case1 洛首神社のおまじない
宮本遥の件から、数日が立った。
朝、呉竹に叩き起され、喫茶つきかげで働かされ、快適な堕落ライフを邪魔される日々を送っている。
いつも通りの日々だ。
なんの事件も起きない、呉竹曰く「平穏な日々」である。私にとっては、毎日馬車馬の如く働かされる地獄の日々であるが。
「……ところで、宮本遥はどうなったんだ」
喫茶店で新聞を読みながら。ふと、呉竹に問うた。
「やっぱ、気になるんじゃないか」
呉竹がニマニマと薄気味悪い笑みを浮かべる。私はピシャリと「うるさい」と言い放った。
「今、彼女は保護されてるよ。宮本遥が直接手をくだしたわけでは無いからね……何かしらの減罪はあるはずだよ」
まあ、それもそうだろうな。彼女は「全部自分の罪です」といった態度であるが、別に彼女が近藤を殺した訳では無い。殺すつもりなんて、みじんもなかったはずだ。これで、彼女が罪を償わなきゃいけないとなったら、少々理不尽な気がする。
「あと、森本は解雇処分になったらしい」
「解雇までいったか」
「ああ。普通に近藤と身体の関係持ってた上に、他の女子生徒にも手を出してたらしい」
「……うわぁっ。なかなかキツい男だな」
……むしろ、こっちが捕まって欲しい。というか、普通に児童ポルノに引っかかるから逮捕か。
「ところで、私が気になるのは……」
呉竹が私の新聞の脇から顔をのぞかせた。私の目と、こいつの目があう。
「狭間のことだよ」
狭間綾臣。宮本遥がおまじないの存在を知ったきっかけの人間である。こいつが雑誌におまじないを書かなければ、近藤が死ぬ事はなかっただろう。
「……ここについて、宮本さんに伝えたのもおそらく狭間だろうな」
呉竹が肩をすくめた。
宮本遥が言った黒いトレンチコートの男。そんな目立つ、怪異に詳しい怪しい男なんてホイホイいるわけが無い。
「……私たちと会った時、正体気がついてたのか?」
「私たちが鬼と天人であることに気がついてるかは分からないが……少なくとも怪異事件専門の相談所の人間だということは分かってた可能性は高いな」
「きもちわるいな。お前よりもきもちわるい」
「ひどいなぁ」
呉竹が瞳を弓形にする。私の嫌味を気にする気配もない。
「なんか、事態を引っ掻き回してるような気がするな」
呉竹がぼそりと言う。
……同感だ。あまり、積極的に関わるものでもない。名刺は貰っているが、あとで捨てておこう。
カランコロン……と鈴の音が鳴った。
来客を知らせる鈴の音だ。開いた扉から、ほのかに風が入ってくる。
「いらっしゃいませ」
呉竹の穏やかな声。
私はふたたび、新聞に向かう。
何もない。何もすることの無い。何も関与しない。何のトラブルも巻き込まれることの無い。平穏な日々。
いち早く、そんな日々を得ることができるよう、私は心より祈るのであった。
