本編
「あー。俺だけじゃどうしようもなんねぇし、レオン呼んできて。多分、訓練所にいるから」
レオン王子との初対面を果たした翌日の朝、ベルナルドに闇の魔法使いに関する情報共有をしようとした時。
ベルナルドからそんなことを言われた俺は、レオン王子に会うため訓練所へ向かった。複雑な宮殿内であるが、ベルナルドに以前、案内されたことがあるため、場所は知っていた。
訓練所には、彼の姿しか見えなかった。彼は、熱心に剣技を磨いている。とはいえ、彼が一人で訓練することに飽きているということは、彼の豊かな感情変化を察することができる俺にはすぐにわかった。
俺が訓練所に入るなり、すぐに彼は俺の存在に気がついたようだ。横目でこちらを見た彼の顔を見ると、思わず笑みが漏れてしまう。
「訓練って相手がいないと、やりごたえなくない?」
思わず言ってしまった。
――彼の本気がみたい。
俺のその心は、彼にも届いたようで。「手合わせしてくれるんですか」という、ほんの少しだけ喜びを孕んだ声が、俺の耳に聞こえた。
俺とレオン王子は手合わせをすることとなった。
レオン王子の剣技はとても美しかった。まるで、剣を持って舞うかのような動きである。
ああ。たしか、彼は踊り子の息子だったんだっけ? 彼の戦う様を見て、思わずそんなことを思い出す。
彼の剣技は美しいだけではない。力が出ない分、スピードと柔軟性で補った、隙のない動き。さすがはフォードル一の剣の達人だ。剣技に関してはかなり自信のある俺でさえ、翻弄される。戦いの場が訓練所だからついていけているが、これがもし、立地の悪いところだったならば、俺は負けていただろう。
彼の口から「ふっ」という小さな笑い声が聞こえた。よくよく見ると、口元にささやかな笑みが浮かんでいる。
氷像の王子の笑みは、蠱惑的なものだった。人を魅了する、艶やかな笑み。同性であるはずなのに、思わず、ドキリとしてしまう。
この子、俺との戦いを楽しんでいるのか……?
そう思うと、俺の気持ちも明るくなる。
もっと楽しみたい。もっと楽しませたい。もっと彼の強さを見たい。
ああ、もっと彼のことが知りたい。
「ねえ、君。魔法が使えるんだろう? ちょっと見せてよ」
氷像の王子と呼ばれる所以──それは、彼の態度や性格だけではない。彼が持つその「能力」も、異名の形成に加担している。
情報が正しいならば、彼が操るのは氷の魔法のはず。人を寄せつけない美しさを持つ彼にはぴったりの魔法だ。
さあ、見せてくれ。
挑発するように笑うと、彼の笑みに更に深みが増した。
そして、しばらくして。
彼の剣が冷気を帯びる。ヒヤリとした感覚が、俺の周りを覆った。それと同時に、俺の周りに、氷の壁が立ち塞がる。
氷属性の魔法を見たのは、はじめてだった。ベルナルドも、フォードルのほかの知人も、炎属性の魔法を操ることが多い。フォードル王国の現皇帝は、氷魔法を操るというが、それもなかなかお目にかかることは出来ないのだ。
――美しい。
目の前に広がる氷の壁を見て、そう思ってしまう。しかし、今は戦いの場だ。俺は、名残惜しいと思いながらも、その壁を切り裂く。
ひきつづき、戦う。
これは、なかなか決着がつかないだろう。そう思った瞬間だった。
ベルナルドがあらわれ、俺たちの間に入った。
ああ、そうだ。俺、たしか、ベルナルドにレオン王子を連れてこいって言われてたんだった。夢中になりすぎて、本来の目的を忘れてしまっていた。
案の定、ベルナルドからは軽いお小言を言われる。そして、彼からさっさと執務室へ行くよう、促された。
先に訓練所の外に出るベルナルド。
レオン王子もそれにつづこうとする。
小さな、小さな背中。思わず、それを目で追ってしまう。
俺は反射的に、レオン王子の腕を掴んだ。レオン王子は、一瞬、目を丸くした。
「俺の臣下にならない?」
――この子が欲しい。
ベルナルドが大事にしている可愛い弟。補佐官という地位まで与え、手元に置いている弟。そんなことは知っている。
でも、欲しい。心の底から、彼を欲している。俺がここまで心惹かれたのは、初めてなのだ。
彼は、困ったような顔をする。そして、「私の一存では決めることはできません」という、婉曲的な断りの言葉を言い放った。
それでも諦められるものでは無い。
「ベルナルドにきけばいいのかな?」
「多分……」
曖昧な返事。
ベルナルドが、なかなか訓練所から出てこない俺たちのことを呼ぶ。
――諦められない。
彼が欲しい。
煮えたぎる欲望を隠しながら、俺はレオン王子の横を歩き、ベルナルドの執務室へと向かった。
レオン王子との初対面を果たした翌日の朝、ベルナルドに闇の魔法使いに関する情報共有をしようとした時。
ベルナルドからそんなことを言われた俺は、レオン王子に会うため訓練所へ向かった。複雑な宮殿内であるが、ベルナルドに以前、案内されたことがあるため、場所は知っていた。
訓練所には、彼の姿しか見えなかった。彼は、熱心に剣技を磨いている。とはいえ、彼が一人で訓練することに飽きているということは、彼の豊かな感情変化を察することができる俺にはすぐにわかった。
俺が訓練所に入るなり、すぐに彼は俺の存在に気がついたようだ。横目でこちらを見た彼の顔を見ると、思わず笑みが漏れてしまう。
「訓練って相手がいないと、やりごたえなくない?」
思わず言ってしまった。
――彼の本気がみたい。
俺のその心は、彼にも届いたようで。「手合わせしてくれるんですか」という、ほんの少しだけ喜びを孕んだ声が、俺の耳に聞こえた。
俺とレオン王子は手合わせをすることとなった。
レオン王子の剣技はとても美しかった。まるで、剣を持って舞うかのような動きである。
ああ。たしか、彼は踊り子の息子だったんだっけ? 彼の戦う様を見て、思わずそんなことを思い出す。
彼の剣技は美しいだけではない。力が出ない分、スピードと柔軟性で補った、隙のない動き。さすがはフォードル一の剣の達人だ。剣技に関してはかなり自信のある俺でさえ、翻弄される。戦いの場が訓練所だからついていけているが、これがもし、立地の悪いところだったならば、俺は負けていただろう。
彼の口から「ふっ」という小さな笑い声が聞こえた。よくよく見ると、口元にささやかな笑みが浮かんでいる。
氷像の王子の笑みは、蠱惑的なものだった。人を魅了する、艶やかな笑み。同性であるはずなのに、思わず、ドキリとしてしまう。
この子、俺との戦いを楽しんでいるのか……?
そう思うと、俺の気持ちも明るくなる。
もっと楽しみたい。もっと楽しませたい。もっと彼の強さを見たい。
ああ、もっと彼のことが知りたい。
「ねえ、君。魔法が使えるんだろう? ちょっと見せてよ」
氷像の王子と呼ばれる所以──それは、彼の態度や性格だけではない。彼が持つその「能力」も、異名の形成に加担している。
情報が正しいならば、彼が操るのは氷の魔法のはず。人を寄せつけない美しさを持つ彼にはぴったりの魔法だ。
さあ、見せてくれ。
挑発するように笑うと、彼の笑みに更に深みが増した。
そして、しばらくして。
彼の剣が冷気を帯びる。ヒヤリとした感覚が、俺の周りを覆った。それと同時に、俺の周りに、氷の壁が立ち塞がる。
氷属性の魔法を見たのは、はじめてだった。ベルナルドも、フォードルのほかの知人も、炎属性の魔法を操ることが多い。フォードル王国の現皇帝は、氷魔法を操るというが、それもなかなかお目にかかることは出来ないのだ。
――美しい。
目の前に広がる氷の壁を見て、そう思ってしまう。しかし、今は戦いの場だ。俺は、名残惜しいと思いながらも、その壁を切り裂く。
ひきつづき、戦う。
これは、なかなか決着がつかないだろう。そう思った瞬間だった。
ベルナルドがあらわれ、俺たちの間に入った。
ああ、そうだ。俺、たしか、ベルナルドにレオン王子を連れてこいって言われてたんだった。夢中になりすぎて、本来の目的を忘れてしまっていた。
案の定、ベルナルドからは軽いお小言を言われる。そして、彼からさっさと執務室へ行くよう、促された。
先に訓練所の外に出るベルナルド。
レオン王子もそれにつづこうとする。
小さな、小さな背中。思わず、それを目で追ってしまう。
俺は反射的に、レオン王子の腕を掴んだ。レオン王子は、一瞬、目を丸くした。
「俺の臣下にならない?」
――この子が欲しい。
ベルナルドが大事にしている可愛い弟。補佐官という地位まで与え、手元に置いている弟。そんなことは知っている。
でも、欲しい。心の底から、彼を欲している。俺がここまで心惹かれたのは、初めてなのだ。
彼は、困ったような顔をする。そして、「私の一存では決めることはできません」という、婉曲的な断りの言葉を言い放った。
それでも諦められるものでは無い。
「ベルナルドにきけばいいのかな?」
「多分……」
曖昧な返事。
ベルナルドが、なかなか訓練所から出てこない俺たちのことを呼ぶ。
――諦められない。
彼が欲しい。
煮えたぎる欲望を隠しながら、俺はレオン王子の横を歩き、ベルナルドの執務室へと向かった。