case1 洛首神社のおまじない


「おい、呉竹」

 私の手を引きながら、呉竹は階段を上がっていく。引かれる私の身体もおのずと上がっていく。私たちはあっという間に社殿が見えるところまで来ていた。やはり、なんの変哲もない本殿と拝殿である。大規模な神社ではないが、丁寧に手入れがされており、境内はさびれていない。すべての建物がとても荘厳で美しい姿を保っている。

 境内の一角に藤棚があった。現在、4月の下旬の為、ちょうど見ごろである。藤の花が無数に咲いて、紫色の天井ができあがっている。

 手水舎で手を清め、社殿へ向かう。お賽銭を入れて、ニ礼二拍手一礼した。

 今度こそ帰るぞ。そう思い、踵を返そうとする。が、呉竹はまだ帰る気配がない。

「おい。早く帰るぞ」
「ちょっと、来て」

 またまた強引に腕をつかまれる。向かった先は、授与所であった。お守りや札などが陳列する中、袴を来たひとりの神職の男性が奥に立っていた。

 黒い髪に、子犬のようなくりくりとした瞳が印象的な男性であった。年齢は10代から20代くらいだろうか。かなり若い男性である。

「おはよう、新太くん」
「呉竹さん!」

 知り合いだったのか。呉竹はフレンドリーに、袴姿の彼に話しかける。

「藤の花がきれいだね」
「はい、1週間くらい前からきれいに咲き始めたんです。その子は……?」

 新太と呼ばれた青年は私のことを見た。まるで、観察するような目つきに、私は居心地が悪くなる。本当に早く帰りたい。呉竹は私のそんな様子もお構い無しに、新太と呼ぶ青年ににこやかな笑みを向けている。

「ああ、新太くんは、この子に会うのはじめてだったか。この子は、つばき。私の助手かな」

 呉竹が私の紹介をする。断じてこいつの助手ではないが、否定するのもめんどくさい。私はぺこりと頭を下げておく。

「ごめんね。つばきは愛想がよくないんだ。つばき、この子は藍柳新太あいやなぎしんた。この神社の宮司の息子さんだ」

「はじめまして。藍柳新太です! 呉竹さんにはいつもお世話になってます」

 丁寧な一礼を返された。かなりまじめで健気そうな男である。 

 「ところで今日は何か僕に御用があるんですか? もしかして、事件があったんですか?」

 藍柳新太が問う。藍柳新太は呉竹の仕事のことまで知っているのか。確かに神職の男だ。過去に呉竹がなにか怪異関係の事件の調査の協力を要請していても不思議ではない。呉竹が藍柳新太の言葉に「まあね」と軽く返した。

「この神社でおまじないが流行ってるらしくてね」
「おまじない?」
「ああ、恋愛成就のおまじないらしくてね。どうやらこの神社の階段の20段目で想い人の名前をつぶやいて『ラクシュ様、ラクシュ様。私の願いを叶えたまえ。叶えたまえ』と願うと、恋が実るらしい」

 藍柳新太が首をかしげる。もしかして……

「君、おまじないのこと、知らないのかい?」

 呉竹が、私が思っていたことを問うた。

「ええ。聞いたことがないです。ラクシュ様――ここで祀ってる鬼は恋愛成就の神様じゃありませんし……それにやってる人もあまり見た事ないような……あまり夜の見回りは僕はやってないので、なんとも言えないですが……」

 神社の関係者も知らないおまじない。もしかして、女子高生たちの間だけではやっているものなのだろうか。ちらりと呉竹の方を見ると、呉竹も何かを考えるように顎に手を置いていた。

「ありがとう。新太くん」
「いえいえ。なかなかお役に立てず、すみません。また、なにか情報あればお伝えしますね」

 私たちはようやく神社を後にする。

 神社を出ると、目の前の学校に生徒たちが入っていくのが見えた。K町高校である。

 呉竹が身に付けている時計を見ると時刻は8時20分であった。そうか、学生たちの登校時間か。まだそんな時間だったのか。朝から働きっぱなしだったため、もう昼頃だと思っていた。

「ねえ、聞いた? 近藤さんの話」

 ふと、私の耳にそんな声が聞こえた。それは、呉竹も同じようで。私たちは顔を見合わせたのち、その声の主を探す。

「聞いた! おまじないのせいなんだってね」

 見つけた。声の発生源は、K町高校の女子高生二人組であった。

「おまじないのせいってどういうこと?」
「え!? 昨日、インスタのストーリーで流れてたじゃん!」

 女子高生たちの甲高い声を、私たちは追いかける。

「ちょっといいかな」

 追いついた女子高生たちの間に、呉竹が入った。女子高生たちが、立ち止まり呉竹の顔を見る。髪の毛を茶色に染めた女子高生と、ショートヘアの女子高生だった。顔はばっちりとメイクしており、スカートの丈も短い。宮本遥とは正反対の女子高生だった。二人は最初は怪訝な顔をしていたが、奴の化け物みたいに美しい顔を見るなり、頬を赤く染めた。やっていることは不審者だが、こいつの綺麗な顔のおかげで、通報は免れそうだ。

「その噂の話、聞かせてもらっていい? 私たち、近藤美幸さんの知り合いで……」

 呉竹はしれっとした顔で嘘をつく。女子高生たちはその嘘を疑う気配はない。この子たちが将来、詐欺にあわないか心配である。

「自殺した近藤さん、おまじないで死んだって噂なんです」
「そうそう。あの神社のおまじない」

 茶髪の女子高生が、洛首神社を指さす。

「おまじないって神社の20段目でお願いするやつ?」
「そうですよ」
「そのおまじない、有名なものだったの?」

 呉竹が問うた。彼も私のように、先ほどの藍柳新太の話が引っかかっているのだろう。

「いや? 多分そこまで有名じゃなかったです。私も昨日初めて聞きました」
「そうそう。そんなおなじない、知らなかったよね。もし知ってたら、やってたかも」

 女子高生たちが顔を見合わせる。なるほど。女子高生たちも詳しくは知らないのか。この女子高生たちだけが知らなかったのか、それともそこまで流行っていないのか……。

「近藤さんって、結局だれと結ばれたのかってわかる?」

 呉竹がさらに問う。すると、女子高生たちは眉をひそめた。まるで、何かを言うのを躊躇うかのようだった。呉竹が、じっと彼女達の方を見つめて静かな圧をかけると、ショートヘアの女子高生が口を開いた。

「……森本先生――保健体育の先生です」
「森本先生、近藤さんのクラスの担任だったんです。去年も担任だったらしくて、もともととても仲がよかったんです」

 ひとりが話すと、もうひとりもつられて話し始めた。教師と生徒の恋愛。なかなかスキャンダラスなものである。彼女はその森本に想いを寄せており、おまじないを使ったのか。

「近藤さん、あまり隠す気なくって……わりといろんな人に言いまわってたので、同学年の生徒はほとんど知ってると思います」
「もしかしたら、先生とか保護者も知ってたかも」

 なかなか肝が据わった娘だ。先生や保護者も知っていたなら、なにかしらその先生への抗議の声もあったのではないか。

 ショートヘアの女子高生が鞄からスマホを取り出した。そして、時間を見る。

「ごめんなさい! もう、私たちいかないと時間が……」
「ああ、ごめんね! お勉強、がんばってね」

 呉竹がそういうと、女子高生たちの桃色の頬がさらに赤くなる。女子高生たちは手を振って、学校へと入っていった。
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