本編
俺たちはあわてて、第一寮に向かう。
「なんで逃げられたんだ」
俺は走りながら、優朴に問うた。優朴は走る俺と並走しながら、ちらりと俺の方をみる。
「いやぁ、油断してたよ。様子がおかしいな-病気かなーと思って、独房に入ろうとしたら、空いた扉からするりと」
反省してるのか分からない、けろっとした声で優朴が言った。
第一寮についた。そこにはやはり、影となった間口がいた。間口は、第一寮の槇原と檻越しに向かい合っていた。
「雪! 雪なのか!」
間口が声を荒げる。檻をゆすり、ガチャガチャと金属がこすれ合う音が響き渡る。一方の檻の奥の影は一言も言葉を発さなかった。
「優朴」
「はーい」
俺が呼びかけると、優朴は返事をしながら駆けだした。そして、目にもとまらぬ速さで、影のもとに近づく。持っていた錫杖を振りあげ、そして影を殴る。影は地に伸びるようにして倒れた。優朴は影の上にまたがり、全体重をかけて魂をとらえる。
「ゆき……ゆき」
優朴に押しつぶされている魂が、言葉をこぼす。
「ひとこと……声を聞かせてくれ」
間口はやるせない声をこぼす。その言葉は槇原に向かって言われたものだ。
しばらく、沈黙が走る。
「わたし……」
檻の奥の影からかすれた声が漏れた。
「私、あなたに殺されたの」
第一寮の影が怒りのにじむ声でそう言った。そんな声に、間口の影がびくりと震えた。
「お前……雪じゃないな」
間口の声が震える。
「おまえ……莉緒じゃないか……」
その声は怒りで震えている。
「おまえのせいで俺は! 雪は!」
間口の怒声が響いた。間口が前のめりになって、槇原――いや獅山のもとへ向かう。が、優朴がそれを阻んだ。
表情も容貌もわからないが、彼の感情は荒ぶっているのがわかる。もしかしたら、感情が暴走するかもしれない。そうなると、こいつをここで殺すしかない。
そう覚悟した時。
「はい、ストップー」
どこからともなく、声が聞こえた。振り返る。そこには、夢路と一人の女性が立っていた。
夢路よりも頭ひとつ分、身長が低い。赤い瞳と金色の髪――俺と同じ色を持っていた。美人というより可愛らしい顔立ちの女性であった。
看守長である。
「優朴、間口をそのまま捕らえといて」
「了解」
優朴は返事する。
それと同時に、首のない胴体が一人の影を連れてきた。
「四垂。ここに」
看守長がそう言うと、胴体――四垂の身体は、看守長の足元に乱暴に魂を投げ捨てる。そして、その投げ捨てられた魂と視線を合わせるようにして、看守長はしゃがみこむ。
「あなたが槇原雪?」
「はい」
返事をしたのは檻のなかの影ではなく、四垂に連れてこられた影の方である。これは、さっきまで俺が話していた第四寮の魂だろう。
こっちが、本物の槇原雪だ。
「んで、あなたが獅山莉緒?」
看守長が檻に向かって問うが、偽物の槇原雪――獅山の返事は返ってこない。
「ねえ君。なんで、天喜に槇原だって嘘ついたの?」
問いかける。しかし、反応はない。看守長が、肩をすくめた。
「別に君を責めようってわけじゃないからさ。大丈夫、悪いようにはしない」
看守長がにこりと微笑んで対話する。その笑みは朗らかで。このおどろおどろしい此岸と彼岸の間の世界には不釣り合いなものであった。
「……槇原を名乗った方が、悠くんに会えると思ったからよ」
獅山がぽつりとこぼした。
「私は悠くんが許せなかった」
「許せなかった?」
「ええ。もともと、私と付き合ってたのに。浮気されて、意味がわからなくて納得できなくて問い詰められたら、ストーカーって吹聴されて……」
自信なさげな声色だ。あの快活な声は見る影もない。影から小さなため息がこぼれた。
「家に押し掛けて、口論になって二人を刺した。だけど、その時この男に反撃されたの。だから、私も死んだ」
獅山が吐露する。
「たしかに私はストーカーだし殺人鬼だわ。だけど、浮気されて一方的にろくな話し合いもせず別れも告げられて、そこから一切の連絡をたたれた。
本当に心の底から愛してたのに」
獅山の影が、むくりと動く。俺たちは静かに獅山の話を聞いていた。間口が口を挟まないのが不思議であったが、ふと優朴の方を見ると優朴が間口の口(と思われる箇所)を強引に塞いでいた。
檻の奥の魂がさらに話を続ける。
「私の未練をあらためて言うわね。
私は復讐がしたい。
私の復讐は私を裏切った――そして、私を殺した悠くんに復讐すること。幸せだったこいつが堕ちるところを見れればそれでいいわ」
「なるほど」
看守長が頷く。そして、ちらりと今度は本物の槇原雪の方を見た。
「次はあなたの話を聞こうか。あなたの未練は?」
槇原の影がむくりと立ち上がった。
「私も大体同じ」
「同じとは?」
「悠くんのせいで、私は死んだ。もちろん、ストーカーも憎いし、悠くんが浮気してるって気がつかずに付き合ってた私も悪いけど、一番憎いのは悠くんよ」
ピシャリといい放つ。間口の影がモゾモゾと暴れるが、優朴がそれを制する。
「私はこの男と別れてから死にたい。あと、ビンタできれば万々歳よ」
槇原はふっと鼻で笑いながらそう言う。
看守長が優朴に目配せをした。すると、優朴は間口を全体重をかけ拘束していたが、今度は羽交い締めにする。羽交い締めといっても、魂はどこからどこまでが腕なのか分からないので、影の形はぐしゃりと歪んでいる。
「そ、それは……」
「雪! 誤解なんだ。こいつはストーカー。それ以上でもそれ以下でもないって」
「死ぬ前日。あなたと獅山さんのラインを見たわ。彼女との交際期間、ちょうど私と付き合ってた時期と重なってたわね」
「それは……」
「あと、獅山さんとのLINE、ひどかったわ。あれは、あまりにも自己中心的。あれは、同じ女として獅山さんに同情するわ」
よっぽど、間口の対応がひどかったらしい。槇原の影が腕を伸ばそうとしているのか、一部が大きく伸びる。そして、伸びた箇所を大きく振りかぶった。
「おい、まてよ……俺は、ゆきのことが好きなんだ」
「そう、私はだいっきらい」
パチン――
影と影がぶつかり合う。槇原の魂が間口を叩いたのだ。その音が静かに監獄内に響き渡る。
間口の魂が惨めに崩れ落ちた。ぐすぐすと泣き声が聞こえる。
「俺……俺」
「優朴。早く独房に連れ帰って。もしかしたら、魂が暴走するかもしれない」
看守長が指示すると、優朴は「了解」と軽く言った。優朴は第一寮を去っていく。
「……私、あなたのことも恨んでるわ」
そう言ったのは槇原である。槇原が、獅山に向かって言ったのだ。
「私はあなたに殺された。まだ生きたかった」
獅山は槇原の話を黙って聞いている。槇原は檻にゆっくりと近づいた。
「だけど、私があなたと同じ立場なら、同じことをしたかもしれない」
芯の通った声だった。この女もずいぶんと肝のすわった女だ。
さらさらと。槇原の影が崩れはじめた。粒子となり、その粒子は空へと舞っていく。
「先にいってるわね」
「あの……殺して、ごめんなさい」
慌てたように獅山が言う。会えなくなる前に一言言いたいた思ったのだろう。すると、槇原はクスリと笑い声をこぼした。
「……べつに?」
影は影にそういって。気がつけば、そこに姿はなかった。槇原は成仏したのだ。
それを見届けた看守長が俺のほうを横目で見た。
「あとは任せた」
そう一言言って。看守長は夢路と四垂をつれ、第一寮を出ていった。ここにいる看守は俺一人になる。
俺は、檻の奥にいる魂に目を向ける。
「どうだ」
「複雑な気持ちね。申し訳ない気持ちでいっぱい」
「そうか」
「とはいえ、スッキリしたわ。目の前であいつが崩れ落ちるのは無様だったわ」
言った。そして、小さくため息をついた。気づけば彼女の身体はさらさらと砂になりはじめている。
「ごめんなさいね。最初、槇原って名乗って」
「……きにするな」
だんだんと、だんだんと身体が消えていく。
「ありがとう」
もう、ほとんど消えてしまった頃、影がそう言った。きっと、獅山は天国には行けないだろう。それは本人も分かっているはずだ。
だけど、消滅さえしなければ。次がある。しっかりと罪を償って、次へと進んでもらいたい。
俺は第一寮を出る。
俺の今日の仕事はこれで終わりだ。
