case1 洛首神社のおまじない


「親友が自殺したんです」

 女子高生がぽつりぽつりと話しはじめる。女子高生の名前は宮本遥というらしい。高校2年生だそうだ。見る限り、そこまで目立たなさそうな、いたって普通の女子高生だ。しいて特徴をあげるなれば、真面目でおとなしそうである。化粧をしている気配はなく、髪の毛も黒色だ。

「ああ、もしかしてK町高校の?」

 呉竹が話をひきだす。私はそれを聞くだけであった。新聞をぺらぺらとめくりながらも、耳だけは呉竹たちのほうに傾ける。

「そうです」

 女子高生が答えた。私は先ほどの新聞の内容を思い出す。K町高校の自殺者事件。屋上からの飛び降り事件。新聞をぺらぺらとめくって、自殺の件の記事を再び開いた。

「私、あの子……美幸とは小学校の時から仲良くて……今もクラス一緒で、いつも一緒にいたんです」

 近藤美幸。宮本遥いわくこれが、自殺した生徒の名前らしい。あらためて新聞記事を見ると、その名前が書いてあった。

「……美幸、いじめられている気配とかなかったんです。いつも楽しそうだったし。今週も映画を見に行く予定を立ててたんです」
「彼女が自殺するとは思えない……と?」
 
 呉竹が改めて問う。ちらりと一目だけ宮本遥の反応を見ると、彼女はゆっくりと、躊躇うように頷いていた。まるで、真実から目を背けるような、そんな態度だった。

「心当たりとかない?」

呉竹が問うと、彼女は「えっと」と小さな声で返した。とはいえ、そこから先はすんなりと言葉が出てこないようだ。彼女からの手がかりは無さそうか……と思ったその時、彼女は慌てたように「そういえば」と話を切り出した。その声は少し裏返っていた。

「…………あの子、死ぬ前におまじないをしてたんです」
「おまじない?」

 呉竹が怪訝そうな声をあげる。私は再び横目でふたりの様子を見た。呉竹の食いつくような視線が、宮本遥の曇った表情を刺している。

 おまじない。なるほど、だから彼女はここに来たのか。怪異専門の相談所である喫茶つきかげに。

「学校で流行ってるおまじないです」
「どんなものなの?」

 呉竹の綺麗な顔が、宮本遥をじっとみつめて問いかける。

「K町高校の前にある神社あるじゃないですか」
洛首神社らくしゅじんじゃね」

 洛首神社――山に眠る鬼を祀るとされる神社である。いわれのある由緒ある神社らしい。呉竹が前説明してくれた気がするが、聞き流していたため詳細は分からず仕舞いだ。とはいえ、興味が無いので別に知りたいとも思わない。

 宮本遥の目にふっと光が消えた……ように私は思えた。そして、彼女はゆっくりと口を開く。彼女の唇がわなわなと震えていた。

「……夜中の2時にあの神社の階段の20段目で、好きな人の名前をつぶやいて『ラクシュ様、ラクシュ様。私の願いを叶えたまえ。叶えたまえ』っていうと、好きな人と結ばれるらしいんです」

 ずいぶんとふわっとしたおまじないだ。案外、ありきたりというか、まるで若い女の子が作ってそうな可愛らしいおまじないである。おそらく、何千年も昔からあるおまじないというわけではなさそうだ。

「へえ。ラクシュ様が願いをかなえてくれるのか」
「はい。そのかわり、大切なものを失うらしくって……」
「へえ、そのラクシュ様の呪いかな」

 呉竹がちらっとこちらを見た。なぜか、私と目が合って、含みのある笑みを浮かべていた。私に何か言いたいことがあるのか。正直、気色が悪い。

「実は私もついていったんですけど、その時は何も起きなくて……」
「ついていったの?」
「はい。美幸が一人では怖いって言ったのでついていきました」
「なるほど」

 呉竹が顎に手を置いて、考え込む。そして、しばらくして。

「わかった。この件は僕たちにまかせて」

 呉竹がふわりとほほ笑む。その耽美な微笑みに、宮本遥が顔をゆでだこのように赤くする。よくもまあ、こんな怪しい男にそんな顔を見せられるもんだ。こんな惚れっぽいと、悪い男に引っかかるのではないかと少し将来が不安である。

 宮本遥は差し出された珈琲を飲んだ後、去っていった。

「つばき、聞いてただろ?」
「話半分」

 呉竹が私の前に立つ。奴が見下ろしている気がするが、私は無視する。

「つばき」
「私は行かないぞ」
「そんなこと言わないでさ」
「いやだ」

 呉竹に背を向ける。すると、奴はするするとカウンターから移動し、身体を向きを変えた私の前に再びそびえ立った。そして、私の前にしゃがんで、新聞の陰から私の顔を見る。目と目があった。奴の気持ち悪いほどに整った顔が私の眼前に迫る。

「行こうよ、つばき」
「どけ。邪魔だ。お前の顔を見ると、寿命が縮む」
「ひどい」

 呉竹が、わざとらしく唇をとがらす。しつこいので、私はひたすら新聞を見つめ、無視をする。しばらくすると、奴の気配はなくなった。顔をあげて、周りを見ると誰もいない。

 邪魔な奴はいなくなったか。今だったら、自室に戻れるのでは? 私は新聞を置いて立ち上がる。

 その時――

「つばき、行くよ」

 声をかけられた。声の主に身体をこわばらせる。そこに立っていたのは、先ほどの仕事着を脱ぎ、カジュアルな私服を身にまとう呉竹であった。彼は私の腕をがしっとつかむ。

「行こうか」

 呉竹は私をぐいっと無理やり立ち上がらせて。あれよあれよという間に、外出の準備をさせられてしまった。私は半ば強制的に呉竹に連行されたのであった。

 私たちが向かった先は洛首神社であった。道中、呉竹は洛首神社についての詳しい話をしていたが、私はもちろん聞いてなかった。

 無理やり連れてこられたのだ。私の機嫌はすこぶる悪い。この道中、私は奴と一言も口をきいていない。

 洛首神社の鳥居の前に立つ。鳥居の奥に森が広がり、ひっそりと階段がある。階段の先に本殿があるのであろうが、森に隠れて見えない。

 洛首神社に来たのはこれがはじめてではない。何度も、呉竹に連れられてきたことがある。

 鳥居の奥に見えるこの階段というのが、噂の「おまじない」で使用する階段だろう。ざっと見ても50段は見えるし、その奥にもさらに階段が見える。この階段がなかなか長い。

 鳥居に一礼して、階段を上る。一歩。一歩。また、一歩。足をすすめる。そして、20段目。

「ここかな」

 なんの変哲もない神社だし、なんの変哲もない階段である。なにかがあるとは思えない。

「昼間に来ても意味ないだろ」

 私があきれてそういうと、呉竹は肩をすくめた。

 よし、帰るぞ。そう思い、階段を下ろうとした時だった。

「まって」

 肩をがしりとつかまれた。奴に。

「もうおわっただろ?」
「いや、ここまで来たんだからお参りくらいはしようよ。罰当たりだろ?」

 人間でもないのによく言うもんだ。正直、この階段を上りたくない。早く帰りたい。奴を無視して帰ろうとする。しかし……

「早く行くよ」

 つかんだ私の肩を、呉竹は強引に引っ張っていった。なんでこいつはこんなにも力があるんだ。

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