case3 天女と少年

 カランコロンと。

 鈴が鳴り。

 今日も喫茶 つきかげは開店した。お客さんは入ってきた。

「マスター、ナポリタン!」

「儂は珈琲」

「今日も輝夜ちゃんは綺麗な顔ねぇ……」

 常連さんもパラパラと入ってくる。ちなみに、最後の言葉は常連客の山本さんの言葉である。

 呉竹はパタパタと仕事をしている。忙しそうだ。私は、カウンターに座りながら新聞を開きながらその様子を眺めていた。珈琲をいれ、調理をし、接客をする。効率よく仕事をしていた。

「つばき、これを運んでくれ」

 呉竹が私に声をかけた。私はムッとした表情を浮かべ、呉竹を見る。

「手が空いてないんだ」

 呉竹はナポリタンに火をかけながら、珈琲を入れている。

 仕方ない。私は、珈琲をお盆にのせ、運んだ。珈琲を頼んだのは、テーブル席のおじいさんであった。加賀さんという、これも常連客である。

 私が「どうぞ」と言って、珈琲を置くと加賀さんはしわくちゃな顔をさらにしわくちゃにして笑顔になった。

「ありがとうねぇ」

 そう一言言う。私はくるりと振り返り、元の位置に戻る。

「今度はナポリタン運んで」

 次から次へと。こき使われる。

 私は心の中で舌打ちを打ちながら、ウェイトレスとしての仕事をしていく。呉竹の手が止まった頃。私の仕事も無くなった。

 よし、これでサボれる。そう思い、カウンターに座り、新聞を開いた。その時。

 カランコロン――

 来客だ。

「いらっしゃいませ」

 呉竹の清らかな声が店内に響き渡る。

 お客さんが店内に入る。その姿があらわとなった時、私は目を丸くした。

「おお、レトロな純喫茶だね」

 聞いたことのある声。

 見た事のある顔。

 見た事のあるトレンチコート。

「狭間……」

 声がこぼれた。

 いや、狭間はあの日呉竹により記憶が消されているはずである。ここに来るのもはじめてだ。私たちに会うのもはじめてだ。

 呉竹も私と同じ気持ちのようで。顔を驚きの色に染めていた。

 「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

 呉竹がそう言う。彼の口調は少し歯切れ悪い。

「じゃあ、カウンターに座ろうかな」

 そう言って、狭間は呉竹の目の前に座った。そして、呉竹の顔を見る。

 狭間はねっとりとした視線を呉竹に向ける。まるで観察するように。そして。

「綺麗な顔だね」

 そう一言、狭間がこぼした。

 呉竹はにこりと微笑み、「ありがとうございます」と返した。まるで、過去の出来事が無かったかのように。

「そうなのよ〜輝夜ちゃんは可愛いのよ」

 話に割り込んできたのは山本さんであった。

「輝夜ちゃんは一生懸命でね〜ユーモアもあってね〜! もう私の推しよ」

 やたら饒舌に話す山本さんである。狭間は陽気なおばちゃん特有の圧に負けていた。が、視線は呉竹に釘付けである。

「ああそう。ここはナポリタンがオススメよ。輝夜ちゃんが作るの」

 山本さんの話す声がとまらない。狭間はにこりと怪しい笑を返した後、呉竹に向かった。

「じゃあ、ナポリタンと珈琲をいただこうかな」

「かしこまりました」

 呉竹が返し、ナポリタンを作りはじめる。狭間はひたすら、その様子を観察する。

「素敵な人だな。動作も綺麗だ」

 呉竹を褒めちぎる。そして――

「そばに置いておきたいな」

 ぽつりと。小さな声でそう呟いた。

 その言葉に私は身構える。こいつは、同じことを繰り返そうとしているのか。

 彼の私にギリギリ聞こえるか、聞こえないかくらいの声である。が、隣にいた山本さんにはしっかり耳に届いたようで。

「あら、だめよ。輝夜ちゃんはみんなの輝夜ちゃんなんだから!」

 声を荒らげた。そして――

「つばきちゃんも言ってやりなさいよ!」

 まさかの私に話を振られた。私は新聞を机の上に置き、狭間に向かう。

「残念ながら、呉竹は私のものだ」

 お前の相棒ではないし、恋人でもない。私の面倒役だ。そう思い、いった。
 
 私は再び新聞を眺めた。山本さんがきゃあっと声を上げた。

「そうなの!? 輝夜ちゃん! 輝夜ちゃんとつばきちゃんってそういう関係――」

 なんか思いっきり誤解されてる。あとは呉竹に対応を任せよう。

 私はお冷を注ぎ、ひとくち飲む。ひんやりとした水が喉をつたった。

 まあ、あいつが作りあげたこの空間の居心地は悪くない。しばらくは人里に降りて、人として生活しようではないか。

 あいつの気が済むまで、付き合ってやろう。
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