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本編

一時間目が終わり、二時間目が終わり、三時間目が終わり、四時間目が終わった。昼休みにはいり、昼食の時間となる。わたしが、机の上を片していると、わたしの隣に一人の女子生徒がやってきた。


 「撫子、今日も一緒にご飯食べられる?」


 彼女はわたしの傍らに立ち、首をこてんと傾げながら、そう問いかける。髪の毛を茶色に染めた、いかにも今どきの女子高生といったような容貌の女子生徒だった。


 「うん、大丈夫だよ。真美」
 

 わたしは、彼女――|村雨真美《むらさめまみ》にそう返す。すると、彼女は手に持っていたコンビニの袋をわたしの机の上に乗せた。コンビニの袋の中から、菓子パンが数個入っているのが見えた。真美は、わたしの前の席の生徒の椅子に、どかりと座った。


 「撫子の席いいよね。授業中、寝ててもばれない」


 真美が、うらやまし気にそういいながら、菓子パンの袋を開ける。わたしも、自分の弁当を取り出し、食べ始める。


 わたしの席は、教室の一番後ろの、一番窓側。たしかに、教師の死角となる位置であった。授業中に寝ることはしないが、窓側の席であるため、たまにぼーっと外を眺めていることはある。


 「おい! 外を見ろよ!」


 突然、クラスの生徒が、叫ぶ声が聞こえた。わたしは、声のする方を見る。すると、そこには、窓から外を眺める男子生徒がいた。クラス内にいたほかの男子生徒も、彼の声を聞き、次々と窓の外へ意識を向ける。


 わたしも気になり、自分の席から、窓の外を見た。


そこにいたのは、一人の女子生徒であった。制服をみるかぎり、うちの生徒ではない。彼女の顔は、人目を惹くほどに整っていた。美しいというよりは、かわいいといった方がふさわしい子である。きれいに整えられたツインテールがよく似合う女子生徒であった。


 「めっちゃかわいくね? あの子!」


 「ほんとだ、超かわいい」


「すげー。アイドルみてぇ……!」


 クラスの男子生徒たちが、鼻の下を長くしながら、彼女を見る。


 彼女は、校門の外で立ち止まり、きょろきょろとあたりを見回していた。


 「あの制服、六条学園の生徒じゃん」


 「六条学園?」


 なにそれ。どこそれ。


 何も知らないわたしに、真美が驚いたような目を、わたしに向けた。


 「知らないの!? 六条学園。このあたりで一番有名なお嬢様学園なのに……」


 「そうなんだ……」


 そんなものあるんだ。まあ、少なくとも貧乏人であるわたしには、縁もゆかりもない学校である。


 「そんな学園の生徒がなぜここにいるんだろう?」


 「さあ。なんでだろう」


 下にいる彼女は、なにか困っているようだが、3階の教室にいるわたしたちには、どうにもならない。この学校の関係者に用があるみたいだし、せめて、先生に彼女のことを伝えるべきだろうか。そう思い、立ち上がろうとした――瞬間だった。


 彼女が、その場で息を吸う。しばらくして、彼女は、その整った口を大きく開いた。


 そして……













 「なでしこちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」


 外の校門前にいる彼女は、三階の教室の中にいるわたしたちにもハッキリ聞こえるほどの声量で、わたしの名前を叫んだのだった……。


なんでわたしの名前を!?


わたしは口をポカンと開ける。


「マジで!? 香月さんの知り合い?」


 「めっちゃかわいいじゃん!」


「香月さん、今度紹介してくれよ〜!」


クラスの注目がわたしに集まった。


 目の前に座る真美も、訝しげにわたしを見ている。


 「知ってる子?」


 「いや、わからない」


 わからない。記憶を探るが、どうしても思い出せない。


 あそこまでの美少女、一度見たら忘れないだろうに……。


 「なーでしこちゃあああああああぁん! あっそびーましょ!」


 外から、再び、彼女の声が聞こえる。


 ……そういえば、この声。どこかで聞いたことがあるような……。もう少し、考えれば、思い出せるだろうか。頭の中を探り続けるが、やっぱり出てこない。


 とりあえず、今は彼女に会うべきか。いつまでもあそこで待たせて、ずっと大声でわたしの名前を呼び続けさせるわけにはいかない。


 わたしは、箸をおき、食べかけの弁当の蓋をしめる。


 「真美、ちょっと行ってくるね」


 「うん、いってらっしゃい。あとで話聞かせてよ」


 わたしは、完璧に野次馬の目になっている真美に背に向け、下にいる彼女の元へ向かった。


 わたしは、全力で校門まで走る。今の彼女は、誰がどう見ても不審者だ。早く行かないと、めんどくさいことになる。


できるだけ、早く彼女の元まで、駆け付けなければ。


 校門の前に到着した。息を切らしたわたしを、彼女はすぐに見つけた。


 「こんにちは! 撫子ちゃん」


 とりあえず、彼女がまだ、校門の前にいたことに、ほっとする。


 「えっと……あなたは……」


 息を切らしながら、わたしは問う。すると、彼女は、頬っぺたを膨らませた。


 「ひどい! 昨日会ったばかりなのに忘れちゃうなんて」


 昨日会った……?


 昨日会った人物を一人一人思い起こす。


昨日会った人……

古畑さんに、学校のクラスメイト、先生たちにバイト先の人……そして……


 「もしかして……ディア・ルビー……?」


 「いえっす!」


 彼女がわたしの前で、ピースをする。


わたしは、まじまじと顔を観察する。言われて初めて、彼女の顔とディア・ルビーの顔とそっくりだと気がついた。


なんで、今まで似ていることに気が付かなかったのかと疑問に思うほど似ている。


 「ディア・ルビーこと、来殿百合だよ! 思い出した?」


ディア・ルビー……来殿百合さんが改めて自己紹介をする。


 「えっと……なんでここに……?」


 「いやあねぇ……撫子ちゃんに渡し忘れたものがあってね……」


 そういって、来殿さんは、バッグの中をごそごそとあさる。そして、彼女はバッグの中から、一つの箱を取り出し、それをわたしに渡した。


 白い紙に包まれた、手のひらよりもほんの少し大きいくらいのサイズの箱だった。


 「中に使い方書いた紙も入ってるから、それ見てね」


 彼女がバチンとウィンクしながら、そう告げる。


 使い方……なにか、道具なのだろうか?


 わたしが、怪訝に思っていると、彼女は「じゃあ、また後でねー!」と言って、去っていったのだった。


 ……嵐のような女の子だったな。


 わたしはすぐに、校舎の中に入ろうとした……が、どうしても、自分の持っている箱のことが気にかかる。わたしは、校舎の裏側に回り、人気の少ないベンチに座った。そして、手に持っていた箱の包みを開き、箱の蓋を開けてみる。


 なにこれ、スマホ?


 手に取ってみる。ひんやりとした機械の無機質な感覚が、わたしの手のひらに伝った。わたしは、スマホの横にあるボタンをポチッと押してみる。


 ピピピピピピ……ピピピピピ……


ピピピピピピ……ピピピピピピ……


 『システム 起動』


 『システム 起動』


 『コードを確認』


 『コードを確認』


 『起動中……』


 『起動中……』


 周囲にけたたましい機械音が鳴り響く。いきなり、大きな音が鳴ったので、わたしは、思わずびくりとしてしまった。


 スマホの画面が暗転する。


 そして、しばらくたって……画面に文字が映し出された。


 『ようこそ、ディア・サファイア』
 

ディア……サファイア……? なにそれ……?


 首をかしげる。デバイスの画面が切り替わった。


 普通のスマホのホーム画面のような、アプリのアイコンがたくさん表示されている画面である。文字がほとんどなく、イラストだけのアイコンであるため、詳しいことがほとんど分からない。


 そういえば、ディア・ルビー──来殿さんが「使い方書いたメモを入れた」って言ってたっけ? それ見れば、なにか分かるかな?


 わたしは、箱の中を探ってみる。すると、ふたつに折り曲げられた手のひらサイズの紙が数枚出てきた。開くと、手書きの文字でなにやらいろいろと書いてある。


『ディアデバイスの使い方!』


丸っこい可愛らしい字で、大きくそう書いてあった。来殿さんの文字だろうか。わたしは、その文字を読み進める。


『ディア・デバイスってのは、ディア戦士用スマホだよ! これであたし達は連絡を取りあったり、任務の詳細を告げられたりするんだよ!』


なるほど。ディア戦士に関する連絡は、全部これに来るってことだな。


再度、デバイスの画面を見ると、LINEっぽいアイコンやメールっぽいアイコンがある。多分、これで連絡が確認できるのだろう。電話っぽいアイコンもあるから、通話もできるのだろう。


来殿さんが書いたであろう、ディア・デバイスに関する概要はさらにつづく。


『あと、このデバイスで変身できるよ。変身した時は、デバイスの形が変化して武器になる!(そこらへんの詳しい話は、今度、一緒に戦った時に説明するね!)』


……ってことは、下手にいじると、ここで変身しちゃうってこと……?


わたしは怖くなり、静かにディア・デバイスの電源を切る。


メモの中にある文字を追った。そこには、アプリの説明が書かれている。基本的な事項のみが簡潔に書かれているのみで、アプリの詳細については、いまいちよく分からない。


来殿さんに直接いろいろ聞かないとな……そう思った瞬間だった。


キーンコーンカーンコーン……


予鈴がなった。


わたしは、慌ててディア・デバイスを、箱の中に入れ、蓋をする。そして、教室へと駆けていった。


教室にはいるなり、クラスメイトからの質問攻めにあったが……ディア戦士のことを彼らに告げる訳にはいかないので、適当に誤魔化して返しといたのはまた別の話。
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