神宗一郎と恋するお話
神奈川選抜合宿2日目 土曜日
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悠馬と今後の事を少し話した後、神は急いで食堂に向かった。
神(木村さん…大丈夫かな…)
悠馬に言われた事に傷付き、自分達に過去を知られてしまったことに気落ちしてやしないか、そのことで昔の様な嫌な思いをするのではないかと不安になっていないかなどの心配は尽きない。
神(早く木村さんに会わないと…)
莉子が傷付いたなら心に寄り添いたい、気落ちしていたなら気にしなくていいと伝えたいし不安がっていたなら『もう大丈夫だ』と安心させてあげたい。
莉子の涙を拭ってあげたい。どんな時もそばにいてあげたい。
神(一回、食堂行くか…)
すっかり遅くなってしまったが時間的にまだ食堂にいる可能性はある。一つ一つ莉子のいそうな所を探していくしかない。
茜「そーちゃんっ‼︎」
後ろから駆けてきた茜が腕に絡みつく様に抱き付いてきた。
茜の勢いに『ぅわっ』と小さく声をあげた神。神を嬉しそうに頬を綻ばせながら見上げる茜。
茜「いきなりどっか行っちゃうからびっくりしちゃったじゃん!1人にしないでよね!どこに行っていたの?」
神は腕に絡みつく茜の腕をパッと払い茜の方も見ずに『ごめん!ちょっと急いでるんだ。また後でな』と言いそのまま行ってしまった。
速度を緩める事なく行こうとする神の背中に向かって茜は手を伸ばす。
茜「宗ちゃんっ‼︎‼︎‼︎」
が、その手は届かない。
神は茜の呼ぶ声に気づいていたが今の神は一刻も早く莉子の所に行きたい。
食堂のドアを開けるとまばらだが人がいた。その中に見知った人間を見つけ近づいていく。
バスケ部のメンバーは仙道以外はもう食べ終わったのか姿がなかった。
神「木村さんは?」
仙道は神に声をかけられハッとし視線を神に向ける。
仙道の手には箸が握られ目の前には蓋の空いた弁当が一つ置かれている。
そして蓋の空いていない弁当が二つと割り箸が二膳。
神は辺りを見渡し莉子がいない事を確認し『木村さんは?ここにいないのか?』と聞いた。
仙道「…更衣室にいる。1人になりたいって言うからそこまで送ってった…」
神「……そっか。じゃあこれは木村さんの分?」
と仙道の横に置かれたお弁当を指差す。
コクっと頷く仙道。あまりに元気がない。
神「…大丈夫か?木村さんと何かあったのか?」
『はぁ』と大きなため息をつく仙道。
仙道「……木村を傷つけた…」
神「……」
仙道「笑ってたけど絶対傷つけた…」
持っていた箸を置く。全く手をつけられていないお弁当にどれだけ仙道が落ち込んでいるのか推測できた。
神「何を言ったんだよ…」
仙道「…俺、弟が言ってた写真を見たことがあって…」
神「え?」
仙道「気持ちのいい写真じゃないから詳しくは話さねぇけど…とにかく俺はその写真を知ってたから『気にするな』って…言った」
神「…そうか…」
仙道「すっげぇ落ち込んでたから…励ましたくて…でも『気にするな』って無理な話だよな…結構な話題になってたし…」
神「話題って?」
仙道「木村は知られたくねぇと思うから言わない」
話すことを渋る仙道に神は詰め寄る。
神「弟からどんな写真だったのかは聞いてるんだ。だから当時の様子を教えてくれないか?」
仙道「…俺は隣の中学だったからそこまで詳しくねぇんだ…」
神「どんな些細なことでもいいんだ。あの子の事を知りたい。話を聞かせてほしい」
あまりの真剣な目と必死な表情に絆される。
神は莉子を大切にしたがっている。
それが痛いほどに伝わってくる。
仙道は当時の事をポツリポツリと話し始めた。
莉子の1回目の写真で『可愛い女の子がいる』と話題になったこと。
元々中学生の中でだけ有名だったがはずが不特定多数が出入りする店に貼り出された事で大学生や若い社会人などにも顔が周知され知らない人はいないんじゃないかと思うほど浜岡中の木村莉子が有名になったこと。
それで莉子を実際に見に行った男が写真の方が可愛かったや愛想がなかった。感じ悪かったなどの莉子を評価するような声がたくさんあったこと。
それの殆どが噂や憶測に尾ひれが付いた不確かな話だったこと。
面白おかしく莉子の話は広がり気がついた時には水着などの際どい写真が出回り顔や性格などの話から体や性的な話題に注目が集まり始めたこと。
仙道「男を取っ替え引っ替えにしてるとかも言われてたな…」
話を聞き終わった神の眉間には深い皺が寄っている。
神「……それ…木村さんも知ってる…よな…」
仙道は『多分』と答えるとはぁ…と大きなため息をついた。
神「俺、弁当を届けがてら様子を見てくるよ」
と言うと神は弁当を二つ持った。
仙道「…頼むよ…。俺じゃうまく慰められない…」
と仙道は寂しそうに笑った。
更衣室の前まで来て神はノックをした。
神「木村さん。お弁当、持ってきたよ」
と言った後、神はドアに耳を近づける。
ガタガタと物音がしている。
神(慌ててる…?)
聞き耳を立てながら慌てる莉子を想像してクスッと笑う。
莉子「い、今…開けます‼︎」
ロッカーを開ける音がした後ゴソゴソと物音がしてロッカーを閉める音がしてドアが開く。
目を赤くした莉子が顔を出した。
神「……」(泣いてたのか)
グッと胸が締め付けられる。
神「…入ってもいい?俺もまだ食べてないんだ。よかったら一緒に食べない?」
莉子「……」
神は手に持ったお弁当を莉子に見せる。
一瞬戸惑いの表情を浮かべた莉子だったが『どうぞ』と中へ招き入れてくれた。
神「お邪魔しまーす」
中に入ると思ったより更衣室が狭く物理的に2人の距離が近くなり過ぎる事に今更、気付く。
準備をしている時は莉子が1人で使うだけだしこのくらいの広さがあれば問題ないかなと思ったがなんせ莉子は男が苦手なのだ。
神(ちょっと距離、近過ぎるか?)
神は更衣室に入り(萎縮させたら可哀想だ…)と莉子を見た。
莉子は気まずそうな顔をしている。
莉子「………」(…どうしよう…)
きっと神がここにやってきた理由は小野寺との関係の事か悠馬の言った写真の真意か家族を巻き込んだ出来事の詳細か…
莉子は自分が異性の目を引く見た目をしていることを自覚している。そしてそれ以外に自分に『取り柄』と呼ばれるものがない事も知っている。
だからこそ神に惨めな過去の事を知られたくなかった。神には唯一の取り柄である『可愛いところ』だけを見てもらいたかった。
莉子「……」(教えてって言われたらどうしよう…)
神を上手く誤魔化せるだろうか…。
不安になってきた。
神「窓、開けていい?」
神に視線を向ければ窓に手をかけて返事を待っている。
莉子「あ…、はい…」
神はせめて閉塞感だけでも解消できればと窓のロックを外した。
カラカラと音を立て窓を開けるとフワッと柔らかい風が入ってきて神の頬を撫で莉子の前髪をフワリと持ち上げた。
莉子がホッと息をついたのがわかった。
神(ちょっとは閉塞感は薄くなったかな…)
莉子の様子を気にしつつ神は『食べよっか。俺、腹減っちゃった』と明るく声を掛けるとパイプ椅子に座った。
莉子も『はい』と小さく返事をして椅子に腰掛け神が置いたお弁当に割り箸を添えて神の方に差し出す。
神「ありがと」
お礼を言うとお茶のペットボトルの蓋を開け莉子に『はい』と渡す。
莉子「ありがとうございます…」
神「どういたしまして」
長机を挟んで向かい合わせに座る2人の会話が止まった。
神「……」
莉子「………」(どうしよう…何かこっちから話題を…でも…)
莉子は相変わらず気まずそうな顔をしている。緊張しているのがよくわかった。
神「…一つ、聞いてもいい?」
莉子はビクッと体を震わせると「は、はい…」と消え入る様な声で答えた。
神「なんで男バスのマネージャーになったの?」
莉子「え?」
思ってもなかった質問に目をパチクリさせる莉子。そんな莉子を(可愛いな…)と思いながら『テニスは続けないの?』と質問を続けた。
お弁当のおかずを口に運びながら『頑張ってたんでしょ?』と聞いた。
神「あ、もしかして湘北には女子テニス部がなかったとか?」
目をパチクリさせていた莉子はようやく質問の意味を理解したのか気を取り直すように『えっと…』と言いながら割り箸を割った。
おかずを突っつきながら『…そういうのじゃなくて…』と話し始めた。
莉子「最初は続ける気だったんです。体験入部にも参加してましたし。でも…」
神はお弁当を口へ運びながら莉子の話に耳を傾ける。
莉子「赤木先輩達の練習してる姿を見てかっこいいなぁと思ったんです」
神「…え?」
莉子「女子テニス部は和気藹々としてて楽しかったしこのまま入部もアリかなって思ってたんですけど、ある日、赤木先輩達が全国制覇を目指して頑張ってるのを見ちゃって…。すごく胸を打たれた…というか…が、頑張って欲しいなって思って…何回か練習を見学してて段々と『頑張ってほしい』から『力になりたいな』って思うようになって…」
神「へぇ…」(まさか赤木さんが好きってことないよな…?)
莉子「でも男の人ばかりだから不安もあって…」
神「うん。そうだよね」
莉子「そしたら彩子さん…。彩子さんっていうのは2年生の先輩なんですけど…その彩子さんが……あの…その…」
莉子が恥ずかしそうに言葉を切った。それはまるで今から好きな人の名前を言うかの様な表情だった。
神「え、何?」
急に不安に駆られ神は焦った様に言葉を促す。
莉子「あの…彩子さんがハリセンで部員の皆さんを叩いてたのを見たんです」
神「え?」
莉子「もうそれが本当に衝撃的で…かっこよく見えたんです…」
神「そ、そう…なの?」
莉子「はい…。私もあんな風になりたいなって思って…それで入部を決めました」
神「……」
苦手な男の人に物怖じしない彩子の姿は莉子にとって理想の女性像だったのかもしれない。
でもだからと言ってそれが理由だなんて誰が予想できる?
神「ハリセン…」
と呟くと神の肩が小刻みに震え始めた。
莉子「…?神さん?」
俯いていて顔は見えないが笑っているのは一目瞭然だった。
神「い、いや…ごめん…くっ…はっ、ハリセン…で部員叩いてるの見て入部決めたんだ…ハリセン…で…入部…」
神は箸を置き、『ちょ…ごめんね』と言うと手で口を隠した。
込み上げてくる笑いが我慢できない。
莉子「…そんなに笑わなくてもいいじゃないですか…」
口を尖らせる莉子に『ごめん』と笑いながら言うと『思ってもない理由だったから…カウンターくらっちゃった』と笑う神。
神の笑顔に莉子は緊張がほぐれ心がほわっと暖かくなった。
それは神も同じだった。
神・莉子(このまま…ずっと一緒にいたいな…時間が止まればいいのに…)
目と目が合い、フワリと目を細める。
それはとても穏やかな時間だった。
穏やかな時間はあっという間に終わり神は食べ終わった弁当を片付ける。
莉子「そのまま置いておいて下さい。私が片付けます」
神「ありがとう」
時計を見る。もうほとんど時間はなった。それでも莉子に伝えたいことがある。
神が更衣室から出ようとしていた足を止めた。
神「小野寺のことだけど…」
神から話題を振られるとは思ってなかった莉子は驚いたのか『え?あっ…』と小さく声を漏らし一瞬、困ったような表情を見せ取り繕うように『そうですか…』と答えた。
それっきり黙り込んだ莉子。その表情が曇っている。
神「…ごめんね。勝手に詮索しちゃって…。駅で初めて小野寺と木村さんを見た時から2人の雰囲気が良くないなって思ってたから守らなきゃってずっと考えてたんだ。それで何があったのか知りたくて…。けっして興味本位じゃないよ」
『でも勝手なことしてごめん』と謝る神に莉子はプルプルと顔を横に振った。
莉子「気にしないでください」
と言うとポツリと『もう過去の話なので…』と呟いた。
神「……」
神が悔しそうに顔を顰めた。
神「辛いことは話した方が心が軽くなるよ。俺には話しづらいと思うけど俺は全部聞いた。全部、知ってるんだよ。だから我慢しないでよ」
どこまでも悲しそうな神の顔を見て莉子は(しまった)と思った。
莉子「ごめんなさい。私…いつまでもウダウダと悩んでしまって…。…早く忘れちゃえばいいのに…それができない自分が本当に情けないです。でも本当に大丈夫なので心配しないで下さい」
それは莉子の本心だった。いつまでも悩んで立ち止まりたくないと思って学校に通い始めた。
それなのにまだこんなにも動揺してしまうことが情けなかった。
莉子が唇を噛んだ。
膝の上で握った拳に力が入る。
靄がかかった様に心がくすんでいくのを感じた。
本当にそうするべきなの?
そういう思いがずっと消えない。
小さな棘が心に刺さったままだ。いつまでも傷口が膿んでいる様な気がする。
神「どこが情けないの?俺はそれが普通だと思うけど」
莉子「…え?で、でも…明らかに偽物で…」
神「勝手に写真を使われて好き勝手に加工されるなんて考えただけでゾッとするよ」
莉子「……」
神「体が自分じゃないから『オッケー』?誰も信じてないから『セーフ』?何それ。ふざけんな」
怒りを帯びた言葉と声、そして視線に莉子は神を見つめたまま固まった。
莉子「……」
神「…俺が木村さんの立場ならそう思うよ…。過去の話だなんて無理して流すなよ。流せない木村さんが悪いんじゃない。実際、『流せない』ほど悪質なことなんだから」
莉子「…で、でも…」
神「君は悪くない。何も悪くない。あいつのした事は木村さんの尊厳を傷つける行為だ。こんな侮辱を許すべきじゃない」
莉子「……尊厳…?」
莉子の瞳が大きく揺れた。
神「もっと怒ってもいいし、嫌だって声をあげてもいい。泣いたっていい。君は1人じゃない。俺がいる」
莉子の大きな目が神を見つめている。神もしっかりと視線を合わせる。
最初、みんなそうだった。
『大丈夫?』『やる事が陰険だよね』『莉子ちゃんは悪くない』『気にする事ないよ』
初めは周囲の励ましの言葉に本当に感謝していた。
でも段々と風向きが変わっていった。それを一番最初に感じたのはテニス部員の態度だった。
女の子を揶揄う下品なヤジ…と莉子の顔を評価する不躾な言葉の数々。
それでも優しい言葉をかけてくれる後輩にも先輩にも同級生にも友達にも感謝していたし素直に甘えていた。
でも『遊びに行かない?』や『連絡先教えてよ』など自分たちへ矛先が向いた途端『お前のせいで…』と言わんばかりの視線と態度が恐ろしくなった。
怖かったから本当に言われる前に退部した。
そして教師の尽力により一回目の騒動が落ち着き校内に部外者が入ってこなくなった頃、水着の写真が作られた。
今度は校内で、男子生徒を中心に出回った男性を刺激するポーズをとっている顔だけ莉子の写真が出回り、莉子の周辺は再び騒がしくなった。
確かに見てすぐにコラだとわかるものだった。
でもそんな写真が出回ること自体が苦痛でさらに莉子を苦しめたのは写真を見た男子生徒が実物の莉子を見て写真よりも胸が小さいやら形がどうだとか腰のくびれがどうだとかお尻のボリュームがどうだとか好き勝手言い最終的に『ヤリてぇな』や『後ろから挿れたい』と性行為を連想させること言われた事だった。
あの時のギラついた男子たちの視線とニヤけたイヤラしい口元…
思い出しただけでゾッとし莉子の体が震えた。
さらに莉子を追い詰めたものは『莉子ちゃんはモテるから仕方ないよ』と言われた事だった。
モテるから男子は莉子ちゃんの写真で盛り上がっちゃうんだよとまるで『それは良い事なんだ』と受け取れる言葉に莉子は愕然とした。
我慢の限界だった。
いつもの様に莉子を揶揄いに教室に来た小野寺に『これ以上偽物の写真を作るなら先生に言う』と伝えた。
莉子の反撃に目を丸くさせる小野寺とその取り巻き達。
やっと言いたい事が言えて少しホッとした気分で自分の席に戻ろうと彼らに背中を向けた時、背中に衝撃が走った。
いきなり背中を押された莉子は前に倒れた。
何が起きたのか把握するよりも先に背中がズンっと重くなった。背中の重みの正体を見ようと莉子は首を捻って後ろを見た。
血走った目をした小野寺と目が合った。
小野寺「本物なら文句ないよな?」
そう言って莉子の制服を思いっきり引き裂いた小野寺。
教室に悲鳴が響いた。それは莉子のものか他の女子生徒のものなのかわからなかった。
背中に外気が触れているのがわかった。
小野寺が莉子の肩を押してうつ伏せから仰向けにする。
背中がとても冷たかった。
小野寺の手が自分に迫っているのが見える。莉子は体を捩り腕を前にクロスで組んで必死に抵抗した。
莉子の腕を掴んで組んでいた手を解こうとしている。胸を露わにしてやろうと引っ張る小野寺。力では敵うはずもなく徐々に体から離れていく腕と露わになっていく莉子の胸元。
莉子「やめてっ‼︎」
取り巻きの『やり過ぎだ‼︎』や『先生呼んでくる!』と言った声が聞こえる。
取り巻きによって莉子から引き離される小野寺。小野寺は興奮状態で何かを叫んでいる。
背中から重みが消えると誰かが服を掛けてくれた。
それが誰のものだったのかはわからないまま。
このトラブル以降莉子は一度も学校へは行けずに転校してしまったからだ。
転校する前の間にはお見舞いに来てくれた友達や手紙をくれた子もいたが会う事も手紙を読むこともできなかった。
『男の子はみんな莉子ちゃんが好きなんだよ』と笑って『人気者だから仕方ないよ』と言われるかもしれない。それを言われると何も言い返せなくなる。
『感じが悪い』『男の子から人気あるからって調子に乗っている』
男の子の好意を否定するとそう言われてしまうのだ。
だからと言って笑顔で対応すれば男に媚びてる。あざとい、調子に乗っていると言われてしまうのだ。
なんて言えばよかったのだろう…。
理解されないのはとても辛い。
莉子(……神さんにまでわかってもらえなかったら…)
本当は全てを曝け出して神に甘えてしまいたい。神に辛かったと話を聞いてもらいたい。でもそれをする勇気はない。
だってもし違う反応が返ってきたら…。
莉子(立ち直れないかもしれない…)
莉子にとって神は先輩でも友達でも知り合いでもない『好きな人』で特別な存在なのだ。
そんな神にまた理解されなかったら…?
気にし過ぎなのでは?と呆れられたら…?
自意識過剰だと笑われたら…?
そんな想いがずっと消えないのだ。
莉子は苦しそうに言葉を吐き出した。
莉子「ごめんなさい…」
言えない。神に好きな人がいたとしても神を好きなままでいたい。
神「そっか」
あっさりとした返事に神を見た。神はとでも穏やかな表情で見つめ返してきた。
莉子「…怒らないんですか?」
神「怒る?なんで?」
莉子「だって…神さんは親切で言ってくれてるのに…私…」
神は『良いんだよ』と笑う。
神「俺さ…話を聞いて木村さんの『そばにいたかった』って思ったんだよね」
莉子「え…」
神「木村さんが嫌な事をされても何も言わないのは争いが嫌いで優しくて強いからだと思ってた。もちろん優しいし強いと思うけど、でもそうじゃない時もあるんだって…少しだけ木村さんの事がわかった気がする」
莉子「………」
神「理解されないのも誤解されたままなのも辛いよね」
莉子は息を飲んだ。
神「木村さんは『言わない』んじゃない。『言えなくなった』んだよね。勇気を出して言ったことで酷い目にあった。それに怒った家族が倒れた。しかも命に関わるような大きな事だ。自分の言葉で大事になって怖かったと思うよ。その時、一緒にいたかった。何ができるかわからないし…。例え何もできなくても…それでもそばにいたかった…」
莉子の目からポロっと涙が溢れた。
莉子は全てに耐える事が『最善』と思っていた。
男の子の不躾な視線や言葉に耐えるべきだったのにそれができなかったから味方だった女の子から嫉妬され、小野寺を逆上させ母親は切迫早産になった。弟が死にかけたのは自分の我慢が足りなかった所為だと思い込んでいた。
神「もう絶対に木村さんを傷つけさせない」
莉子は神を見上げた。
神「約束」
と言うと頬の涙を親指で優しく拭う。
莉子「………」
神「じゃあ、俺もう行くね。体育館で待ってるから」
と言うと神はドアを開けた。
莉子「あっ…はい…また後で…」
その言葉に神は嬉しくなった。
神(『また後で』か…いい言葉だな…)
神は目を細め嬉しそうに笑うと更衣室から出ていった。
神(木村さん…大丈夫かな…)
悠馬に言われた事に傷付き、自分達に過去を知られてしまったことに気落ちしてやしないか、そのことで昔の様な嫌な思いをするのではないかと不安になっていないかなどの心配は尽きない。
神(早く木村さんに会わないと…)
莉子が傷付いたなら心に寄り添いたい、気落ちしていたなら気にしなくていいと伝えたいし不安がっていたなら『もう大丈夫だ』と安心させてあげたい。
莉子の涙を拭ってあげたい。どんな時もそばにいてあげたい。
神(一回、食堂行くか…)
すっかり遅くなってしまったが時間的にまだ食堂にいる可能性はある。一つ一つ莉子のいそうな所を探していくしかない。
茜「そーちゃんっ‼︎」
後ろから駆けてきた茜が腕に絡みつく様に抱き付いてきた。
茜の勢いに『ぅわっ』と小さく声をあげた神。神を嬉しそうに頬を綻ばせながら見上げる茜。
茜「いきなりどっか行っちゃうからびっくりしちゃったじゃん!1人にしないでよね!どこに行っていたの?」
神は腕に絡みつく茜の腕をパッと払い茜の方も見ずに『ごめん!ちょっと急いでるんだ。また後でな』と言いそのまま行ってしまった。
速度を緩める事なく行こうとする神の背中に向かって茜は手を伸ばす。
茜「宗ちゃんっ‼︎‼︎‼︎」
が、その手は届かない。
神は茜の呼ぶ声に気づいていたが今の神は一刻も早く莉子の所に行きたい。
食堂のドアを開けるとまばらだが人がいた。その中に見知った人間を見つけ近づいていく。
バスケ部のメンバーは仙道以外はもう食べ終わったのか姿がなかった。
神「木村さんは?」
仙道は神に声をかけられハッとし視線を神に向ける。
仙道の手には箸が握られ目の前には蓋の空いた弁当が一つ置かれている。
そして蓋の空いていない弁当が二つと割り箸が二膳。
神は辺りを見渡し莉子がいない事を確認し『木村さんは?ここにいないのか?』と聞いた。
仙道「…更衣室にいる。1人になりたいって言うからそこまで送ってった…」
神「……そっか。じゃあこれは木村さんの分?」
と仙道の横に置かれたお弁当を指差す。
コクっと頷く仙道。あまりに元気がない。
神「…大丈夫か?木村さんと何かあったのか?」
『はぁ』と大きなため息をつく仙道。
仙道「……木村を傷つけた…」
神「……」
仙道「笑ってたけど絶対傷つけた…」
持っていた箸を置く。全く手をつけられていないお弁当にどれだけ仙道が落ち込んでいるのか推測できた。
神「何を言ったんだよ…」
仙道「…俺、弟が言ってた写真を見たことがあって…」
神「え?」
仙道「気持ちのいい写真じゃないから詳しくは話さねぇけど…とにかく俺はその写真を知ってたから『気にするな』って…言った」
神「…そうか…」
仙道「すっげぇ落ち込んでたから…励ましたくて…でも『気にするな』って無理な話だよな…結構な話題になってたし…」
神「話題って?」
仙道「木村は知られたくねぇと思うから言わない」
話すことを渋る仙道に神は詰め寄る。
神「弟からどんな写真だったのかは聞いてるんだ。だから当時の様子を教えてくれないか?」
仙道「…俺は隣の中学だったからそこまで詳しくねぇんだ…」
神「どんな些細なことでもいいんだ。あの子の事を知りたい。話を聞かせてほしい」
あまりの真剣な目と必死な表情に絆される。
神は莉子を大切にしたがっている。
それが痛いほどに伝わってくる。
仙道は当時の事をポツリポツリと話し始めた。
莉子の1回目の写真で『可愛い女の子がいる』と話題になったこと。
元々中学生の中でだけ有名だったがはずが不特定多数が出入りする店に貼り出された事で大学生や若い社会人などにも顔が周知され知らない人はいないんじゃないかと思うほど浜岡中の木村莉子が有名になったこと。
それで莉子を実際に見に行った男が写真の方が可愛かったや愛想がなかった。感じ悪かったなどの莉子を評価するような声がたくさんあったこと。
それの殆どが噂や憶測に尾ひれが付いた不確かな話だったこと。
面白おかしく莉子の話は広がり気がついた時には水着などの際どい写真が出回り顔や性格などの話から体や性的な話題に注目が集まり始めたこと。
仙道「男を取っ替え引っ替えにしてるとかも言われてたな…」
話を聞き終わった神の眉間には深い皺が寄っている。
神「……それ…木村さんも知ってる…よな…」
仙道は『多分』と答えるとはぁ…と大きなため息をついた。
神「俺、弁当を届けがてら様子を見てくるよ」
と言うと神は弁当を二つ持った。
仙道「…頼むよ…。俺じゃうまく慰められない…」
と仙道は寂しそうに笑った。
更衣室の前まで来て神はノックをした。
神「木村さん。お弁当、持ってきたよ」
と言った後、神はドアに耳を近づける。
ガタガタと物音がしている。
神(慌ててる…?)
聞き耳を立てながら慌てる莉子を想像してクスッと笑う。
莉子「い、今…開けます‼︎」
ロッカーを開ける音がした後ゴソゴソと物音がしてロッカーを閉める音がしてドアが開く。
目を赤くした莉子が顔を出した。
神「……」(泣いてたのか)
グッと胸が締め付けられる。
神「…入ってもいい?俺もまだ食べてないんだ。よかったら一緒に食べない?」
莉子「……」
神は手に持ったお弁当を莉子に見せる。
一瞬戸惑いの表情を浮かべた莉子だったが『どうぞ』と中へ招き入れてくれた。
神「お邪魔しまーす」
中に入ると思ったより更衣室が狭く物理的に2人の距離が近くなり過ぎる事に今更、気付く。
準備をしている時は莉子が1人で使うだけだしこのくらいの広さがあれば問題ないかなと思ったがなんせ莉子は男が苦手なのだ。
神(ちょっと距離、近過ぎるか?)
神は更衣室に入り(萎縮させたら可哀想だ…)と莉子を見た。
莉子は気まずそうな顔をしている。
莉子「………」(…どうしよう…)
きっと神がここにやってきた理由は小野寺との関係の事か悠馬の言った写真の真意か家族を巻き込んだ出来事の詳細か…
莉子は自分が異性の目を引く見た目をしていることを自覚している。そしてそれ以外に自分に『取り柄』と呼ばれるものがない事も知っている。
だからこそ神に惨めな過去の事を知られたくなかった。神には唯一の取り柄である『可愛いところ』だけを見てもらいたかった。
莉子「……」(教えてって言われたらどうしよう…)
神を上手く誤魔化せるだろうか…。
不安になってきた。
神「窓、開けていい?」
神に視線を向ければ窓に手をかけて返事を待っている。
莉子「あ…、はい…」
神はせめて閉塞感だけでも解消できればと窓のロックを外した。
カラカラと音を立て窓を開けるとフワッと柔らかい風が入ってきて神の頬を撫で莉子の前髪をフワリと持ち上げた。
莉子がホッと息をついたのがわかった。
神(ちょっとは閉塞感は薄くなったかな…)
莉子の様子を気にしつつ神は『食べよっか。俺、腹減っちゃった』と明るく声を掛けるとパイプ椅子に座った。
莉子も『はい』と小さく返事をして椅子に腰掛け神が置いたお弁当に割り箸を添えて神の方に差し出す。
神「ありがと」
お礼を言うとお茶のペットボトルの蓋を開け莉子に『はい』と渡す。
莉子「ありがとうございます…」
神「どういたしまして」
長机を挟んで向かい合わせに座る2人の会話が止まった。
神「……」
莉子「………」(どうしよう…何かこっちから話題を…でも…)
莉子は相変わらず気まずそうな顔をしている。緊張しているのがよくわかった。
神「…一つ、聞いてもいい?」
莉子はビクッと体を震わせると「は、はい…」と消え入る様な声で答えた。
神「なんで男バスのマネージャーになったの?」
莉子「え?」
思ってもなかった質問に目をパチクリさせる莉子。そんな莉子を(可愛いな…)と思いながら『テニスは続けないの?』と質問を続けた。
お弁当のおかずを口に運びながら『頑張ってたんでしょ?』と聞いた。
神「あ、もしかして湘北には女子テニス部がなかったとか?」
目をパチクリさせていた莉子はようやく質問の意味を理解したのか気を取り直すように『えっと…』と言いながら割り箸を割った。
おかずを突っつきながら『…そういうのじゃなくて…』と話し始めた。
莉子「最初は続ける気だったんです。体験入部にも参加してましたし。でも…」
神はお弁当を口へ運びながら莉子の話に耳を傾ける。
莉子「赤木先輩達の練習してる姿を見てかっこいいなぁと思ったんです」
神「…え?」
莉子「女子テニス部は和気藹々としてて楽しかったしこのまま入部もアリかなって思ってたんですけど、ある日、赤木先輩達が全国制覇を目指して頑張ってるのを見ちゃって…。すごく胸を打たれた…というか…が、頑張って欲しいなって思って…何回か練習を見学してて段々と『頑張ってほしい』から『力になりたいな』って思うようになって…」
神「へぇ…」(まさか赤木さんが好きってことないよな…?)
莉子「でも男の人ばかりだから不安もあって…」
神「うん。そうだよね」
莉子「そしたら彩子さん…。彩子さんっていうのは2年生の先輩なんですけど…その彩子さんが……あの…その…」
莉子が恥ずかしそうに言葉を切った。それはまるで今から好きな人の名前を言うかの様な表情だった。
神「え、何?」
急に不安に駆られ神は焦った様に言葉を促す。
莉子「あの…彩子さんがハリセンで部員の皆さんを叩いてたのを見たんです」
神「え?」
莉子「もうそれが本当に衝撃的で…かっこよく見えたんです…」
神「そ、そう…なの?」
莉子「はい…。私もあんな風になりたいなって思って…それで入部を決めました」
神「……」
苦手な男の人に物怖じしない彩子の姿は莉子にとって理想の女性像だったのかもしれない。
でもだからと言ってそれが理由だなんて誰が予想できる?
神「ハリセン…」
と呟くと神の肩が小刻みに震え始めた。
莉子「…?神さん?」
俯いていて顔は見えないが笑っているのは一目瞭然だった。
神「い、いや…ごめん…くっ…はっ、ハリセン…で部員叩いてるの見て入部決めたんだ…ハリセン…で…入部…」
神は箸を置き、『ちょ…ごめんね』と言うと手で口を隠した。
込み上げてくる笑いが我慢できない。
莉子「…そんなに笑わなくてもいいじゃないですか…」
口を尖らせる莉子に『ごめん』と笑いながら言うと『思ってもない理由だったから…カウンターくらっちゃった』と笑う神。
神の笑顔に莉子は緊張がほぐれ心がほわっと暖かくなった。
それは神も同じだった。
神・莉子(このまま…ずっと一緒にいたいな…時間が止まればいいのに…)
目と目が合い、フワリと目を細める。
それはとても穏やかな時間だった。
穏やかな時間はあっという間に終わり神は食べ終わった弁当を片付ける。
莉子「そのまま置いておいて下さい。私が片付けます」
神「ありがとう」
時計を見る。もうほとんど時間はなった。それでも莉子に伝えたいことがある。
神が更衣室から出ようとしていた足を止めた。
神「小野寺のことだけど…」
神から話題を振られるとは思ってなかった莉子は驚いたのか『え?あっ…』と小さく声を漏らし一瞬、困ったような表情を見せ取り繕うように『そうですか…』と答えた。
それっきり黙り込んだ莉子。その表情が曇っている。
神「…ごめんね。勝手に詮索しちゃって…。駅で初めて小野寺と木村さんを見た時から2人の雰囲気が良くないなって思ってたから守らなきゃってずっと考えてたんだ。それで何があったのか知りたくて…。けっして興味本位じゃないよ」
『でも勝手なことしてごめん』と謝る神に莉子はプルプルと顔を横に振った。
莉子「気にしないでください」
と言うとポツリと『もう過去の話なので…』と呟いた。
神「……」
神が悔しそうに顔を顰めた。
神「辛いことは話した方が心が軽くなるよ。俺には話しづらいと思うけど俺は全部聞いた。全部、知ってるんだよ。だから我慢しないでよ」
どこまでも悲しそうな神の顔を見て莉子は(しまった)と思った。
莉子「ごめんなさい。私…いつまでもウダウダと悩んでしまって…。…早く忘れちゃえばいいのに…それができない自分が本当に情けないです。でも本当に大丈夫なので心配しないで下さい」
それは莉子の本心だった。いつまでも悩んで立ち止まりたくないと思って学校に通い始めた。
それなのにまだこんなにも動揺してしまうことが情けなかった。
莉子が唇を噛んだ。
膝の上で握った拳に力が入る。
靄がかかった様に心がくすんでいくのを感じた。
本当にそうするべきなの?
そういう思いがずっと消えない。
小さな棘が心に刺さったままだ。いつまでも傷口が膿んでいる様な気がする。
神「どこが情けないの?俺はそれが普通だと思うけど」
莉子「…え?で、でも…明らかに偽物で…」
神「勝手に写真を使われて好き勝手に加工されるなんて考えただけでゾッとするよ」
莉子「……」
神「体が自分じゃないから『オッケー』?誰も信じてないから『セーフ』?何それ。ふざけんな」
怒りを帯びた言葉と声、そして視線に莉子は神を見つめたまま固まった。
莉子「……」
神「…俺が木村さんの立場ならそう思うよ…。過去の話だなんて無理して流すなよ。流せない木村さんが悪いんじゃない。実際、『流せない』ほど悪質なことなんだから」
莉子「…で、でも…」
神「君は悪くない。何も悪くない。あいつのした事は木村さんの尊厳を傷つける行為だ。こんな侮辱を許すべきじゃない」
莉子「……尊厳…?」
莉子の瞳が大きく揺れた。
神「もっと怒ってもいいし、嫌だって声をあげてもいい。泣いたっていい。君は1人じゃない。俺がいる」
莉子の大きな目が神を見つめている。神もしっかりと視線を合わせる。
最初、みんなそうだった。
『大丈夫?』『やる事が陰険だよね』『莉子ちゃんは悪くない』『気にする事ないよ』
初めは周囲の励ましの言葉に本当に感謝していた。
でも段々と風向きが変わっていった。それを一番最初に感じたのはテニス部員の態度だった。
女の子を揶揄う下品なヤジ…と莉子の顔を評価する不躾な言葉の数々。
それでも優しい言葉をかけてくれる後輩にも先輩にも同級生にも友達にも感謝していたし素直に甘えていた。
でも『遊びに行かない?』や『連絡先教えてよ』など自分たちへ矛先が向いた途端『お前のせいで…』と言わんばかりの視線と態度が恐ろしくなった。
怖かったから本当に言われる前に退部した。
そして教師の尽力により一回目の騒動が落ち着き校内に部外者が入ってこなくなった頃、水着の写真が作られた。
今度は校内で、男子生徒を中心に出回った男性を刺激するポーズをとっている顔だけ莉子の写真が出回り、莉子の周辺は再び騒がしくなった。
確かに見てすぐにコラだとわかるものだった。
でもそんな写真が出回ること自体が苦痛でさらに莉子を苦しめたのは写真を見た男子生徒が実物の莉子を見て写真よりも胸が小さいやら形がどうだとか腰のくびれがどうだとかお尻のボリュームがどうだとか好き勝手言い最終的に『ヤリてぇな』や『後ろから挿れたい』と性行為を連想させること言われた事だった。
あの時のギラついた男子たちの視線とニヤけたイヤラしい口元…
思い出しただけでゾッとし莉子の体が震えた。
さらに莉子を追い詰めたものは『莉子ちゃんはモテるから仕方ないよ』と言われた事だった。
モテるから男子は莉子ちゃんの写真で盛り上がっちゃうんだよとまるで『それは良い事なんだ』と受け取れる言葉に莉子は愕然とした。
我慢の限界だった。
いつもの様に莉子を揶揄いに教室に来た小野寺に『これ以上偽物の写真を作るなら先生に言う』と伝えた。
莉子の反撃に目を丸くさせる小野寺とその取り巻き達。
やっと言いたい事が言えて少しホッとした気分で自分の席に戻ろうと彼らに背中を向けた時、背中に衝撃が走った。
いきなり背中を押された莉子は前に倒れた。
何が起きたのか把握するよりも先に背中がズンっと重くなった。背中の重みの正体を見ようと莉子は首を捻って後ろを見た。
血走った目をした小野寺と目が合った。
小野寺「本物なら文句ないよな?」
そう言って莉子の制服を思いっきり引き裂いた小野寺。
教室に悲鳴が響いた。それは莉子のものか他の女子生徒のものなのかわからなかった。
背中に外気が触れているのがわかった。
小野寺が莉子の肩を押してうつ伏せから仰向けにする。
背中がとても冷たかった。
小野寺の手が自分に迫っているのが見える。莉子は体を捩り腕を前にクロスで組んで必死に抵抗した。
莉子の腕を掴んで組んでいた手を解こうとしている。胸を露わにしてやろうと引っ張る小野寺。力では敵うはずもなく徐々に体から離れていく腕と露わになっていく莉子の胸元。
莉子「やめてっ‼︎」
取り巻きの『やり過ぎだ‼︎』や『先生呼んでくる!』と言った声が聞こえる。
取り巻きによって莉子から引き離される小野寺。小野寺は興奮状態で何かを叫んでいる。
背中から重みが消えると誰かが服を掛けてくれた。
それが誰のものだったのかはわからないまま。
このトラブル以降莉子は一度も学校へは行けずに転校してしまったからだ。
転校する前の間にはお見舞いに来てくれた友達や手紙をくれた子もいたが会う事も手紙を読むこともできなかった。
『男の子はみんな莉子ちゃんが好きなんだよ』と笑って『人気者だから仕方ないよ』と言われるかもしれない。それを言われると何も言い返せなくなる。
『感じが悪い』『男の子から人気あるからって調子に乗っている』
男の子の好意を否定するとそう言われてしまうのだ。
だからと言って笑顔で対応すれば男に媚びてる。あざとい、調子に乗っていると言われてしまうのだ。
なんて言えばよかったのだろう…。
理解されないのはとても辛い。
莉子(……神さんにまでわかってもらえなかったら…)
本当は全てを曝け出して神に甘えてしまいたい。神に辛かったと話を聞いてもらいたい。でもそれをする勇気はない。
だってもし違う反応が返ってきたら…。
莉子(立ち直れないかもしれない…)
莉子にとって神は先輩でも友達でも知り合いでもない『好きな人』で特別な存在なのだ。
そんな神にまた理解されなかったら…?
気にし過ぎなのでは?と呆れられたら…?
自意識過剰だと笑われたら…?
そんな想いがずっと消えないのだ。
莉子は苦しそうに言葉を吐き出した。
莉子「ごめんなさい…」
言えない。神に好きな人がいたとしても神を好きなままでいたい。
神「そっか」
あっさりとした返事に神を見た。神はとでも穏やかな表情で見つめ返してきた。
莉子「…怒らないんですか?」
神「怒る?なんで?」
莉子「だって…神さんは親切で言ってくれてるのに…私…」
神は『良いんだよ』と笑う。
神「俺さ…話を聞いて木村さんの『そばにいたかった』って思ったんだよね」
莉子「え…」
神「木村さんが嫌な事をされても何も言わないのは争いが嫌いで優しくて強いからだと思ってた。もちろん優しいし強いと思うけど、でもそうじゃない時もあるんだって…少しだけ木村さんの事がわかった気がする」
莉子「………」
神「理解されないのも誤解されたままなのも辛いよね」
莉子は息を飲んだ。
神「木村さんは『言わない』んじゃない。『言えなくなった』んだよね。勇気を出して言ったことで酷い目にあった。それに怒った家族が倒れた。しかも命に関わるような大きな事だ。自分の言葉で大事になって怖かったと思うよ。その時、一緒にいたかった。何ができるかわからないし…。例え何もできなくても…それでもそばにいたかった…」
莉子の目からポロっと涙が溢れた。
莉子は全てに耐える事が『最善』と思っていた。
男の子の不躾な視線や言葉に耐えるべきだったのにそれができなかったから味方だった女の子から嫉妬され、小野寺を逆上させ母親は切迫早産になった。弟が死にかけたのは自分の我慢が足りなかった所為だと思い込んでいた。
神「もう絶対に木村さんを傷つけさせない」
莉子は神を見上げた。
神「約束」
と言うと頬の涙を親指で優しく拭う。
莉子「………」
神「じゃあ、俺もう行くね。体育館で待ってるから」
と言うと神はドアを開けた。
莉子「あっ…はい…また後で…」
その言葉に神は嬉しくなった。
神(『また後で』か…いい言葉だな…)
神は目を細め嬉しそうに笑うと更衣室から出ていった。