2025〜2026 冬の思い出 短編集


甘い甘い浮かれポンチ


2月12日
 私は喪女である。人に名乗るような名前はない。この世に生を受け、17年となったが彼氏もなく、好きな人もなく、誰かにモテたいという意識もなく。ただひたすらに趣味に耽った。なお、その趣味についてはわざわざここで言うことはしない。

 さて、2月の中頃のこの時期は世間はバレンタインデー一色である。周りの女達は「誰にチョコをあげるー?」と浮かれた声を上げ、男たちはソワソワしている。

 私はもちろんあげるような恋人などいない。だが、バレンタインという行事には興味がある。なぜ、彼らはこんなに「浮かれぽんち」になるのか。チョコレートという茶色い、甘いだけのものになぜそんな力があるのか。そもそも、バレンタインの起源を辿ると、聖バレンティヌスの命日に行き着く。たしか、彼は隣人への愛の精神をもって、結婚禁止の令が蔓延る世の中、聖職者として男女の結婚式を取り仕切ったが故に処刑をされた男だ。男女の縁に深い関わりがあるとはいえ、遠い時代の遠く離れた異国の地でカップルたちがキャッキャするこんなイベントの原点になるなど思っていなかっただろう。

 まこと不思議である。とはいえ、先も述べたが私はバレンタインデーに興味がある。つまり、このイベントを好意的な目で見ているのだ。どこかのモテない男子どものように「バレンタインなどくそくらえ」と思ったことはない。

 私もバレンタインに参加してみたい。むしろそう思ったのである。

 が、私は友達がいない。先も述べたが恋人もいない。家族にあげるのは何か少し違う。

 誰か、誰かいないか。
 
 教室を見回した時。目に入ったのは、地味目の男の子であった。眼鏡をかけ、常に学校から支給されるタブレットを見ている同じクラスの男子生徒である。名を、三藤颯太という。

 私は迷わず三藤に近づいた。

「おい、三藤」

「は、はい……」

 彼は驚いて目を丸くしつつも、声はどこか気だるげであった。まるで、「話しかけてくるなよ」とでも言うように。

 とはいえ、私が次言う言葉に嫌な気持ちはしないはずだ。

「チョコレートをあげたい」

 彼は、恋人がいない。調査済みである。彼の下校時、登校時、学校の様子はよく見ている。女の気配は無い。学校外に彼女がいるかもしれないと思い、彼と同じ中学の生徒、彼と同じ塾に通う生徒にも聞いたが、その不安も杞憂であった。

 彼は「はあ」と不機嫌そうに返事をした。私は思わず眉をひそめてしまう。

 なぜだ。男――特に恋人のいない男は「女からのチョコレート」を喜ぶものであろう? 私も一応は顔は可愛いはずだ。ぱっちりとした二重まぶた、すっと通った鼻筋、フェイスラインも綺麗だ。それにスラッとした体つきだし、おっぱいもでかい。主観的に見ても、客観的に見ても可愛い女の子だ。

 やはり、眼鏡か。私が身に付けているこの眼鏡が芋っぽいのか!

「わかった」

 私は彼の返事も聞かず、ひとり納得する。彼はそんな私に対しての反応はなかった。

 バレンタインまではまだ時間がある。明日はコンタクトで、そしてほのかに化粧をして。彼をギャフンと言わせてやるのだ!

 2月13日

 今日の私は非常に可愛い。コンタクトだし、顔も化粧してるし、髪も巻いてるし、スカートも短い。さらにいうなれば、コンタクトは「からこん」である。しかも、「フチあり」だ。最近はフチありのカラコンが流行ってるらしく、しかも私のような出目であればなお良く似合うらしい。

 私はいつも以上に自分に自信を持って教室に入った。クラスがざわめくのを感じた。男子が「相澤さんかわいい」と言っているのが聞こえた。よしよし。手応えは良い。

 私は一直線に、三藤の机へ行く。三藤はやはりタブレットで動画を視聴している。

「三藤」

 私が声をかけると、むくりと首をあげた。彼は私の明らかにいつもとは違う格好に、反応をよこすことはない。すこし悔しい。

「三藤。昨日も予告したが、明日はお前にチョコレートをあげるぞ」

 そう言う。が、返事はない。というか、眉と眉の間に深いシワが刻まれている。

 なぜだ。なぜなのだ。思考する。

 ああ、そうか。あまりにも女との関係がないから、冷やかしであると思っているのか! 可愛いぞ! 三藤!

 疑われているのなら仕方がない! 私は今日もひとりで勝手に納得した後、明日のことを妄想して口元を歪ませながら自分の席に座った。

 本番は明日である。

 2月14日

 チョコレートを買ってきた。ちなみに、手作りではなく、買ってきたチョコレートである。デパートで1200円。高級チョコではないが、よく見るブランドのバレンタイン限定のチョコレートである。このくらいが、気負いせず、ちょうど良いと思ったのである。あまり高すぎたり、手作りだったりすると相手が気負いしてしまうだろう。気配りができる私の最上級の選択である。

 さて、教室に入る。既に、友チョコをばら撒くギャルたちや、教室内で堂々と彼氏にチョコレートを渡すギャル、チョコを貰えず飢えた獣となり果てた男子生徒がいる。私が目的とする彼は、貰えてはいないが、獣とはなっていなかった。流石である。

「これ」

 私はチョコレートが入ったためらいなく差し出した。

「チョコ?」

 彼がとうた。私は鼻をふくらませながら頷いた。そして、彼の反応は――

 眉をひそめていた。

 なぜだ。なぜ嬉しそうではないのだ。女からのチョコレートである。嬉しいだろう?

「なんで喜ばないんだ?」

 私は単刀直入に聞いた。私の差し出したままのチョコレートはまだ私の手の中にある。

 三藤が頭をボリボリとかいた。
 
「君がなんで僕のことを好きなのか分からない」
「は? チョコレートを渡しただけで好きとなるわけではないだろう?」
「……いや、君の態度は僕のことを好きでいてくれる反応だよ」

 彼があきれたように小さくため息をついた。
「今日も僕のために化粧をしてきたんだろう?」
「君のためというか、「君にチョコをあげるため」だ」
「どっちにしろ、僕の為じゃないか」

 私は頬を赤く染めた。何か勘違いされている。だが、その勘違いが嫌なわけではなかった。

「君の方を見るとなぜかいつも目が合うんだ。それに学校帰り、僕の後をついてきているだろう?」

 ばれている。しっかりとばれている。私の顔が更に赤くなっていく。私は照れ臭くなってチョコレートを背中に隠した。

 「まって」

 彼が私のチョコを持っている手を制した。そして、そのチョコが私の手から彼の手へと渡る。

 「僕のためのチョコレートだろう?」
 「……ああ」
 
 私がうなづくと、彼はそのチョコレートをまじまじと見つめた。そして。

 「チョコレートを受け取る代わりに、ひとつ条件があるんだ」
 
 そういって。彼がむくりと立ち上がって。私の口元に耳を寄せる。ぽつりとひとつの言葉をつぶやいて。私の頭はその言葉でいっぱいになって。真っ白になって。他の「浮かれぽんち」たちの気持ちを一瞬にしてわかってしまった。

 私はこくんとうなづくと、彼はにこやかな表情をうかべてチョコレートを受け取った。

 さて、この甘い甘い出来事は「教室で」起こったことである。私たちの関係はあっという間に知れ渡ってしまって。私も彼もただの「浮かれぽんち」の有象無象の中へ溶け込んでしまったのであった。
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