case3 天女と少年


「天女を探してほしい」

 喫茶 つきかげの中に、狭間綾臣の声が轟いた。私――首影つばきは、カウンターに座り、その話を聞く。なお、聞いているだけだ。話に加わる予定はない。

「……天女?」

 怪訝な声を出したのは、呉竹であった。呉竹は眉をひそめ、狭間の対応をする。

「ああ、ずっと探しているんだ。美しい女性だった。あれは、この世のものとは思えない。天女だろうな」
 
 狭間が肩をすくめた。そして、差し出された珈琲を、一口飲んだ。
 
「なぜ天女なのか?」と、私が疑問に思っていると、呉竹が口を開いた。

「そのためにあんたは事件を起こしたのか?」

「事件?」

 狭間が首をかしげた。

「祠のおまじないも、少年に神隠しの件もことの発端はあんただろう?」

 呉竹は、静かに問い詰めるように、そう言った。

「私は語っただけだよ」

 狭間の言葉は、「語った」を強調する。あたかも、自分は何も悪くないというかのように。

「とはいえ、私が君たちが気になってたのは事実だ。君たちをあぶり出すために、噂を利用したところはある」

 ぐるりとこのカフェのなかを見渡す。私とも目があった。

「ごめんね。君たちを探してたのは心の底からの事実だ」

 にたりと不適な笑みを浮かべた。正直、こいつの目的のために多くの人が迷惑を被ったというのは、気にくわない。死人もいる。胸くそ悪いのが本音だ。

 ……だが、もう終わったことなのだ。ここでこいつを問い詰めてもしょうがない。問いつめたとて、事件が起こった事実を消すことはできない。

「さて、話を戻そうか。私が天女を見たのは今から24年前だ」

「大分まえだな」

「まあね。鬼居山に湖があるだろう? そこで会った」

 鬼居山は私がかつて住んでいた山だ。湖もしっている。なかなかに美しい湖である美しい緑に、澄んだ湖。あそこから見る景色は、私もお気に入りだ。。

「どうして会いたいんだ?」

 呉竹が問いかける。狭間は口を弓形にしながら、彼に向かった。

「そうだね……関心だよ」

 そう一言。こぼれた。

「……24年前に湖で会った美しい天女という以外の情報は?」

「とくにないな……ああそうだ」

 なにかを思い出すかのように、狭間はちらりとこちらをみた。

「かぐや姫……かもしれないな」

 かぐや姫とは、『竹取物語』のかぐや姫か。ただの物語の姫である。なぜ、ここでその話が出てくるのか。疑問に思っていると、隣からぽそりと声が聞こえた。

「かぐや姫伝説」

 呉竹の声だ。私が首をかしげていると、狭間の口許がゆっくりと開いた。

「そう、この土地にはかぐや姫の伝説が残る――」

 ことりと、呉竹がマグカップを置いた。マグカップのなかはすでに空になっている。

「鬼のお嬢さんはしっくりきてないみたいだね」

 ……こちらに意識が向いた。狭間と目が合う。私は慌てて目をそらした。

「むかしむかし、かぐや姫が天にもどったあと。

 姫は再び罪をおかし、地上にやって来た。ふたたび降り立った地があの鬼居山の麓であるといわれている」

 ……なるほど。でも、私は鬼居山に長いこと住んでいたが、かぐや姫にあったことはない。これもただの噂だろう。
 
「なぜ、かぐや姫と?」

「鬼居山に現れる天女といったら、かぐや姫の話しかないからな」

 肩をすくめる。

「ちなに、かぐや姫の伝承は富士山の麓にもあって――」

 狭間がさらに、話を続けようとする。明らかに関係のない話だ。

 呉竹が話を遮るように、こほんとひとつ咳をこぼした。

「呉竹くん」

 狭間が呉竹の名前を呼んだ。呉竹が眉をひそめる。

「ここにいても、なんの問題解決にならない。1回、うちの図書館に来ないか?」

 狭間がそう言った。

「うちの大学図書館なら、資料が豊富だ」

 その言葉が、喫茶店に響き渡った。
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