本編
俺は第五寮に向かった。第五寮と掲げられた看板の下を潜る。第五寮に入り目に入ったのは、人の生首であった。数十にもいたる生首が天井から吊り下げられている。苦悶の表情、嘆きの表情、苦しみの表情……首たちはそれぞれの死に際の顔を見せていた。ここに入るたびに、悪い趣味だとは思う。というか、この生首はどこで手にいれたのか不思議に思う。
ガシャンと大きな音がした。俺は慌てて音の方へ向かった。独房から一人が出て来るのが見えた。
「うーん……あいつ、なかなか口を割らないね。もう、切っちゃおうかな……殺しちゃおうかな……もう死んでるけど。でも、勝手に切っちゃったら看守長とか天兄に怒られちゃうからな……」
「優朴」
名前を呼ぶ。すると、独房から出た彼が俺の方を見た。
その男――優朴は、小柄な男であった。男というより、少年というような容貌である。ずいぶんと華奢である。手には錫杖を持ち、黒い髪をひとつに束ねていた。笠を目深にかぶっているため、表情は口許しか見えない。
「天兄ー!」
優朴が喜ばしそうに声をあげた。俺はなぜか優朴に好かれている。
「おまえ、首ふえてないか?」
俺は、天井から吊り下げられている首を指差した。
「えへへ。増やしちゃった」
「どこから持ってきてんだよ……」
「内緒」
優朴の口許がにたりと歪んだ。素直な反応ではあるが、どこか裏のある笑みである。こいつはまじで俺の知らないところで誰かの首を切ってそうで怖い。
「そうだ、優朴。間口悠はいるか?」
「まぐち?」
「新しく来た男の魂だ」
俺がそういうと、優朴が納得したかのように「ああ!」と言った。
「あの男ね! なかなか口を割らないから困ってたんだよ……天兄があいつの相手してよ……」
優朴が俺の腕を、駄々っ子のように揺する。こうやって見るだけなら、ただの可愛らしい少年である。
「わかった。どこにいる」
「こっち、こっち」
優朴が俺の腕をひき走る。俺は優朴に引っ張られる形で、歩みを進めた。
連れてこられたのは、とある独房の前である。
「いやだ! ここから出せ! おい、そこにいるんだろ!?」
独房の奥の誰かが、ガシャンガシャンと独房の檻を揺する。男の声であった。焦り、恐れる声である。槇原の反応はあっさりしていたが、これが本来の人間の反応である。
「間口悠か?」
問いかける。きらりと微かな光に照らされ、彼の姿があらわれる。とはいえ、槇原と同じく姿形の曖昧な影であった。その容貌はわからない。
影はピクリとも動かない。
さっき、夢路から受け取った資料には端正な顔立ちの男性の姿が載ってたが、その気配はない。
「あんた、間口悠か?」
反応がないので再度問う。が、やはり反応はない。
「さっきからずっとこんな調子なんだ」
優朴が唇を尖らせる。
影は返事をせず、ずっとそこにいた。目がないので確証はないが、こちらをうかがってるのかもしれない。
「こんなんだからさ、僕もう殺しちゃおうかなって思ってた」
優朴の「殺す」という言葉に、影がびくりと震えた。まずい、怯えている。警戒心は情報収集の妨げになる。
「やたらめったら殺すのはやめろ。それは最終手段だ」
俺は優朴を諌めた。
「知ってるよ。魂を切るのは、魂が暴走してから。話が通じない状態になってから。あまり僕を見くびらないでほしいね」
優朴はふんと鼻をならした。
俺は独房の方を向いた。影は、独房の奥で縮こまっていた。
「……あんた、槇原雪って知ってるか?」
「ゆ……き……?」
影がぽつりと彼女の名前を呟いた。そして、跳び跳ねるようにしてこちらに来る。先程までの恐れはどこへ行ったのか、影の勢いが増した。
「槇原雪もこの監獄にいる」
「雪が……」
十中八九、この男が間口だろう。間口はふたたび、檻をつかみ揺らす。
「雪はどこにいる! 生きてるのか!?」
「ここに来てるってことは死んでるよ」
優朴が無神経にいい放つ。間口は「なんだと……」と苦渋の声をこぼした。
「優朴。この監獄についての説明をしてないのか?」
「ええ……だって聞かないじゃん」
こいつ。俺は目の前の影に向かって、丁寧にこの監獄のことを説明した。
ここは死んだ人間の魂を収監すること。
ここにとどまる魂たちは、何かしらの未練を持っていること。
その未練を晴らさないと、成仏できないこと。
未練を晴らす手伝いを我々がすること。
その未練――負の心情が爆発すると、魂が暴走すること。
すべて伝えると、間口は落ち着いた様子でため息をついた。
「雪も……未練があるってことか?」
「ああ。今は俺が担当する第一寮の独房にいる」
間口がごくりと息を飲んだ。それ以降、なにかを話し出す気配はない。俺はじっと影を見つめ続ける。
「あんたは生前の記憶はあるか?」
「……おぼろげにな」
魂が小さくため息をついた。
「俺はおそらくあの女――莉緒に殺された。先に雪が目の前で殺されて――」
「おそらく」という言葉が引っ掛かる。きっと間口も自分の記憶が曖昧なのだろう。
「獅山もここに来てるのか?」
間口が恐る恐る問う。俺は首を横にふった。
「さっき聞いたところ、今は意識不明だそうだ」
「意識不明……」
どこか、納得いかないような声をあげる。
「やっぱ、死んだときの記憶が曖昧だ」
「あんただけじゃない。槇原もだ」
「そうか……」
自信なさげな声であった。
「ところで、あんたの未練は?」
一応問う。本当は優朴の仕事であるが、自分の業務とも繋がっている以上、俺が動いた方が楽である。
「俺は雪の幸せかな」
「幸せ……?」
こっちは獅山の復讐ではないのか。ストーカーされていたのは彼なので、少々意外に思ったがこちらの方が未練としては穏やかである。とはいえ、彼の未練を晴らすためには槇原の幸せを叶えなければならない。つまり、「復讐をする」 を叶えなければならないので、間接的にこいつも復讐を願ってるわけだが。
「あと……最後に雪にあいたい」
ぽつりと呟くようにそう言った。
「もうおまえと同じで影になってるぞ」
「別にいい」
鼻をすする音が聞こえた。影だから分からないが、こいつは今泣いているのか。
「一旦、上司に掛け合ってくる」
上司というのは、言わずもがな看守長である。勝手に独房から移動させるのは俺の一存ではできない。
俺はあとは優朴にまかせ、第五寮を後にした。
