case1 洛首神社のおまじない


 ちゅんちゅんと鳥がなく音で目が覚めた。

 ゆっくりと……ゆっくりと目を開く。目の前に広がる光景に私は目を丸くした。

 目の前に広がるのは年季の入った天井。ほのかに珈琲の香りが鼻をくすぐる。

 ここは……家じゃない。

 私はどうやらベッドで寝ているようだった。ベッドを囲うように本棚が置いてあり、そこにある本が私を見下ろしているようだった。

 「おはよう」

 ふと、声をかけられた。穏やかな……心地いい声。聞き覚えのある声であった。

 私は、ガバッと起き上がる。
 
 そこに居たのは、喫茶つきかげのマスター――呉竹さんであった。

 呉竹さんは相変わらず、綺麗な顔だった。こんなにも綺麗な顔、私は身の回りでもテレビでもインスタでも見たことがない。思わず、見とれてしまう。

 その隣にいるのはウェイトレスの女の子だった。こちらも綺麗な顔であるが、冷たさのある女の子だった。どこか不機嫌そうにも見える。

 なお、この喫茶店で、私は彼女が喋っているのを見たことがない。

 呉竹さんがにこりと微笑んだ。その笑みの美しさに頬が赤くなるのを感じるが、今はそれどころじゃない。

 「ここは……」

 「ごめんね、神社で倒れたから連れてきちゃった」

 「神社……?」

 神社とは。昨日の記憶を探る。

 そういえば、昨日は呉竹さんに呼び出されて……神社で呉竹さんと会って……。

 ……それ以降の記憶が無い。

 「君、霊に取り憑かれたんだ。その間の記憶がほとんどないのかな」

 呉竹さんが言い放つ。

 霊……心当たりがあった。私が、願いをした霊。そして――

 「その霊は……」

 「祓ったよ」

 呉竹さんが微笑んだ。

 祓った。本当なのか。だが、気持ちが軽くなっていくように思えた。

 「私……何が起こったのか、分からなくて……」

 「ああ。じゃあ、最初から説明しようか」

 呉竹さんがぽつりぽつりと話しはじめる。

 美幸ではなく、私が「おまじない」をしたこと。

 その「おまじない」の手法のこと。

 私が願ったのは、実はラクシュ様ではなく、祠の霊であること。

 私に祠の霊が取り憑いていたこと。

 喫茶店で私が美幸が「おまじない」をしたと嘘をついたこと。

 喫茶店で私が伝えた「おまじない」が咄嗟に出た創作であること。

 そして――私に取り憑いた霊が美幸を殺したこと。

 私の願いのせいで犠牲となってしまった……こと。

 「私、元々森本先生が好きだったんです。去年、担任として1年間一緒にいて……先生、本当にかっこよくて優しくて……素敵な男性でした」

 呉竹さんに伝える。呉竹さんとウェイトレスさんは静かに私の話を聞いていた。

 「だけど、美幸と付き合いはじめました。はじめ、聞いた時はショックだったけど、2人は素敵だしお似合いだなって思ったんです。

 だけど、美幸は森本先生との関係を周りに言いふらしちゃって……」

 全校生徒が知るものとなった。噂では、先生たちも知っているようであった。

 そうなったら、森本先生がやることはひとつ。

 この責任をとることだ。

 現代社会では先生と生徒の恋愛は認められない。教師として生徒1人を特別な目で見ることになるし、場合によっては児童ポルノとなって犯罪になる。

 ひそかに、「森本先生が高校を辞めるのでは」と話題になった。ただの世間話ではあったが、現実となるのも時間の問題だろう。

 そんな話が出ても、美幸は態度を改めない。むしろ、「そうなれば、もっと一緒にいられる!」と嬉しそうであった。

 はやく……はやく手を打たなければ。2人を別れさせなければ……。

 でも、どうやって……

 私はふと、本屋で本を見つけた。オカルト雑誌であった。その表紙に見慣れた文字があった。

 民俗学者、狭間綾臣が伝えるラクシュ神社のオマジナイ!!

 そう一言。書いてある。

 私はそれを読んだ。

 K町、洛首神社の境内にある祠。そこには、願いを叶えてくれる神様がいる。夜に藤の花と饅頭を捧げ、願えば必ず叶えてくれるだろう。慈悲深いラクシュ様ならば。

 ただひとつ、気をつけなければならないことがある。願いをひとつ叶えるためには、代償を払わなけれらならない。

 雑誌の中にはそう書いてあった。

 すべてを、呉竹さんに伝える。

 「狭間綾臣……」

 呉竹さんがボソリと呟いた。そして、怪訝そうな顔をする。そんな顔をしているのは呉竹さんだけではなかった。隣にいるウェイトレスさんも同じような表情をしている。

 ……知っている名前なのだろうか、と疑問を持つが、今はそれを聞く場所ではない気がする。

 「おまじないを実行したのかい?」

 「……はい」

 私は頷いた。その「おまじない」をした時は疑い半分だった。だけど――

 「ただ……美幸と森本先生が別れてくれればよかった。だけど、数日後……学校で……」
 
 あの時のことを思い出し、私の手がわなわなと震えた。だけど、伝えなくちゃ。私は冷静さを保つため、大きく一息つく。そして、呉竹さんの目を見た。

 「美幸の悲鳴とともに目が覚めました」

 「それまで、霊に取り憑かれてたのかな」

 「おそらく……でも、その時は何が起こったか分からなくて……でも、下を見ると美幸が……」

 その姿を思い出す。最期の美幸の姿。本当に……本当に悲惨なものだった。ひと目で死んでるのが分かるくらい、損傷が激しかった。

 最初は夢かと思った。だけど、すぐに現実だと確信した。そして、おまじないは本物だったと確信した。

 「私はパニックになって、逃げました。本当にひどいですよね。救急車を呼ぶことも、警察を呼ぶこともしなかったんです」

 本当にひどい女だ。

 たとえ、霊のせいだったとしても人を殺したのだ。許されることではない。

 私のせいで……美幸は死んだのだ。

 「そこから、私はどうしようってなって……商店街を歩いてたら、男の人に会ったんです」

 「男の人?」

 「ええ。黒いトレンチコートを着た男でした」

 それをいうと、呉竹が眉をひそめた。

 つり目がちな瞳が特徴的な男であった。冷静に考えれば不審者である。しかし、当時の私は冷静な考えを持ってなかった。

 「その人に教えてもらったんです。あなたたちの存在を」

 怪異専門の事件を解決してくれる相談所。それは喫茶店の中にあって、人とは思えないほど美しい青年と愛想の悪い美少女がいる。彼らに相談すれば、怪異事件はなんでも解決してくれる。

 男はそう言った。

 私は、気持ちの整理もつかないままに彼らのところへ向かった。

 私はどうすればいいか、冷静な判断ができなかった。それが、分かるかもしれない。この心に空いた穴を埋める方法を教えてくれるかもしれない。ぐちゃぐちゃになった感情を、元通りにしてるかもしれない。

 摩訶不思議な出来事が起こったのは事実だ。きっと……きっと……。

 「そして……今にいたります。自分の犯したことがバレたくなくて、嘘をついてしまって、ごめんなさい。迷惑をたくさんかけて……ごめんなさい」

 私は2人に頭を下げた。

 「これからどうするの?」

 呉竹さんが問うた。

 「自首します。私が美幸を殺したって」

 罪を償う。そう、最初からこうするべきだったのだ。

 ここに駆け込むことなく。ここで、嘘をつくことなく。最初から。あの屋上での出来事が起こった時に。

 「……自首するなら、藍柳という刑事から連絡をいれるといいよ」

 呉竹さんがポケットから紙を取り出した。そして、それを私に渡す。

 藍柳敬太という名前の下に電話番号が書いてあった。

 「怪異に関して理解のある警部だ。私たちもいつも協力を要請している。君が話す不思議なことも、しっかりと耳を傾けてくれるさ」 

 呉竹さんがにこりと微笑んだ。そして――

 「私たちができることはここまでだ」

 そう一言言ったのであった。
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