神宗一郎と恋するお話
神奈川選抜合宿2日目 土曜日
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小走りで体育館に向かう莉子はため息をついた。
莉子「はぁ…」
神を好きだと確信した今、これまでの様に接することができるのだろうか…。
不安だ…
莉子(自然に話すことなんてできるのかな…今までどうやって神さんと話してたっけ…)
そんな事を考えていると体育館が見えて来た。
体育館に近づくにつれ人の声が大きくなっていき、急いでいた莉子の足が止まった。
熱狂的な女の子が集まる入り口に躊躇してしまう。
莉子「でもこれ以上遅くなったら彦一君に申し訳ないし…」
黄色い声援を送る女の子達を見ながら莉子は『よし!』と意を決して賑わう人混みに向かって『すみません。通してください』と声を張り上げるとチラッと莉子を見て『フン』と鼻で笑う。そして何事もなかった様に前へ向き直り応援を始める女の子達。
莉子「…!⁉︎」(どうしよう…誰もどいてくれない‼︎)
内心焦るが経験上、こっちが焦ると向こうはつけ上がるのが定石だ。流川親衛隊で経験済みだ。莉子は冷静に『通してください』ともう一度声をかける。
今度は誰も見向きもしない。完全に莉子を無視している。
莉子「……」(こうなったら強行突破するしかない!)
莉子が人を掻き分けながら突っ込んで行く。
『ちょっとすみません!通ります‼︎』と声をかけながら前に進もうとすると女の子が抵抗を見せた。
女の子達が背中で通せんぼしてくるが莉子も必死に体を丸めて少しずつ進んで行く。
しかし1人対他勢では勝ち目はなく何人かの手が莉子の背中のシャツを掴み後ろへと引っ張った。
莉子「わぁ‼︎‼︎」
体が後ろへ傾くが負けじと踏ん張る。
しかし誰かが莉子のポニーテールを引っ張った。
予想外の痛みに驚き悲鳴をあげる。
莉子「きゃぁ!」
悲痛な声と共に莉子は呆気なく最後尾へと引っ張られ勢い余って尻餅をついた。
莉子「痛ったぁ…」
引っ張られた勢いゴムが取れハラリと解かれた髪の毛が肩に掛かる。
腰を摩りながら女の子達を見るとニヤニヤ笑っているのが見えた。
女の子の手にはヘアゴムが握られていてそれをポイっと莉子に投げ捨てると何事もなかったように応援を始める女の子達。
ポトリと足元に落ちたゴム。
莉子「……」(悔しい…)
グッと唇を噛み締めると『きゃーーーー‼︎』という歓喜の声が響いた後、人混みの向こう側から『何してるの?』と声が聞こえてきた
その声にドキッとした。
『ちょっと通して』
声だけでわかる。
顔を上げた視線の先には険しい顔をした神が立っていた。
莉子の前まで出てくると心配そうに『大丈夫?』と膝をつき莉子の顔を覗き込む。
莉子「……」
照れとは違う恥ずかしさが込み上げてきて莉子は神の視線から逃げる様に目を背けた。地面に着いた手を握りしめる。
こんな情けない姿を見て神はどう思っただろうか…。
神「立てる?」
優しい声と言葉にギュウと胸が締め付けられる。
好きな人にはいつだって可愛い姿を見ていて欲しい。
人から邪険に扱われ碌な抵抗もできず地面に座り込んでいる自分なんか見られたくなかった。
それなのに優しく声をかけられ嬉しいと思う自分もいる。
恥ずかしい、見られたくない、あっちに行って…
また助けられた…、優しい、やっぱり好き
いろんな考えや感情が濁流のように押し寄せ莉子の目に涙が浮かんだ。
莉子(絶対に泣きたくない…)
奥歯を噛んでグッと涙を堪える。ここで泣いて神に助けてもらう様な情けない人間になりたくなかった。
神「木村さん?」
莉子「あ…、ご、ごめんなさい…大丈夫、です…」
と呟き立ち上がろうとする莉子に神が手を添えようとする。
その時『おい』と神の背後から三井がやって来た。
ピタッと神の手が止まる。
三井「触るな」
と不機嫌丸出しの三井は神を押し退けギロっと睨んだ後、莉子に『本当に怪我してねぇのか?』と手を差し出す。
莉子は『してません』と首を振り差し出された三井の手を取り『ありがとうございます』と言って立ち上がった。
神を見れない莉子は三井の足元を見ている。
三井「……ちょっと見せろ」
と言うと三井は莉子の両手首を掴むとクイっとひっくり返し手のひらを確認。
手のひらには砂がついていた。親指の付け根にはすり傷の様な白い筋がいくつもあり三井は『チッ!』と舌打ちをした後、手のひらの砂を払った。
白い筋は綺麗に消え怪我はしてないようだ。その事に三井も神もホッとする。
莉子は『あ、ありがとうございます…』と礼を言うと手を引っ込めた。
莉子がお尻の砂を払う。
莉子の足元にヘアゴムが落ちているのに気付き神が拾う。
三井「行くぞ」
莉子「はい」
三井が踵を返す。莉子もそれに続く。
神「木村さん」
莉子が振り返る。神が『これ…木村さんのでしょ?』とヘアゴムを差し出す。
莉子「ありがとうございます」
莉子が手を出すと手のひらの上にポトリとヘアゴムを落とした。
三井「早くしろ」
莉子「はい」
モーゼの十戒のように割れた人混みの間を通って体育館の中に入った。
「あ、あの神君?あのね?私達は何もしてないんだよ?」
「そうそう!ちょっと体がぶつかって転けちゃったみたいなんだけど」
「わざとじゃなくて…」
「応援に夢中になっちゃって…」
と神にすり寄ってくる女の子達を冷たい視線で見つめ返す。
神「……」
「っ‼︎‼︎」
女の子達に戦慄が走る。
神「あの子は真剣にサポートしてるんだ。邪魔しないであげて」
ジッと見つめてくる神の無言の圧に1人が『わかった』と頷くとまた1人また1人とポツポツとみんなが頷いていく。
それを聞いた神は表情を一変させ『わかってくれてよかった』と笑顔を見せる。
神「応援は嬉しいからたくさんしていってね」
と笑うと体育館へ戻るとAチームへ戻って行く。
莉子も三井の後ろをついていく。視界の端に神を捉えそちらをチラッと見た。
神の背中がやけに丸く小さく見えた。
莉子「……」(何かあったのかな…大丈夫かな…)
神が気になって目で追いかける。そんな事をしているとうっかりBチームのベンチまで着いて来てしまった。
藤真「木村?どうした?」
Bチームへやって来た莉子を不思議そうに見つめる藤真。
莉子「へ?」
三井が『お前はあっちだろ!』と彦一を指差した。
三井「ボーっとするなよ」
莉子「す、すいません」
莉子は慌てて彦一の隣へ移動すると『遅れてごめんね』と声をかけ椅子に腰掛ける。
彦一「そんなんええよ。災難やったなぁ…」
莉子は濁す様に『あはは』と笑い椅子に腰掛けスコアブックを広げる。
選手達は10分ゲームの振り返している最中だった。
牧「木村さん」
突然、声をかけられ莉子の体がビクッと跳ねた。
振り返ると目尻の下がったどこか情けない表情をした牧と目が合った。
『なんでしょうか』と慌てて立ち上がる莉子。
三井から着替えが必要になった経緯を聞いていた牧は『水を被った件なんだが…』と頭を掻く。
目尻が下がっている牧を見て首を傾げる。
牧の表情はまるで自分が加害者かのようだ。でも違う。
牧が何に罪悪感を感じているのかわからず莉子は首を傾げた。
莉子「あの…何かあったんですか…?」
という莉子に牧が少し気まずそうに『木村さんに水をかけたのは多分、男バスのファンだと思う』と呟いた。
莉子「ファン?」
と言って莉子が体育館内を見渡す。
確かに休日だと言うのに海南の女の子がたくさん見学に来ている。よく見てみれば海南の制服じゃない女の子も来ている。
彼女達の声援は牧、神が特に多く次に仙道、流川、藤真の名前が聞こえてくる。
ウットリとした表情で選手達の名前を呼び声援を送っている女の子を見て莉子は(そういうことね…)と納得した。
流川親衛隊だって1学期の時は流川と親しげに話すと文句を言ってくることがあった。
それも今では流川はバスケにしか興味がないことや莉子に流川を狙っている素振りがない事が親衛隊に上手く伝わったから2人が何か話ていても騒ぐ様な事はなくなった。
ファンの子達にとって莉子は未知の存在であり不安要素でしかないのだろう。排除したくなる気持ちはわからなくもない。
それにさっきの入り口での態度…。
私は疎まれているんだ…。そう思うと合点がいった。
ズンと心が重くなる。
莉子「…そうなんですね…」
表情が曇ってしまった莉子に『本当に申し訳ない…。木村さんは他校の子だし期間も短いから大丈夫だろうって油断した…。本当にすまなかった』と牧が頭を下げる。
頭を下げる牧に莉子は驚き『やめて下さい!』と大声を出す。
莉子「本当にファンの人がしたって決まったわけじゃないですか…。私は大丈夫なので謝らないでください」
牧「そういうわけにはいかん。めちゃくちゃ怒られたんだからな」
とそんな事を言う牧に莉子は『怒られた?』と首を傾げる。
牧「あぁ。三井と宮城にな。2人してすごい勢いで『怪我したらどうすんだ!』って詰められたよ」
莉子「えぇ〜」
信じられないとでも言いたげな莉子に牧は『何だ、信じないのか?本当にすごい剣幕だったんだぞ』と笑う。
それは今から20分ほど前の出来事だった。
三井から莉子の身に起こった出来事を聞いている時の何気ない言葉がきっかけだった。
神「どうやら水をかけられたみたいです」
何故、莉子に着替えが必要になったのか神の説明が終わり選手達が騒めく。
どんな意図で莉子に水をかけたのかわからないのだ。
牧「それは木村さんが言ったのか?」
神「肯定はしなかったですけど…誰かにかけられたの?って聞いた時は否定しませんでした…」
牧は『そうか…』と唸るように呟くと顎に手を置き『またか…』とため息をついた。
三井「『また』?前にもあったのか?」
三井の質問に牧はコクリと頷いた。
牧「なぜだか男バスの女マネは嫌がらせに遭いやすいんだ…。だからウチには女マネがいないんだよ」
牧の発言に三井と宮城がピクッと反応した。
三井、宮城(なぜだか?)
牧「今回は他校の子だから問題ないと思ったんだが…」
と言う牧に三井は舌打ちをした。
三井「『なぜだか』じゃねぇだろ!原因ははっきりしてんじゃねぇか‼︎」
一同「‼︎‼︎⁉︎」
突然の激昂にその場にいた全員が驚き三井を見た。
三井「お前らの周りにいる女が気に入らねぇから嫌がらせすんだろ⁉︎なのに…お前は!」
と神の胸ぐらを掴む。
神「っ!」
藤真「やめろ!三井‼︎」
体格のいい花形と長谷川が三井を神から引き離す。
翔陽の制止も聞かず三井は神を指差し大声を出す。
三井「お前はこの学校じゃデカい存在なんだよ‼︎そんなお前にあんな事されて莉子がお前のファンに目をつけられたらどうするんだ。やられるのは立場の弱い莉子なんだぞ!ちょっとは考えろよ‼︎」
と大声を出す三井。みんな神と莉子の間にあった事を知らない為、三井が何にそんなキレているのかわからず困惑している。
三井の肩を宮城がポンと叩いた。
宮城「三井さん…。落ち着いてくださいよ。神と仙道のやらかしの前に莉子ちゃんはすでにやられたんだから『女マネ』って時点で目を付けられてる…。だからって傍観はできねぇ…。怪我なんてさせられたらたまったもんじゃないですからね。なんとかならないんスか」
と言葉は大人しいが目つきは明らかに怒りが含まれていた。
牧「もちろん…何とかする」
と牧は頷いた。
莉子「牧、さん?」
ぼーっと考え事をしている牧を不安そうに見つめている莉子と目が合う。
牧は『何でもない』と笑った。
先ほどの話で莉子が大切にされている事はよくわかった。牧にもその気持ちはわかる。
莉子は可愛いらしい。清田とは別の意味で可愛がりたくなる雰囲気があるのだ。
牧はフッと笑い莉子の頭にポンと手を置いた。
牧「いい先輩を持ったな」
牧の言葉に莉子は嬉しそうに顔を綻ばせると『はいっ!』と大きく頷いた。
しばらくして練習が再開された。
神「……」
神が莉子はスコアブックの準備をしている。莉子が視線を上げた。
神と目が合った途端、莉子の肩が大きく揺れ勢いよく顔を逸らした。
神「‼︎⁉︎」
ガーーーンという効果音が聞こえそうな程、ショックを受ける神。
神(そんな…)
ガックリと肩を落とす。
ショックを受けているとバシッと腰を叩かれた。
神「⁉︎」
驚いて振り返ると仙道が『ドンマイ』と目尻を下げ笑うとコートに向かって行く。
続け様に流川も一言。
流川「自業自得」
神「………」
冷ややかな流川の視線に居心地の悪さを感じる。
水をかけられた事以外にも宮城の言った『仙道と神のやらかし』についてもしっかりと報告されてしまった。
神(さっきは生きた心地がしなかったな…)
体育館内で輪になって莉子の事を話し合う選手達。
三井「濡れてる莉子をどっちが更衣室に連れて行くかで神と仙道が揉めて…」
説明の途中で牧が『ちょっと待て』と三井を手で制する。
牧「ん?揉めた?それはどういう意味だ」
三井「だから仙道が莉子を抱っこしてそれを見た神が…」
今度は藤真が三井を『待て待て待て待て』と手で制する。
三井は眉を寄せ『なんだよ?話が進まねぇだろ』と苛立った様に藤真を見た。
藤真「抱っこした?木村を?仙道が?なんで?」
と仙道を見る。仙道は気まずそうに答えた。
仙道「寒そうだったんで…」
と頭を掻いた。
藤真「はぁ?」
と顔を顰める藤真とキョトンと首を傾げる牧。
牧「なぜ寒そうだと抱っこするんだ?」
仙道「寒さで体が縮こまって動かねぇから抱っこして連れて行ったらいいなって思ったんです」
『うむ…』と牧が頷く。到底、理解はできないが抱っこした理由として流すことにし話を進める。
牧「…なぜ取り合いになった?」
神「木村さんが怖がって『下ろして』って言ってるのに仙道がそのまま行こうとするから…それでつい…手が出ちゃいました…」
藤真「話はわかった。だがこの話の核はそこじゃない。…お前ら…下心があってそういう事をしたのか?」
神・仙道「え…」
藤真「木村に対して邪な気持ちがあるのか?」
神「……」
仙道「…もう二度と木村の嫌がる事はしません」
藤真「…認めるんだな?」
仙道「はい」
藤真「…神は?あったのか?」
神「…俺は…」
神がグッと拳を握った。
莉子を思うと何か行動を起こしたくなる。
困っているなら助けたいし、恐怖から守りたい…。
神「…俺も木村さんに関心を持ってます…」
牧・藤真・三井の3人が顔を見合わせコクリと大きく頷いた。
牧「お前ら2人とも今後の木村さんへの接触は禁止する」
神・仙道「えっ!」
仙道「ウソだろ…」
藤真「嘘じゃない。何か間違いがあったら困る」
神「何もしません!これからは自重しますから!」
三井「お前が一番信用できねぇんだよ」
神「なんでですか!」
三井「さっき俺らが見つけた一番最初、莉子にしようとしてたのか忘れたのか?」
それを聞いて神の顔が青ざめる。
神「そ、それは…」
藤真「何…?」
三井「こいつ…莉子を抱きしめてキス…」
神「わーーーーーーーー‼︎」
三井の口を手で覆う。
藤真「は?」
眉間に深い皺を寄せ、コメカミの青スジを浮かべた藤真から思わず視線を逸らす。
神「…いや…あ、あの…あれは…その…えっと」
と何か弁明をしなければと思うが何も言葉が浮かんでこない。
藤真「接触禁止だ」
神「そんな…」
宮城は大きなため息をついた。
そして宮城が『ちょっといいですか?』と手を挙げる。
宮城「話がズレてます。莉子ちゃんを嫌がらせからどう守るかを考えたいんですよ」
牧「なるべく木村さんには誰かがついている様にしよう」
神「俺も…」
三井「黙ってろ」
神「なっ⁉︎」
三井が神を睨み指を差した。
三井「言っとくが俺はまだお前を許してねぇからな」
神「え…」
三井がまっすぐ神を見据えた。
三井「確かに莉子は抵抗はしなかった。でもアイツは男が苦手なんだ。いきなり抱き締められたり、抱き上げられたりして怖くて抵抗できなかっただけかもしれない…。それに事情を知らない連中の目にお前達と莉子はどう映ったと思う?2人の男を手玉にとる性悪女か?それとも尻軽女か?」
ピリつく体育館内。神はゴクっと唾を飲み込んだ。
藤真が静寂を破った。
藤真「彦一」
彦一「はい!」
シーンと静まり返る体育館内に藤真の声が響く。
藤真は彦一を見た。
藤真「とりあえず木村が1人にならないようしてくれ」
彦一「はい」
牧も指示を出す。
牧「清田、流川」
清田「はい」
流川「……」
牧「お前達も木村さんのこと気をつけて見てやってくれ」
清田「はい」(なんでオレが…)
流川「…ウス」(なんで俺が…)
いまいち納得していない2人に牧が『もちろん俺たちも気をつけるが一緒にいるなら同じ一年の方が木村さんだって気が楽だからな』と笑った。
さっき三井に言われた言葉が脳裏に浮かんだ。
『確かに莉子は抵抗はしなかった。でもアイツは男が苦手なんだ。いきなり抱き締められたり、抱き上げられたり怖くて抵抗できなかったのかもしれない…事情を知らない連中の目にお前達と莉子はどう映ったと思う?2人の男を手玉にとる性悪女か?それとも尻軽女か?』
神「……」(何も言い返せないな…)
男嫌いだってわかっていたのになんで莉子の気持ちを考えない自分勝手な行動に出てしまったのか…。
神(俺って木村さんが嫌がる『男』そのものだったんだな…)
好きだからって何をしてもいいわけない。自分の行動が莉子を追い詰めている。
己の浅はかさにうんざりする。
神「挽回したいな…」
神は独り言の様に呟きコートに入った。
莉子「はぁ…」
神を好きだと確信した今、これまでの様に接することができるのだろうか…。
不安だ…
莉子(自然に話すことなんてできるのかな…今までどうやって神さんと話してたっけ…)
そんな事を考えていると体育館が見えて来た。
体育館に近づくにつれ人の声が大きくなっていき、急いでいた莉子の足が止まった。
熱狂的な女の子が集まる入り口に躊躇してしまう。
莉子「でもこれ以上遅くなったら彦一君に申し訳ないし…」
黄色い声援を送る女の子達を見ながら莉子は『よし!』と意を決して賑わう人混みに向かって『すみません。通してください』と声を張り上げるとチラッと莉子を見て『フン』と鼻で笑う。そして何事もなかった様に前へ向き直り応援を始める女の子達。
莉子「…!⁉︎」(どうしよう…誰もどいてくれない‼︎)
内心焦るが経験上、こっちが焦ると向こうはつけ上がるのが定石だ。流川親衛隊で経験済みだ。莉子は冷静に『通してください』ともう一度声をかける。
今度は誰も見向きもしない。完全に莉子を無視している。
莉子「……」(こうなったら強行突破するしかない!)
莉子が人を掻き分けながら突っ込んで行く。
『ちょっとすみません!通ります‼︎』と声をかけながら前に進もうとすると女の子が抵抗を見せた。
女の子達が背中で通せんぼしてくるが莉子も必死に体を丸めて少しずつ進んで行く。
しかし1人対他勢では勝ち目はなく何人かの手が莉子の背中のシャツを掴み後ろへと引っ張った。
莉子「わぁ‼︎‼︎」
体が後ろへ傾くが負けじと踏ん張る。
しかし誰かが莉子のポニーテールを引っ張った。
予想外の痛みに驚き悲鳴をあげる。
莉子「きゃぁ!」
悲痛な声と共に莉子は呆気なく最後尾へと引っ張られ勢い余って尻餅をついた。
莉子「痛ったぁ…」
引っ張られた勢いゴムが取れハラリと解かれた髪の毛が肩に掛かる。
腰を摩りながら女の子達を見るとニヤニヤ笑っているのが見えた。
女の子の手にはヘアゴムが握られていてそれをポイっと莉子に投げ捨てると何事もなかったように応援を始める女の子達。
ポトリと足元に落ちたゴム。
莉子「……」(悔しい…)
グッと唇を噛み締めると『きゃーーーー‼︎』という歓喜の声が響いた後、人混みの向こう側から『何してるの?』と声が聞こえてきた
その声にドキッとした。
『ちょっと通して』
声だけでわかる。
顔を上げた視線の先には険しい顔をした神が立っていた。
莉子の前まで出てくると心配そうに『大丈夫?』と膝をつき莉子の顔を覗き込む。
莉子「……」
照れとは違う恥ずかしさが込み上げてきて莉子は神の視線から逃げる様に目を背けた。地面に着いた手を握りしめる。
こんな情けない姿を見て神はどう思っただろうか…。
神「立てる?」
優しい声と言葉にギュウと胸が締め付けられる。
好きな人にはいつだって可愛い姿を見ていて欲しい。
人から邪険に扱われ碌な抵抗もできず地面に座り込んでいる自分なんか見られたくなかった。
それなのに優しく声をかけられ嬉しいと思う自分もいる。
恥ずかしい、見られたくない、あっちに行って…
また助けられた…、優しい、やっぱり好き
いろんな考えや感情が濁流のように押し寄せ莉子の目に涙が浮かんだ。
莉子(絶対に泣きたくない…)
奥歯を噛んでグッと涙を堪える。ここで泣いて神に助けてもらう様な情けない人間になりたくなかった。
神「木村さん?」
莉子「あ…、ご、ごめんなさい…大丈夫、です…」
と呟き立ち上がろうとする莉子に神が手を添えようとする。
その時『おい』と神の背後から三井がやって来た。
ピタッと神の手が止まる。
三井「触るな」
と不機嫌丸出しの三井は神を押し退けギロっと睨んだ後、莉子に『本当に怪我してねぇのか?』と手を差し出す。
莉子は『してません』と首を振り差し出された三井の手を取り『ありがとうございます』と言って立ち上がった。
神を見れない莉子は三井の足元を見ている。
三井「……ちょっと見せろ」
と言うと三井は莉子の両手首を掴むとクイっとひっくり返し手のひらを確認。
手のひらには砂がついていた。親指の付け根にはすり傷の様な白い筋がいくつもあり三井は『チッ!』と舌打ちをした後、手のひらの砂を払った。
白い筋は綺麗に消え怪我はしてないようだ。その事に三井も神もホッとする。
莉子は『あ、ありがとうございます…』と礼を言うと手を引っ込めた。
莉子がお尻の砂を払う。
莉子の足元にヘアゴムが落ちているのに気付き神が拾う。
三井「行くぞ」
莉子「はい」
三井が踵を返す。莉子もそれに続く。
神「木村さん」
莉子が振り返る。神が『これ…木村さんのでしょ?』とヘアゴムを差し出す。
莉子「ありがとうございます」
莉子が手を出すと手のひらの上にポトリとヘアゴムを落とした。
三井「早くしろ」
莉子「はい」
モーゼの十戒のように割れた人混みの間を通って体育館の中に入った。
「あ、あの神君?あのね?私達は何もしてないんだよ?」
「そうそう!ちょっと体がぶつかって転けちゃったみたいなんだけど」
「わざとじゃなくて…」
「応援に夢中になっちゃって…」
と神にすり寄ってくる女の子達を冷たい視線で見つめ返す。
神「……」
「っ‼︎‼︎」
女の子達に戦慄が走る。
神「あの子は真剣にサポートしてるんだ。邪魔しないであげて」
ジッと見つめてくる神の無言の圧に1人が『わかった』と頷くとまた1人また1人とポツポツとみんなが頷いていく。
それを聞いた神は表情を一変させ『わかってくれてよかった』と笑顔を見せる。
神「応援は嬉しいからたくさんしていってね」
と笑うと体育館へ戻るとAチームへ戻って行く。
莉子も三井の後ろをついていく。視界の端に神を捉えそちらをチラッと見た。
神の背中がやけに丸く小さく見えた。
莉子「……」(何かあったのかな…大丈夫かな…)
神が気になって目で追いかける。そんな事をしているとうっかりBチームのベンチまで着いて来てしまった。
藤真「木村?どうした?」
Bチームへやって来た莉子を不思議そうに見つめる藤真。
莉子「へ?」
三井が『お前はあっちだろ!』と彦一を指差した。
三井「ボーっとするなよ」
莉子「す、すいません」
莉子は慌てて彦一の隣へ移動すると『遅れてごめんね』と声をかけ椅子に腰掛ける。
彦一「そんなんええよ。災難やったなぁ…」
莉子は濁す様に『あはは』と笑い椅子に腰掛けスコアブックを広げる。
選手達は10分ゲームの振り返している最中だった。
牧「木村さん」
突然、声をかけられ莉子の体がビクッと跳ねた。
振り返ると目尻の下がったどこか情けない表情をした牧と目が合った。
『なんでしょうか』と慌てて立ち上がる莉子。
三井から着替えが必要になった経緯を聞いていた牧は『水を被った件なんだが…』と頭を掻く。
目尻が下がっている牧を見て首を傾げる。
牧の表情はまるで自分が加害者かのようだ。でも違う。
牧が何に罪悪感を感じているのかわからず莉子は首を傾げた。
莉子「あの…何かあったんですか…?」
という莉子に牧が少し気まずそうに『木村さんに水をかけたのは多分、男バスのファンだと思う』と呟いた。
莉子「ファン?」
と言って莉子が体育館内を見渡す。
確かに休日だと言うのに海南の女の子がたくさん見学に来ている。よく見てみれば海南の制服じゃない女の子も来ている。
彼女達の声援は牧、神が特に多く次に仙道、流川、藤真の名前が聞こえてくる。
ウットリとした表情で選手達の名前を呼び声援を送っている女の子を見て莉子は(そういうことね…)と納得した。
流川親衛隊だって1学期の時は流川と親しげに話すと文句を言ってくることがあった。
それも今では流川はバスケにしか興味がないことや莉子に流川を狙っている素振りがない事が親衛隊に上手く伝わったから2人が何か話ていても騒ぐ様な事はなくなった。
ファンの子達にとって莉子は未知の存在であり不安要素でしかないのだろう。排除したくなる気持ちはわからなくもない。
それにさっきの入り口での態度…。
私は疎まれているんだ…。そう思うと合点がいった。
ズンと心が重くなる。
莉子「…そうなんですね…」
表情が曇ってしまった莉子に『本当に申し訳ない…。木村さんは他校の子だし期間も短いから大丈夫だろうって油断した…。本当にすまなかった』と牧が頭を下げる。
頭を下げる牧に莉子は驚き『やめて下さい!』と大声を出す。
莉子「本当にファンの人がしたって決まったわけじゃないですか…。私は大丈夫なので謝らないでください」
牧「そういうわけにはいかん。めちゃくちゃ怒られたんだからな」
とそんな事を言う牧に莉子は『怒られた?』と首を傾げる。
牧「あぁ。三井と宮城にな。2人してすごい勢いで『怪我したらどうすんだ!』って詰められたよ」
莉子「えぇ〜」
信じられないとでも言いたげな莉子に牧は『何だ、信じないのか?本当にすごい剣幕だったんだぞ』と笑う。
それは今から20分ほど前の出来事だった。
三井から莉子の身に起こった出来事を聞いている時の何気ない言葉がきっかけだった。
神「どうやら水をかけられたみたいです」
何故、莉子に着替えが必要になったのか神の説明が終わり選手達が騒めく。
どんな意図で莉子に水をかけたのかわからないのだ。
牧「それは木村さんが言ったのか?」
神「肯定はしなかったですけど…誰かにかけられたの?って聞いた時は否定しませんでした…」
牧は『そうか…』と唸るように呟くと顎に手を置き『またか…』とため息をついた。
三井「『また』?前にもあったのか?」
三井の質問に牧はコクリと頷いた。
牧「なぜだか男バスの女マネは嫌がらせに遭いやすいんだ…。だからウチには女マネがいないんだよ」
牧の発言に三井と宮城がピクッと反応した。
三井、宮城(なぜだか?)
牧「今回は他校の子だから問題ないと思ったんだが…」
と言う牧に三井は舌打ちをした。
三井「『なぜだか』じゃねぇだろ!原因ははっきりしてんじゃねぇか‼︎」
一同「‼︎‼︎⁉︎」
突然の激昂にその場にいた全員が驚き三井を見た。
三井「お前らの周りにいる女が気に入らねぇから嫌がらせすんだろ⁉︎なのに…お前は!」
と神の胸ぐらを掴む。
神「っ!」
藤真「やめろ!三井‼︎」
体格のいい花形と長谷川が三井を神から引き離す。
翔陽の制止も聞かず三井は神を指差し大声を出す。
三井「お前はこの学校じゃデカい存在なんだよ‼︎そんなお前にあんな事されて莉子がお前のファンに目をつけられたらどうするんだ。やられるのは立場の弱い莉子なんだぞ!ちょっとは考えろよ‼︎」
と大声を出す三井。みんな神と莉子の間にあった事を知らない為、三井が何にそんなキレているのかわからず困惑している。
三井の肩を宮城がポンと叩いた。
宮城「三井さん…。落ち着いてくださいよ。神と仙道のやらかしの前に莉子ちゃんはすでにやられたんだから『女マネ』って時点で目を付けられてる…。だからって傍観はできねぇ…。怪我なんてさせられたらたまったもんじゃないですからね。なんとかならないんスか」
と言葉は大人しいが目つきは明らかに怒りが含まれていた。
牧「もちろん…何とかする」
と牧は頷いた。
莉子「牧、さん?」
ぼーっと考え事をしている牧を不安そうに見つめている莉子と目が合う。
牧は『何でもない』と笑った。
先ほどの話で莉子が大切にされている事はよくわかった。牧にもその気持ちはわかる。
莉子は可愛いらしい。清田とは別の意味で可愛がりたくなる雰囲気があるのだ。
牧はフッと笑い莉子の頭にポンと手を置いた。
牧「いい先輩を持ったな」
牧の言葉に莉子は嬉しそうに顔を綻ばせると『はいっ!』と大きく頷いた。
しばらくして練習が再開された。
神「……」
神が莉子はスコアブックの準備をしている。莉子が視線を上げた。
神と目が合った途端、莉子の肩が大きく揺れ勢いよく顔を逸らした。
神「‼︎⁉︎」
ガーーーンという効果音が聞こえそうな程、ショックを受ける神。
神(そんな…)
ガックリと肩を落とす。
ショックを受けているとバシッと腰を叩かれた。
神「⁉︎」
驚いて振り返ると仙道が『ドンマイ』と目尻を下げ笑うとコートに向かって行く。
続け様に流川も一言。
流川「自業自得」
神「………」
冷ややかな流川の視線に居心地の悪さを感じる。
水をかけられた事以外にも宮城の言った『仙道と神のやらかし』についてもしっかりと報告されてしまった。
神(さっきは生きた心地がしなかったな…)
体育館内で輪になって莉子の事を話し合う選手達。
三井「濡れてる莉子をどっちが更衣室に連れて行くかで神と仙道が揉めて…」
説明の途中で牧が『ちょっと待て』と三井を手で制する。
牧「ん?揉めた?それはどういう意味だ」
三井「だから仙道が莉子を抱っこしてそれを見た神が…」
今度は藤真が三井を『待て待て待て待て』と手で制する。
三井は眉を寄せ『なんだよ?話が進まねぇだろ』と苛立った様に藤真を見た。
藤真「抱っこした?木村を?仙道が?なんで?」
と仙道を見る。仙道は気まずそうに答えた。
仙道「寒そうだったんで…」
と頭を掻いた。
藤真「はぁ?」
と顔を顰める藤真とキョトンと首を傾げる牧。
牧「なぜ寒そうだと抱っこするんだ?」
仙道「寒さで体が縮こまって動かねぇから抱っこして連れて行ったらいいなって思ったんです」
『うむ…』と牧が頷く。到底、理解はできないが抱っこした理由として流すことにし話を進める。
牧「…なぜ取り合いになった?」
神「木村さんが怖がって『下ろして』って言ってるのに仙道がそのまま行こうとするから…それでつい…手が出ちゃいました…」
藤真「話はわかった。だがこの話の核はそこじゃない。…お前ら…下心があってそういう事をしたのか?」
神・仙道「え…」
藤真「木村に対して邪な気持ちがあるのか?」
神「……」
仙道「…もう二度と木村の嫌がる事はしません」
藤真「…認めるんだな?」
仙道「はい」
藤真「…神は?あったのか?」
神「…俺は…」
神がグッと拳を握った。
莉子を思うと何か行動を起こしたくなる。
困っているなら助けたいし、恐怖から守りたい…。
神「…俺も木村さんに関心を持ってます…」
牧・藤真・三井の3人が顔を見合わせコクリと大きく頷いた。
牧「お前ら2人とも今後の木村さんへの接触は禁止する」
神・仙道「えっ!」
仙道「ウソだろ…」
藤真「嘘じゃない。何か間違いがあったら困る」
神「何もしません!これからは自重しますから!」
三井「お前が一番信用できねぇんだよ」
神「なんでですか!」
三井「さっき俺らが見つけた一番最初、莉子にしようとしてたのか忘れたのか?」
それを聞いて神の顔が青ざめる。
神「そ、それは…」
藤真「何…?」
三井「こいつ…莉子を抱きしめてキス…」
神「わーーーーーーーー‼︎」
三井の口を手で覆う。
藤真「は?」
眉間に深い皺を寄せ、コメカミの青スジを浮かべた藤真から思わず視線を逸らす。
神「…いや…あ、あの…あれは…その…えっと」
と何か弁明をしなければと思うが何も言葉が浮かんでこない。
藤真「接触禁止だ」
神「そんな…」
宮城は大きなため息をついた。
そして宮城が『ちょっといいですか?』と手を挙げる。
宮城「話がズレてます。莉子ちゃんを嫌がらせからどう守るかを考えたいんですよ」
牧「なるべく木村さんには誰かがついている様にしよう」
神「俺も…」
三井「黙ってろ」
神「なっ⁉︎」
三井が神を睨み指を差した。
三井「言っとくが俺はまだお前を許してねぇからな」
神「え…」
三井がまっすぐ神を見据えた。
三井「確かに莉子は抵抗はしなかった。でもアイツは男が苦手なんだ。いきなり抱き締められたり、抱き上げられたりして怖くて抵抗できなかっただけかもしれない…。それに事情を知らない連中の目にお前達と莉子はどう映ったと思う?2人の男を手玉にとる性悪女か?それとも尻軽女か?」
ピリつく体育館内。神はゴクっと唾を飲み込んだ。
藤真が静寂を破った。
藤真「彦一」
彦一「はい!」
シーンと静まり返る体育館内に藤真の声が響く。
藤真は彦一を見た。
藤真「とりあえず木村が1人にならないようしてくれ」
彦一「はい」
牧も指示を出す。
牧「清田、流川」
清田「はい」
流川「……」
牧「お前達も木村さんのこと気をつけて見てやってくれ」
清田「はい」(なんでオレが…)
流川「…ウス」(なんで俺が…)
いまいち納得していない2人に牧が『もちろん俺たちも気をつけるが一緒にいるなら同じ一年の方が木村さんだって気が楽だからな』と笑った。
さっき三井に言われた言葉が脳裏に浮かんだ。
『確かに莉子は抵抗はしなかった。でもアイツは男が苦手なんだ。いきなり抱き締められたり、抱き上げられたり怖くて抵抗できなかったのかもしれない…事情を知らない連中の目にお前達と莉子はどう映ったと思う?2人の男を手玉にとる性悪女か?それとも尻軽女か?』
神「……」(何も言い返せないな…)
男嫌いだってわかっていたのになんで莉子の気持ちを考えない自分勝手な行動に出てしまったのか…。
神(俺って木村さんが嫌がる『男』そのものだったんだな…)
好きだからって何をしてもいいわけない。自分の行動が莉子を追い詰めている。
己の浅はかさにうんざりする。
神「挽回したいな…」
神は独り言の様に呟きコートに入った。