神宗一郎と恋するお話
神奈川選抜合宿2日目 土曜日
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教室に1人残された神。
ガンガンと大きな音を立て机を蹴り上げていた足を止める。シンと一瞬音が止み遠くの方から練習の準備をしている一年生らしい声が聞こえてくる。
神「はぁ…はぁ…」
そんな日常の環境音が神を冷静にさせた。
ひっくり返った机を見て何やってんだと情けない気持ちでいっぱいになる。
神(こんなところで物に当たってる場合じゃない…。とにかく木村さんと小野寺を接触させないようにしないと…。彦一や清田…いや…みんなにも協力してもらった方がいいか…)
頭の中でいろんなことを考える。
神(でも…木村さんが湘北の子だってバレたからこの合宿を終えても安全とは限らない…)
もし接触されて無理やり付き合うことにでもなったら?きっと莉子が辛い目に合う…。
神(恋人って色んな事するし…)
何がなんでも阻止しなければ…
神(今、小野寺をなんとかしておかないとこれらからも木村さんは小野寺に怯える事になる…)
大っ嫌いな男が大好きな子を苦しめるなんてむかつく話だ。しかも自分が好きになってしまったことがきっかけで、だ。こんな腹の立つ話があってたまるか。
神(そんな事させない…)
神はギリッと唇を噛んだ。
神(弱味を取り上げて、絶対に終わらせてやる…)
神は誰もいない教室で静かに決意を固めたのだった。
神がロードワークの為にグランドに出るとちょうどサッカー部も走りに行くところだった。
神を見つけた小野寺が笑顔で神に向かって手を振る。神はフイっと顔を背けそれを無視をした。
仙道「手ぇ振ってる奴、友達じゃないのか?」
屈伸をしていた仙道が小野寺を指差しながら神に言う。
神「放っておいていいよ」
と無表情で答える神。
仙道がチラッと小野寺を見る。小野寺は無視されたというのにどこか満足気で仙道は違和感を覚えた。
仙道「…そうか…」(なんか訳ありっぽいな…)
神「……」
仙道と話していても頭の中は莉子のことでいっぱいだった。
神は小野寺が持っているという『弱味』について考えた。
神(写真って言ってたよな…)
小野寺の思わせぶりなヒントと話していた内容と言葉を繋ぎ合わせていく。
神(小野寺も木村さんが自分に未練どころか嫌悪感を持ってるって事もしっかりと理解してるみたいだった。そんな相手が黙って言う事を聞くって事はそれだけ『弱味』が強力ってことだ…)
写真、元カレ…脅迫…女の子が絶対に見られたくないもの…
連想ゲームの様に言葉のイメージを繋ぎ合わせていくととある言葉が頭に浮かび神の顔が青ざめた。
リベンジポルノ
嫌な言葉にバクバクと心拍数が上がる。
神(いや…まさかな…そんなの…あるわけない…。中学生がそんなの…)
と首を横に振る。
たしかに莉子は魅力的だ。男子が放っておけない気持ちはよくわかる。だから莉子に彼氏や元彼がいてもおかしくはないが…。
神(でもだからって木村さんがそんなこと…)
裸やそれに準じるようなモノを写真に残したりするだろうか…?そんなに軽率な人間には見えないが…。
神(でも…好きな男から頼まれたら断れないのかも…)
莉子は流川や清田、彦一よりもずっと大人びえて見える。そういった経験が莉子を大人にしたのかもしれない。
神(いや…でも中学生で裸の写真なんて…)
恋人の前で裸になる…。つまりはそういう行為もあったということで…。
神(嫌だ…、あいつが木村さんを大切にしたとは到底思えないし…それに…)
莉子が体を許したと言うことはそれだけ小野寺を想い信頼していたという確たる証拠じゃないか。
悔しい…。そしてまた怒りが湧いてくる。莉子の一途な想いを踏みにじるようなことばかりする小野寺に対する怒りだ。
神(小野寺からリベンジポルノの被害を受けているとしたら木村さんの怯えようも男嫌いになった理由も説明できる。辻褄が合う…)
もしそうなのだとしたら自分はどうしたらいい?何ができる?どうすれば莉子を守れる?
神(辻褄が合うってだけで全部俺の憶測でしかない…あぁ…クソ…情報が少なすぎ…もっと情報が欲しい…)
神がいくら莉子にちょっかいをかけるなと頼んでも小野寺はそれを面白がっているのだからやめることはないだろう。むしろ調子に乗るのは目に見えている。
小野寺を見ているとそれに気付いた小野寺が勝ち誇ったようにニヤァと笑った。
神「……」(アイツがここにいるってことはとりあえず木村さんは安全だ…。後で木村さんにはサッカー部が出入りしている場所を教えて近寄らない様に言おう…後は…)
神は仙道を見た。それに気付いた仙道は『どうした?』と首を傾げている。
神「何でもない」
と笑い首を横に振った。
仙道「?」
神はみんなに協力してもらって莉子を見守ると考えていたが脅迫材料がリベンジポルノだとしたら莉子は絶対に知られたくないはずだ。
神(そうだと決まったわけじゃないけど…完全に否定できないしな…。木村さんが関係している以上、危ない橋は渡れない…もっと情報が欲しい…でもどうやって…)
悶々とそんな事を考える神。
牧「集合‼︎」
牧の声と共にパァンと手を叩く乾いた音が響く。牧の声で今日の練習が始まる。牧と藤真の周りに選手達が集まってくる。
牧「よーーしっ!行くぞ‼︎」
一同「おう‼︎‼︎」
牧と藤真を先頭にロードワークが始まった。
ロードワークを終えたメンバーは体育館へ戻る。
体育館内に莉子の姿はない。
神(木村さん…まだ来てないんだな…)
体育館には高頭が1人でパイプ椅子に座っていた。選手達を見た高頭が立ち上がり選手達を手招きで呼び寄せる。
『はぁ、はぁ、はぁ』と選手達の浅い息遣いが体育館に熱気を運んでくる。
高頭「午前中は個人練習の時間にする。昨日の反省を生かした練習をしてくれ」
一同「はいっ!」
と言うと牧が流川と仙道を呼んだ。
牧「ゴール下での動きとタイミングを確認したいんだ。練習に付き合ってくれないか」
仙道「はい」
流川は無言でコクっと頷いた。
花形「俺も付き合うよ」
神「俺も…一緒にいいですか」
昨日のチームで固まっての練習が始まった。
練習の雰囲気はとてもよかった。昨日のようなギスギスするような事もなく各チームで声を掛け合い成立していく練習風景を見て高頭は満足そうに笑顔を浮かべている。
高頭「いい雰囲気だ…」
彦一「そうですね…」(監督の指示がなくても自分たちでどんどん先に進んどる…これが県トップの選手達なんや…)
自分との差に彦一はごくりと唾を飲み込んだ。
2時間後
高頭「よーし!10分の休憩だ‼︎今日はちょっと気温が低いから体が冷えない様にしておけよ」
一同「はい‼︎」
練習中に一度莉子は体育館に来た。しかし今はもう姿が見えなくなっている。神はキョロキョロと辺りを見渡し彦一に声をかけた。
神「木村さんは?」
彦一「三井さんにTシャツの洗濯を頼まれたって言うて出て行ったんで多分、洗濯に行ったと思います」
神「…そっか…わかった。ありがとう」
と言うと神も体育館を出ていく。焦って外に出る自分に少し呆れてしまう。
神(サッカー部だって練習してるんだからそこまで心配しなくてもいいんだろうけど…)
でも今朝の小野寺の動きを思うと動かずにはいられなかった。
神(一応…確認だけ…ちょっとだけ…顔も見たいし…)
神は莉子がいると思われる海南共有の洗濯機置き場へと走った。
その頃莉子は三井に頼まれた洗濯物を洗濯機に放り込んだ後、小走りで体育館に向かっていると練習をしている女子テニス部が目に入った。
莉子「…あ…」
ラケットとボールの小気味良い音がなんとも爽快で気持ちいい。莉子は少しだけテニス部の練習に見惚れていた。
忙しそうにボールを拾う1年生を眺める。いつか彼女たちは『海南』の名前を背負って戦う日が来るんだろうな…。そんな事をぼんやりと考えていた。
莉子「すごいなぁ…」(結局…私はサポート役になっちゃったけど…)
マネージャーという仕事にやり甲斐がないわけじゃない。でも『自分の力で功績を残す』という事に強い憧れもあった。
莉子「……」(でも目立つのは怖いし…運動神経も普通だし…やっぱり私には裏方の方が向いているよね…)
莉子はゆっくりとその場を離れ体育館に向かって歩き始める。
途中で屋外に設置されたトイレに気がついた。
莉子(あ、トイレだ…)
一度、体育館に入ってしまうとトレイに行きにくい。何となく男の人に『トイレに行ってきます』とは言いにくい。
莉子(今のうちに済ませておこっかな…)
そう思い立ちトイレに入る。
誰もいないトイレにさっと入って用を済ませ個室から出ようとした時、突如大量の水が降ってきた。
『きゃぁぁぁぁ‼︎』と悲鳴をあげ、見上げると天井とドアの隙間から個室を覗き込んでいたと思われる頭の影が一瞬、見えた。
その人影は『ざまぁみろ‼︎ばーーーーーか‼︎‼︎』と捨て台詞を吐き木製の個室のドアをバァンと蹴り上げると走って出ていった。
人影が残したホースが垂れ下がっている。呆然とホースから流れ続けている水を見て『…よかった…。綺麗な水だ…』とポツリ。
と一安心した後『って違う!そうじゃない‼︎』と足元を見る。
水たまりになっている足元、毛先やTシャツの袖や裾からポトリポトリと落ちる水滴に莉子は途方に暮れた。
莉子「ウソでしょ…どうしたらいいの…コレ…」
片付けないと次に使う人が困るだろう。それに着替えないと…。
迷っている場合じゃない。
莉子「時間がない…急がなきゃ…」
そっとトイレの個室から出て掃除用具箱から出したブラシで排水溝に水を流す。それが終わるとトイレットペーパーで便器の水滴を取ってホースもクルクルと巻いて端に寄せておく。
莉子「あとは着替えだけだ…」
と急いで外に出るとカラリと乾いた風が濡れた肌を一気に冷やした。
莉子「さ、寒い!」
あまりの寒さに震え上がった莉子は一旦、トイレに戻った。
莉子「さっ…寒すぎるっ‼︎‼︎」
どうしようと辺りを見渡すが何もない。個室に戻り莉子はTシャツを脱ぐと水を絞った。
莉子「ちょっとはマシになったかな…」
再び外に出るがそよそよと吹く風ですら寒い。
莉子「寒い!」
と再びトイレに戻る莉子。
でもこんな所にいつまでもいるわけにはいかない…。『寒いぃ〜!冷たいぃ〜!なんで私は半袖なんて着てるの〜。上着着てくればよかったぁ〜』とブツブツと文句を呟きながら意味もなくトイレ内をウロウロした後莉子は『よし‼︎‼︎』と気合を入れ直して外に出た。
風は強く吹いている訳ではない。しかしこれだけ濡れていると体温はあっという間に奪われ体がブルブルと震えた。
莉子「寒い…」
歩き出したいのに寒さに体が縮こまり一歩が踏み出せない。
すでに心が折れそうになった。
莉子「どうしよう…」
気分はまさに遭難者そのものだ。なんだか悲しい気持ちになってきた時、背後から聞き慣れた声がした。
神「木村さん…?」
莉子の肩が大きく跳ね上がった。振り返ると神が立っていた。
莉子「じ、神さん⁉︎」
びしょびしょの莉子を見て驚いた様に目を見開き『どうしたの…コレ…』と莉子を見つめた。
心配そうに莉子を見つめる神になぜか申し訳ない気持ちになって神から目を逸らす。
自分自身を抱きしめるように二の腕をさすっている莉子に神は慌てて駆け寄ると『コレ着て』と温めた体が冷えないようにと着ていたジャージを莉子に差し出す。
莉子「⁉︎っだ、ダメです!ジャージが濡れちゃいます‼︎」
と莉子は首を振り一歩下がった。
神は『いいから。寒いでしょ』と言うとジャージを少し強引に莉子に巻き付けた。
莉子は『ご、ごめんなさい…。ありがとうございます』と言った。
莉子「実は風に当たるとすごく寒くて…ありがとうございます」
神「どういたしまして」
莉子が袖を通す。袖は20センチ程余り裾は太ももの真ん中辺りまで覆っていた。
神「……」(かっ、かわいい!子どもみたい…)
ジャージはさっきまで神が着ていた温もりでホカホカだ。
体の芯までじんわりと伝わる心地よい温かさに莉子は思わず『あったかい…』と顔を綻ばせジャージの両袖に頬擦りをする。まるで子猫が飼い主に甘えているような仕草に神の胸はドキドキと唸りだす。
神「っ⁉︎…そ、ソレハヨカッタ…」(かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい)
と顔を赤くする神。幸せそうに笑う莉子にキュンと疼く。頭の中が(かわいい)で埋め尽くされていく。
自分のジャージを着て『あったかい』と嬉しそうに笑う莉子を見ていると『守ってあげたい』なんて加護欲が沸いてくるから困る。
神(困ったな…)
このままどこかに連れ去ってしまいたくなる。
莉子への想いが込み上げてくる。
可愛くて大好きで守ってあげたくて甘やかしたくて抱きしめたくて…
好きだと告げて…抱きしめる事を許してほしい…。
抱きしめた時、莉子はどんな顔をするんだろう…?
抱きしめた莉子の感触はどんなだろ…?
疑問が妄想へと繋がっていく。
神(まずい…)
神は莉子から少し離れると『早く戻ろう…。体が冷える…』とくるりと背中を向けると部室棟の方へ向かって歩いていく。
莉子「はい!」
莉子が隣を歩く。神の肩にも届かない莉子。そんな些細な事にも『異性』を感じてキュンとする。
神(…木村さんより小さい子なんてたくさんいるのに…。名前を呼ばれた時もそうだったけど木村さんってだけでこんなにドキドキするんだな…この子、本当にすごい…)
190センチ近くある神にとっては男女関係なく大抵の人が『小さい』訳だが莉子だと感じ方が変わる。莉子の些細な仕草や言葉が神を大きく刺激する。
チラッと横目で莉子を見ると真っ白なうなじが目に入る。
神「……」(うっ!)
少し湿ったうなじが官能的ですぐに視線を前に戻す。
バクバクと心臓が暴れ出す。
神は余計な事を考えないようにと『着替えはある?』と話しかける。
#莉子「はい。大丈夫です」
神「そっか」
横目で莉子を見た。その瞬間、ブワッと強い風が吹いた。
莉子「わっ‼︎」
突然吹いた強風に莉子は寒そうに立ち止まり『うぅ』と声を漏らすと身をすくめた。
ピューと風が吹く。グランドを枯葉がクルクルと円を描きながら飛んでいく。
ギュッと目を瞑り自身を抱きしめる様に体を丸め冷気を耐える莉子。
神「大丈夫?」
神も立ち止まり心配になって顔を覗き込むと唇が少し青くなってきている。
心配そうな神に莉子はできるだけ明るい声と表情で答える。
莉子「風が吹くとちょっと寒いですけど…でも神さんのジャージのお陰で随分と楽です」
と笑う莉子。明らかに無理をしている莉子にやっぱり寂しさが込み上げてくる。
神「無理しなくていいのに…」
神の寂しげな表情を見てドキッとした。
莉子「え?」
神は無意識に莉子に向かって手を伸ばす。
神「こっち来て」
莉子は背中に大きな温もりを感じた。その瞬間、力強くそれでいて優しく引き寄せられる。
莉子「わっ」
2人の距離がグッと縮まる。
莉子(うそ‼︎⁉︎)
『抱き寄せる』という思いがけない神の行動に驚きを隠せない。
抱きしめられると思った莉子は目をギュッと瞑った。
しかし思い描いたような事態は一向に訪れず莉子は恐る恐る目を開けた。
霞んで見えるほど近くに神が立っている。
莉子(わっ!わっ!わっ!すごく近い‼︎)
家族以外の男の人とこんな近距離なんて初めてに近い。
羞恥心から目を瞑って見てないフリをする莉子。
莉子を風から守る為に壁になる神。
神「まだ冷たい?」
一瞬、引き寄せる為に触れた莉子の体はジャージ越しでも分かるほど冷たくなっていた。それにギュッと目を瞑っている表情はさっき見た寒さを耐える表情に似ていた。
神(早く温めなきゃ…)
神の手が今度は莉子の後頭部へ包み込むように置かれる。もう片方の手は腰あたりに置かれた。
ぎゅっ
次の瞬間、抗う間もなく莉子の体は神の胸元にピッタリと吸い寄せられる様に引っ付いた。
視界は神の体で塞がれ体いっぱいに神の温もりと香りに包まれる。
莉子「……」(あったかい…それに…この香り…柔軟剤の香り…?)
神のイメージに合う爽やかな香りの中に甘さを感じる香りに思わず莉子は神の胸に顔を埋めスンスンと鼻を鳴らした。
神は少しでも莉子を風と冷えから守ろうとさらに強く抱きしめる。
神・莉子「………」
特に抵抗もなくむしろ身体を寄せてくる莉子にキュンと胸が高鳴った。
体温を分かち合うように抱き締める神とそれを受け入れる莉子。
分かち合うのは体温だけではなかった。
莉子「……」(…大っきい…それにすごく硬い…)
神「……」(小さいな…それにすごく細い…)
莉子の儚さを感じる神と神の存在の大きさと逞しさを感じる莉子。互いの存在を熱を通して感じる。
莉子(神さん…すごく鼓動が早い…。私のドキドキも伝わっちゃう…でも…もうちょっと…このまま…このまま…)
莉子が神の胸辺りのTシャツをキュッと掴んだ。体を擦り寄せてくる莉子に神はギュッと抱きしめ返した。
神(めちゃくちゃ好きだ…。誰にも渡したくない。もう言っちゃいたい…)
名残惜しむようにギュッと最後に力強く抱きしめた後、神は莉子の肩に手を置き莉子から離れた。
神「木村さん…お、おれ…君の事…」
目を潤ませた莉子が物欲しそうに神を見上げている。
あまりの可愛らしさにくらっと目眩がする。
神が莉子の頬に手を寄せた。
ガンガンと大きな音を立て机を蹴り上げていた足を止める。シンと一瞬音が止み遠くの方から練習の準備をしている一年生らしい声が聞こえてくる。
神「はぁ…はぁ…」
そんな日常の環境音が神を冷静にさせた。
ひっくり返った机を見て何やってんだと情けない気持ちでいっぱいになる。
神(こんなところで物に当たってる場合じゃない…。とにかく木村さんと小野寺を接触させないようにしないと…。彦一や清田…いや…みんなにも協力してもらった方がいいか…)
頭の中でいろんなことを考える。
神(でも…木村さんが湘北の子だってバレたからこの合宿を終えても安全とは限らない…)
もし接触されて無理やり付き合うことにでもなったら?きっと莉子が辛い目に合う…。
神(恋人って色んな事するし…)
何がなんでも阻止しなければ…
神(今、小野寺をなんとかしておかないとこれらからも木村さんは小野寺に怯える事になる…)
大っ嫌いな男が大好きな子を苦しめるなんてむかつく話だ。しかも自分が好きになってしまったことがきっかけで、だ。こんな腹の立つ話があってたまるか。
神(そんな事させない…)
神はギリッと唇を噛んだ。
神(弱味を取り上げて、絶対に終わらせてやる…)
神は誰もいない教室で静かに決意を固めたのだった。
神がロードワークの為にグランドに出るとちょうどサッカー部も走りに行くところだった。
神を見つけた小野寺が笑顔で神に向かって手を振る。神はフイっと顔を背けそれを無視をした。
仙道「手ぇ振ってる奴、友達じゃないのか?」
屈伸をしていた仙道が小野寺を指差しながら神に言う。
神「放っておいていいよ」
と無表情で答える神。
仙道がチラッと小野寺を見る。小野寺は無視されたというのにどこか満足気で仙道は違和感を覚えた。
仙道「…そうか…」(なんか訳ありっぽいな…)
神「……」
仙道と話していても頭の中は莉子のことでいっぱいだった。
神は小野寺が持っているという『弱味』について考えた。
神(写真って言ってたよな…)
小野寺の思わせぶりなヒントと話していた内容と言葉を繋ぎ合わせていく。
神(小野寺も木村さんが自分に未練どころか嫌悪感を持ってるって事もしっかりと理解してるみたいだった。そんな相手が黙って言う事を聞くって事はそれだけ『弱味』が強力ってことだ…)
写真、元カレ…脅迫…女の子が絶対に見られたくないもの…
連想ゲームの様に言葉のイメージを繋ぎ合わせていくととある言葉が頭に浮かび神の顔が青ざめた。
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嫌な言葉にバクバクと心拍数が上がる。
神(いや…まさかな…そんなの…あるわけない…。中学生がそんなの…)
と首を横に振る。
たしかに莉子は魅力的だ。男子が放っておけない気持ちはよくわかる。だから莉子に彼氏や元彼がいてもおかしくはないが…。
神(でもだからって木村さんがそんなこと…)
裸やそれに準じるようなモノを写真に残したりするだろうか…?そんなに軽率な人間には見えないが…。
神(でも…好きな男から頼まれたら断れないのかも…)
莉子は流川や清田、彦一よりもずっと大人びえて見える。そういった経験が莉子を大人にしたのかもしれない。
神(いや…でも中学生で裸の写真なんて…)
恋人の前で裸になる…。つまりはそういう行為もあったということで…。
神(嫌だ…、あいつが木村さんを大切にしたとは到底思えないし…それに…)
莉子が体を許したと言うことはそれだけ小野寺を想い信頼していたという確たる証拠じゃないか。
悔しい…。そしてまた怒りが湧いてくる。莉子の一途な想いを踏みにじるようなことばかりする小野寺に対する怒りだ。
神(小野寺からリベンジポルノの被害を受けているとしたら木村さんの怯えようも男嫌いになった理由も説明できる。辻褄が合う…)
もしそうなのだとしたら自分はどうしたらいい?何ができる?どうすれば莉子を守れる?
神(辻褄が合うってだけで全部俺の憶測でしかない…あぁ…クソ…情報が少なすぎ…もっと情報が欲しい…)
神がいくら莉子にちょっかいをかけるなと頼んでも小野寺はそれを面白がっているのだからやめることはないだろう。むしろ調子に乗るのは目に見えている。
小野寺を見ているとそれに気付いた小野寺が勝ち誇ったようにニヤァと笑った。
神「……」(アイツがここにいるってことはとりあえず木村さんは安全だ…。後で木村さんにはサッカー部が出入りしている場所を教えて近寄らない様に言おう…後は…)
神は仙道を見た。それに気付いた仙道は『どうした?』と首を傾げている。
神「何でもない」
と笑い首を横に振った。
仙道「?」
神はみんなに協力してもらって莉子を見守ると考えていたが脅迫材料がリベンジポルノだとしたら莉子は絶対に知られたくないはずだ。
神(そうだと決まったわけじゃないけど…完全に否定できないしな…。木村さんが関係している以上、危ない橋は渡れない…もっと情報が欲しい…でもどうやって…)
悶々とそんな事を考える神。
牧「集合‼︎」
牧の声と共にパァンと手を叩く乾いた音が響く。牧の声で今日の練習が始まる。牧と藤真の周りに選手達が集まってくる。
牧「よーーしっ!行くぞ‼︎」
一同「おう‼︎‼︎」
牧と藤真を先頭にロードワークが始まった。
ロードワークを終えたメンバーは体育館へ戻る。
体育館内に莉子の姿はない。
神(木村さん…まだ来てないんだな…)
体育館には高頭が1人でパイプ椅子に座っていた。選手達を見た高頭が立ち上がり選手達を手招きで呼び寄せる。
『はぁ、はぁ、はぁ』と選手達の浅い息遣いが体育館に熱気を運んでくる。
高頭「午前中は個人練習の時間にする。昨日の反省を生かした練習をしてくれ」
一同「はいっ!」
と言うと牧が流川と仙道を呼んだ。
牧「ゴール下での動きとタイミングを確認したいんだ。練習に付き合ってくれないか」
仙道「はい」
流川は無言でコクっと頷いた。
花形「俺も付き合うよ」
神「俺も…一緒にいいですか」
昨日のチームで固まっての練習が始まった。
練習の雰囲気はとてもよかった。昨日のようなギスギスするような事もなく各チームで声を掛け合い成立していく練習風景を見て高頭は満足そうに笑顔を浮かべている。
高頭「いい雰囲気だ…」
彦一「そうですね…」(監督の指示がなくても自分たちでどんどん先に進んどる…これが県トップの選手達なんや…)
自分との差に彦一はごくりと唾を飲み込んだ。
2時間後
高頭「よーし!10分の休憩だ‼︎今日はちょっと気温が低いから体が冷えない様にしておけよ」
一同「はい‼︎」
練習中に一度莉子は体育館に来た。しかし今はもう姿が見えなくなっている。神はキョロキョロと辺りを見渡し彦一に声をかけた。
神「木村さんは?」
彦一「三井さんにTシャツの洗濯を頼まれたって言うて出て行ったんで多分、洗濯に行ったと思います」
神「…そっか…わかった。ありがとう」
と言うと神も体育館を出ていく。焦って外に出る自分に少し呆れてしまう。
神(サッカー部だって練習してるんだからそこまで心配しなくてもいいんだろうけど…)
でも今朝の小野寺の動きを思うと動かずにはいられなかった。
神(一応…確認だけ…ちょっとだけ…顔も見たいし…)
神は莉子がいると思われる海南共有の洗濯機置き場へと走った。
その頃莉子は三井に頼まれた洗濯物を洗濯機に放り込んだ後、小走りで体育館に向かっていると練習をしている女子テニス部が目に入った。
莉子「…あ…」
ラケットとボールの小気味良い音がなんとも爽快で気持ちいい。莉子は少しだけテニス部の練習に見惚れていた。
忙しそうにボールを拾う1年生を眺める。いつか彼女たちは『海南』の名前を背負って戦う日が来るんだろうな…。そんな事をぼんやりと考えていた。
莉子「すごいなぁ…」(結局…私はサポート役になっちゃったけど…)
マネージャーという仕事にやり甲斐がないわけじゃない。でも『自分の力で功績を残す』という事に強い憧れもあった。
莉子「……」(でも目立つのは怖いし…運動神経も普通だし…やっぱり私には裏方の方が向いているよね…)
莉子はゆっくりとその場を離れ体育館に向かって歩き始める。
途中で屋外に設置されたトイレに気がついた。
莉子(あ、トイレだ…)
一度、体育館に入ってしまうとトレイに行きにくい。何となく男の人に『トイレに行ってきます』とは言いにくい。
莉子(今のうちに済ませておこっかな…)
そう思い立ちトイレに入る。
誰もいないトイレにさっと入って用を済ませ個室から出ようとした時、突如大量の水が降ってきた。
『きゃぁぁぁぁ‼︎』と悲鳴をあげ、見上げると天井とドアの隙間から個室を覗き込んでいたと思われる頭の影が一瞬、見えた。
その人影は『ざまぁみろ‼︎ばーーーーーか‼︎‼︎』と捨て台詞を吐き木製の個室のドアをバァンと蹴り上げると走って出ていった。
人影が残したホースが垂れ下がっている。呆然とホースから流れ続けている水を見て『…よかった…。綺麗な水だ…』とポツリ。
と一安心した後『って違う!そうじゃない‼︎』と足元を見る。
水たまりになっている足元、毛先やTシャツの袖や裾からポトリポトリと落ちる水滴に莉子は途方に暮れた。
莉子「ウソでしょ…どうしたらいいの…コレ…」
片付けないと次に使う人が困るだろう。それに着替えないと…。
迷っている場合じゃない。
莉子「時間がない…急がなきゃ…」
そっとトイレの個室から出て掃除用具箱から出したブラシで排水溝に水を流す。それが終わるとトイレットペーパーで便器の水滴を取ってホースもクルクルと巻いて端に寄せておく。
莉子「あとは着替えだけだ…」
と急いで外に出るとカラリと乾いた風が濡れた肌を一気に冷やした。
莉子「さ、寒い!」
あまりの寒さに震え上がった莉子は一旦、トイレに戻った。
莉子「さっ…寒すぎるっ‼︎‼︎」
どうしようと辺りを見渡すが何もない。個室に戻り莉子はTシャツを脱ぐと水を絞った。
莉子「ちょっとはマシになったかな…」
再び外に出るがそよそよと吹く風ですら寒い。
莉子「寒い!」
と再びトイレに戻る莉子。
でもこんな所にいつまでもいるわけにはいかない…。『寒いぃ〜!冷たいぃ〜!なんで私は半袖なんて着てるの〜。上着着てくればよかったぁ〜』とブツブツと文句を呟きながら意味もなくトイレ内をウロウロした後莉子は『よし‼︎‼︎』と気合を入れ直して外に出た。
風は強く吹いている訳ではない。しかしこれだけ濡れていると体温はあっという間に奪われ体がブルブルと震えた。
莉子「寒い…」
歩き出したいのに寒さに体が縮こまり一歩が踏み出せない。
すでに心が折れそうになった。
莉子「どうしよう…」
気分はまさに遭難者そのものだ。なんだか悲しい気持ちになってきた時、背後から聞き慣れた声がした。
神「木村さん…?」
莉子の肩が大きく跳ね上がった。振り返ると神が立っていた。
莉子「じ、神さん⁉︎」
びしょびしょの莉子を見て驚いた様に目を見開き『どうしたの…コレ…』と莉子を見つめた。
心配そうに莉子を見つめる神になぜか申し訳ない気持ちになって神から目を逸らす。
自分自身を抱きしめるように二の腕をさすっている莉子に神は慌てて駆け寄ると『コレ着て』と温めた体が冷えないようにと着ていたジャージを莉子に差し出す。
莉子「⁉︎っだ、ダメです!ジャージが濡れちゃいます‼︎」
と莉子は首を振り一歩下がった。
神は『いいから。寒いでしょ』と言うとジャージを少し強引に莉子に巻き付けた。
莉子は『ご、ごめんなさい…。ありがとうございます』と言った。
莉子「実は風に当たるとすごく寒くて…ありがとうございます」
神「どういたしまして」
莉子が袖を通す。袖は20センチ程余り裾は太ももの真ん中辺りまで覆っていた。
神「……」(かっ、かわいい!子どもみたい…)
ジャージはさっきまで神が着ていた温もりでホカホカだ。
体の芯までじんわりと伝わる心地よい温かさに莉子は思わず『あったかい…』と顔を綻ばせジャージの両袖に頬擦りをする。まるで子猫が飼い主に甘えているような仕草に神の胸はドキドキと唸りだす。
神「っ⁉︎…そ、ソレハヨカッタ…」(かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい)
と顔を赤くする神。幸せそうに笑う莉子にキュンと疼く。頭の中が(かわいい)で埋め尽くされていく。
自分のジャージを着て『あったかい』と嬉しそうに笑う莉子を見ていると『守ってあげたい』なんて加護欲が沸いてくるから困る。
神(困ったな…)
このままどこかに連れ去ってしまいたくなる。
莉子への想いが込み上げてくる。
可愛くて大好きで守ってあげたくて甘やかしたくて抱きしめたくて…
好きだと告げて…抱きしめる事を許してほしい…。
抱きしめた時、莉子はどんな顔をするんだろう…?
抱きしめた莉子の感触はどんなだろ…?
疑問が妄想へと繋がっていく。
神(まずい…)
神は莉子から少し離れると『早く戻ろう…。体が冷える…』とくるりと背中を向けると部室棟の方へ向かって歩いていく。
莉子「はい!」
莉子が隣を歩く。神の肩にも届かない莉子。そんな些細な事にも『異性』を感じてキュンとする。
神(…木村さんより小さい子なんてたくさんいるのに…。名前を呼ばれた時もそうだったけど木村さんってだけでこんなにドキドキするんだな…この子、本当にすごい…)
190センチ近くある神にとっては男女関係なく大抵の人が『小さい』訳だが莉子だと感じ方が変わる。莉子の些細な仕草や言葉が神を大きく刺激する。
チラッと横目で莉子を見ると真っ白なうなじが目に入る。
神「……」(うっ!)
少し湿ったうなじが官能的ですぐに視線を前に戻す。
バクバクと心臓が暴れ出す。
神は余計な事を考えないようにと『着替えはある?』と話しかける。
#莉子「はい。大丈夫です」
神「そっか」
横目で莉子を見た。その瞬間、ブワッと強い風が吹いた。
莉子「わっ‼︎」
突然吹いた強風に莉子は寒そうに立ち止まり『うぅ』と声を漏らすと身をすくめた。
ピューと風が吹く。グランドを枯葉がクルクルと円を描きながら飛んでいく。
ギュッと目を瞑り自身を抱きしめる様に体を丸め冷気を耐える莉子。
神「大丈夫?」
神も立ち止まり心配になって顔を覗き込むと唇が少し青くなってきている。
心配そうな神に莉子はできるだけ明るい声と表情で答える。
莉子「風が吹くとちょっと寒いですけど…でも神さんのジャージのお陰で随分と楽です」
と笑う莉子。明らかに無理をしている莉子にやっぱり寂しさが込み上げてくる。
神「無理しなくていいのに…」
神の寂しげな表情を見てドキッとした。
莉子「え?」
神は無意識に莉子に向かって手を伸ばす。
神「こっち来て」
莉子は背中に大きな温もりを感じた。その瞬間、力強くそれでいて優しく引き寄せられる。
莉子「わっ」
2人の距離がグッと縮まる。
莉子(うそ‼︎⁉︎)
『抱き寄せる』という思いがけない神の行動に驚きを隠せない。
抱きしめられると思った莉子は目をギュッと瞑った。
しかし思い描いたような事態は一向に訪れず莉子は恐る恐る目を開けた。
霞んで見えるほど近くに神が立っている。
莉子(わっ!わっ!わっ!すごく近い‼︎)
家族以外の男の人とこんな近距離なんて初めてに近い。
羞恥心から目を瞑って見てないフリをする莉子。
莉子を風から守る為に壁になる神。
神「まだ冷たい?」
一瞬、引き寄せる為に触れた莉子の体はジャージ越しでも分かるほど冷たくなっていた。それにギュッと目を瞑っている表情はさっき見た寒さを耐える表情に似ていた。
神(早く温めなきゃ…)
神の手が今度は莉子の後頭部へ包み込むように置かれる。もう片方の手は腰あたりに置かれた。
ぎゅっ
次の瞬間、抗う間もなく莉子の体は神の胸元にピッタリと吸い寄せられる様に引っ付いた。
視界は神の体で塞がれ体いっぱいに神の温もりと香りに包まれる。
莉子「……」(あったかい…それに…この香り…柔軟剤の香り…?)
神のイメージに合う爽やかな香りの中に甘さを感じる香りに思わず莉子は神の胸に顔を埋めスンスンと鼻を鳴らした。
神は少しでも莉子を風と冷えから守ろうとさらに強く抱きしめる。
神・莉子「………」
特に抵抗もなくむしろ身体を寄せてくる莉子にキュンと胸が高鳴った。
体温を分かち合うように抱き締める神とそれを受け入れる莉子。
分かち合うのは体温だけではなかった。
莉子「……」(…大っきい…それにすごく硬い…)
神「……」(小さいな…それにすごく細い…)
莉子の儚さを感じる神と神の存在の大きさと逞しさを感じる莉子。互いの存在を熱を通して感じる。
莉子(神さん…すごく鼓動が早い…。私のドキドキも伝わっちゃう…でも…もうちょっと…このまま…このまま…)
莉子が神の胸辺りのTシャツをキュッと掴んだ。体を擦り寄せてくる莉子に神はギュッと抱きしめ返した。
神(めちゃくちゃ好きだ…。誰にも渡したくない。もう言っちゃいたい…)
名残惜しむようにギュッと最後に力強く抱きしめた後、神は莉子の肩に手を置き莉子から離れた。
神「木村さん…お、おれ…君の事…」
目を潤ませた莉子が物欲しそうに神を見上げている。
あまりの可愛らしさにくらっと目眩がする。
神が莉子の頬に手を寄せた。
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