本編
数日後。ルリヤの街のとある服屋の試着室にて。
ふりっふりのくるぶしまであるワンピースに、高いヒール。金色の長い髪に、アイスブルーの瞳。顔は化粧を施され、少しけばけばしい。
これが、今の私の格好である。
……どうなってんだ。これ。私は、試着室にある鏡の前で、1人ぽつんと立ちすくむ。
結局、私は女装することとなった。アルフォンソ王太子から、「いい囮になる」と言われたからである。あの祭司は、女としての私に興味を抱いていた。であれば、私が女としてあらわれ、彼と会話すれば、もしかしたら進展があるかもしれない……との事である。一応、黒髪の私は、「男」ということになっているので、別人として変身している。
……とはいえ、下々の街でこの金髪はかなり目立つのだが。てか、目立たないためにアルフォンソ王太子、髪の毛と目の色変えたのに、私が目立ってどうするんだ。腹の内でツッコミをいれる。
「レオ。出来た?」
「……はい」
……うう。見せるのが恥ずかしい。私は、震える手をドアノブにのせる。
がちゃり。扉を開ける。
アルフォンソ王太子と相見えた。とはいえ、私は羞恥が故に俯いているため、彼の反応を見ることができない。
「ど、どうですか……?」
恥ずかしすぎて、アルフォンソ王太子と目が合わせられない。私の声も震えているだろう。
「うーん……可愛いんだけど、もっと化粧薄くできない?」
「これ以上化粧を薄くしちゃうと、祭司に正体がバレます。顔、おかしいですか?」
「いや。まったくおかしくない。かなり美人だと思う。ただ、もうちょっと化粧が薄い方が、俺好みだなって思って」
好みの問題かい。まあ、とはいえ、違和感なく女装出来て良かった。私の場合、本来の性別に戻っただけだが。
「えっと……これで、今から礼拝へ向かえばいいんですよね?」
「ああ。大丈夫か?」
「大丈夫じゃありません。恥ずかしすぎて死にそうです」
頬をふくらませ、訴える。すると、彼は一瞬顔が固まった後、「ごめんごめん」とヘラヘラしながら、謝った。さすが、兄上の友人。人を腹立たせることに関しては超一流だ。類は友を呼ぶのだろう。
「レディ。お手を」
その場で苛つく私に向かって、手を差し出すアルフォンソ王太子。悔しい。ほんの数秒前までただのムカつく男だったのに、こういうことをすると、紳士っぽく見える。顔がいいからか。スタイルがいいからか。王太子のオーラを纏っているからか。手を差し出し、#乙女__わたし__#をリードしようとする姿が、とても様になっている。私は、ゆっくりと、彼の手を取った。
「レオ……って呼ぶのは違和感あるよな。なんて呼ぼうか」
「レオナとかでいいんじゃない?」
「それじゃあ、捻りが無さすぎだろう。ジャスミンとかどう? 俺が好きな花なんだ」
「なるほど。いいですよ」
ジャスミン。響きが可愛い。花の名前っていうのも女の子っぽいし。
「じゃあ、ジャスミン。店から出よっか」
「服のお会計は?」
「俺が払っといた」
……また、払わしてしまった。私が財布を出そうとしても、また、彼の手が制す。
「この女装計画自体、俺の提案なんだ。君はびた一文も払わなくていい」
優しく制す彼。私は、渋々ながら、後ろに下がる。アルフォンソ王太子は、フードを目深に被る。私もフードを被ろうとするが、アルフォンソ王太子がそれを制す。
「可愛い顔を見せて」
「でも……」
「変装した意味が無くなるだろう?」
にこりと私を見つめるアルフォンソ王太子。その瞳に宿る圧に、私は負けてしまう。私は、フードを被らずに、外に出ることとなった。
店を出る。すると、人々の目線は、私にくる。ほら、やっぱり、金髪青眼は目立つって。黒髪茶眼の方がよかったって。フード被った方がよかったって。私は、アルフォンソ王太子と手を繋ぎながら、彼の後ろに隠れる。
……うぅ……視線が痛い。
「みんな、君が可愛いから見てるんだよ」
嘘つけ。絶対、髪の色と目の色だって。アルフォンソ王太子は、私の頭をポンポンと撫でながら、人混みの中へ足を進めていく。私は、それに着いていくのが精一杯で、周りの声など、聞こえていない。
私たちは、サンドラ教会の近くにある森にて解散する。
「頑張ってくれよ」
「はい」
「何かあったら、すぐに逃げるんだよ」
「……はい」
「何かあったら」って……。心配しすぎだろう。一応、私はベルナルド王太子の護衛なのだ。自分の身くらい、自分で守ることができる。
とはいえ、彼の目は真剣そのもので。私は、彼の目を見て、頷くしか無かった。私は、サンドラ教会への坂道を、登る。
坂道には、多くの人がいた。彼らは、額に汗を浮かべ、教会へと向かっている。それが、彼らの信仰心の厚さ……サンドラ教会への信頼として目に見える。
やっと、教会まで来た。私は、ゆっくりとその中へ入る。そして、並べられている椅子のひとつに座った。
私が椅子に座ると同時に、礼拝がはじまった。私は、黙って礼拝に参加する。賛美歌が聞こえ、パイプオルガンの音が鳴り響き、昨日の例の司祭のありがたい話を聞いて。こうやって見ると、本当に普通の教会のように思える。闇の魔術師が出入りしているという噂が嘘のようだ。
あっという間に礼拝が終わる。私は、立ち上がり、外へ出る。瞬間――
「ねえねえ。そこのお姉さん」
背後から、誰かに話しかけられた。
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