case3 天女と少年
やってきたのはH大学の大学図書館であった。さすがはH大学である。かなり規模の広い図書館であった。しかも、とても綺麗である。コンクリートで作られた、近代的な建物であった。開放的なガラス窓を魅せる造りが印象的である。
そんな図書館の中も、やはり綺麗であった。古い本の匂いよりも、新しい建築の匂いの方が際立つ。
そんな中で呉竹と狭間が、調査をして居る。が、呉竹は必死に見ているが、狭間は呉竹の方をじっと見つめていた。観察するようにマジマジと見ている。
「呉竹くんは羽衣伝説って知ってるかい?」
「もちろん。人間に羽衣を奪われ、天に帰れなくなる話だろう?」
「そうそう」
そう話しているあいだも、狭間は呉竹を見ていた。まるで、想い人をみるような――
多様性の世の中である。奴らがどのような関係を築こうが、私には関係ない。が、それはそうとして身近な人間のこういうものを間近で見るのは、親の性行為をみるようないたたまれなさがある。
…………とりあえず、移動するか。
気まづいし。くるりと足を向け、私は図書館を移動した。
図書館のすぐとなりは大学博物館であった。博物館には、考古学、文学、科学に限らずさまざまなものが展示してあった。
私は学がないので、価値は分からないが、なんかすごいのであろう。
考古学のコーナーは何となく分かる。刀剣や屏風や文書。長く生きているのだ。私は実物を見たことあるのだ。並ぶ品々に懐かしさを覚えながら、眺める。
「……あれ?」
その中にひとつ。目を引くものがあった。
扇だった。木簡で作られた檜扇である。ちなみに私も鬼になる際、扇は持っているがそれは紙で作られた蝙蝠扇だ。形状が大きく違う。
その扇には鳳凰が描かれていた。古いものであるはずなのに、色落ちはしていない。
美しい扇である。が、私がそこに注目した理由は美しさではない。
それは、見たことあるものだったのだ。檜扇を見たことがあるという意味ではない。“この”檜扇を私は見たことあるのだ。どこかで――どこだっけ。
「あら、それ気になるの?」
私にそう話しかけたのは、一人の女性だった。名札には、正岡と書いてある。学芸員だそうだ。
「それね、大学の先生から寄贈されたものなのよ」
学芸員がそう言った。私は改めてまじまじと、扇を見つめる。
……やはり、どこかで見たことあるのだ。それを。
だが、どこだかは思い出せない。まあいいや。しばらくしたら思い出すか。
そう思って、学芸員に軽い会釈をした――刹那。
「いたいた、つばき」
名前を呼ばれた。呉竹だ。遠くから、呉竹が私を呼びかける。静かな博物館の中で、よくもまあデカイ声が出せるもんだ。少しは常識をみにつけて欲しい。
呉竹が、檜扇の前に立つ私の元にやってくる。そして、ちらりと横目で扇を見た後に私に向かった。
「見つかってよかった。いつの間にか消えてたから、さがしたよ」
呉竹が穏やかな笑みを浮かべた。
「どうしてここに?」
「別に」
私は適当に返事した。しかし、呉竹はこれ以上なにも聞かなかった。
「こっちは、『ここにはかぐや姫伝承がある』ってこと以外には情報はなかったよ」
呉竹が肩を竦める。
私と呉竹は博物館から出た。すると、図書館の柱にもたれ掛かる狭間がいた。
「お、見つかったんだ」
狭間が目を細める。
図書館の前には、小綺麗に整備された芝生の庭があった。中には小路やベンチもある。多くの学生たちがそこにたむろしている。
その中を、私たちは歩いていく。
「あっせんせーい!」
そう言って、走り去っていく女子学生たちが狭間に手を振った。狭間も振り返す。こういうのを見ると、狭間は本当に教授なんだなと思う。
女子学生たちがちらりと呉竹の方を見た。彼の清らかで美しい姿を見て、彼女たちは頬を赤らめる。
「モテるね。呉竹くんは」
「そんなことない」
呉竹は肩をすくめる。
「狭間さんも慕われてますね」
「そんなことないさ」
謙遜し合う。が、お互いはただ褒めあっているようではない。どこか、心を探りあっているような、そんな気がした。
しばらく歩く。狭間と呉竹が並び歩き、私はその3歩後につづく。
「ところで……」
呉竹が話を切り出した。
「今日、私をここに呼んだ理由は?」
呉竹の声が低くなった。私も思ったことだ。今日、図書館に何もなかった。狭間はこの大学の教授だ。かぐや姫伝説に関することが見つからないことは、事前にわかってたはずだ。
その心を悟ったのか。狭間はクスリと微笑んだ。
「君たちのことが知りたかっただけだよ」
気持ち悪い。ざわりと生理的な嫌悪感を心に抱く。ちらりと私を見たあと、再び呉竹を見る。
「もともと、私は君たちに興味があった。私は民俗学者だよ。怪異専門の相談所なんて、知りたくて知りたくて仕方がないじゃないか。君たちがどんな人間なのか、どんな仕事をしてるか……それを見たかったのさ」
その声にはほんの少しの興奮が入り交じっていた。理由としてはとても腹立たしい。無駄足だったというわけか。本当は家でゴロゴロできるはずだったのに。
手がプルプルと震える。今にも、手が出そうだった。が、私の苛立ちにいち早く気がついた呉竹が、私の手を握ったことにより、それは制された。
「君たちは何故、こんな相談所をしてるんだい?」
狭間がさらに問うた。以前、山本さんにも同じことを聞かれた。呉竹はほんの少し肩を竦めた後、ゆっくりと口を開いた。たゆたう風が呉竹の髪の毛をサラリと揺らした。
「私は探し物をしているんだ」
てっきり、山本さんの時と同じようにはぐらかすかと思ったが、呉竹はそうではなかった。素直に、真の理由を話す。
「探し物……?」
「ああ」
呉竹が深く頷いた。
私も呉竹の探し物については知っている。“アレ”だ。
狭間が「へえ」と言った。そして、含みのある笑みを浮かべる。
その後。私たちは狭間と解散した。狭間は、このあと講義があるそうだ。教授ってのは忙しい仕事であるそうだ。
「ごめん、つばき。先に帰っててくれない? 私は少し確認したいことがあるんだ」
大学の門から出ようとした時、呉竹が私にそう話しかけた。私は首を傾げる。
「なんの確認?」
「ちょっとね」
教えてくれないらしい。まあいい。私には関係ない。帰れるのなら万々歳だ。
ウキウキとした気分の私はひとりで電車に乗って、喫茶つきかげに戻った。
喫茶つきかげは、今日はお休みである。当然だが、私は店を回せない。マスターである呉竹がいないと、ここは成り立たないのだ。そのため、私は自室でゴロゴロしていた。
夕方になって、呉竹が喫茶つきかげに帰ってきた。やつは帰ってくるなりすぐに私の元に来た。バタンと言う扉を開く音が私の耳を劈く。
「うるさい」
ベッドでゴロゴロとする私は呉竹を睨みつけた。呉竹は私のそんな様子はお構い無しに、私のベッドに腰掛ける。
「どけよ」
「ごめんねー」
謝りつつも、居座るつもりだ。こいつは日本語が通じない。
「なんか成果はあったか?」
「ああ、あったよ」
そう言って、やつが見せてきたのは1枚のチラシであった。私はむくりと起き上がり、それを見る。
「祭り……?」
「そう。祭り。さっき、商店街を新太くんに会ってね」
「新太……」
「藍柳新太くん。この間、近藤の件で会った洛首神社の神職の男の子だよ」
「ああ」
思い出した。あのクリクリとした目が印象的な若い男か。
「せっかく誘われたんだ。行かないかい?」
「やだ。めんどくさい。祭りなんて人が多いし、暑いし」
私はそう言う。が、私の意思なんて関係なく、無理やり連れていくのだろう。いつも通り。本当にストレスである。
呉竹はむくりと椅子から立ち上がった。
「あっそうだ。あとひとつ、頼まれ事があるんだ」
そう言って。やつは私の元にスタスタとやってきた。
そして、私の耳に口をよせ。
とある“頼み事”を私にしたのであった。
そんな図書館の中も、やはり綺麗であった。古い本の匂いよりも、新しい建築の匂いの方が際立つ。
そんな中で呉竹と狭間が、調査をして居る。が、呉竹は必死に見ているが、狭間は呉竹の方をじっと見つめていた。観察するようにマジマジと見ている。
「呉竹くんは羽衣伝説って知ってるかい?」
「もちろん。人間に羽衣を奪われ、天に帰れなくなる話だろう?」
「そうそう」
そう話しているあいだも、狭間は呉竹を見ていた。まるで、想い人をみるような――
多様性の世の中である。奴らがどのような関係を築こうが、私には関係ない。が、それはそうとして身近な人間のこういうものを間近で見るのは、親の性行為をみるようないたたまれなさがある。
…………とりあえず、移動するか。
気まづいし。くるりと足を向け、私は図書館を移動した。
図書館のすぐとなりは大学博物館であった。博物館には、考古学、文学、科学に限らずさまざまなものが展示してあった。
私は学がないので、価値は分からないが、なんかすごいのであろう。
考古学のコーナーは何となく分かる。刀剣や屏風や文書。長く生きているのだ。私は実物を見たことあるのだ。並ぶ品々に懐かしさを覚えながら、眺める。
「……あれ?」
その中にひとつ。目を引くものがあった。
扇だった。木簡で作られた檜扇である。ちなみに私も鬼になる際、扇は持っているがそれは紙で作られた蝙蝠扇だ。形状が大きく違う。
その扇には鳳凰が描かれていた。古いものであるはずなのに、色落ちはしていない。
美しい扇である。が、私がそこに注目した理由は美しさではない。
それは、見たことあるものだったのだ。檜扇を見たことがあるという意味ではない。“この”檜扇を私は見たことあるのだ。どこかで――どこだっけ。
「あら、それ気になるの?」
私にそう話しかけたのは、一人の女性だった。名札には、正岡と書いてある。学芸員だそうだ。
「それね、大学の先生から寄贈されたものなのよ」
学芸員がそう言った。私は改めてまじまじと、扇を見つめる。
……やはり、どこかで見たことあるのだ。それを。
だが、どこだかは思い出せない。まあいいや。しばらくしたら思い出すか。
そう思って、学芸員に軽い会釈をした――刹那。
「いたいた、つばき」
名前を呼ばれた。呉竹だ。遠くから、呉竹が私を呼びかける。静かな博物館の中で、よくもまあデカイ声が出せるもんだ。少しは常識をみにつけて欲しい。
呉竹が、檜扇の前に立つ私の元にやってくる。そして、ちらりと横目で扇を見た後に私に向かった。
「見つかってよかった。いつの間にか消えてたから、さがしたよ」
呉竹が穏やかな笑みを浮かべた。
「どうしてここに?」
「別に」
私は適当に返事した。しかし、呉竹はこれ以上なにも聞かなかった。
「こっちは、『ここにはかぐや姫伝承がある』ってこと以外には情報はなかったよ」
呉竹が肩を竦める。
私と呉竹は博物館から出た。すると、図書館の柱にもたれ掛かる狭間がいた。
「お、見つかったんだ」
狭間が目を細める。
図書館の前には、小綺麗に整備された芝生の庭があった。中には小路やベンチもある。多くの学生たちがそこにたむろしている。
その中を、私たちは歩いていく。
「あっせんせーい!」
そう言って、走り去っていく女子学生たちが狭間に手を振った。狭間も振り返す。こういうのを見ると、狭間は本当に教授なんだなと思う。
女子学生たちがちらりと呉竹の方を見た。彼の清らかで美しい姿を見て、彼女たちは頬を赤らめる。
「モテるね。呉竹くんは」
「そんなことない」
呉竹は肩をすくめる。
「狭間さんも慕われてますね」
「そんなことないさ」
謙遜し合う。が、お互いはただ褒めあっているようではない。どこか、心を探りあっているような、そんな気がした。
しばらく歩く。狭間と呉竹が並び歩き、私はその3歩後につづく。
「ところで……」
呉竹が話を切り出した。
「今日、私をここに呼んだ理由は?」
呉竹の声が低くなった。私も思ったことだ。今日、図書館に何もなかった。狭間はこの大学の教授だ。かぐや姫伝説に関することが見つからないことは、事前にわかってたはずだ。
その心を悟ったのか。狭間はクスリと微笑んだ。
「君たちのことが知りたかっただけだよ」
気持ち悪い。ざわりと生理的な嫌悪感を心に抱く。ちらりと私を見たあと、再び呉竹を見る。
「もともと、私は君たちに興味があった。私は民俗学者だよ。怪異専門の相談所なんて、知りたくて知りたくて仕方がないじゃないか。君たちがどんな人間なのか、どんな仕事をしてるか……それを見たかったのさ」
その声にはほんの少しの興奮が入り交じっていた。理由としてはとても腹立たしい。無駄足だったというわけか。本当は家でゴロゴロできるはずだったのに。
手がプルプルと震える。今にも、手が出そうだった。が、私の苛立ちにいち早く気がついた呉竹が、私の手を握ったことにより、それは制された。
「君たちは何故、こんな相談所をしてるんだい?」
狭間がさらに問うた。以前、山本さんにも同じことを聞かれた。呉竹はほんの少し肩を竦めた後、ゆっくりと口を開いた。たゆたう風が呉竹の髪の毛をサラリと揺らした。
「私は探し物をしているんだ」
てっきり、山本さんの時と同じようにはぐらかすかと思ったが、呉竹はそうではなかった。素直に、真の理由を話す。
「探し物……?」
「ああ」
呉竹が深く頷いた。
私も呉竹の探し物については知っている。“アレ”だ。
狭間が「へえ」と言った。そして、含みのある笑みを浮かべる。
その後。私たちは狭間と解散した。狭間は、このあと講義があるそうだ。教授ってのは忙しい仕事であるそうだ。
「ごめん、つばき。先に帰っててくれない? 私は少し確認したいことがあるんだ」
大学の門から出ようとした時、呉竹が私にそう話しかけた。私は首を傾げる。
「なんの確認?」
「ちょっとね」
教えてくれないらしい。まあいい。私には関係ない。帰れるのなら万々歳だ。
ウキウキとした気分の私はひとりで電車に乗って、喫茶つきかげに戻った。
喫茶つきかげは、今日はお休みである。当然だが、私は店を回せない。マスターである呉竹がいないと、ここは成り立たないのだ。そのため、私は自室でゴロゴロしていた。
夕方になって、呉竹が喫茶つきかげに帰ってきた。やつは帰ってくるなりすぐに私の元に来た。バタンと言う扉を開く音が私の耳を劈く。
「うるさい」
ベッドでゴロゴロとする私は呉竹を睨みつけた。呉竹は私のそんな様子はお構い無しに、私のベッドに腰掛ける。
「どけよ」
「ごめんねー」
謝りつつも、居座るつもりだ。こいつは日本語が通じない。
「なんか成果はあったか?」
「ああ、あったよ」
そう言って、やつが見せてきたのは1枚のチラシであった。私はむくりと起き上がり、それを見る。
「祭り……?」
「そう。祭り。さっき、商店街を新太くんに会ってね」
「新太……」
「藍柳新太くん。この間、近藤の件で会った洛首神社の神職の男の子だよ」
「ああ」
思い出した。あのクリクリとした目が印象的な若い男か。
「せっかく誘われたんだ。行かないかい?」
「やだ。めんどくさい。祭りなんて人が多いし、暑いし」
私はそう言う。が、私の意思なんて関係なく、無理やり連れていくのだろう。いつも通り。本当にストレスである。
呉竹はむくりと椅子から立ち上がった。
「あっそうだ。あとひとつ、頼まれ事があるんだ」
そう言って。やつは私の元にスタスタとやってきた。
そして、私の耳に口をよせ。
とある“頼み事”を私にしたのであった。
