神宗一郎と恋するお話
神奈川選抜合宿2日目 土曜日
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莉子に顔を逸らされ固まってしまった神。
神の背中に冷たいモノが伝う。
神「………」(また顔を逸らされた…)
見る見るうちに青ざめていく神。
顔色がすぐれない神に仙道が声をかける。
仙道「…だ、大丈夫か…?」
神は切なげに仙道を見た後、大きなため息と共に膝に頭をつけて『…大丈夫じゃない…』と項垂れた。
顔を逸らされたのは2回目。つまりそれは『偶然』や『たまたま』ではないと言う事だった。
体育館を出て行く莉子を見送る神と仙道。
莉子が彦一と共に体育館から出て行くと神は小さなため息をついた。
神「……」(あぁ…本当にどうしよう…)
1回目はまだ『どうしていいのかわからない』という雰囲気が伝わってきたが2回目は明らかに違った。
先ほど見た莉子の悲しそうな表情が神の胸に重くのしかかる。
『これからはやり過ぎないように気をつけるよ』と仙道に言ったがすでに心が折れそうだ。
神の目から見てミニゲーム中の莉子はいつも通りに見えた。藤真のスティール、清田のパスカット、福田のシュート、三井の3Pに高砂のリバウンド…Bチームの活躍に手を叩き喜び、声援を送る姿は神の大好きな莉子そのものだ。
それなのに自分と目が合うとサッと目を逸らす。しかも辛そうな表情を浮かべてだ。そんな莉子を見ていると三井が言った『本当は怖がっていたのかもしれない』という言葉にグッと信憑性が増したような気がする。
莉子の態度が事実を浮き彫りにする。
神「…」(俺は…本当に木村さんに嫌な思いを…させたんだな…)
そう自覚をした途端、深い後悔がドッと押し寄せてくる。
莉子には誠実でありたかったはずなのに勘違いして抱きついて怖がらせた。嫌われるより辛いことだった。
神(木村さんの為にも距離は取った方がいい…。これ以上、嫌な思いも怖い思いもさせちゃダメだ…)
神が『はぁぁぁぁ〜』と大きく息をはいた。頭を抱えた。
神(それはそうなんだけど…)
莉子を思うなら距離を取るべきなのは当然の事。わかっていても今すぐにでも駆け出して謝りに行きたい。そんな衝動をグッと抑える。
神(俺が謝ったらきっと木村さんは許してくれる…)
それがわかっているからこそするべきではない。これ以上無理強いをしたくない。そもそも上辺の許しが欲しいわけじゃない。神が一番欲しいのは莉子の信用や信頼で成り立つ愛情なのだ。
神(どうしたらいい…?)
自分の行動をとても正当化なんてできなくなってしまった。『寒がる莉子のため』なんてただの言い訳でしかなく今さら心の奥に隠された自分の下心に気付いてしまった。
神(藤真さん達には『関心がある』って言ったけど…。俺は…無意識に木村さんに触れる口実を探してた…。…その結果、下心に気付いた木村さんを…怖がらせた…)
莉子がもっとも不快に思うであろう『下心』を見抜かれてしまった。
絶体絶命だ。
神(マジでどうしたらいいんだ…)
仙道「おーーい」
膝を抱えたまま動かなくなった神に仙道が呼びかける。
ハッとして神が顔を上げた。
神「ごめん…。考え事してた…」
顔を上げた神のおでこが少し赤くなっている。
神のおでこを見た仙道が困ったように眉をハの字に寄せ『元気出せよ』と肩を叩いた。
仙道の気遣いに素直に頷くことができず『無理だよ…』と頭を抱えてしまう。
神「…あの子にだけは嫌われたくない…」
今にも泣き出しそうな神に仙道は困ったように笑うと『気持ちはわかるけど…。元気出せよ』と肩を叩いた。
神「……はぁ……。なんであんなことしちゃったんだろ…」
小さくなってしまった神に仙道は思わず『神がこんなに悩むなんてな。もっとクールでドライな奴だと思ってたよ』と笑った。
神が顔を上げた。顔を上げた視線の先には清田が流川に何か食ってかかっている所だった。険しい表情で流川に詰め寄る清田と無表情にそれを見下ろす流川…。そんな流川にますます清田の怒りのボルテージが上がっていく。
間違いなく日常にいるはずなのになんだか『日常』から締め出されたような喪失感でいっぱいだった。
たった1人の女の子に嫌われるってだけでこんなに心細く不安になるもんなのか…。
今まで『他人にどう思われるか』なんて深く考えたことなんて一度もなかったのに莉子に関しては気になって気になって仕方ない。
神「俺も…」
神がポツリと呟いた。
仙道「ん?」
神「俺も自分の事…そういう人間だって思ってた…」
仙道「……」
神が悔しそうに前髪を掻きむしるようにかき上げた。
神「…ダメなんだ。あの子がいると…こう…なんか…テンション?が上がちゃって…」
莉子がいるとそれだけで神の脳内はお祭り状態のてんやわんやになってしまう。
上がった気分を落ち着かせる事ができないのだ。
莉子の挙動一つで馬鹿みたいに大騒ぎしてしまう自分が情けない。
こんな一面が自分あるなんて知らなかった。
女の子に振り回される日が来るなんて思ってもみなかった。
でも不思議と嫌ではなかった。莉子のことを考えるのは好きだ。莉子のことを考えるとワクワクする。楽しい気分になって気持ちが明るくなる。
なのに…
懺悔に近い気持ちで神は口を開いた。
神「あの時も…最初は本当にただの風除けのつもりだったんだ。寒そうで見てられなくて…だから風から守ってあげなきゃって…。何かしてあげたくて…気付いたらすぐ近くに木村さんがいて…目が合った瞬間、グワァって何かが込み上げてきて衝動的に動いちゃったんだ…」
『はぁ〜』と項垂れる神に仙道は笑って『俺に聞くなよ』と答えた。
仙道「俺も『接触禁止』くらってるんだぞ」
『同じ穴の狢だよ』と笑う仙道。
神がクシャリと髪を強く掴んだ。
神「……本当に…あの時…あの瞬間は嫌がってる様には見えなかったんだ。でも今にして思えば俺が都合よく解釈してただけで…こうだったらいいなって思いが強過ぎたのかも…。妄想で勝手に盛り上がっちゃって…暴走して怖がらせた…」
1人で舞い上がり自分の気持ちを押し付け莉子の気持ちを無視していたことに罪悪感が積もる。
こっちは考えるだけで楽しい気分になるのに莉子は自分を見ると暗い気持ちになってしまうなんて悲し過ぎる。
神(自業自得なんだけど…)
想うだけで元気にしてくれる子を大事にしたいのにできない自分に腹が立った。
仙道が『あぁ…』と息を吐く。
仙道「…わかるよ…今まで会えなかった分…反動がデカいんだよな」
神「え?」(今まで会えなかった分?)
パッと顔を上げ仙道を見た。仙道は何かを懐かしむような優しげな表情を浮かべていた。
仙道の言葉に神は違和感を感じた。
まるで昔から知っているような言い方だ。
『それってどういう意味?』
そう言葉にしようと息を吸い込んだ時、仙道が神の方を見た。
2人に視線が合う。一瞬、驚いた様に目を見開いた。
仙道には今から神が何を言おうとしてるのかがわかったようで少し気まずそうに笑った後『ちょっとトイレ行ってくる』と言うと立ち上がった。
神「え、あ…。うん…わかった…」
突然話を切り上げた仙道に神は咄嗟に聞いてほしくないんだと感じ、言いたかった言葉を飲み込んだ。
神「もうすぐ練習が始まるから急げよ」
神の言葉に仙道はニコッと笑い『あぁ』と返事をするとそのまま体育館を出て行った。
仙道を見送った神は違和感の正体が気になりつつもしなければいけないことが山積みである。一旦、仙道と莉子の事は頭の隅に置いておき莉子の事を考え始める。
神(反省と懺悔は終わりだ…『これから』の事を考えないと…)
仙道に愚痴った事で少しだけ頭の中がクリアになった気がする。
自分に何ができるだろうか…。
莉子には誠実でありたい。それに自分は他の男とは違うと証明したい。
莉子の為に何ができるだろう…。
自分は莉子に何をしてあげたいんだろう…。
神(『してあげたいこと』か…。やっぱり木村さんには笑っててほしいな…。不安な事を取り除いてあげたい…)
不安な事…
それはやっぱり小野寺の存在だろう…。
神(まずは木村さんが不安なく過ごせる様にしないとな…。嫌がらせのおかげで木村さんの周りには常に誰かがいるってことは決まったからとりあえず合宿中は心配はしなくてよくなった…)
莉子がとりあえずは安全だと確認できるとなんだか気分が上昇してきた。
神(俺に足りないのは情報…。2人の出身中学も知らないもんな…。誰に聞く…?。アイツに聞いてみるか…?)
小野寺と毎朝一緒に登校してくるというサッカー部員を思い浮かべる。
小野寺と莉子のいざこざを知っているのか疑問だが出身中学ぐらいは知っていそうだ。
中学がわかればもっと信用できる人間にたどり着くかもしれない。
神(でもなぁ…)
あのサッカー部員の人となりがわからない。もしかしたら小野寺同様に自分を敵視している可能性が捨てきれない。もしそうなら中学時代のことを探っていると小野寺に話すかもしれない。
神(小野寺に中学時代のこと嗅ぎ回ってるって気づかれたくない…どうする…?)
ただてさえ不利な状況なのだ。こちらの手の内を知られたくない。
神は『ゔーん』と唸った。
神(どーしたらいいのかなぁ…)
莉子が絡む事でもう二度と失敗はできない。これからは嫌な思いも怖い思いもさせたくない。
莉子のことを想うと中々行動に移せなかった。
試合中では心地よいと感じるプレッシャーも今は神を臆病にさせる。
どれだけ考えてもいいアイデアが思い浮かばず神は『はぁ』と大きなため息をついた。
体育館を出た仙道はトイレに向かってゆっくりと歩いて行く。
仙道は神の落ち込みようを思い出していた。
試合中でも練習中でもいつでも落ち着き飄々とプレーをしている人間とは思えないほど狼狽え落ち込む神。
仙道(めちゃめちゃ落ち込んでたな…)
感情を感じさせないプレースタイルで淡々と結果を残す神の姿を見た観客から精密機械なんて呼ばれ方をする男を『顔を背ける』という行動一つでノックアウトしてしまう莉子がすごいのか神が単純なのか…。
歩きながら(俺も似たようなモンか…)なんて自虐的に笑う。
『……あの時は本当に嫌がってる様には見えなかったんだ。俺が都合よく解釈して勝手に盛り上がっちゃって…暴走して怖がらせた…』
と悔しそうに顔を歪ませていた神。
仙道「……」(…俺にも嫌がってる様には見えなかった…。だからムカついたわけだし…)
莉子の反応を見て腹を立て神に嫉妬した。そして張り合った。莉子を抱き上げ驚かせ神を焚き付けた自分も同罪だと思うが神ほど落ち込んでもいなければ反省もしていない。
腹が立った。
それは『嫌い』や『むかつく』といった怒りの感情に直結するようなモノではなくて幼い子が地団駄を踏んでおもちゃを強請るような感情に近い。手に入らなくても好きだしどんな手を使ってでも欲しいと願う。
仙道はどうしたもんか…と息を吐く。
神が自分を『そんな人間だと思わなかった』と言ったのと同じように仙道もまた自分がこんなに子供っぽい一面があるなんて思わなかった。
でも全てが神と同じかというと少し違った。
神は今の状況をマイナスな出来事だと捉えているが仙道はそうは考えていない点だ。
仙道(俺はその他大勢になるつもりはない。この合宿は少しでも木村に『俺』を意識させるチャンスだ…)
もちろん仙道も莉子の気持ちの優先度は高い。だが莉子を慮る余裕はなかった。莉子の気持ちは神に傾いているのを実際に見た事が仙道を焦らせた。
仙道もまた試合中だとメンバー達に『まだまだ焦るような時間じゃない』と声をかけ冷静な判断が出来る男だが莉子の事になるとそうはいかなかった。
仙道は気づいていないが自分もまた莉子の行動一つで狼狽えている1人であった。
仙道「…俺には…そんな余裕ねぇしな…ちょっと強引にいかせてもらうか…」
ポツリと呟いた仙道はニッと口角をあげた。
茜は鼻歌まじりにテニス部へと向かう。
神のウェアを着ているだけで嬉しい。まるで自分が神のモノになったようで気分が高揚していくのを感じた。
茜(一時はどうなるかと思ったけど…)
今朝の神の様子を見て茜は神が莉子に興味を持っていることには気付いていた。
イヤだ…
そんなわけない…。
信じたくない…。
認めたくない…。
そんな気持ちから自分の勘違いだと思い込もうとしていた時に見た抱き合う神と莉子の姿…。
苦しげで切なそうな表情を浮かべつつ莉子の体に回された腕は離さないと言わんばかりにしっかりと莉子を捉えていた。
あんな風に女の子を抱きしめるんだ…
キュウっと心の奥が狭くなるのを感じた。
そんな情熱的な一面があったなんて知らなかった。
茜(あんな…宗ちゃん、見た事なかった…)
自分の知らない神を他人が引き出し見せつけられた。
築き上げてきたモノが足元からガラガラと音を立てて崩れていくような気がした。
だがあんな出来事一つでへこたれるような想いでもない。莉子にできて自分にできない証明にはならない。
頼めば自分だって神からジャージを借りれるのだから。
茜(あの女にできることは私にもできる…あの女は宗ちゃんのトクベツじゃない。一番近いのは私。宗ちゃんの隣は私のなんだから…)
ぽっと出の女なんか怖くない。
物心ついた時からずっと一緒に過ごしてきたのだ。
可愛らしい見た目と穏やかさで小さい頃から人気者だった神。
誰にでも誠実で分け隔てない心優しい性格のお陰で男女問わず人に好かれるおかげで常に神の近くには人がいた。
だからと言って調子に乗ることもなく誰にでも誠実で敬意を払い、現状に慢心することなく努力を続ける姿は女の子だけでなく男子も惹きつけた。
高校に入ってからはヒョロヒョロで頼りない印象だった体つきも成長と共に大きく逞しくなり顔つきも精悍になった事で先輩後輩関係なく異性からさらに言い寄られる事が増えた。
茜はそんな女子に神を取られたくなかった。
神がバスケを始めた時、パスを出し練習に付き合ったのは茜だった。
センターを下された時もそばにいて神を慰めたのもシュート練習をする神に差し入れをして支えたのも茜だ。
これまで神の努力も挫折も知らない人間に神を渡したくない。辛い時に支え応援してきたのは自分であり、神に必要とされている自信がある。神もそう思っているに違いない。
茜にそう確信させるほど長い時間を一緒に過ごしてきたのだ。
茜(宗ちゃんは私のだもん…今までだってこれからだって…)
神から借りたウェアの裾をキュッと握り締めた。
茜(宗ちゃんの隣は私のなんだから…絶対に誰にも渡さないんだから!)
それにはあの嫌な女にもっと自分はトクベツなんだとアピールしなくては!
茜「よしっ!頑張ろう‼︎」
茜はグッと両手を握り込んだ。
洗濯を終えた彦一と莉子は給湯室でドリンクボトルを洗っていた。
莉子が最後のボトルを水切りカゴに入れた。
莉子は蛇口を捻り水を止めると水の滴る手をタオルで拭き壁に掛けられた時計を見上げた。
莉子「もう練習が始まっちゃてるよね…私、ドリンクの準備もしときたいんだけど…」
思ったよりドリンクの減りが早い。莉子が彦一を見た。できれば『今』準備をしたい。
彦一を見ると『1人はあかんで』と手のひらを莉子に向ける。
莉子は苦笑いを浮かべた。ずっとマネージャーがいないのは選手達に不便な思いをさせるかもしれない。早く体育館に戻らなければ…。
莉子「はーい。じゃあお昼食べた後に準備するの手伝ってね」
彦一「もちろんや‼︎」
『任せとき!』と胸を叩く彦一に莉子はクスッと笑う。
莉子「わぁ心強ーい」
彦一「なんで棒読みなん!全然心こもってないやん!」
莉子「ふふふ。ごめーん」
と手を合わせ謝罪する。
彦一「全然悪いって思ってへんやろ」
莉子「バレた?」
2人でケラケラ笑いながら体育館に向かう。
茜と神のことを想うと胸が痛む。でも仕事をし彦一と話している間は幾分か気が紛れた。
莉子「…」(今は余計なことは考えずチームの為に頑張ろ)
莉子の脳裏にBチームの活躍が浮かぶ。段々と噛み合ってきたチームの連携に莉子の口元が緩む。
今、Bチームは頑張りどころだ。マネージャーの私が支えなければ…。
体育館に向かう為、一旦外に出る。遠くの方で野球部と思われる掛け声が聞こえてくる。
そんな声を聞きながら彦一と並んで歩く。
自分が何の為にここに来たのかをもう一度考える。
莉子(選手達の為にできる事を全部、全力でする)
莉子を手に入れたい仙道。
莉子を蹴落としたい茜。
莉子を守りたい神
神への想いを押し留めようとしている莉子…。
莉子は空を見上げた。
青く澄んだ空に(神奈川のみんなが活躍できますように…)と願うのだった。
神の背中に冷たいモノが伝う。
神「………」(また顔を逸らされた…)
見る見るうちに青ざめていく神。
顔色がすぐれない神に仙道が声をかける。
仙道「…だ、大丈夫か…?」
神は切なげに仙道を見た後、大きなため息と共に膝に頭をつけて『…大丈夫じゃない…』と項垂れた。
顔を逸らされたのは2回目。つまりそれは『偶然』や『たまたま』ではないと言う事だった。
体育館を出て行く莉子を見送る神と仙道。
莉子が彦一と共に体育館から出て行くと神は小さなため息をついた。
神「……」(あぁ…本当にどうしよう…)
1回目はまだ『どうしていいのかわからない』という雰囲気が伝わってきたが2回目は明らかに違った。
先ほど見た莉子の悲しそうな表情が神の胸に重くのしかかる。
『これからはやり過ぎないように気をつけるよ』と仙道に言ったがすでに心が折れそうだ。
神の目から見てミニゲーム中の莉子はいつも通りに見えた。藤真のスティール、清田のパスカット、福田のシュート、三井の3Pに高砂のリバウンド…Bチームの活躍に手を叩き喜び、声援を送る姿は神の大好きな莉子そのものだ。
それなのに自分と目が合うとサッと目を逸らす。しかも辛そうな表情を浮かべてだ。そんな莉子を見ていると三井が言った『本当は怖がっていたのかもしれない』という言葉にグッと信憑性が増したような気がする。
莉子の態度が事実を浮き彫りにする。
神「…」(俺は…本当に木村さんに嫌な思いを…させたんだな…)
そう自覚をした途端、深い後悔がドッと押し寄せてくる。
莉子には誠実でありたかったはずなのに勘違いして抱きついて怖がらせた。嫌われるより辛いことだった。
神(木村さんの為にも距離は取った方がいい…。これ以上、嫌な思いも怖い思いもさせちゃダメだ…)
神が『はぁぁぁぁ〜』と大きく息をはいた。頭を抱えた。
神(それはそうなんだけど…)
莉子を思うなら距離を取るべきなのは当然の事。わかっていても今すぐにでも駆け出して謝りに行きたい。そんな衝動をグッと抑える。
神(俺が謝ったらきっと木村さんは許してくれる…)
それがわかっているからこそするべきではない。これ以上無理強いをしたくない。そもそも上辺の許しが欲しいわけじゃない。神が一番欲しいのは莉子の信用や信頼で成り立つ愛情なのだ。
神(どうしたらいい…?)
自分の行動をとても正当化なんてできなくなってしまった。『寒がる莉子のため』なんてただの言い訳でしかなく今さら心の奥に隠された自分の下心に気付いてしまった。
神(藤真さん達には『関心がある』って言ったけど…。俺は…無意識に木村さんに触れる口実を探してた…。…その結果、下心に気付いた木村さんを…怖がらせた…)
莉子がもっとも不快に思うであろう『下心』を見抜かれてしまった。
絶体絶命だ。
神(マジでどうしたらいいんだ…)
仙道「おーーい」
膝を抱えたまま動かなくなった神に仙道が呼びかける。
ハッとして神が顔を上げた。
神「ごめん…。考え事してた…」
顔を上げた神のおでこが少し赤くなっている。
神のおでこを見た仙道が困ったように眉をハの字に寄せ『元気出せよ』と肩を叩いた。
仙道の気遣いに素直に頷くことができず『無理だよ…』と頭を抱えてしまう。
神「…あの子にだけは嫌われたくない…」
今にも泣き出しそうな神に仙道は困ったように笑うと『気持ちはわかるけど…。元気出せよ』と肩を叩いた。
神「……はぁ……。なんであんなことしちゃったんだろ…」
小さくなってしまった神に仙道は思わず『神がこんなに悩むなんてな。もっとクールでドライな奴だと思ってたよ』と笑った。
神が顔を上げた。顔を上げた視線の先には清田が流川に何か食ってかかっている所だった。険しい表情で流川に詰め寄る清田と無表情にそれを見下ろす流川…。そんな流川にますます清田の怒りのボルテージが上がっていく。
間違いなく日常にいるはずなのになんだか『日常』から締め出されたような喪失感でいっぱいだった。
たった1人の女の子に嫌われるってだけでこんなに心細く不安になるもんなのか…。
今まで『他人にどう思われるか』なんて深く考えたことなんて一度もなかったのに莉子に関しては気になって気になって仕方ない。
神「俺も…」
神がポツリと呟いた。
仙道「ん?」
神「俺も自分の事…そういう人間だって思ってた…」
仙道「……」
神が悔しそうに前髪を掻きむしるようにかき上げた。
神「…ダメなんだ。あの子がいると…こう…なんか…テンション?が上がちゃって…」
莉子がいるとそれだけで神の脳内はお祭り状態のてんやわんやになってしまう。
上がった気分を落ち着かせる事ができないのだ。
莉子の挙動一つで馬鹿みたいに大騒ぎしてしまう自分が情けない。
こんな一面が自分あるなんて知らなかった。
女の子に振り回される日が来るなんて思ってもみなかった。
でも不思議と嫌ではなかった。莉子のことを考えるのは好きだ。莉子のことを考えるとワクワクする。楽しい気分になって気持ちが明るくなる。
なのに…
懺悔に近い気持ちで神は口を開いた。
神「あの時も…最初は本当にただの風除けのつもりだったんだ。寒そうで見てられなくて…だから風から守ってあげなきゃって…。何かしてあげたくて…気付いたらすぐ近くに木村さんがいて…目が合った瞬間、グワァって何かが込み上げてきて衝動的に動いちゃったんだ…」
『はぁ〜』と項垂れる神に仙道は笑って『俺に聞くなよ』と答えた。
仙道「俺も『接触禁止』くらってるんだぞ」
『同じ穴の狢だよ』と笑う仙道。
神がクシャリと髪を強く掴んだ。
神「……本当に…あの時…あの瞬間は嫌がってる様には見えなかったんだ。でも今にして思えば俺が都合よく解釈してただけで…こうだったらいいなって思いが強過ぎたのかも…。妄想で勝手に盛り上がっちゃって…暴走して怖がらせた…」
1人で舞い上がり自分の気持ちを押し付け莉子の気持ちを無視していたことに罪悪感が積もる。
こっちは考えるだけで楽しい気分になるのに莉子は自分を見ると暗い気持ちになってしまうなんて悲し過ぎる。
神(自業自得なんだけど…)
想うだけで元気にしてくれる子を大事にしたいのにできない自分に腹が立った。
仙道が『あぁ…』と息を吐く。
仙道「…わかるよ…今まで会えなかった分…反動がデカいんだよな」
神「え?」(今まで会えなかった分?)
パッと顔を上げ仙道を見た。仙道は何かを懐かしむような優しげな表情を浮かべていた。
仙道の言葉に神は違和感を感じた。
まるで昔から知っているような言い方だ。
『それってどういう意味?』
そう言葉にしようと息を吸い込んだ時、仙道が神の方を見た。
2人に視線が合う。一瞬、驚いた様に目を見開いた。
仙道には今から神が何を言おうとしてるのかがわかったようで少し気まずそうに笑った後『ちょっとトイレ行ってくる』と言うと立ち上がった。
神「え、あ…。うん…わかった…」
突然話を切り上げた仙道に神は咄嗟に聞いてほしくないんだと感じ、言いたかった言葉を飲み込んだ。
神「もうすぐ練習が始まるから急げよ」
神の言葉に仙道はニコッと笑い『あぁ』と返事をするとそのまま体育館を出て行った。
仙道を見送った神は違和感の正体が気になりつつもしなければいけないことが山積みである。一旦、仙道と莉子の事は頭の隅に置いておき莉子の事を考え始める。
神(反省と懺悔は終わりだ…『これから』の事を考えないと…)
仙道に愚痴った事で少しだけ頭の中がクリアになった気がする。
自分に何ができるだろうか…。
莉子には誠実でありたい。それに自分は他の男とは違うと証明したい。
莉子の為に何ができるだろう…。
自分は莉子に何をしてあげたいんだろう…。
神(『してあげたいこと』か…。やっぱり木村さんには笑っててほしいな…。不安な事を取り除いてあげたい…)
不安な事…
それはやっぱり小野寺の存在だろう…。
神(まずは木村さんが不安なく過ごせる様にしないとな…。嫌がらせのおかげで木村さんの周りには常に誰かがいるってことは決まったからとりあえず合宿中は心配はしなくてよくなった…)
莉子がとりあえずは安全だと確認できるとなんだか気分が上昇してきた。
神(俺に足りないのは情報…。2人の出身中学も知らないもんな…。誰に聞く…?。アイツに聞いてみるか…?)
小野寺と毎朝一緒に登校してくるというサッカー部員を思い浮かべる。
小野寺と莉子のいざこざを知っているのか疑問だが出身中学ぐらいは知っていそうだ。
中学がわかればもっと信用できる人間にたどり着くかもしれない。
神(でもなぁ…)
あのサッカー部員の人となりがわからない。もしかしたら小野寺同様に自分を敵視している可能性が捨てきれない。もしそうなら中学時代のことを探っていると小野寺に話すかもしれない。
神(小野寺に中学時代のこと嗅ぎ回ってるって気づかれたくない…どうする…?)
ただてさえ不利な状況なのだ。こちらの手の内を知られたくない。
神は『ゔーん』と唸った。
神(どーしたらいいのかなぁ…)
莉子が絡む事でもう二度と失敗はできない。これからは嫌な思いも怖い思いもさせたくない。
莉子のことを想うと中々行動に移せなかった。
試合中では心地よいと感じるプレッシャーも今は神を臆病にさせる。
どれだけ考えてもいいアイデアが思い浮かばず神は『はぁ』と大きなため息をついた。
体育館を出た仙道はトイレに向かってゆっくりと歩いて行く。
仙道は神の落ち込みようを思い出していた。
試合中でも練習中でもいつでも落ち着き飄々とプレーをしている人間とは思えないほど狼狽え落ち込む神。
仙道(めちゃめちゃ落ち込んでたな…)
感情を感じさせないプレースタイルで淡々と結果を残す神の姿を見た観客から精密機械なんて呼ばれ方をする男を『顔を背ける』という行動一つでノックアウトしてしまう莉子がすごいのか神が単純なのか…。
歩きながら(俺も似たようなモンか…)なんて自虐的に笑う。
『……あの時は本当に嫌がってる様には見えなかったんだ。俺が都合よく解釈して勝手に盛り上がっちゃって…暴走して怖がらせた…』
と悔しそうに顔を歪ませていた神。
仙道「……」(…俺にも嫌がってる様には見えなかった…。だからムカついたわけだし…)
莉子の反応を見て腹を立て神に嫉妬した。そして張り合った。莉子を抱き上げ驚かせ神を焚き付けた自分も同罪だと思うが神ほど落ち込んでもいなければ反省もしていない。
腹が立った。
それは『嫌い』や『むかつく』といった怒りの感情に直結するようなモノではなくて幼い子が地団駄を踏んでおもちゃを強請るような感情に近い。手に入らなくても好きだしどんな手を使ってでも欲しいと願う。
仙道はどうしたもんか…と息を吐く。
神が自分を『そんな人間だと思わなかった』と言ったのと同じように仙道もまた自分がこんなに子供っぽい一面があるなんて思わなかった。
でも全てが神と同じかというと少し違った。
神は今の状況をマイナスな出来事だと捉えているが仙道はそうは考えていない点だ。
仙道(俺はその他大勢になるつもりはない。この合宿は少しでも木村に『俺』を意識させるチャンスだ…)
もちろん仙道も莉子の気持ちの優先度は高い。だが莉子を慮る余裕はなかった。莉子の気持ちは神に傾いているのを実際に見た事が仙道を焦らせた。
仙道もまた試合中だとメンバー達に『まだまだ焦るような時間じゃない』と声をかけ冷静な判断が出来る男だが莉子の事になるとそうはいかなかった。
仙道は気づいていないが自分もまた莉子の行動一つで狼狽えている1人であった。
仙道「…俺には…そんな余裕ねぇしな…ちょっと強引にいかせてもらうか…」
ポツリと呟いた仙道はニッと口角をあげた。
茜は鼻歌まじりにテニス部へと向かう。
神のウェアを着ているだけで嬉しい。まるで自分が神のモノになったようで気分が高揚していくのを感じた。
茜(一時はどうなるかと思ったけど…)
今朝の神の様子を見て茜は神が莉子に興味を持っていることには気付いていた。
イヤだ…
そんなわけない…。
信じたくない…。
認めたくない…。
そんな気持ちから自分の勘違いだと思い込もうとしていた時に見た抱き合う神と莉子の姿…。
苦しげで切なそうな表情を浮かべつつ莉子の体に回された腕は離さないと言わんばかりにしっかりと莉子を捉えていた。
あんな風に女の子を抱きしめるんだ…
キュウっと心の奥が狭くなるのを感じた。
そんな情熱的な一面があったなんて知らなかった。
茜(あんな…宗ちゃん、見た事なかった…)
自分の知らない神を他人が引き出し見せつけられた。
築き上げてきたモノが足元からガラガラと音を立てて崩れていくような気がした。
だがあんな出来事一つでへこたれるような想いでもない。莉子にできて自分にできない証明にはならない。
頼めば自分だって神からジャージを借りれるのだから。
茜(あの女にできることは私にもできる…あの女は宗ちゃんのトクベツじゃない。一番近いのは私。宗ちゃんの隣は私のなんだから…)
ぽっと出の女なんか怖くない。
物心ついた時からずっと一緒に過ごしてきたのだ。
可愛らしい見た目と穏やかさで小さい頃から人気者だった神。
誰にでも誠実で分け隔てない心優しい性格のお陰で男女問わず人に好かれるおかげで常に神の近くには人がいた。
だからと言って調子に乗ることもなく誰にでも誠実で敬意を払い、現状に慢心することなく努力を続ける姿は女の子だけでなく男子も惹きつけた。
高校に入ってからはヒョロヒョロで頼りない印象だった体つきも成長と共に大きく逞しくなり顔つきも精悍になった事で先輩後輩関係なく異性からさらに言い寄られる事が増えた。
茜はそんな女子に神を取られたくなかった。
神がバスケを始めた時、パスを出し練習に付き合ったのは茜だった。
センターを下された時もそばにいて神を慰めたのもシュート練習をする神に差し入れをして支えたのも茜だ。
これまで神の努力も挫折も知らない人間に神を渡したくない。辛い時に支え応援してきたのは自分であり、神に必要とされている自信がある。神もそう思っているに違いない。
茜にそう確信させるほど長い時間を一緒に過ごしてきたのだ。
茜(宗ちゃんは私のだもん…今までだってこれからだって…)
神から借りたウェアの裾をキュッと握り締めた。
茜(宗ちゃんの隣は私のなんだから…絶対に誰にも渡さないんだから!)
それにはあの嫌な女にもっと自分はトクベツなんだとアピールしなくては!
茜「よしっ!頑張ろう‼︎」
茜はグッと両手を握り込んだ。
洗濯を終えた彦一と莉子は給湯室でドリンクボトルを洗っていた。
莉子が最後のボトルを水切りカゴに入れた。
莉子は蛇口を捻り水を止めると水の滴る手をタオルで拭き壁に掛けられた時計を見上げた。
莉子「もう練習が始まっちゃてるよね…私、ドリンクの準備もしときたいんだけど…」
思ったよりドリンクの減りが早い。莉子が彦一を見た。できれば『今』準備をしたい。
彦一を見ると『1人はあかんで』と手のひらを莉子に向ける。
莉子は苦笑いを浮かべた。ずっとマネージャーがいないのは選手達に不便な思いをさせるかもしれない。早く体育館に戻らなければ…。
莉子「はーい。じゃあお昼食べた後に準備するの手伝ってね」
彦一「もちろんや‼︎」
『任せとき!』と胸を叩く彦一に莉子はクスッと笑う。
莉子「わぁ心強ーい」
彦一「なんで棒読みなん!全然心こもってないやん!」
莉子「ふふふ。ごめーん」
と手を合わせ謝罪する。
彦一「全然悪いって思ってへんやろ」
莉子「バレた?」
2人でケラケラ笑いながら体育館に向かう。
茜と神のことを想うと胸が痛む。でも仕事をし彦一と話している間は幾分か気が紛れた。
莉子「…」(今は余計なことは考えずチームの為に頑張ろ)
莉子の脳裏にBチームの活躍が浮かぶ。段々と噛み合ってきたチームの連携に莉子の口元が緩む。
今、Bチームは頑張りどころだ。マネージャーの私が支えなければ…。
体育館に向かう為、一旦外に出る。遠くの方で野球部と思われる掛け声が聞こえてくる。
そんな声を聞きながら彦一と並んで歩く。
自分が何の為にここに来たのかをもう一度考える。
莉子(選手達の為にできる事を全部、全力でする)
莉子を手に入れたい仙道。
莉子を蹴落としたい茜。
莉子を守りたい神
神への想いを押し留めようとしている莉子…。
莉子は空を見上げた。
青く澄んだ空に(神奈川のみんなが活躍できますように…)と願うのだった。