息子さんにやめる様に言ってください」
「……」
神「木村さんの学校がバレてしまったんです。この合宿が終わっても学校で待ち伏せされるかもしれないし自宅もバレてしまうかもしれないと不安になっています。なのでできればこの合宿中には解決してあげたくて…。でも俺が息子さんを止めるには力不足で…。迷惑なのは承知しています…。でもお願いします!力を貸してください。お願いします‼︎」
思わず神は椅子から立ち上がり大きく頭を下げた。立ち上がった時に椅子がガタンと大きく揺れた。
その音が聞こえたのか父親が電話口でクスッと笑ったような気がした。
「名前をもう一度聞かせてもらえるかな?」
神「…?えっと…神宗一郎です…。息子さんとは同じクラスです」
「同じクラスの神君だね…わかった。宏樹にはすぐに辞めるように伝えるよ。私は今、宏樹とは離れて暮らしているんだ。だから君の名前を出してもいいかな?」
神「俺のですか?それは構いませんが…」
「私と神君が繋がっていると分かれば変な真似はできないだろう。スパイのような事をさせて申し訳ないけど…」
神「いえ…。本当にありがとうございます」
神はもう一度深く頭を下げた。
「こちらこそありがとう。最後にもう一つだけ聞きたいことがあるんだが…」
神「はい。何でしょう」
「木村さんは元気そうかな…?」
心配しているとも緊張しているとも受け取れる声色に神は心底(この人に連絡をしてよかった…)と思った。
神「元気です。新しい学校はとても楽しいと言っていました」
「そうか!」
神の言葉に父親の声が弾んだ。
「それならよかった…。すぐに息子と話をつけるよ」
神「ありがとうございます!」
父親の言葉に神はホッと胸を撫で下ろしたのだった。
神は食堂に向かう前に以前、小野寺と話した空き教室に立ち寄った。
あの日のことを思い出しながら教室の扉に手をかける。
相変わらず埃っぽい教室だ。カメラの機材が入ったカバンを足元に置くと教室の中を一周見渡した。
神(確か…あの時は俺から先に入って…この辺りに俺が立って…小野寺はこの辺り…だったかな…)
立っていた位置を確認しながら辺りの机や椅子を動かしていく。
神「…こんな感じ…でいいか…」
机と椅子、カメラを並べ終わると神は教室を出た。
『すぐに話をする』と言ってくれた言葉を信じるなら今頃、話し合いをしている最中だろう。
神「……」(できる限り徹底的に追い込んでやる…)
作業を終えた神は食堂に向かった。
食堂には他の部員もいて賑わっている。神は食堂内を見渡しサッカー部の集団を見つけたがその集団の中に小野寺はいない。
神(話し合ってるのかな…)
入り口で立ち止まっている神を茜が見つけた。
茜「宗ちゃん」
すぐに声をかけてきた。莉子に取られるわけにはいかない。
先手必勝だ。
神「おう…茜か…」
神がポケットに手を突っ込んだ。
茜「何、こんなところで突っ立てるの?一緒にご飯食べようよ」
と腕に絡みついてくる茜。神にとって茜のスキンシップは日常茶飯事だ。腕を払う事もなくジャージのズボンに手を入れたまま話し出す。
神「テニス部の子達と食べろよ。俺は選抜メンバーと食べるから」
茜「えぇ〜。一緒に食べたい」
と腕にギュッと抱きしめる茜。
神「親睦を深めたいから今回はこっちのメンバーと食べるよ」
と神はドライな対応。
茜「あのマネージャーもいるの?」
茜の質問に目をパチクリさせる神。
神「マネージャー?彦一の事?もちろんいるよ」
茜「違う!女子マネの方‼︎‼︎」
と怒る茜に神は(このテンション…面倒だな…)と思いながら質問に答える。
神「あの子は通いだから一緒にご飯を食べるのはお昼だけ。今はいないよ」
茜「もう帰ったの?」
茜の問いに(なんでそんなこと聞くんだ?)と心の中で首を傾げる神。
神は首を傾げつつも『多分…』と口を開いた。
神「…まだ色々仕事してくれてるはずだからどこかにいると思うよ。何でそんな事聞くの?」
茜「あの子がいると宗ちゃんはバタバタしてて落ち着かないから、いない方がゆっくり話せていいの」
と言うと神の腕に頬を寄せさらにギュッと強く抱きついた。
神「…俺…そんなにバタバタしてる?」
茜「してる。いつもの落ち着いてる宗ちゃんがいい」
神「…そうか…」
神は(そんなにバタバタしてたか…。もっとかっこよく振る舞いたいんだけどな…)
(うーーん)と頭を悩ませているとガラガラと扉が開いて『キャッ』と声が聞こえた。
どんな喧騒の中でも神にはそれが莉子のものだとすぐにわかった。
神「木村さん‼︎」
ぱぁぁと表情が明るくなり、ずっとポケットに入れていた手を出した神に茜は顔を顰めた。
茜「……」(なんで…私の時には微動だにしないくせにこの子がくるとこんなに嬉しそうなの…)
茜は自分が話しかけても神の反応は薄いが莉子が相手だと全然違う事に腹を立てた。
ただ『手を出さなかった』だけ。でも神はそんな些細な行動が特別だった。
一見して穏やかで押しに弱そうだが実はかなりの頑固者だ。自分の意思を一番尊重している。だから『神奈川の選手達とご飯を食べる』事を決めているから茜が腕に絡みついてもポケットから手を出さずその場から動かなかった。
でも莉子を見た瞬間『何でもあなたに従います』と言わんばかりに手を出した。また同時に『あなたに触れたいです』と言っているようにも見えて腹が立った。
莉子「あ…。神さんだったんですね…大声出してごめんなさい…びっくりしてしまって…」
と申し訳なさそうに口元を抑える莉子。
神「ううん。入り口で話してる俺らが悪いんだよ。びっくりさせてごめんね」
とニコニコ笑顔の神。茜は膨れっ面である。
莉子「………」(あ……)
莉子はそんな茜に気付き(ど、どうしよう…)と困惑してると莉子は誰かに『どけっ‼︎』と突き飛ばされた。
莉子「痛っ‼︎」
神「‼︎⁉︎」
体勢を大きく崩した莉子をとっさに神が抱きとめる。
茜「⁉︎」
神「大丈夫⁉︎」
莉子「だ、大丈夫です…。ありがとうございます…」
莉子の無事を確認すると突き飛ばしてきた人間をギロッと睨んだ。
怒りを露わにした小野寺を見てサッと莉子を背中に庇う。
しかし小野寺は神以外が見えていないのか莉子には目もくれず『テメェ…』と怒りを含んだ血走った目で神を睨みつけガッと神の胸ぐらを掴んだ。
小野寺の雰囲気に圧倒され茜ですら声を出せずにいる中、神が胸ぐらを掴む小野寺の手を掴んだ。
神「何だよ」
低い声と冷たい表情に何故か茜の背筋が伸びた。長い付き合いの茜でも初めて見る神の姿だった。
小野寺「何だよじゃねぇだろ…。テメェ…やりやがったな…」
と凄む小野寺とは対照的に神がニコッと笑った。
神「一体、俺が何をしたって言うんだよ。ちょっと落ち着きなよ」
ともう片方の手で小野寺の肩を叩く。
小野寺「とぼけるな‼︎」
と神の手を振り払う。今度は両手で神の胸ぐらを掴みにかかる。神は小さく両手をあげて『本当に心当たりがないんだって』と飄々と答える。
そんな神に怒りが込み上げてくる。
小野寺「このっ…やろう‼︎」
神「ここじゃゆっくり話せないし場所を変えよう。俺たちには話し合いが必要だ」
『だろ?』と笑う神の顔面をぶん殴ってやりたい気持ちを抑え小野寺はなんとか手を話した。
神はまるでエスコートでもする様にドアの方へ手を向け『どうぞ』と小野寺に食堂から出るように促した。
小野寺は『チッ』と舌打ちをするとズカズカと出ていく。
出て行った小野寺を見て神は『ふう』と一息ついて神も小野寺の後に続いて出ようとするとクンッと後ろに引っ張られる感覚に後ろを振り返った。
神「?」
背中に庇った莉子が神のTシャツを掴み不安げに神を見上げていた。
神「…っ!」
その姿にキュンとしてしまった。
莉子がシャツから手を離した。
莉子「あ、あの…」
と俯く莉子。
神はハッとして取り繕うように微笑む。
神「大丈夫だよ。ただの話し合うだけだから…」
莉子が顔を上げた。
莉子「でも…先輩…すごく怒ってました…本当に大丈夫なんですか…?」
今にも泣き出しそうな莉子。2人の接点である自分が『話し合い』の内容だとわかっているから不安でしかたないのだ。
神「うっ…」
あまりにも不安そうな莉子の表情に神は抱きしめたくなる衝動をグッと抑えた。
ここは食堂。そんなことをしたらとんでもないことになる。
神「…心配しないで…。後で何があったのかちゃんと話すから」
というと莉子は目をウルウルさせて『約束ですよ』と言った。
神「ん…約束…」
言葉だけは安心できないだろうなと神は莉子に小指を差し出す。莉子は神の小指と神の顔を交互に見た。
戸惑う莉子に神は『約束するよ』と笑顔を向けた。
そっと莉子は自分の小指を絡める。神は『約束』とキュッと小指に力を込めて軽く上下に揺らした。
神「……」(小さいな…)
自分より二回りは小さく細い小指に胸が高鳴った。
ひんやりとしていて柔らかさを感じつつも少しカサついた指先に莉子が真面目にマネージャー業をこなしている姿を思い愛おしさが込み上げてくる。
莉子もまた神の小指から感じる温かさに心がときめくのを感じた。
莉子「……」(『男の人の手』だ…)
自分より大きく少し硬さを感じる肌感に『男』を感じてドキドキした。
絡めた小指がそっと離れる。
神・莉子「………」(寂しい…)
離れていくぬくもりに寂しさが込み上げてくる。
莉子は『待ってますね』と神を見上げた。
神「うん」
と言うと神は食堂から出て行った。
神(超可愛かったぁぁぁぁぁ…)
後ろ髪を引かれながら食堂のドアを閉めると『はぁぁぁぁぁぁ』と大きく息を吐いてその場にうずくまり莉子の余韻に浸る。
小野寺「おい」
不機嫌な声が頭から降ってきた。
顔を上げれば目の前には不機嫌そうに立っている小野寺。
小野寺「何やってんだ。さっさとしろよ」
神「……」
幸せな気分が一気に下がる。
『こっちはお前に話なんかない。黙って父親に言われた通り大人しくしとけ』と言いたいのをグッと我慢して『悪い』と立ち上がって色々と準備した教室へ連れていく。
教室に入って神はすぐにポケットに入れていたカメラの遠隔リモコンのスイッチを入れる。
神は画角を気にしつつ予定通りの場所に立つ。振り返れば小野寺も予定通りの位置に立っており神はホッと胸を撫で下ろす。
神「で、話って何?」
小野寺「お前が何で父親の連絡先を知ってたんだよ」
神「企業秘密」
と笑う神。
小野寺「なんで…」
神「何でって…小野寺が言ったんだろ?」
小野寺「え?」
神「『嫌がる人を抵抗させずに従わせると支配欲が満たされて気持ちいいからやってみたら?』って俺に勧めただろ。だからやってみた」
小野寺の顔色が変わった。
小野寺「…それで…俺を従わせる為に親父に接触したのか?」
愕然としている小野寺を見て神はバカにしたように笑った。
神「自分がやり返されるって思わなかったの?叩けば埃しかでないくせに…。敵、多いよ?自覚なかった?」
小野寺「……」
神「おめでたい奴だな。本当に浅はかって言葉が一番似合うよ。お前は」
小野寺「何…?」
神「何もかもが浅はかじゃないか。振られてるのに懲りもせず何度も告白してさぁ…。最終手段で大勢の前で告白して醜態晒したのって誰のせいなの?自分でしょ?それを木村さんが悪いって思い込もうとしてるのか勘違いしてるのか知らないけど人のせいにして貶めて…。みんなの前で木村さんの服を破くってさ…。本当に何考えてんの?」
小野寺「う、うるさい‼︎お前に何がわかる‼︎」
神「わかんないなぁ…。でもそれが正解だよな。浅はかな奴に共感したら自分もそうだって言ってるようなもんだし」
と神がバカにしたように笑った。
神「お前を見てると自分がちゃんとしてるって思えて安心できるよ」
小野寺「んだとっ‼︎」
神「お前みたいに上に唾を吐いて自分の顔にかかって慌てる愚かな奴になりたくないもん。さぞ楽しかっただろうな。勝てない人相手に足を引っ張るような事をして。俺にはそんなみっともない事できないよ」
と笑う神に小野寺は『この野郎‼︎‼︎』と飛びかかった。
神の顔面に拳を叩きつける小野寺。
バキィッっと乾いた音がした。
神は無抵抗にそれを受けるとそのまま後ろへ倒れ込んだ。
尻もちをついた神。
マウントポジションを取った小野寺が神の胸ぐらを掴み喚く。
小野寺「そもそもあの女が黙って俺と付き合ってればこんな事になってなかったんだ‼︎ちょっと見た目がいいだけのクセに調子に乗りやがって‼︎たかが偽物の写真だろ!それをワーワー騒いだせいで転校させられて第一志望の高校に通えなかったんだ‼︎俺だって被害者だ!親父だって金さえ掴ませりゃ黙らせることもできたのに‼︎なんで俺を転校させたんだよ‼︎俺は悪くない‼︎あの女と親父が悪いんだ‼︎‼︎クソっ‼︎‼︎」
と言うともう一度、神の顔面を殴りつけた。