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本編


 「いらっしゃいませ!」


 「安いよ、安いよー!」


 「そこの兄ちゃんたち! このアクセサリー買っていかない? 女の子に渡せば、きっと喜ばれるぜ」


 商店街の店員たちが客寄せをする声。私たちは、賑わう街の中を歩きゆく。


 人、人、人。辺りは、人ばかり。道の両脇には、たくさんの店や屋台が並んでいる。


 「賑わってるねぇ……」


 私が案内役であるはずなのに、アルフォンソ王太子の方が前にいる。アルフォンソ王太子が、道を作り、私はその影に隠れ、あとに続いている形だ。


 ……アルフォンソ王太子、背が高いな。人混みの中でも、頭一つ飛び出している。一方の私は女性としての平均身長。男としてはとても小柄な部類に入る。正直、背が高いアルフォンソ王太子が羨ましい。


 ふと、どこからともなく、香りがした。香ばしくて、甘い匂い。私の目はその匂いの元へ向かう。


 あったのは、1軒の屋台。あたりの店よりも古びた屋台であるが、一生懸命、営業している。看板には、「ワッフル」という文字がかかれていた。


 ワッフル。美味しそう。


 もう、何年も食べていないな。王太子の補佐官となったゴタゴタで、最近は甘いものを食べる余裕は無かった。それに、糖質制限もしているため、昔のようにバクバクとお菓子を食べられない。


 アルフォンソ王太子が、私の目線がワッフル屋へ向かったことに気がついたようだ。彼がそこを指さす。
 

 「あれ、食べる?」


 アルフォンソ王太子の提案。とてもとても魅力的な提案だ。最近は頑張っているし、ほんの少しだったら、食べてもいいかな。


 しかし、今はそれどころじゃない。


 「……調査は?」


 「息抜きも必要だよ」


 息抜きって……さっき来たばかりじゃないか。息抜きって普通、しばらく働いてからするものでしょう。


 アルフォンソ王太子は、有無を言わさず、私の手を引く。そして、その売店の前に止まった。食欲をそそる匂いが、近くなり、私のお腹が思わず「ぐぅー」となる。


 屋台の中から、ひょっこりと中年男性が顔をのぞかせた。


 「おお、兄ちゃん。食ってくか?」



 「ああ。2人分ください」


 「あいよ」


 ワッフル屋の店主の姿が見えなくなる。しばらくして、2つのワッフルをもつ店主があらわれた。店主がワッフルをアルフォンソ王太子に渡す。


 私は、ポケットのなかから、お金を取り出す。自分でお金を払おうとしたが、アルフォンソ王太子にとめられた。


 「俺が払うよ」


 「……え?」


 「俺の方が、お金もってるから。俺に払わせて」


 待って。ただの側室の王子が、隣国の王太子に奢られるとか、ありえない。私は、彼に反抗しようとしたが、彼はさっさと店主にお金を払ってしまう。


 そして、彼は私の肩を抱き、屋台から離れた。


 人混み外れたところにある公園にある噴水の縁に、私たちは腰掛ける。


 「お金、絶対受け取らないからね」


 トドメを刺された。ちゃんと払おうとしたのに。アルフォンソ王太子の優しいながらも鋭い目付きにたじろぎ、私は、渋々、財布に伸びていた手をひっこめた。


 しょうがない、ここは諦めるしかない。その分、今回の任務でしっかり働いて返そう。


 私は、ちびりとワッフルをかじる。ほんのりとした甘さが、私の口いっぱいに広がった。


 美味しい。



 「レオは誠実なんだよね」


 アルフォンソ王太子は、面白そうにクスクスと笑う。


 レオというのは、一時的な私の呼び名だ。調査の際、周囲の人に私がレオン王子だということがバレるとめんどくさい事になる。そのため、彼には、私のことをレオと呼んでもらうこととなったのだ。ちなみに、私は彼のことをアルと呼ぶことになっている。


 「そういえば、甘いものが好きなんだってね」


 「ええ。兄から聞いたんですか?」


 「うん。昔は一緒にケーキを食べてたんだって自慢してたよ」


 「はぁ……」


 あの男は、隣国の次期王になんていうくだらない話をしてるんだ。他にも私に関するどうでもいい話を度々しているようで、申し訳なくなってしまう。


 「これ食べ終わったら、すぐにサンドラ教会に行こう」


 「分かりました」


 サンドラ教会。ここで、闇の魔法使いの出入りが目撃されているらしい。サンドラ教会は、元々、寂れた教会であった。しかし、最近、国内から祭司が来て、賑わいを見せてきているという。


 もしかして、その祭司も、闇の魔法使いと関わりがあるとか。


 そう思った途端、サンドラ教会のことが凄くきな臭くなってきた。闇の魔法使いたちの居城になっている可能性だってある。


 ワッフルの最後の一欠片を飲み込む。ふと、隣を見ると、アルフォンソ王太子もワッフルを食べ終えていた。


 「じゃあ、行こっか」


 アルフォンソ王太子が立ち上がった。私も身を引きしめ、その場から立ち上がる。
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