case3 天女と少年

 とある夏の日。まだ10歳の私は父親に連れられ、鬼居山のふもとにやってきた。父の趣味は登山だった。当時の私はそれに無理やり付き合わされたのだ。

 登山に付き合わされるのは、これがはじめてではない。

 とはいえ、鬼居山の道は険しい。ここは高い山というわけではないが、道がなかなか整備されていない。

 頂に神社があるというが、それにたどり着くのも難しい。

 そんな中で遭難してしまうのも、難しくないわけで。父とは山登りの途中、離ればなれになってしまった。

 山登りにて遭難してしまった場合、「沢を下るな、尾根に上れ」という。しかし、そんなことを知らない幼い私は、沢へと下った。

 沢を下り、川をたどって歩く。すると、大きな湖にでた。

 澄んだ湖であった。キラキラと太陽に照らされる、美しい湖であった。

 その中に一人、人影がある。

 一糸まとわぬ姿の女性だった。

 たおやかな腰と、ささやかな乳房。腰まで伸びた髪は、生糸のように決め細やかで美しい。

 くるりとふりかえる。肢体と同じく、その顔も美しい。清らかで、雅な顔。その顔はこの世のものとは思えなかった。

 ひと目で心を奪われた。

 こんな美しい人がいるなんて。

 話しかけたいのに、体がうごかなかった――
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