case1 洛首神社のおまじない


 喫茶つきかげに戻る。私は、カウンターに腰かけ、雑誌をパラパラとめくる。

 今日はお客さんが少なかった。まばらに常連客が入ってきたが、呉竹ひとりで対応できるものだった。基本的に平日はこんなものである。たまに町の外からのお客さんもやってくるが、基本は常連客が相手だ。土日はもう少し人が多いが。

ちなみに、常連客が相手の時は、私は特に相手をしない。彼らも私がこのような堕落した性格であることを知っているためだ。とやかく言われることはない。なんとも、いい人たちばかりである。どっかの顔だけがいい喫茶店のマスターとは大違いだ。

 16時になった。今日は事件のことがあるので時短営業だ。閉店の時間である。すでにラストオーダーである15時半には人がいなかったので、もう片付けはすんでいる。

 よし、部屋にもどるぞ。今日はこんだけ働かされたのだ。たっぷり寝させてもらう。そう思い、部屋に向かおうとした――その時だった。

 カランカラン。

 聞きなれた音だ。扉が開く音。呉竹が外に出たのだろう、そう思いその音を無視する。

「いらっしゃい」

 …………呉竹の声だ。室内にいる呉竹の声だ。

 無視だ。無視。無視すれば、何の問題もない。仕事をする必要は無い。よし、寝よう。そう思った途端、首根っこを誰かに掴まれた。もちろん、呉竹である。

「すみません、閉店ギリギリに」

 声が聞こえた。宮本遥の声だ。

「いえいえ。呼び出したのはこっちだから。来てくれてありがとうね。さあ、カウンターに座って」

 呉竹が宮本に促す。気づけば私の身体は、カウンター席にあった。無理やり椅子に座らされる。呉竹は宮本遥に珈琲を出した。

 「ありがとうございます」

 宮本遥が一口飲む。

「近藤さん、教師と付き合ってたんだってね」
「はい。どこでそれを……?」
「ちょっと、K町高校の生徒に聞いてね」
「なるほど……」

 宮本遥が視線を落とす。

「私、彼女の恋には反対したんです」
「反対?」
「だって教師と生徒の恋愛ですよ?」

 まあ、宮本の気持ちは分からないでもない。愛だ恋だに融通が利く世の中になったとはいえ、教師と生徒は許されざる恋である。まともな倫理観があるならば、百歩譲って、卒業してから付き合うべきであろう。

「止めたのに、おまじないまでして……。先生と付き合い始めちゃったんです」

 宮本遥が小さくため息をついた。呉竹が「ところで……」と話を切り出す。

「近藤さんはそのおまじないをどこで知ったの?」

 呉竹が問う。これが聞きたくて、こいつは彼女をここに呼んだのであろう。

 神社の関係者である藍柳の知らないおまじない。学校で流行っていたというわりには、女子高生たちも最近知ったと言っていた。そんなおまじないをどこで知ったのか。

「わからないです」

 宮本遥がうつむいたまま答えた。

「宮本さんは……近藤さんから聞いたの?」
「……はい」

 宮本遥が答える。呉竹が「なるほど」とうなった。

「ちなみに、森本先生と近藤さんが付き合い始めたのはいつ?」
「えっと……」

 宮本遥がスマホを見る。開かれていたのはトーク画面であった。近藤美幸とのやりとりなのだろう。

「4月の16日ですね。インスタの個人チャットで報告してくれてます」
「ちょうど今から1週間くらいまえか……ちなみに、おまじないをしたのが?」
「その6日前です。4月の10日。森本先生が2年連続で担任になって「これは運命」っていって張り切ってたんです。『今年こそ、絶対森本先生と付き合うぞ』って……」

 なかなかに強かな女子生徒のようだった。良くも悪くも、周りの視線は見えてない印象だ。恋は盲目というが、ここまで盲目過ぎるのも珍しい。呉竹が「なるほど……」とうなる。しばらくして、宮本遥が珈琲を飲み干した。

「ありがとう、来てくれて」

 呉竹がにこりとほほ笑み、宮本遥が頬を赤く染める。

「美幸のこと、よろしくお願いします」

 宮本遥がぺこりと頭を下げた。そして、店から出ていった。

「……つばき、どう思う?」

 呉竹がちらりと横目で私をみた。

「わかるはずもないだろ。私は頭がよくない。お前のほうが得意分野だろ?」

 事実を述べる。私が言ったことは呉竹だってわかってるはずだ。小さくため息をつく。

「もう、部屋に行っていいだろ?」
「ああ。今日は1日ありがとうね」
「本当だ。こき使いやがって」

 私はそういいながら、廊下に出る扉を開ける。そして、そのまま部屋にもどり、布団に包まる。訪れる眠気に身をまかせ、瞼を閉じる。だんだんと……だんだんと意識が朦朧としてきて、私の意識はすとんと落ちた。
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