case1 洛首神社のおまじない


 呉竹輝夜と首影つばきが、洛首神社にある祠の存在を知った翌日。時刻は丑三つ時、場所は洛首神社の階段、20段目。そこに立っていたのは、昨日もここに来ていた呉竹であった。

 月明かりに照らされ、その玉のような美しい顔が冷たくも怪しい色を含む。風が吹き、サラサラと彼の持つその美しい髪が揺れた。

 しばらくして、コツコツと足音が聞こえた。その足音を聞いて、呉竹がくるりと階段の下を見る。

「まさか、来てくれるとは思わなかったよ」

 地上の者とは思えぬ、人の心を惑わすかのような呉竹の声。その人間離れした容姿と相まって、少し恐ろしさを感じる。

「私も、美幸の役に立ちたいので……」

 そういったのは宮本遥であった。服装は私服であり、Tシャツとジーンズというラフな出で立ちだった。

「今日はおひとりですか……? あの女の子は……」

 宮本が問うた。

「ああ、つばきのこと? つばきは今日は他に仕事を任しててね。今は一人だけだよ」

 呉竹が肩をすくめる。呉竹は、1歩ずつゆっくりと階段を降りた。

「美幸の自殺の件、わかったんですか? 美幸はやっぱり、ラクシュ様のおまじないで死んだんですか?」
「少しだけ分かったよ。まあ、これから君にも話すよ」

 呉竹が穏やかな笑みを携える。老若男女問わず惑わせるその笑みは、うら若き女である宮本にも当然有効であった。むしろ彼女が初心な若い女である分、効果的である。

 気づけば、彼は階段を降り、宮本と同じ高さのところに立っていた。とはいえ、呉竹と宮本では頭ひとつ分以上身長差がある。宮本が呉竹の顔を見上げる形となった。

「ちなみに君はラクシュ様のことを詳しく知ってるかい?」

 今度は呉竹が問うた。眼はじっと宮本を見つめる。宮本は「あまり知らないかも」と無言で首を振った。その様子を見て、呉竹はゆっくりと口を開く。

 「この山にはその昔、大きな蛇が住んでました。蛇は山の麓の町の住民を食べて育ってました。そんなある日、1人の流浪の鬼がこの町にやって来ました。麓の村の人達は、鬼に頼みます。「あの大蛇を倒してくれ」と。鬼はその願いを聞き入れます。

 そして、その大蛇の首を落としました。村の人達は鬼に感謝しました。彼らは山にその鬼の社を作りました。後世、町を救ったその鬼はこう呼ばれます。

 落ち首御前――ラクシュ様と」

 呉竹が語る。宮本遥は静かにそれを聞いていた。

「はじめて……ききました」
「最近の若い子は知らないよね。100年くらい前はみんな知ってたんだけど……」

 呉竹が肩をすくめる。そして、「さて」と話を切り出した。

「喫茶店で君が話してくれたおまじない。あれは君の創作だろう?」
「えっ……」

 宮本が目を丸くする。そして、慌てて首を振った。

「し、知らないです! なんでいきなり……」

 宮本の声が裏がえる。

「……なるほどね」

 呉竹がぼそりと呟いた。真実を見透かしたような瞳で、宮本を見つめる。彼は小さな声で、「仕方ない」と呟いた。

「私も少しだけ力を使うか。体力を消耗するからあまり使わないようにしてるんだけどね」

 そう言って、呉竹は右手を顔に当てる。そして、その瞬間。彼の左目がきらりと一瞬光った。その光は、冷たく、荘厳なるものだった。そのままじっと、宮本を見る。宮本は黙って、わけも分からず彼を見つめた。

「…………やはり、嘘をついてるな」

 呉竹の声は低かった。宮本遥の額に汗が伝った。

「……そんなことは……」
「それに……何かが取り憑いているな」

 呉竹が、彼女の方に手を向けた……刹那――

「……ばれたか」

 宮本の纏う雰囲気が変わった。そして……

「ああ。この身体も面白かったのぉ……」

 宮本の声質と口調が変わる。それはまるで老婆のようにしわがれた声だった。

「なぜ、その身体に取り憑いている」
「もちろん、この娘が私に願ったからだ」
「なにを?」

呉竹が問うた。すると、宮本はニタリと口元を歪ませる。

「そうじゃのぉ……教えてやるか。あの教師と生徒が別れるように……とな」

 宮本の身体を乗っ取った霊がクツクツと笑う。

「ああ、おもしろかったぞ。どうやら、この娘もあの教師に恋焦がれていたようじゃ。近藤のせいでこのままじゃあの教師が辞めさせられてしまう! 一緒にいられない! と嘆いておったな」

 しわがれた声がどこか面白そうにそう言った。

「……なるほどな。じゃあ、近藤さんの死因は……?」
「それは簡単じゃよ。近藤という娘を殺したのはこの身体じゃ」 
「宮本さんが……?」
「いや、正しくは儂じゃ」

 霊がにたりと薄気味悪く笑う。

「少し乗っ取って殺してやった。別れるなら、片方が死ぬのが手っ取り早いじゃろ。いろいろ手細工加えるより確実じゃ。

 それに、願いの代償が必要だったからねぇ……「別れる」という願いも叶えられて、同時に代償も払うことができる。一石二鳥じゃ」
「……なるほど……代償は人の命ってわけか」
「記憶が戻ると、目の前で親友が死んでおったのだ。そして、お前らのことを知り、真実を知るためにあの喫茶店に向かった。

 とはいえ、呪いを仕掛けたことに関しては後ろめたさがあったようじゃのう。咄嗟にあの女は自分で作った嘘のまじないを伝えたのじゃ」
「……へえ。やたら、丁寧に教えてくれるね」

 呉竹が問いかける。すると、宮本はあっははと大きな声で笑った。しっとりとした静けさの中に、彼女の声が轟く。

 「そりゃそうじゃ。冥土の土産じゃ」

 そう言って。宮本の容貌が変わっていく。頬は痩け、髪は伸び、白くなる。体格も大きくなり、呉竹の2倍ほどになった。人外の姿である。

「おまえが人ではないとは分かっていたが……おそらく、そこまで力もないだろう。力も失いつつある」

 霊が呉竹のことをまじまじと観察した上で、そう言った。

 「よくわかったね」

 呉竹は余裕のある笑みを携えたまま、彼女に向かう。

 「さらばじゃ」

 そう言って。宮本に取り憑いた霊は、呉竹に襲いかかろうとした――。

 「つばき!」

 呉竹が叫んだ。

 刹那――

 どこからともなく、光のように速い「何か」が現れた。霊が一瞬、怯んだ。そのすきに「何か」は、呉竹と霊のあいだに入り込む。

 コツン……軽い足音がひとつ。

 「なにごとじゃ!」

 霊が叫ぶ。霊が冷静さを取り戻した頃、目の前にいたのは1人の女性であった。

 黒い立烏帽子に、白い水干。赤の長袴に、美しい下げ髪。平安に生きた白拍子のような容貌の女であった。赤い瞳が、丑三つ時の漆黒の中に光る。彼女は手に太刀を持っていた。その太刀は月の光に照らされ、白く輝いた。

 「邪魔だっ!」

 霊がその女に向かって、腕を振りかぶる。攻撃を受けた彼女は咄嗟に避けた。ふわりと、宙を舞う。そして、一瞬のうちに、鳥居の上まで飛んだ。

 「おまえは何者じゃ!」

 霊が叫ぶ。後ろで、呉竹がクツクツと笑った。

 「ああ……あの子ね」

 余裕のある声。呉竹の姿が月光に照らされた。

 そして――

 「彼女は落ち首御前。はるか昔に君が最期に願いを言ったラクシュ様だよ」

「ラ、ラクシュ様!?」

霊が驚きの声を上げた。落ち首御前がストンと鳥居から降りた。何メートルもの高さがあったはずなのに、まるで階段を降りるかのような身軽な動きで地に至る。降りた彼女は、呉竹の隣に立った。

 「さすがだね」

 呉竹がわざとらしく手を叩いて、賞賛した。それに対し、落ち首御前は嘲るようにふっと鼻で笑う。

 「うるさい。早く終わらせて寝るぞ」

 彼女は霊に向かって太刀を構えた。ちらりと横目で呉竹を見る。

「首を切ればいいのか?」
「いや、身体は宮本遥のものだ。できれば峰打ちがいい」
「……めんどくさいな」

 ちっと舌打ちをするつばき。

「ラクシュ様……はっ、こんな小娘が! そんなわけが無い……!」

 ふたたび、霊が襲いかかってきた。老婆のような髪を振り乱しながら、呉竹と落ち首御前の元に向かってくる。落ち首御前の身体が、ひゅんっという風を切る音とともに消えた。

 ……そして、カタンと音がしたと同時に。

 バタンと何か重いものが地に落ちる音が聞こえた。

 「峰打ちだ」

 そう言う落ち首御前の足元には、うつ伏せに倒れた霊の姿があった。あっという間の勝利であった。

「切ったの?」
「切ってない。峰打ちだって言ってるだろ? 柄で殴っただけだ」

 落ち首御前は太刀を鞘にしまう。それと同時に。宮本の身体が変貌していった。呉竹と落ち首御前はじっとそれを見つめる。

 髪は黒くなり、身体は小さくなって。気づけばそこに居たのはただの小娘――宮本遥であった。

 「とりあえず、店に連れていくか」

 呉竹が宮本の身体を担いだ。そして、3人は誰もが寝静まった夜の町に帰って行った。
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