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事は看守長室の冷蔵庫の中にあった私のプリンがなくなっているところから始まった。
冥界堂のプリンである。なめらかな舌触りと、香ばしいカラメルソース。我々の世界では天下一品として知られるスーパープリンである。
昨晩、私は自分へのご褒美としてそれを買い、周りに自慢して回った。天喜にはあきれられたが、ほかの看守たちや夢路にはうらやましがられた。
それが朝になくなっていた。
犯人は分かっていた。優朴である。奴は私のプリンに対し、異様に反応していた。
目を輝かせ、「たべていい?」と言っていたあいつの反応を、私は絶対に忘れない。あれは、ただのおねだりじゃない。あのときの優朴の目は、獲物を狙う獣の目だった。
さて、そんなプリンが朝になったらなくなっていた。プリンがなくなったことに気づいた私がまずしたことは、探索である。私はありとあらゆる所を探した。
看守長室、第一寮、第二寮、第三寮、第四寮、そして優朴が担当する第五寮。余すところなく、すべて探した。が、なかった。
こうなったら、在処はあそこだ。優朴の胃袋の中だ。
とはいえ、食われてしまったものはどうにもならない。私とて、吐き出されたものは食いたくない。
できることはただ一つ。ふたたび、プリンを買いに行くことだ。
しかし、宿り心監獄の仕事は今日もある。あと、数十分したら仕事だ。
買いに行く時間はない。だが、私はどうしても冥界堂のプリンが食べたい。勝手に食われたのも腹が立つ。
――こうなったら、仕事をさぼってでもプリンを買いに行くしかない。
私は外に出る支度をして、監獄を出ようとする。が、途中で夢路に見つかった。
「どちらに行かれるのですか?」
ぎくり。背筋に汗が伝う。
「ちょっと。仕事!」
「なるほど。いってらっしゃいませ」
よし、なんとか撒けそうである。おそらく、見つかったのが天喜だったらこんなにうまくいかなかった。察しのよくない夢路だったのが救いだ。
私は監獄を出て、町へと繰り出した。
この世界は彼岸でも此岸でもないが、一応町はある。私が向かったのは、商店街だった。ここには、冥界堂の本店がある。
朝一なのに、すでに並んでる。私はその列に並んだ。
しばらく並ぶ。数刻したら、私は列の前の方に来ていた。よし、もうすぐ私の番だと思ったそのとき。突然、私の目の前に1匹の蝶がやってきた。その蝶は私の指にとまり、そして一枚の紙になる。
夢路からの手紙だった。
『看守長、間口悠と槇原雪を会わせてもよいでしょうか? 間口様の方が槇原様に会いたいといってます』
はて。槇原雪の収監はまだのはずだったが。別の女と間違えてるのか?
「いらっしゃい。お嬢さん、何にするんだい?」
あ、いつの間にか私の番になってる。私は手早くメモを取り出し、『悠、女ノ逢フコト、シバシ待テ』と一言書いて夢路に送った。
冥界堂の主人は穏やかそうなおじいさんだった。
「あれ? お嬢さん、昨日もいたよね?」
「そうなんだよ。勝手にプリン、食べられちゃって……」
「おやおや」
主人は穏やかにそう言った。
「今日はいくついるんだい?」
「一個だと食べられちゃったから……欲張って5つ買っちゃおうかな」
「食べるねぇ。まいどあり」
そう言って、主人は手際よくプリンを詰めていく。私は、お金を払った後それをうけとった。そして、宿り心監獄にかえる。
帰ると、宿り心監獄はバタバタとしていた。
「看守長! 大変です!」
「えっ、なに……」
仕事をさぼって後ろめたい私は、少し気の引けた返事をしてしまった。
「第五寮の間口悠が脱走しました」
第五寮……というと、担当は優朴か。
「今、だれか追いかけてる?」
「優朴さんと天喜さんが。おそらく、第一寮にいる槇原雪に会いに行ったのだと思われます」
「了解……ん?」
第一寮の槇原雪? たしか、第一寮は……
「槇原雪じゃなくて、獅山莉緒じゃないの?」
そう。私は第一寮に槇原ではなく、獅山だったはずだ。
「たしか、第一寮は槇原雪だと天喜さんが……」
何かしら、情報の入れ違いがありそうである。私はスカートのポケットから手鏡を出した。これは、監獄内の様子を巻き戻して見ることができる代物である。第一寮を巻き戻してみてみると、獅山が槇原であると天喜に言っているのが見えた。なるほど、ここでこじれたのか。
私たちは第一寮に向かった。そこはすでに修羅場であった。私は丁寧に対処をした。ここに関しては、天喜が話してくれたから、私がわざわざここで話すまでもない。
結果、獅山莉緒と槇原雪は成仏、間口悠のみが殺生による対処となった。
件が終わった後、私は看守長室でプリンを食べた。冥界堂のプリンはおいしかった。この世で一番おいしいと言ってもいいほどに。
「看守長、お疲れ様でした」
退勤する夢路が私に声をかけた。
「うん。おつかれ。あ、そうだこれ」
私は夢路に冥界堂のプリンをあげた。
「えっ、いいんですか?」
「今日は私の代理してくれたじゃん。あげるあげる」
「ありがとうございます」
夢路は表情が変わらない。だが、その声はうれしそうだった。同性であるが、めちゃくちゃ可愛いと思ってしまう。
さて、ほかのプリンも看守たちにあげるか。ちょうど人数分ある。優朴にあげるのは癪に障るが、私は看守長だ。少しくらい懐の深さを見せてやろうじゃないか。
カラメルソースの苦さが私の舌をつつく。頼れる看守長様は天を仰ぎ、一日の疲れを癒やしたのであった。
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