神宗一郎と恋するお話
神奈川選抜合宿2日目 土曜日
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神がコートに入る。
そして莉子を見た。
莉子は顎を少し上に向け髪の毛を後ろへ払った。
そして何度か手ぐしで髪の毛を梳かすとそのまま後ろで束ねた。
神はその何気ない仕草にすら魅了され目が離せなくなっていた。
神「……」(何をしてても絵になるな…)
ボーッと莉子を見つめていると三井がゴホンっと咳払いをした。
背筋に悪寒が走りコート内に目を向けると三井が眉間に深い皺を寄せ(さっさと位置に着け)と顎をクイっと動かした。
神「っ‼︎‼︎」(ヤバい!)
神は駆け足で慌てて位置に着く。
三井と対面する。三井が睨みを効かせるが、神はさっき見た莉子の仕草で頭がいっぱいだった。
神「……」
白く細いしなやかな指が絹の様な髪の毛を梳かしていく様が頭から離れない。
いや…仕草が忘れられないのではない…
あの白い手で頭を撫でられたらどんな気分になるんだろう…。
そんな事を想像して口元が緩んだ。
三井「……」(コイツ…)
三井には神が集中していないことに気付き『チッ』と舌打ちをした。
三井「ゲーム中に考え事か…?随分と余裕だな…」
神「っ!」
神はハッとして邪念を払う様に首を左右に振る。
神(こんな事を考えてるから接触禁止にされるんだ…ダメだ…考えるな…今は木村さんのことは…)
神がグッと腰を落とし三井を見た。
神「すいません。もう大丈夫です。よろしくお願いします…」(集中…集中…)
Aチームのオフェンスからスタート。
牧「よし、一本行くぞ‼︎」
ダム‼︎
牧がボールを運ぶ。
右45度に神、左45度に仙道、ハイポストに流川…
牧がニヤリと笑った。
牧「どこからでも点が獲れるぜ」
この発言にBチームはカチンときた表情。
三井「あ?やってみろよ」
神(集中だ…集中…)
彦一が叫ぶ。
彦一「さあ、仙道さんかそれとも流川君か⁉︎」
莉子「神さんを忘れてるよ」
莉子の声に彦一は『そうやった‼︎誰に注目したらえぇんや‼︎』と頭を抱えて叫ぶ。
キュキュッ‼︎
Bチームは得点源の流川、仙道、神に注意を向ける。
(誰で来る…)
莉子「……」(がんばれ…)
ダム、ダム…
牧「ここは……」
ダム‼︎‼︎‼︎
牧、自ら切れ込む。
牧「オレだ」
誰かにパスを出すと思い込んでいた彦一と体育館全体がどよめく。
彦一「自分で行ったああああーーーーーー‼︎‼︎」
「うおおおおおーーーーーーー‼︎‼︎すげぇ速さだ‼︎」
藤真は冷静だった。
藤真「………」(だろうよ)
藤真の目がギラっと光る。牧に並走してついて行く。
莉子「わぁぁぁぁ…すごい…」
牧「仙道‼︎」
ビッ‼︎
牧のドライブに合わせてカットした仙道にボールが渡る。
彦一「どこにパスを通すスキがあったんや⁉︎」
仙道「流川‼︎」
バチン‼︎
仙道、ボールを弾くようなパスで、すかさずさず流川へ回す。
彦一「おおおおおーーーーーーー‼︎‼︎」
莉子「わぁ…すごぉい…」
と小さく手を叩く莉子。
神「……」(集中…集中…)
高頭「ほう」
バス‼︎‼︎
流川のレイアップで得点。
牧→仙道→流川。各学年のナンバーワンプレイヤーによる連携。
ゲームを重ねるごとにその精度は高まっていた。
藤真、汗をぬぐう。
藤真「ふぅ」(ある程度、予測できていても止めることができない。牧・仙道・流川のラインは強力だな…なんとかしないとな…)
清田「ガルルルルルル」(ルカワめ…)
流川を睨む清田に藤真は声をかける。
藤真「清田」
清田は藤真を見た。藤真はチョイチョイと手招きをして清田を呼ぶ。
近づいて来た清田の肩に腕を回して耳元で囁く。
藤真「あの強力ライン…俺らで崩してやろうぜ」
清田「⁉︎⁉︎」
驚く清田に藤真はニヤリと笑った。
藤真「さあ行くぞ」
次はBチームのオフェンス。
ダム‼︎
藤真がドライブで仕掛けてくる。
牧を伴い花形の位置に向かって走る。
花形(来た…‼︎)
ジャンプの構え。
攻撃に備え花形がグッと腰を落とした。
ビッ!と花形の目の前をボールが通って行った。
花形「っ‼︎⁉︎」
花形の目の前でボールがさばかれる。
パスの先は福田。
ボールを受け取った福田がシュート体勢に入る。
シュートの行く手を阻む大きな手が視界を覆った。
「おおおおおおーーーーーー‼︎‼︎‼︎」
ボールが弾き飛ばされる。
流川のブロックショット。
福田「‼︎⁉︎」
「流川だ‼︎‼︎‼︎」
「すげええええええ‼︎‼︎‼︎」
ギャラリーの歓声が一際大きくなった。肌にピリピリと振動が伝わる程だった。
莉子「すごい歓声と熱気…」
彦一はゴクっと息を飲みコクリと頷いた。
彦一「ミニゲームやとは思えやん白熱ぶりや」
すかさずAチームの速攻開始。
ビッ‼︎
弾いたボールを拾った流川は神に渡す。
ビッ‼︎‼︎
神から一気に前線へ。
「展開が速い‼︎‼︎」
走っていた仙道がノーマークで受け取る。
彦一 「仙道さんや‼︎」
「行けええええーーーーー‼︎‼︎‼︎」
ドガアアアアア‼︎‼︎
「仙道、ダンク来たああああ‼︎‼︎」
「きゃーーーーーーーー‼︎‼︎‼︎‼︎」
「仙道さーーん」
「仙道くーーーん」
莉子は流川親衛隊で馴れているはずの黄色い歓声にビクッと肩を揺らした。
莉子「…すごい人気…」
仙道はニコリと笑い『ナイスパス』と神に向かって拳を向ける。
神も笑顔で『ナイッシュ』と拳をゴツンと打つける。
清田「クソ…」
と悔しそうに呟く清田に藤真がバシンと尻と叩いた。
清田「なっ…⁉︎ ⁉︎⁉︎」
体が浮き上がる程の勢いで尻を叩かれた清田は驚き後ろを振り返る。
藤真「シケた面するな!相手は牧や流川なんだぞ。一回や二回でへこたれるなよ」
清田「……お、おう!」(俺だってやってやる!)
ダム、ダム、ダム…。
清田を鼓舞したものの攻めあぐねる藤真…。
藤真(さあ、どうするか…)
さっきの牧のプレーを思い出す。
藤真「……」(付け焼き刃って好きじゃないんだけど…)
ギラ‼︎
藤真「行くぜ!牧‼︎」
ダム‼︎‼︎
ドリブル発進。
彦一「行った‼︎」
「藤真が仕掛けた‼︎‼︎」
牧(来た…‼︎)
キュキュッ‼︎‼︎
全速力で守備に走る。
キュキュッ‼︎
藤真、ハイポスト付近で急ストップ。
牧「……⁉︎」(シュートか…⁉︎)
次の瞬間、藤真とすれ違うように清田が切れ込んできた。
高頭「……‼︎‼︎」
彦一「なんや…⁉︎」
藤真はすれ違いざまに、清田にボールを手渡す。
Aチーム「……‼︎‼︎⁉︎」
「うぉぉぉ‼︎なんかスゲェ‼︎」
流川(逃がさん)
清田の後を追う流川。
ガッシイイ‼︎‼︎
流川「‼︎⁉︎」
藤真「くっ!」
藤真は自分の背中で清田のマークマンである流川をブロックする。
らしくない藤真のプレー。苦痛に顔が歪む。
莉子「藤真さん‼︎」
ガタッ‼︎
莉子が立ち上がる。笛は鳴らない。
藤真「行け、清田…‼︎」
莉子「行っけーー‼︎清田君‼︎」
ダン‼︎‼︎
右手にボールを掲げ、清田が跳ぶ。
彦一「おおおおおおーーーーー‼︎‼︎‼︎」
「うぉぉぉぉぉぉぉ‼︎‼︎‼︎」
雄叫びの様な歓声が清田の背中を押す。
牧「甘い」
しかしそこに牧が現れた。
右腕を挙げ、空を舞う牧。
藤真(しまった!)
清田(ま、牧さん⁉︎)
一瞬、面食らった清田だったがすぐに頭を切り替える。
清田(どーする⁉︎)
ゴール下に福田の姿を見つけた清田の目が光る。
空中で牧と対峙する清田は掲げた右腕を背中に回し、ボールを横に差し出す。
ビッ‼︎‼︎
牧「……‼︎⁉︎」
彦一「なっ⁉︎」
「そこからパスゥ‼︎‼︎⁉︎」
福田へと最高のパスが通った。
福田はボールを受け取った瞬間、ワンハンドジャンパーでゴールを決める。
莉子「やったぁ‼︎」
莉子が両手を上げる。
そして、『ピピーーーーーーーーー‼︎‼︎』
5対5の終了を告げるホイッスルが鳴り響く。
Aチーム 44
Bチーム 35
ベンチに戻ってくる選手達を迎える莉子は興奮状態だった。
莉子「清田君!」
すぐに清田の元へ駆け寄る莉子。その勢いは抱き付かんばかりだった。
清田が『見たか⁉︎俺のスーパープレイ‼︎』と莉子の頭をガシガシ撫でる。
見るからに痛そうな手つきに神は(おいおいおい…)と顔を顰める。
そんな神とは裏腹に莉子は乱暴なスキンシップを受けつつも嬉しそうに『見てたよ!本当、カッコよかった!』と清田の背中をバシバシ叩く。
清田「だろぉ!」
莉子「うん!」
神「……」(いいなぁ…)
グシャグシャになった髪を気にする様子もなくケラケラ笑い合う2人に藤真が『なんだ?テンション高いな』と笑う。
莉子「そんなの当たり前じゃないですか‼︎みんな本当にカッコ良かったです‼︎」
莉子が崩れてしまった髪の毛を直す為に髪を解く。
莉子の喜びように藤真が目を細めた。
三井「…負けたけどな」
それを聞いた莉子が結び直していた手を止めスコアブックをズイッと三井に見せる。
莉子「でも段々と点差が埋まってきてます」
指差した所は先程の試合スコアが書かれている項目だ。確かに点差は狭まってきている。
『ね?』と訴えてくるキラキラした莉子の瞳が眩しい。
三井は『まぁ…確かに…』と頬を染め莉子のオリジナルドリンクを一口飲んだ。
振り返りが終わると少し休憩の時間。休憩時間になると見学者も少し減る。体育館のギャラリーは人がまばらに立っているだけになった。
神は1人壁にもたれ頭からタオルを被っている。
神(意識したらダメだと思うと…)
チラッと莉子を見た。
莉子は藤真に声をかけていた。
神(可愛いなぁ…)
ちょっとでも空きができたら莉子のことで頭が一杯になる。莉子の笑顔を見ていると蝶の大群が一斉に飛び立つように心が浮き足立つのを感じた。
仙道「よぅ」
神が顔を上げると仙道が立っていた。
神「…仙道?」
仙道「…接触禁止で落ち込んでのか?」
と言うと神の隣に座り仙道もまた藤真と話をしている莉子に目をやる。すると彦一がやって来て大きな手振り素振りで藤真に何か話している。
仙道はまた彦一がさっきのプレイの感動を選手にぶつけているんだろうなと思い笑った。
神はなんでそんな事を言われたのかと驚き被っていたタオルを取り仙道を見た。
仙道は穏やかな表情で莉子と彦一を見つめている。
神が自分を見ている事に気付くと仙道は『…1人で考え込んでるとますます落ち込むぞ』と人の良い笑みを浮かべた。
仙道が勘違いをしている事と心配してわざわざ声をかけてくれた事がくすぐったく感じた。
神(こういうところがモテるんだろな…)
一見掴み所がない様に見える仙道の魅力に気付き、神は『はは』と笑い『そんなんじゃないよ』と持っていたタオルで顔を拭いた。
そして神も莉子へ視線を戻した。タオルで隠れて見えていなかった神の表情を見て仙道は『アレ?』と小首を傾げた。
仙道「落ち込んでねぇの?」
神「…反省はしてるけど落ち込んではないよ。違う学校だから距離を詰めるチャンスは今しかないし…。俺に落ち込んでる暇なんてないよ。だからこれからはやり過ぎないように気をつけるよ」
仙道「そうか…」(諦めねぇのか…)
神は仙道を見た。少しシュンとしている仙道の様子に神は『もしかして…仙道、落ち込んでたのか?』と驚いた。
今度は仙道が『はは』と笑った。
仙道「まさか。俺も神と同じようなこと考えてたよ」
と言う仙道に神は『なーんだ…諦めないのか…』と口を尖らせる。
同じ事を考えている神に笑いが込み上げてくる。
仙道「こっちのセリフだよ」
と笑った。
神「俺はこの合宿で木村さんを知ったけど仙道はいつ?やっぱりこの合宿?」
神の質問に仙道は面食らった様に目をパチクリさせた後『うーん』と記憶を探る様に視線を彷徨わせる。
仙道「俺は…」
その時、場違いな怒りを含んだ声が体育館に響いた。
茜「宗ちゃん!」
声の主に一斉に視線が集まる。
神・仙道「ん?」
宮城・清田「げっ!」(出た‼︎)
莉子「…」(そうちゃんって…)
入り口には茜が立っていた。腕を組んで頬を膨らませ神を睨んでいる。
神は仙道に『ちょっとごめん』と断りを入れると立ち上がり茜の元へ走る。
神「何?」
茜「宗ちゃんのジャージ貸して」
茜のお願いに神は少し面食らう。
神「ジャージ?なんで?」
茜「寒いから!」
神は困った様に頭を掻くと『無理だよ』と答えた。
茜「なんで!」
神「人に貸してるんだ」
茜「なんで!」
神「寒そうだったから」
茜「私も寒い‼︎貸して貸して貸して貸して貸して貸して貸して貸して貸して貸して貸して!か、し、て‼︎‼︎」
と駄々をこねる茜。
神「無茶言うなよ。ない物はないんだ」
という神に(本当に乙女心がわかってないんだから!)と頬をプクッと膨らませ『私だって寒いの!このままじゃ私、風邪ひいちゃうよ!』と手足をバタバタつかせる。
神は顔を顰めた。
こうなった茜は面倒な上に意地を張って相手が『うん』と言うまで譲らないのだ。
神「仕方ないな…。ウェアでいい?」
茜「それってネーム入ってる?」
茜の問いに『ネーム?』と聞き返す。
茜「そう。宗ちゃんのって誰が見てもすぐにわかるならそれでいい」
神「…背中にJINって入ってるから分かると思うけど…」
意味のわからない謎のこだわりに訝しむ神。茜はそんな神の表情を気にした様子もなく『じゃあそれ貸して』と笑顔で答える。
神「待ってて」(まぁいいや…さっさと渡して帰ってもらおう)
神は体育館に戻って行った。
茜は莉子を見た。
まるでお化けを見たかの様に目をまん丸にした莉子を見てフンと鼻で笑う。
茜(自分だけが特別だと思ってた顔ね)
莉子は茜の視線に気付くとパッと顔を背けた。
傷付いたのは見て明らかだった。
茜(やっぱり牽制に来てよかった)
と茜はニヤリと笑った。
神がウェアを手に戻ってきた。
神「はい」
茜「ありがとぉ」
嬉しそうにウェアを着て神に『どう?』と両手を広げて見せる。
神「うん。いいんじゃない?」
ウェアにすっぽりと収まる茜を見て莉子を思い出した。
神「……」
莉子よりもさらに小柄な茜はより多くの生地を余らせている。
その姿は多くの男子が心くすぐられる姿に見える。
もしかしたら世間から見たら茜の方が『女の子らしく、守ってあげたくなる存在』なのかもしれない。
それでも神は目の前の茜になんとも思わなかった。
神(やっぱり木村さんが着てるって事に意味があるんだな…)
莉子の時とは感情の起伏の違いに少々驚くが(でも…茜は妹みたいなモノだしな…。木村さんとは違って当たり前か…)なんて考えながら喜ぶ茜を冷静に見ている。
茜「宗ちゃんのやっぱり大っきいね」
とパタパタと腕を上下に揺らす。
神「もういい?それ使わないから返しにこなくていいよ」
茜「はーい。頑張ってねぇ」
茜はにっこり笑顔で応える。
神は(はぁ…)と呆れながらも神は茜に手を挙げるとそのまま何も言わずに体育館に戻って行った。
戻ってきた神に仙道は『彼女?』と言った後、自分の発言にびっくりした様に『んなわけねぇか』と呟いた。
仙道の反応に神はふっと笑い仙道の隣へ座る。
神「幼馴染なんだ」
仙道「仲良いのか?」
神「腐れ縁ってヤツかな」
仙道「ふーん」(向こうはそう思ってなさそうどけどな…)
仙道はバッチリ見ていた。傷付いた莉子を見てほくそ笑む茜を。
そして神を見た。何も気づいていないであろう神に一抹の不安を感じ仙道は『はぁ…』とため息を吐いた。
茜と神の様子を見て俯く莉子。
モヤモヤとした感情が渦巻く。長いまつ毛が顔に暗い影を落とす。
莉子「……」(さっきの人は誰だろう…すごく親しそうだったけど…)
彦一「神さんの彼女さんやろか?さすが神さんや」
とノートを取り出しメモを取る彦一。
彦一の言葉に莉子はドキッとし顔を上げた。
莉子「そう、なのかな…」
莉子の返事に彦一はコクリと頷く。
彦一「海南レギュラーはモテモテやもん。あ、でも神さんは海南レギュラーになる前から人気はあったんやけど」
とノートのページを捲り何かを確認する彦一。
藤真(そんな事まで書いてあるのか…)
莉子「そうなんだ…」
キュッと心が締め付けられる。色々な考えが頭の中を駆け巡る。
あの人とはどんな関係なんだろう…
本当に彼女なのかな…?
莉子の友人にも彼氏の前だと子供っぽく振る舞う子がいる。さっきの茜の仕草はどことなく彼氏に甘える彼女の様に見えた。
だとしたらなんで私にあんな事をしたの?
ついさっき神に抱きしめられキスを受け入れようとした自分を思い出し苦しくなった。
もしかして揶揄われた?
でも神さんはいつも力になってくれて、いつも一番に助けてくれた。
たくさん優しくしてもらったじゃない。いい加減な人じゃないってわかってるでしょ?
そう思うのに莉子の思考はどんどんネガティブになっていく。
信じたい。
でももし…もしも茜が本命だったら?揶揄われただけだったら?私のこの気持ちはどうなるの…?
神を見た。目が合った。
騒つく心に莉子は目を逸らした。
神の考えている事がわからない。こんなに心をかき乱されるのは初めての経験で莉子は対処法がわからず不安が膨れあがるばかりだった。
神に優しくされた事すら苦しくなる。
こんな気持ちになるなら好きだと気付きたくなかった。
藤真「…木村…。大丈夫か?」
心配そうに見つめてくる藤真に莉子がぎこちない笑顔で『大丈夫です』と答えた。
藤真「…そうか…」
莉子「……」(ちょっと外の空気でも吸ってこようかな…)
どんどん暗くなっていく心にこのままではいけないと莉子が『洗濯が残ってるの思い出したので行ってきますね』と一歩踏み出した。
『ちょっと待った!』と咄嗟に莉子の腕を掴んだ彦一。
莉子は驚き『な、何⁉︎』と彦一を見た。
彦一は『ご、ごめん!』と慌てて手を離し『わ、ワイも行くわ…ドリンクも補充しときたいし…』と言うと莉子は『じゃあ一緒に行こっか』と笑う。
藤真「牧や監督には俺が伝えとくよ」
莉子「お願いします…」
と言い2人は出て行った。
藤真「……」
神と茜を見ていた莉子のだんだん曇っていく表情を見ていた藤真。
莉子の想いに気付くには充分だった。
藤真(……ここでも俺は『1番』になれないのか…。それにしても海南は俺の邪魔ばっかすんな…)
と自虐的な気分になり藤真は『はぁ…』とため息をついた。
そして莉子を見た。
莉子は顎を少し上に向け髪の毛を後ろへ払った。
そして何度か手ぐしで髪の毛を梳かすとそのまま後ろで束ねた。
神はその何気ない仕草にすら魅了され目が離せなくなっていた。
神「……」(何をしてても絵になるな…)
ボーッと莉子を見つめていると三井がゴホンっと咳払いをした。
背筋に悪寒が走りコート内に目を向けると三井が眉間に深い皺を寄せ(さっさと位置に着け)と顎をクイっと動かした。
神「っ‼︎‼︎」(ヤバい!)
神は駆け足で慌てて位置に着く。
三井と対面する。三井が睨みを効かせるが、神はさっき見た莉子の仕草で頭がいっぱいだった。
神「……」
白く細いしなやかな指が絹の様な髪の毛を梳かしていく様が頭から離れない。
いや…仕草が忘れられないのではない…
あの白い手で頭を撫でられたらどんな気分になるんだろう…。
そんな事を想像して口元が緩んだ。
三井「……」(コイツ…)
三井には神が集中していないことに気付き『チッ』と舌打ちをした。
三井「ゲーム中に考え事か…?随分と余裕だな…」
神「っ!」
神はハッとして邪念を払う様に首を左右に振る。
神(こんな事を考えてるから接触禁止にされるんだ…ダメだ…考えるな…今は木村さんのことは…)
神がグッと腰を落とし三井を見た。
神「すいません。もう大丈夫です。よろしくお願いします…」(集中…集中…)
Aチームのオフェンスからスタート。
牧「よし、一本行くぞ‼︎」
ダム‼︎
牧がボールを運ぶ。
右45度に神、左45度に仙道、ハイポストに流川…
牧がニヤリと笑った。
牧「どこからでも点が獲れるぜ」
この発言にBチームはカチンときた表情。
三井「あ?やってみろよ」
神(集中だ…集中…)
彦一が叫ぶ。
彦一「さあ、仙道さんかそれとも流川君か⁉︎」
莉子「神さんを忘れてるよ」
莉子の声に彦一は『そうやった‼︎誰に注目したらえぇんや‼︎』と頭を抱えて叫ぶ。
キュキュッ‼︎
Bチームは得点源の流川、仙道、神に注意を向ける。
(誰で来る…)
莉子「……」(がんばれ…)
ダム、ダム…
牧「ここは……」
ダム‼︎‼︎‼︎
牧、自ら切れ込む。
牧「オレだ」
誰かにパスを出すと思い込んでいた彦一と体育館全体がどよめく。
彦一「自分で行ったああああーーーーーー‼︎‼︎」
「うおおおおおーーーーーーー‼︎‼︎すげぇ速さだ‼︎」
藤真は冷静だった。
藤真「………」(だろうよ)
藤真の目がギラっと光る。牧に並走してついて行く。
莉子「わぁぁぁぁ…すごい…」
牧「仙道‼︎」
ビッ‼︎
牧のドライブに合わせてカットした仙道にボールが渡る。
彦一「どこにパスを通すスキがあったんや⁉︎」
仙道「流川‼︎」
バチン‼︎
仙道、ボールを弾くようなパスで、すかさずさず流川へ回す。
彦一「おおおおおーーーーーーー‼︎‼︎」
莉子「わぁ…すごぉい…」
と小さく手を叩く莉子。
神「……」(集中…集中…)
高頭「ほう」
バス‼︎‼︎
流川のレイアップで得点。
牧→仙道→流川。各学年のナンバーワンプレイヤーによる連携。
ゲームを重ねるごとにその精度は高まっていた。
藤真、汗をぬぐう。
藤真「ふぅ」(ある程度、予測できていても止めることができない。牧・仙道・流川のラインは強力だな…なんとかしないとな…)
清田「ガルルルルルル」(ルカワめ…)
流川を睨む清田に藤真は声をかける。
藤真「清田」
清田は藤真を見た。藤真はチョイチョイと手招きをして清田を呼ぶ。
近づいて来た清田の肩に腕を回して耳元で囁く。
藤真「あの強力ライン…俺らで崩してやろうぜ」
清田「⁉︎⁉︎」
驚く清田に藤真はニヤリと笑った。
藤真「さあ行くぞ」
次はBチームのオフェンス。
ダム‼︎
藤真がドライブで仕掛けてくる。
牧を伴い花形の位置に向かって走る。
花形(来た…‼︎)
ジャンプの構え。
攻撃に備え花形がグッと腰を落とした。
ビッ!と花形の目の前をボールが通って行った。
花形「っ‼︎⁉︎」
花形の目の前でボールがさばかれる。
パスの先は福田。
ボールを受け取った福田がシュート体勢に入る。
シュートの行く手を阻む大きな手が視界を覆った。
「おおおおおおーーーーーー‼︎‼︎‼︎」
ボールが弾き飛ばされる。
流川のブロックショット。
福田「‼︎⁉︎」
「流川だ‼︎‼︎‼︎」
「すげええええええ‼︎‼︎‼︎」
ギャラリーの歓声が一際大きくなった。肌にピリピリと振動が伝わる程だった。
莉子「すごい歓声と熱気…」
彦一はゴクっと息を飲みコクリと頷いた。
彦一「ミニゲームやとは思えやん白熱ぶりや」
すかさずAチームの速攻開始。
ビッ‼︎
弾いたボールを拾った流川は神に渡す。
ビッ‼︎‼︎
神から一気に前線へ。
「展開が速い‼︎‼︎」
走っていた仙道がノーマークで受け取る。
彦一 「仙道さんや‼︎」
「行けええええーーーーー‼︎‼︎‼︎」
ドガアアアアア‼︎‼︎
「仙道、ダンク来たああああ‼︎‼︎」
「きゃーーーーーーーー‼︎‼︎‼︎‼︎」
「仙道さーーん」
「仙道くーーーん」
莉子は流川親衛隊で馴れているはずの黄色い歓声にビクッと肩を揺らした。
莉子「…すごい人気…」
仙道はニコリと笑い『ナイスパス』と神に向かって拳を向ける。
神も笑顔で『ナイッシュ』と拳をゴツンと打つける。
清田「クソ…」
と悔しそうに呟く清田に藤真がバシンと尻と叩いた。
清田「なっ…⁉︎ ⁉︎⁉︎」
体が浮き上がる程の勢いで尻を叩かれた清田は驚き後ろを振り返る。
藤真「シケた面するな!相手は牧や流川なんだぞ。一回や二回でへこたれるなよ」
清田「……お、おう!」(俺だってやってやる!)
ダム、ダム、ダム…。
清田を鼓舞したものの攻めあぐねる藤真…。
藤真(さあ、どうするか…)
さっきの牧のプレーを思い出す。
藤真「……」(付け焼き刃って好きじゃないんだけど…)
ギラ‼︎
藤真「行くぜ!牧‼︎」
ダム‼︎‼︎
ドリブル発進。
彦一「行った‼︎」
「藤真が仕掛けた‼︎‼︎」
牧(来た…‼︎)
キュキュッ‼︎‼︎
全速力で守備に走る。
キュキュッ‼︎
藤真、ハイポスト付近で急ストップ。
牧「……⁉︎」(シュートか…⁉︎)
次の瞬間、藤真とすれ違うように清田が切れ込んできた。
高頭「……‼︎‼︎」
彦一「なんや…⁉︎」
藤真はすれ違いざまに、清田にボールを手渡す。
Aチーム「……‼︎‼︎⁉︎」
「うぉぉぉ‼︎なんかスゲェ‼︎」
流川(逃がさん)
清田の後を追う流川。
ガッシイイ‼︎‼︎
流川「‼︎⁉︎」
藤真「くっ!」
藤真は自分の背中で清田のマークマンである流川をブロックする。
らしくない藤真のプレー。苦痛に顔が歪む。
莉子「藤真さん‼︎」
ガタッ‼︎
莉子が立ち上がる。笛は鳴らない。
藤真「行け、清田…‼︎」
莉子「行っけーー‼︎清田君‼︎」
ダン‼︎‼︎
右手にボールを掲げ、清田が跳ぶ。
彦一「おおおおおおーーーーー‼︎‼︎‼︎」
「うぉぉぉぉぉぉぉ‼︎‼︎‼︎」
雄叫びの様な歓声が清田の背中を押す。
牧「甘い」
しかしそこに牧が現れた。
右腕を挙げ、空を舞う牧。
藤真(しまった!)
清田(ま、牧さん⁉︎)
一瞬、面食らった清田だったがすぐに頭を切り替える。
清田(どーする⁉︎)
ゴール下に福田の姿を見つけた清田の目が光る。
空中で牧と対峙する清田は掲げた右腕を背中に回し、ボールを横に差し出す。
ビッ‼︎‼︎
牧「……‼︎⁉︎」
彦一「なっ⁉︎」
「そこからパスゥ‼︎‼︎⁉︎」
福田へと最高のパスが通った。
福田はボールを受け取った瞬間、ワンハンドジャンパーでゴールを決める。
莉子「やったぁ‼︎」
莉子が両手を上げる。
そして、『ピピーーーーーーーーー‼︎‼︎』
5対5の終了を告げるホイッスルが鳴り響く。
Aチーム 44
Bチーム 35
ベンチに戻ってくる選手達を迎える莉子は興奮状態だった。
莉子「清田君!」
すぐに清田の元へ駆け寄る莉子。その勢いは抱き付かんばかりだった。
清田が『見たか⁉︎俺のスーパープレイ‼︎』と莉子の頭をガシガシ撫でる。
見るからに痛そうな手つきに神は(おいおいおい…)と顔を顰める。
そんな神とは裏腹に莉子は乱暴なスキンシップを受けつつも嬉しそうに『見てたよ!本当、カッコよかった!』と清田の背中をバシバシ叩く。
清田「だろぉ!」
莉子「うん!」
神「……」(いいなぁ…)
グシャグシャになった髪を気にする様子もなくケラケラ笑い合う2人に藤真が『なんだ?テンション高いな』と笑う。
莉子「そんなの当たり前じゃないですか‼︎みんな本当にカッコ良かったです‼︎」
莉子が崩れてしまった髪の毛を直す為に髪を解く。
莉子の喜びように藤真が目を細めた。
三井「…負けたけどな」
それを聞いた莉子が結び直していた手を止めスコアブックをズイッと三井に見せる。
莉子「でも段々と点差が埋まってきてます」
指差した所は先程の試合スコアが書かれている項目だ。確かに点差は狭まってきている。
『ね?』と訴えてくるキラキラした莉子の瞳が眩しい。
三井は『まぁ…確かに…』と頬を染め莉子のオリジナルドリンクを一口飲んだ。
振り返りが終わると少し休憩の時間。休憩時間になると見学者も少し減る。体育館のギャラリーは人がまばらに立っているだけになった。
神は1人壁にもたれ頭からタオルを被っている。
神(意識したらダメだと思うと…)
チラッと莉子を見た。
莉子は藤真に声をかけていた。
神(可愛いなぁ…)
ちょっとでも空きができたら莉子のことで頭が一杯になる。莉子の笑顔を見ていると蝶の大群が一斉に飛び立つように心が浮き足立つのを感じた。
仙道「よぅ」
神が顔を上げると仙道が立っていた。
神「…仙道?」
仙道「…接触禁止で落ち込んでのか?」
と言うと神の隣に座り仙道もまた藤真と話をしている莉子に目をやる。すると彦一がやって来て大きな手振り素振りで藤真に何か話している。
仙道はまた彦一がさっきのプレイの感動を選手にぶつけているんだろうなと思い笑った。
神はなんでそんな事を言われたのかと驚き被っていたタオルを取り仙道を見た。
仙道は穏やかな表情で莉子と彦一を見つめている。
神が自分を見ている事に気付くと仙道は『…1人で考え込んでるとますます落ち込むぞ』と人の良い笑みを浮かべた。
仙道が勘違いをしている事と心配してわざわざ声をかけてくれた事がくすぐったく感じた。
神(こういうところがモテるんだろな…)
一見掴み所がない様に見える仙道の魅力に気付き、神は『はは』と笑い『そんなんじゃないよ』と持っていたタオルで顔を拭いた。
そして神も莉子へ視線を戻した。タオルで隠れて見えていなかった神の表情を見て仙道は『アレ?』と小首を傾げた。
仙道「落ち込んでねぇの?」
神「…反省はしてるけど落ち込んではないよ。違う学校だから距離を詰めるチャンスは今しかないし…。俺に落ち込んでる暇なんてないよ。だからこれからはやり過ぎないように気をつけるよ」
仙道「そうか…」(諦めねぇのか…)
神は仙道を見た。少しシュンとしている仙道の様子に神は『もしかして…仙道、落ち込んでたのか?』と驚いた。
今度は仙道が『はは』と笑った。
仙道「まさか。俺も神と同じようなこと考えてたよ」
と言う仙道に神は『なーんだ…諦めないのか…』と口を尖らせる。
同じ事を考えている神に笑いが込み上げてくる。
仙道「こっちのセリフだよ」
と笑った。
神「俺はこの合宿で木村さんを知ったけど仙道はいつ?やっぱりこの合宿?」
神の質問に仙道は面食らった様に目をパチクリさせた後『うーん』と記憶を探る様に視線を彷徨わせる。
仙道「俺は…」
その時、場違いな怒りを含んだ声が体育館に響いた。
茜「宗ちゃん!」
声の主に一斉に視線が集まる。
神・仙道「ん?」
宮城・清田「げっ!」(出た‼︎)
莉子「…」(そうちゃんって…)
入り口には茜が立っていた。腕を組んで頬を膨らませ神を睨んでいる。
神は仙道に『ちょっとごめん』と断りを入れると立ち上がり茜の元へ走る。
神「何?」
茜「宗ちゃんのジャージ貸して」
茜のお願いに神は少し面食らう。
神「ジャージ?なんで?」
茜「寒いから!」
神は困った様に頭を掻くと『無理だよ』と答えた。
茜「なんで!」
神「人に貸してるんだ」
茜「なんで!」
神「寒そうだったから」
茜「私も寒い‼︎貸して貸して貸して貸して貸して貸して貸して貸して貸して貸して貸して!か、し、て‼︎‼︎」
と駄々をこねる茜。
神「無茶言うなよ。ない物はないんだ」
という神に(本当に乙女心がわかってないんだから!)と頬をプクッと膨らませ『私だって寒いの!このままじゃ私、風邪ひいちゃうよ!』と手足をバタバタつかせる。
神は顔を顰めた。
こうなった茜は面倒な上に意地を張って相手が『うん』と言うまで譲らないのだ。
神「仕方ないな…。ウェアでいい?」
茜「それってネーム入ってる?」
茜の問いに『ネーム?』と聞き返す。
茜「そう。宗ちゃんのって誰が見てもすぐにわかるならそれでいい」
神「…背中にJINって入ってるから分かると思うけど…」
意味のわからない謎のこだわりに訝しむ神。茜はそんな神の表情を気にした様子もなく『じゃあそれ貸して』と笑顔で答える。
神「待ってて」(まぁいいや…さっさと渡して帰ってもらおう)
神は体育館に戻って行った。
茜は莉子を見た。
まるでお化けを見たかの様に目をまん丸にした莉子を見てフンと鼻で笑う。
茜(自分だけが特別だと思ってた顔ね)
莉子は茜の視線に気付くとパッと顔を背けた。
傷付いたのは見て明らかだった。
茜(やっぱり牽制に来てよかった)
と茜はニヤリと笑った。
神がウェアを手に戻ってきた。
神「はい」
茜「ありがとぉ」
嬉しそうにウェアを着て神に『どう?』と両手を広げて見せる。
神「うん。いいんじゃない?」
ウェアにすっぽりと収まる茜を見て莉子を思い出した。
神「……」
莉子よりもさらに小柄な茜はより多くの生地を余らせている。
その姿は多くの男子が心くすぐられる姿に見える。
もしかしたら世間から見たら茜の方が『女の子らしく、守ってあげたくなる存在』なのかもしれない。
それでも神は目の前の茜になんとも思わなかった。
神(やっぱり木村さんが着てるって事に意味があるんだな…)
莉子の時とは感情の起伏の違いに少々驚くが(でも…茜は妹みたいなモノだしな…。木村さんとは違って当たり前か…)なんて考えながら喜ぶ茜を冷静に見ている。
茜「宗ちゃんのやっぱり大っきいね」
とパタパタと腕を上下に揺らす。
神「もういい?それ使わないから返しにこなくていいよ」
茜「はーい。頑張ってねぇ」
茜はにっこり笑顔で応える。
神は(はぁ…)と呆れながらも神は茜に手を挙げるとそのまま何も言わずに体育館に戻って行った。
戻ってきた神に仙道は『彼女?』と言った後、自分の発言にびっくりした様に『んなわけねぇか』と呟いた。
仙道の反応に神はふっと笑い仙道の隣へ座る。
神「幼馴染なんだ」
仙道「仲良いのか?」
神「腐れ縁ってヤツかな」
仙道「ふーん」(向こうはそう思ってなさそうどけどな…)
仙道はバッチリ見ていた。傷付いた莉子を見てほくそ笑む茜を。
そして神を見た。何も気づいていないであろう神に一抹の不安を感じ仙道は『はぁ…』とため息を吐いた。
茜と神の様子を見て俯く莉子。
モヤモヤとした感情が渦巻く。長いまつ毛が顔に暗い影を落とす。
莉子「……」(さっきの人は誰だろう…すごく親しそうだったけど…)
彦一「神さんの彼女さんやろか?さすが神さんや」
とノートを取り出しメモを取る彦一。
彦一の言葉に莉子はドキッとし顔を上げた。
莉子「そう、なのかな…」
莉子の返事に彦一はコクリと頷く。
彦一「海南レギュラーはモテモテやもん。あ、でも神さんは海南レギュラーになる前から人気はあったんやけど」
とノートのページを捲り何かを確認する彦一。
藤真(そんな事まで書いてあるのか…)
莉子「そうなんだ…」
キュッと心が締め付けられる。色々な考えが頭の中を駆け巡る。
あの人とはどんな関係なんだろう…
本当に彼女なのかな…?
莉子の友人にも彼氏の前だと子供っぽく振る舞う子がいる。さっきの茜の仕草はどことなく彼氏に甘える彼女の様に見えた。
だとしたらなんで私にあんな事をしたの?
ついさっき神に抱きしめられキスを受け入れようとした自分を思い出し苦しくなった。
もしかして揶揄われた?
でも神さんはいつも力になってくれて、いつも一番に助けてくれた。
たくさん優しくしてもらったじゃない。いい加減な人じゃないってわかってるでしょ?
そう思うのに莉子の思考はどんどんネガティブになっていく。
信じたい。
でももし…もしも茜が本命だったら?揶揄われただけだったら?私のこの気持ちはどうなるの…?
神を見た。目が合った。
騒つく心に莉子は目を逸らした。
神の考えている事がわからない。こんなに心をかき乱されるのは初めての経験で莉子は対処法がわからず不安が膨れあがるばかりだった。
神に優しくされた事すら苦しくなる。
こんな気持ちになるなら好きだと気付きたくなかった。
藤真「…木村…。大丈夫か?」
心配そうに見つめてくる藤真に莉子がぎこちない笑顔で『大丈夫です』と答えた。
藤真「…そうか…」
莉子「……」(ちょっと外の空気でも吸ってこようかな…)
どんどん暗くなっていく心にこのままではいけないと莉子が『洗濯が残ってるの思い出したので行ってきますね』と一歩踏み出した。
『ちょっと待った!』と咄嗟に莉子の腕を掴んだ彦一。
莉子は驚き『な、何⁉︎』と彦一を見た。
彦一は『ご、ごめん!』と慌てて手を離し『わ、ワイも行くわ…ドリンクも補充しときたいし…』と言うと莉子は『じゃあ一緒に行こっか』と笑う。
藤真「牧や監督には俺が伝えとくよ」
莉子「お願いします…」
と言い2人は出て行った。
藤真「……」
神と茜を見ていた莉子のだんだん曇っていく表情を見ていた藤真。
莉子の想いに気付くには充分だった。
藤真(……ここでも俺は『1番』になれないのか…。それにしても海南は俺の邪魔ばっかすんな…)
と自虐的な気分になり藤真は『はぁ…』とため息をついた。