本編


「夢路、看守長と連絡とれるか?」

「なぜ……?」

「間口が槇原に会いたいそうだ。俺の判断だけじゃできねえ」

「承知いたしました。今から、ご連絡いたします」

 夢路はパタパタと駆けていった。

 さて、どうするか。一旦、槇原のところへ行くか。間口がいたことも伝えたいし。

 俺は第一寮に向かう。

「さっきぶりね」

 独房の前を通ると、すぐに槇原の影は俺に気がついた。そして、のそりのそりとこちらに近づいてくる。

「私になにか用?」

 相変わらず艶やかな声でそう言った。

「間口悠と話した」

 そうかえす。すると、影がピクリと揺れた。まるで、動揺するかのように。影はその快活な声をあげることなく、黙りこんだ。

「どうした?」

「いや……悠くん……」

 もごもごと話す。そして、ぽつりと。

「悠くんも死んだのね」

 そうこぼした。

 そうか。槇原は間口よりも先に死んだ。今この瞬間まで、間口も死んでいたことを知らなかったのか。

「悠くんも未練を残してるの?」

「ああ」

「どんな未練?」

 槇原が問う。本当はあまりペラペラ言うことではないが、槇原も関係ない話ではないから言っておくか。

「槇原雪の幸せと、槇原雪に会うことだ」

「槇原雪に……」

 彼女が小声でそう言う。俺の言葉を繰り返すように。

「どうした」

「ごめんなさいね。悠くんが死んだのが、なかなか受け入れられなくて……ごめん、少し一人にさせてくれる?」

 憂いの帯びた声で、槇原が言った。俺は彼女の言うとおりにその場から離れる。

 第一寮を出た時、何かを踏んだのに気が付いた。俺は、すぐにそれを拾い上げる。

 一枚の紙であった。メモのようであり、手書きの文字が記されている。

 『悠、女ノ逢フコト、シバシ待テ』

 この字は看守長のものである。なんでこんなところに。しかも、なぜ間口と槇原が会うことをとめる。疑問は多くあるが、この通達により俺は間口と槇原を対面させることができなくなった。

 さて、どうするか。できることを新たに探さなければならない。詰んだ。

 そのメモをまじまじと見る。が、他にはなにも書いていない。

 刹那――バタバタと目の前を走り去っていく夢路が見えた。慌ただしそうである。持っていた書類が一枚、俺の前に落ちた。

 「夢路、落ちたぞ」

 「ありがとうございます」

 俺は夢路に落とした書類を渡した。

 「大丈夫か?」

 あまりにも慌ただしくしているため、俺は思わず声をかける。夢路はきまり悪そうにうつむいた。

 「先ほど、新しい魂が来まして……現在、手続きの最中です」

 本来、この仕事は看守長が行うものである。現在、看守長が不在の為、夢路が仕事をしているのだろう。不慣れな仕事で気の毒である。

 「どこに来たんだ?」

 「たしか第四寮です」

 「どんなやつなんだ?」

 「えっと……」

 夢路が書類をあさる。が、目当てのものはないらしい。一人でにあたふたしている。表情には出ていないが、困っているのがわかる。

 「どこかに落としたのかもな」

 「すみません……」

 夢路が謝る。

 「探してくるぞ。忙しいだろ?」

 「でも……天喜さんも忙しいのに……」

 正直、ここで夢路にキャパオーバーな仕事を任せても、夢路だけじゃなくて監獄中の業務が滞る。俺が手伝えることを手伝った方が、まだマシである。ちょうど、俺も仕事が行き詰まったところだし。

 「俺よりもお前のほうが忙しいだろ。それに、看守長から槇原と間口を会わせるなと言われたから、特にやることがない。落とした場所の心当たりは?」

 問う。するとしばらくして。夢路が口を開いた。

 「先ほど、第三寮に行きました。もしかしたら、そこにあるかもしれないです」

 「わかった」

 とりあえず、行ってみるか。ちなみに第二寮と第三寮は現在使われていない独房である。双方とも物置になってしまっている。

 とりあえず、夢路が心当たりのある第三寮に行くか。そう思って、歩みを進めた。その時。

「あ、そうだ。天喜さん」

 夢路に呼び止められた。

 「槇原様・間口様の件に関しまして、追加の資料がございます」

 そういって夢路が手渡してきたのは、一冊の週刊誌であった。夢路は、その週刊誌の1ページを見せる。
 
 「例の事件について、人間界で続報が出ました。週刊誌なので、情報の信憑性が怪しいですが」

 俺は差し出された記事をまじまじと見る。そこには……

 「死者三名……」

 「はい。獅山も亡くなっているそうです」

 獅山はもともと意識不明とは聞いていたが、亡くなったか。俺は、新聞をまじまじと見る。

 事の発端は間口悠が獅山にストーカーされていたとのこと。この二人は、もともとは交際関係にあったが、間口の方から一方的に破局を告げられる。それに納得いかなかった獅山がそのままストーカーになったらしい。その後、間口は槇原雪と交際。それにいきりたった獅山が間口の家に駆けつける。当時、間口は槇原とともにいた。その場で口論となり、殺傷事件へと変貌。そのまま、二人は獅山の向けた刃により亡くなったらしい。

 情報源が週刊誌なので、多少の脚色もある可能性もぬぐえないが、筋は通っている気がする。

 「わかった。ありがとう」

 俺は、夢路と解散した。そして、夢路の落とし物を探しに第二寮へ向かった。
 
 第三寮はもう何年も使われていない。よって、殺風景な景色が広がっている。独房のなかは物置となっていた。

 そんななか、廊下にぽつんとひとつ何かが落ちている。
 
 それは床に数枚、束になった紙であった。夢路が落とした資料はこれか。

 資料は魂の詳細が書かれた資料であった。何人もの囚人たちの資料がまとめられている。そのなかに一人の女性の資料があった。

 『獅山莉緒』

 その名前が目に止まる。ストーカーの獅山のことか。獅山がここにいるのか。写真が俺を見ている。槇原に負けないくらい派手な容貌の女性であった。

 俺は資料をぺらぺらとめくり、さらに資料を見る。

 獅山莉緒。1998年12月1日埼玉県生まれ。生前はアパレル店員だったとのこと。

 俺は、その資料をもち、第二寮を出た。そして、看守長室にいた夢路に会う。

 「夢路、これだろ?」

 「そうです。ありがとうございます」

 そして、夢路は俺が渡した資料を見るなり、顔を上げた。

「獅山……?」

 「ああ」

 「ってことは、獅山様も何かしらの未練を持っているということですね」

 まあ、殺傷事件を起こした末に亡くなったため、様々未練は残っていそうである。

 俺にはひとつ、心当たりがあった。
 
 「俺はとりあえず、第四寮に行ってみる」

 俺がそういうと、夢路は深くうなづいた。

 俺は第四寮に向かった。もしかしたら、第四寮に来た魂が獅山かもしれない。

 基本的に、監房棟の入り口に扉はないが、この第四棟のみ扉が設置してある。俺は、扉をノックして第四棟に入った。

 第四寮は暗闇の独房である。あたりは真っ暗でなにも見えない。

 通路の真ん中に唯一光があった。俺は、その光に向かって歩いていく。

「四垂」

 俺は、その光に向かって呼び掛けた。その光は透明なガラスケースであった。ぽつんと、床の上に置いてある。そのなかは空ではなかった。ケースのなかにはなにかが入っている。

 生首だ。生首だけになった女性がそこにいた。

 色白い女であった。夢路は人形のような、陶器のような白さであるが、この女は病人のような青白い顔である。

 生首の瞳がまばたきをした。第五寮にある生首とは違い、この生首は動くのだ。
 
「……天喜さん」

 金糸雀のような綺麗な声で、俺の名前を呼ぶ。紫水晶の眼が俺の顔をのぞきこんだ。
 
 「四垂。新しい魂がこなかったか?」

 「さっき収監されているのを見たわ。多分、ちょうど私の目線の先の独房にいる」

 そういって、四垂は顔を右に向ける。俺はそれに従って、歩みを進めた。暗闇の中、俺は手探りで壁がどこか調べながら歩く。数十歩歩いて、手にひんやりとした固いものが当たった。檻である。

 「いるか……?」

 檻の奥に声をかけてみた。がさりと音が聞こえる。姿は見えないが、やはりいる。おそらく、魂だ。

 「おい」

 呼びかけても返事はない。

 「……獅山莉緒か?」

 名前を呼びかけるが返事はない。

 「随分と内気な魂ね」

 四垂がそうぼやいた。

 さて、どうするか。そう思った刹那――

 「私、獅山じゃない」

 声が聞こえた。四垂の声ではない。魂の声だ。その言葉に、俺は目を丸くする。

 「あんた、獅山じゃないのか……?」

 「ええ。私の名前は――」

 ごそごそと音が聞こえて。闇の中から言葉が零れ落ちる。

 「槇原雪」

 どういうことだ……? 槇原は今第一寮にいるはずだ。俺は思考をめぐらす。

 その時。

 がっしゃん。

 扉が開く音が聞こえた。一瞬、目の前の独房の扉が開いたかと思ったが違う。

 「天兄ー!」

 聞こえたのは、慌ただしい優朴の声であった。

 バタバタと激しい足音が聞こえる。そして――

 「僕が担当してる魂が逃げちゃったよー!」

 「え?」

 「たすけて、天兄ー!」

 優朴は嘆くような声をあげる。優朴が担当している魂というと、間口であろう。なぜこうなったのか、聞きたいところではあるが緊急事態である。

 「間口が行きそうなところとなれば……」

 俺はたしか、間口の魂のまえで第一寮に槇原がいると言ってしまった。

 「優朴、行くぞ」

 俺と優朴は第四寮をでて、第一寮に向かった。
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