case3 天女と少年

 それから数日がたった。
 
「この祭りは洛首祭りって言ってね。洛首神社の例祭でね……」

 なんか話してるが、頭に入ってこない。というか、頭に入れようという努力をしていない。

 私たちは例の祭りへと移動していた。有名人が来るわけでも花火が上がる訳でもないのに、よくもまあこんなに人が集まるもんである。

 参道には露店が多く並んでいた。たこ焼きにイカ焼き、唐揚げにチョコバナナ。芳ばしい匂いが私の鼻をくすぐる。

 ついでに腹もすいてきた。

「食べたいの?」

 呉竹が私の心を悟るかのように言う。私は無言で頷いた。そして、無言でたこ焼きを指さす。

「分かった」

 呉竹が頷き、たこ焼きを買いに行った。私は着いていかない。無理やり連れてこられたのだ。このくらいこき使ってもバチは当たらないだろう。私はベンチに腰掛ける。

 人からはずれた所にあるベンチである。祭りの騒がしさからは離れた箇所であった。その静けさに身を任せる。

 流れていく人をボーッと眺める。浴衣を着た若い女子たちに、カップルたち。老夫婦の姿もあった。この祭りが、この神社が老若男女から愛されているのがわかった。ここの神様はすごい神様なんだなと思う。

 ふと、目の前を若い女の子二人組が歩いていった。

「山中先生の授業中ヤバくない?」

「やばーい。必修なのに、普通に単位落とすんですけど!」

 H大学の生徒だろうか。やたらとチャラチャラした生徒である。賢い大学だが、このような生徒もいるのかと驚く。人は見かけによらないものだ。

「さっきさぁ、狭間先生見たよ」

 聞きなれた名前を聞き、耳が女子学生たちの方に向いた。

 ……狭間がここにいるだと……?

 私の眉間にシワがよるのを感じた。女子学生たちは私の様子には気が付かずに、さらに話を進める。

「ええ、狭間先生? 祭りとか行くんだ」

「民俗学の先生だから、祭りの研究するんじゃない?」

 なるほど。そういうことか。奴の研究範囲は分からないが、おそらくそういうことなのだろう。

 女子学生たちはあっという間に私の目に入らないところへいった。

 私は再びぼーっとする。

 何分待ったか。呉竹は来ない。あまりにも来なさすぎる。迷子になったのか、探しているのか。いや、あいつは探索力は優れている。私の行動パターンなんてすぐに読んで、私の居所を察知するはずだ。

 となると。あいつの身に何か起こったか。私は、立ち上がる。

 仕方ない。こちらから探してやろうか。

 祭りの人混みの中に歩みを進める。

 ひとりでこの祭りの人混みの中を歩くのはきつい。いつもであれば、前に呉竹がいる。勝手に呉竹が人をかき分けてくれるので、その後を着いてけばいいだけなのだ。だが、今は自分で人をかき分け、道を作らなければならない。暑いし、むさいし、くさい。早く呉竹を見つけて帰りたい。

 こんなことになるなら、たこ焼き買ってこいなんて頼むんじゃなかった。
 
 後悔が頭をよぎる。

 しばらく歩くと、少し開けたところが見えた。人混みに疲れた私は誘われるようにそこに向かう。

 そこは洛首神社にある摂社の前であった。薄暗く、鬱蒼とした空間であるため、祭りの来客はここに来ないのだろう。その前に岩があった。そこにぽつんと。何かが置いてある。私はそれに近づく。

 たこ焼きだ。2人分。もったいない、と一瞬思ったがそれはすぐに心当たりに変わる。

 そうだ。これは、私と呉竹のものだ。呉竹が買ってきたのだ。線と線が繋がるように、直感的にそれを感じた。
 
 先程の女子学生たちの話を思い出す。狭間。そうだ、狭間が来ている。やつだ。やつが――
 
 そう思った。しかし、何のために。疑問に思ったが、私は図書館での奴の執着的な瞳を思い出す。

 ……もしかして、最初から呉竹を狙っていた……?

 最終的にそこにたどり着くが、頭を使うのが苦手な私は彼の真相を暴くことまではできなかった。

 ※

 私はつばきに頼まれ、たこ焼きを買いに行った。いつもこちらが無理を言ってるのである。たまには、こちらもこき使われるか。そう思ったためだ。

「いらっしゃい」

 たこ焼きを焼いていた主人が、顔を上げる。

「おお、えらいべっぴんさんな兄ちゃんだな」

「ありがとうございます」

 容姿を褒められるのは慣れている。嬉しいとも、嬉しくないとも思わない。私は主人の言葉を軽く受け流した。

「んで、何頼むんだ?」

「たこ焼き、2人分ください」

 つばきと私の分である。主人はなれた手つきで、たこ焼きをコロコロと回す。そして、船型の竹の皿に手際よく、たこ焼きを載せていく。

「あいよ」

「ありがとうございます。値段は……」

 私は暖簾を見上げる。ひと皿600円だ。物価高のご時世の中では優しい値段である。私は財布をあけ、現金を取り出そうとした。そして、主人にお金を払う――

 が、それは叶わなかった。

「はい、1200円」

 そう言いながら、主人にお金を渡す“誰か”がいた。順番を抜かした割り込みか? と思ったが違う。

「やあ、呉竹くん」

 狭間だ。私は身構える。私のそんな様子には気が付かず、狭間は2人分のたこ焼きを見る。

「つばきちゃんのものかな?」

「ああ」 

 狭間は私がそう言うと、嬉しそうな顔をうかべる。私の動作をまるで観察するような視線が突き刺さる。私はその視線を無視して、主人からたこ焼き2つを受け取った。

 こいつの私への執着に気が付かない私ではない。彼が私に依頼した時、私は彼の目的をすべて悟った。
 
 私だ。こいつの目的は私だ。

 近藤のおまじないの件も、狐の神隠しの件も、すべてすべてこいつが私のために起こしたものだ。

「少し、話をしないか?」

 そう一言。その声は艶やかさがある。私を見る目は蛇のようなねっとりとした瞳だった。怪しい。が、ここで彼の言うことを拒んでしまったら、それこそ彼の本心は迷宮入りだ。

「ああ」

 私は頷いた。

 私たちがやってきたのは、洛首神社の祠であった。古びているが、手入れのされた祠である。祭りの騒がしさからはすこし離れたところである。人通りはゼロではないが、静けさ揺蕩う場所である。

 「さて、どこから話そうか」

 ぽつりと一言。狭間のそんな言葉がこぼれた。そして、彼は近くの岩に腰かける。

 「君はどこから聞きたい?」

 逆に問われても。質問がないわけではなかった。というか、彼に聞きたいことはたくさんある。ただ、どれを問いかけるか、それに困ってしまった。

 しばらく考えて。私は、ゆっくりと口を開いた。

 「なぜ、私に執着する」

 「……それは君が一番わかっているだろう」

 彼はにたりと薄気味悪い笑みを浮かべた。

 私は小さくため息をついた。こいつのこの怪しい態度は、なにか裏で悪意のあることをしようとかいう大それたものではない。むしろ、純粋だ。今までの彼の行動すべてが純粋な動機によるものであった。

 近藤の事件の発端となったことも。

 狐の事件の発端となったことも。

 そして、私たちに近づいたことも。

 すべてが、ただの純粋な恋心であった。

 私への。

 「君は私をどうしたいんだ」

 私は彼に問う。彼は熱っぽい視線で私を見続けた。そして、むくりと立ち上がる。

 この姿の私は日本人成人男性にしては身長が高い方である。だが、彼のほうが、頭一つ分くらい背が高い。前にたつと、私が彼を見上げる形となる。

 彼が私の髪に触れた。さらりと夜の風が私の頬にあたる。

 「ただの独占欲だよ」

 そう一言。彼の声は優しかった。

 だが、残念ながら私に恋心などない。人間を愛することはない。彼のこの行動に対し、恐れも嫌悪感も抱かなかった。彼の心を知り、何の感情も分からなかった。

 私は人間ではない。天人である。人間と長く付き合っていくと情もわいてくるが、性欲や恋心を抱くことはほとんどない。かつて、多くの男性から想いを寄せられたこともあったが、やはり恋愛感情を抱くことはなかった。

 だから、彼の気持ちに答えることはできなかった。

 私はいつも通りの穏やかな笑みに戻した。その顔を見て、狭間は私の心を悟ったのか。すこし、眉を下げた。そして、ほんの少しだけ口角が上がった。彼が今どういう感情でいるのか、私には読み取れなかった。

 「……ちょっと、私ときてくれないか?」

 狭間が一言、そういった。私は無言でうなづいた。

 自分の身が、心が狙われているのは分かっている。が、この件を解決するためには彼を知らなければならない。

 私は、たこ焼きをその場に置いていった。「ここにいた」とつばきに告げるための布石である。

 つばきなら、気がついてくれるはずだ。何かあれば、つばきが助けてくれる。 
 
 それに……

 つばきには、アレの回収を頼んだ。すでにアレはつばきが回収したはずである。

 あれさえあれば。私はこの状況を打破できるのだ。
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