case1 洛首神社のおまじない


 時は江戸の世。ところはK町。

 そこには、ひとりの町娘がいた。娘は何不自由ない生活を送っていた。

 娘が年頃になった時、彼女が出会ったのは、一人の町人の男であった。男は、娘にやさしく歩み寄った。

 いつしか、男は娘の支えになった。そんな男にうら若い乙女が惚れないわけがない。男も彼女の純真さに惹かれていった。お互い愛し合い、一生をともにすることも約束するようになった。

 彼さえいれば、他にはいらない。女はそう思った。

 ある日、娘はひとつの話を聞いた。自分が愛した男には妻がいると。

 しかし、女の想いは変わらなかった。男も彼女と結ばれたいという想いは変わらなかった。

 2人は約束した。

 満月の日の丑三つ時、藤の木の下で。

 そして、そのまま遠くへ逃げようと。

 満月の日の夜。娘は家を抜け出した。そして、藤の木の下に向かう。

 だが、そこにいたのは自分が愛した男ではなかった。1人の女であった。その女は手に包丁を持っている。女は娘に襲い掛かった。

 そしてそのままわけもわからず、娘は殺された。そのまま、死体は井戸に捨てられた。

 犯人は嫉妬に狂わされた男の妻であった。

 しばらくして。男は気持ちを込めて石をつんだ。娘のための祠の代わりである。そして、時代を経て。その石は石の祠となっていった。

 ラクシュ様であれば、自分たちの願いをきっとかなえてくれる。ラクシュ様はいい鬼だから。

 私たちの願い――生まれ変わったら、結ばれますようにという願いがきっと……

 ※※

「以上が、この祠の成り立ちだな。まあ、それが長い年月をかけて、私がさっき言った「願いを叶えてくれる祠」ってことになったらしい」
 
「なるほど……」

「まあ、ただの噂であるという域はでないけどね。実際にその祠が願いを叶えてくれるとは限らない」

 狭間はそういうが、私たちにはこれがただの伝承であるとは言えない。私たちの間に沈黙が広がる。風のそよぐ音と、木の葉のこすれる音しか耳に聞こえなかった。

 しばらくして、狭間がゆっくりと口を開く。

「さて、私はそろそろ帰ろうかね……明日も授業なんだ」

 「すみません。夜遅くまで、つきあわせてしまって」

 呉竹が頭を下げた。

「気にしないで。もともと、こんな時間に来たのは自分の判断だし。それに面白い話も聞けたしね」

 狭間綾臣が瞳を弓なりにする。そして、そのままくるりと振り返り、帰り道の方に向かう。
 
「狭間さん、いろいろ教えていただき、ありがとうございます」

 呉竹が礼を言った。狭間がちらりとこちらを見る。

「こちらこそ……ああ、そうだ」

 狭間がにたりと笑みを浮かべた。

「君たちのことも、また今度教えてくれよ」

 そういい残して。羽間綾臣は森の中に消えていった。再びの沈黙が私たちの間にはしる。

「さて……」

 呉竹が、私に向かった。私は、近くにあった石に腰かける。

「つばきはどう思う?」

「娘と男、不倫したのにすごい美談として描かれてるのが気に食わなかった」

 伝承に対する素直な感想を伝える。すると、呉竹がふふっと声を出して笑った。

「そうじゃないよ。事件との関連性について」

「関連性って……だから、私は頭を使うのが得意じゃないんだ」

「まあまあ、とりあえず考えたことを教えてくれよ」

 そんなこと言われても分からない。なにも分からない。

「近藤が使ったおまじないがこっちの祠の方だったってことじゃないのか」

 適当なことを言っておく。すると、呉竹がにこりと穏やかな笑みを携えた。

 狭間の笑みも怪しかったが、こいつの笑みもそこそこ怪しい。気持ち悪さで言ったら、こっちのほうが上だ。

「それだと、いろいろ矛盾が生まれちゃうね」

「矛盾?」

 首をかしげる。呉竹がしゃがみ込み、石に腰かける私と目線を合わせた。

「ああ。この藤と饅頭、比較的最近のものだ。宮本遥いわく彼女が森本と付き合い始めたのは1週間前の4月16日。それから6日前におまじないをした――」

「たしかにおかしいな」

 宮本の時系列でいうならここで「おまじない」が起こったのは二週間前だ。それなら、藤は完全に枯れ、饅頭は原型をとどめないほどに蟻に食われてても不思議じゃない。

「それに、そもそも宮本遥は近藤美幸と一緒にこのおまじないをしに、神社に行ったと言っていた。近藤美幸がこの神社でおまじないをしたところを見たと言っているんだ」

 確かにそうだ。そこが抜けていた。

 呉竹が静かに視線を落とす。

 ……ということは……

 私自身も頭の中を整理する。

「このお供え物は、近藤の件とはまた別件ってこと?」

「……もしくは……」

 ゆっくりと。ゆっくりと、呉竹が口を開く。月の光が、呉竹の玉のように美しい顔を照らした。

「宮本遥が嘘をついているかだ」
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