2025〜2026 冬の思い出 短編集
忘年会の品定め
美月輝明は、容姿端麗・文武両道・学歴上等の非の打ち所のない27歳モテ男であった。あらゆる女を手玉に取り、その青春を好色に染め上げたと思われる。が、その実はかなり質素で健気な男であった。一夜の関係などという軽い情愛は苦手な質である。
さて、この男には昴という親友がいた。彼は同郷の幼なじみであり、大学も同じ大学、同じ学部、同じ学科、同じ研究室であった。竹馬の友である。
来たる12月24日。世間はクリスマスイヴと言われる時期であるが、現在彼女のいない輝明たちには関係の無いことであった。雨がしとりしとりと降る、つれづれとした頃であった。輝明の家でしめやかに“忘年会”が開かれた。
「輝明。最近、女とメッセージとかしてないのか?」
昴はにたりと笑みを浮かべながら、机の上に置いてある輝明のスマホを奪おうとした。しかし、それをすぐに察知した輝明は自分のスマホを、ズボンのポケットにしまい込む。
「面白いものはなにもないさ」
「馬鹿言え。お前の態度は何か面白いことがある時の態度だ。……どれどれ」
「あっ」
昴が輝明のズボンの中に手を入れ、スマホを取り上げる。そして、なぜかパスワードを容易に解除し、メッセージアプリを見る。そこにあったのは、家族からのメッセージや友人からのメッセージばかりで、色目かしいものは何も無かった。強いていえば、女の連絡先はある。が、輝明の方から何かコンタクトを取るようなものはなかった。昴はつまらなさそうに、輝明にスマホを返す。
「なにもないな」
「言っただろ」
輝明は呆れた口調でそう言った。そして、スマホを奪い返す。そして、ギロッと昴を睨む。
「俺のやつを勝手に見たんだから、お前も見せろよ」
「おお。いいぞ」
あっさりとした軽い返事が返ってきた。昴は口笛を軽く吹きながら、スマホを操作する。そして、メッセージアプリの画面を差し出した。
「お前が見て面白いもんは何もないぜ」
スマホをスワイプしてみる。昴はありとあらゆる女と連絡を取りあっていた。中には、輝明が知っている名前もある。たしか、こいつ付き合ってる女の人いたよな? あまりにも見境のないこの男に、輝明は呆れてしまう。
「最近なぁ、俺は気がついたんだ」
「なにを?」
「女ってのは 、まあいろいろいるわけだ。それぞれいい所も悪いところもある。文化の違い、価値観の違い、金銭感覚の違い……いろいろある。それを全て愛してやるってのが男ってぇもんだ。ただ、俺らも人間だ。それをやるったって限度はある。だから、それができる女を選ばなきゃいけない」
「はあ……」
長々と話すが、昴の言葉は輝明の心には響いていなかった。
「結論、女ってのは自分の身の丈にあった相性のいい女を選ぶのがいいってわけよ」
「身の丈にあった?」
「ああ。容姿も、性格も、社会的な地位もな」
昴が誇らしげにそう言ってビールをあおったその時。ピンポーンとインターホンがなった。輝明は玄関に行き、客人を迎える。そこに居たのは、2人の男だった。達也と憲正――輝明も昴も知った顔である。彼らは昴と輝明の大学の同期であり、同じ研究室の仲間であった。なお、憲正は大学院生であり、他は社会人だ。
「ごめん、遅くなって」
そういう達也の手にはビニール袋があった。つまみを持ってきてくれたのだ。男4人でひとつの机を囲
む。
「なあ、お前らはどう思うよ」
昴は完璧に出来上がっていた。頬は赤く、言葉も少し呂律がまわっていない。「どうもクソも何の話?」という達也に、輝明は先程の話を2人に伝えた。
「お前らはどう思うよ」
昴が再度問うた。
すると先に反応したのは、憲正であった。頭をバリバリとかきながら、ビールの蓋を開ける。
「まあ……やっぱ女は顔だよなとは思う」
輝明が言い放った。
「ほう、おまえ何かネタがあるのか」
昴がにちゃりとしたいやらしい笑みを、憲正に向ける。
「ほら、言うじゃないか。顔さえ良ければそれでいいって」
彼は余裕たっぷりな声色だった。輝明と達也は静かにそれを聞いた。昴は顔がうるさかった。
「ほら、大学一緒だった美幸ちゃんみてぇなさ。」
「美幸ちゃんは顔はイマイチだぜ。おっぱいはデカかったがな」
「お前の好みの問題だろ。美幸ちゃんはカワイイ系だ。ああいう女はベッドの中でな……」
2人の話は段々と猥談に発展していく。会話の中で美幸ちゃんは一糸まとわぬ姿にされ、痴態を晒した。
「でも、美幸ちゃん今年結婚したよ」
達也が言い放った。昴と憲正はバッと達也の方を見る。
「誰と!?」
「IT系のサラリーマンだったよ……ほら」
そう言って、達也はSNSを見せる。3人は達也のスマホを覗き込む。そこには花嫁姿の可愛らしい女性がいた。隣に立つ新郎はかなりの男前であった。しかも、豪勢な結婚式である。友達も多い。かなり充実した生活をしていることが伺える。幸せそうな二人であった。
昴と憲正は肩を落とす。
「身の丈あった相手に落ち着いたんだよ」
輝明が言い放つ。
「彼女の身の丈にあった男性ってのはこういう男なんだよ。この男がどんな相手か分からないけど」
「そうだよな。俺はもっと可愛くておっぱいがでかくて、細い女が似合うよな。美幸ちゃん、しばらく見ない間に太ってるし」
酷い言い草である。さっきの身の丈論で言うなれば、憲正は明らかに美幸よりも格下である。美幸ちゃんがどんな女性かは知らないが、この男の餌食にならなかったことが幸いである、と輝明は思った。
「そういえば、おまえらは彼女どうしたんだ?」
憲正が昴と達也に意識を向けた。昴には2ヶ月前に付き合い始めた彼女が、達也には7年間付き合ってきた彼女がいたはずである。昴と達也が険しい顔になった。このクリスマスイヴの日の飲み会に二つ返事で参加した男である彼らである。輝明と達也は何となく彼らの事情を察した。
「酒入れちまったしなぁ……忘年会だしなぁ……いっちょ話すかぁ……」
昴が肩を竦めた。そして、ビールをちびちびと飲みながら、語り始めた。
「おれぁ、つい最近別れたぜ」
「なぜ?」
問うのは憲正であった。彼は前のめりになり、昴の話を聞く。
「まあ、確かに美人だし、夜も最高だったんだけどよ……俺にはちと格上すぎた」
なるほど、通りで身の丈がという話が出たのだ、と輝明は納得した。昴はさらに話を進める。
「めちゃくちゃ頭が良かったんだ。高学歴だったんだが、勉強ができるってのとはまた違う。ありゃあ、地頭がいいし教養があったんだな」
「いいじゃん、頭がいい女の子」
茶茶を入れるのは憲正である。
「いや、よくねぇぞ。趣味はあわねぇし、デートも俺はカラオケとかボーリングとかに行きたいのに、あっちが出す案は美術館だの博物館だの図書館だ」
「美術館も博物館も楽しいじゃん」
「いや、楽しくないね。おまえは知らねぇだろ、こういうのは男のプライドがゴリゴリ削られるんだ。博物館とか美術館とか行っても、俺よりもあっちの方が知識が上。上から目線で解説なんてされた日にはもう、イライラするやら、いたたまれないやらで……」
切なさ滲む声であった。正直、輝明からしたら昴は器の小さい男にしか見えない。が、彼のその姿は溶けかけの雪兎のように儚い。見てて痛々しかったのだ。
「だからやっぱり、自分の身の丈にあった女が1番だ」
今日1番の声を上げた。そして、柿ピーの袋をバリッと開け、それを乱暴に食べ始めた。
「達也! 今度はお前の番だぞ」
昴が達也を睨みつける。達也は小さなため息をついた後、「わかったよ」と言った。達也の彼女の話は、輝明も知っていた。大学時代に出会い、同棲までしていた。きっと、結婚まで行くと思っていたが。
「たしかに付き合ってた。だけど、疲れちゃったんだ」
「疲れた?」
憲正が怪訝な声をあげた。
「いや、うちの元カノ、たしかに付き合った頃は可愛くて仕方なかったよ。ただ、段々と可愛く見えなくなってきてね」
達也が困ったように微笑んだ。
「誕生日プレゼントあげても『これじゃない』って文句言うし、丁寧なエスコートを求めるくせにそのエスコートが気に食わないとすぐ不機嫌になるし」
「それはお前が女心分からないからじゃないのか?」
昴がまるで己が恋の達人であるかのようにそう言った。達也は首を傾げる。
「それもあると思うよ。無口だし、人と関わるの苦手だし。女心どころか、共感性もあるか怪しいのは自覚してる。だから、できるだけ彼女が何が欲しいか事細かに聞いたり、好きな物は何か調査したりする努力はしたよ」
達也の真面目な性格は輝明も知っていた。というか、達也が彼女のプレゼントを買いに行くのについて行ったことがある。その際、輝明は彼女の為に一生懸命プレゼントを考える達也の姿を見た。サプライズで彼女の好きなデパコスを買っているのも見たことがある。輝明から見れば、達也は彼女に尽くしている彼氏であった。きっと彼女にもそれが伝わっている……そう思っていた。
「今年から同棲をはじめたんだ。だけど、生活費払うのは全部俺。家事も俺。あっちも忙しいのは分かってるが、俺が仕事してたり家事してたりする間、彼女はスマホをいじってる」
「手伝ってって言えばいいじゃん」
「それを言うとすごい不機嫌になるんだ。そっちの方がめんどくさい。自分で我慢してやる方が楽なんだ。彼女からは寄り添ってくれる優しい彼氏って言われてたけど、もうそれを演じるのが疲れたよ。俺の優しさは優しさじゃなくて、ただの我慢なんだ」
達也はふうっと息をついた。
「最後は喧嘩別れだったよ。俺がゴミを捨て忘れたのを見て、彼女が不機嫌になってさ。この時、俺は感情的になって言っちゃったんだ。『いつもやってやってるだろう?』って。そこから言い争いになってそのまま同棲解消だよ」
普段はあまり喋らない彼であるが、饒舌だった。まるで、心の中のダムが壊れたかのように、心の声が勢いよく漏れている。それを聞いた昴が「そりゃあ酷いぜ」とこぼした。
「立派なモラハラじゃねぇか」
「でも、好きではあったからさ。あんまり悪く言わないであげてよ。結婚も考えてたしね。でももう正直、もう付き合って行ける気はしないね。一緒に幸せに生きる未来が見えない」
「未練はないのか?」
「ないよ」
達也がスッキリした声でそう言った。しかし、「でも……」とさらに話が続く。
「彼女からはまだメッセージは来るんだ」
「は? 見せろ!」
昴と憲正が強引に、達也のスマホを奪った。そして、強引にパスワードを突破し、強引にメッセージを見る。
そこにあったのは、達也の彼女からのメッセージであった。「ごめんなさい」という言葉と共に、復縁したいという旨がつらつらと綴られている。輝明は、正直このメッセージを見て、かなり重い女だなと思ってしまった。
「返信しねぇの? これ」
「しようしようと思ってそのままになってる」
「任せろ、俺がしてやる」
そう言って、昴がメッセージを打とうとした。それを制したのは輝明であった。
「やめろよ。二人の関係だろ? 他人が首をつっこむものじゃない」
輝明は、スマホを奪い返し、達也に渡す。達也はそのメッセージをじっと見つめたあと、「わかった。返信するよ」と言った。そして、ポツポツと電子上に言葉を紡ぐ。しばらくして達也の手が止まった。
「おい、見せろよ」
そう言って、昴がスマホを覗き込む。そして、彼は頭を抱えた。
「『この間はごめん、少し話せないか?』って……これは相手期待させちまうよ。別れたいんだろ?」
「でも、ここで怒らすとめんどくさいからな」
「お前そう言ってまだ未練があるんだろう?」
そう言われた達也は無口になる。正直、達也が抱いているのは愛ではなく、怠惰と情である。それで、彼女との関係をズルズル続けて、達也が幸せになるとは、輝明は思えなかった。が、ただの友人である輝明ができることはないに等しい。
これも身の丈にあった相手ってこと……と疑問に思うが、何かしっくり来ない。
「身の丈以外にも何か大切なことがあるか」
そう思い、ピンと来た。
思いやりだ。お互いの思いやりがないのだ。もちろん、身の丈にあった相手というのは大切である。ただの一般人が芸能人と付き合えば、その価値観に打ちのめされるだろう。だが、それよりも大切なのは思いやりである。憲正と昴はもちろん女性への思いやりがなく、相手を対等に見ていない。輝明はできることはやったと思うが、相手からの思いやりがなかった。
相互に対等に助け合い、補完していけるような関係が理想か……と輝明は自分の中で決定づけた。
そうとは言うものの、恋愛とは人を阿呆にするものだとつくづく思う。思いやりが大切とは言ったが、それが出来ないのが事実である。輝明は己の恋愛経験不足を恥じた。
雨がしとしとと降り、夜が段々と開けていくのであった。
