case2 狐の神隠し


 「どうするんだ」

 帰路に着きながら、私は呉竹に問うた。前を歩いていた呉竹が、ちらりと横目で私を見る。

 「そうだね……狐を追いかけるか」

 「芸術家は?」

 「芸術家に話を聞いても、狭間さんが聞いた以上の話は出てこないだろう。彼はあのアトリエに住んでただけだ」

 しばらく歩いて。私たちは「喫茶 つきかげ」の前に立っていた。呉竹が鍵を開け、中に入る。私はいつものカウンター席に座る。

 「狐を追いかけるったって。どこにいるか分からないだろう」

 「私が見つけるよ」

 そう言って、呉竹は私のすぐ隣の席に座った。そして、目を瞑る。

 私にはよく分からないが、こいつは千里眼的なものを持っているらしい。最初からこれを使えば、全ての事件がすぐに解決できるのだが、地上にいる間はあまり力を使えないとのこと。とはいえ、ほんの少し使う分には問題なく、ちょくちょくこの力を使っているのを見る。まあ、やつなりの事情があるのだろう。私もいまいち、こいつの正体についてはよく知らない。まあ、興味が無いので、詳しく知ろうとも思わないが。

 何分たっただろうか。

 呉竹が、ゆっくりと目を開く。

 「隣町のコンビニだ」

 「コンビニ?」

 「ああ。コンビニ店員に擬態してる……いや、コンビニ店員として、生活してるのか……?」

 なるほど。わりと現代に適応してる狐らしい。

 「行くか。隣町」

 ……めんどくさい。


※※※

 静けさ漂う夜のコンビニ。私たちは、駐車場に車を停める。ちなみに、車は呉竹の車だ。私は車には疎いため、車名までは分からないが白い外車である。スマートなデザインの、5人乗りの車だ。

 私は助手席に座り、隣には呉竹がいる。

 「来た」

 運転席にいた呉竹が言う。

 コンビニを見ると、1人の影がコンビニから出ていくのが見えた。ひょろひょろとした、やつれた男であった。身長もそこまで高くない。顔立ちは整っているが、そのやつれた容姿が全てを台無しにしている。

 私たちは車から出る。

 「はいはーい。そこの君ー」

 呉竹が呼びかける。男はぎょっとした顔で私たちを見た。逃げようとするが、私は、即座に彼の肩をがしりと掴む。

 「お、お前らは……」

 「見覚えがあるんだろう? 私たちの顔を」

 呉竹が穏やかな笑みを浮かべながら、問うた。男はブルブルと首を横に振る。

 「し、知らない……!」

 視線はキョロキョロと動かし、態度はおどおどとしている。素人の目でもわかる。これは、嘘をついている慌てぶりだ。

 「つばき、多少強引でもいいよ」

 「言われなくてもそうする」

 私は男の腕を強引につかみ、呉竹の車の中に男の体を押し込む。

 そして、そのまま私も彼の隣に座る。呉竹はいつの間にか運転席に座っていた。

 「おいっ! はなせ!」

 「うるさい」

 「お前ら、何者だ!? 人間じゃねぇだろ!」

 「うるさい」

 「誘拐だろ!?」

 「うるさい。これ以上叫ぶなら、お前を切るぞ」

 私が睨むと、狐は「ひっ」と小さい悲鳴をあげた。呉竹が車を発車させる。

 「お前、鬼だな……! 俺は鬼が大っ嫌いなんだ!」

 狐が負けじとそう言ってくる。鬼であるこちらが怖いはずなのに、ズケズケ言ってくる。肝が据わってるのか、ただのアホなのか。

 「鬼が嫌いっていうのは、これのせいかい?」 

 呉竹が問う。呉竹の手には例の図書館の本があった。

 「つばき、狐の話のページを開いて見せてあげて」

 私は呉竹の指示通りにする。そのページを見せると、男は目を丸くした。どうやら、文字は読めるらしい。

 「その狐は君だろう?」

 呉竹が問うと、狐は静かになる。図星らしい。良くも悪くも、とても素直だ。

 「手荒な真似をしたが、私たちは怪奇事件専門の相談所の者だ」

 「怪奇事件専門……?」

 「とある事件を追っててね」

 男が怪訝な顔をした。

 「ああ。ちなみにだが」

 ミラー越しに、呉竹と目が合う。彼は穏やかな笑みを浮かべていた。

 「あの森には、鬼が封じられていると言われている

 ラクシュ様とは関係ない鬼だが……」

 そう言って、ちらりと私を見た。なぜ私を見る。ラクシュ様も私も今は関係ないだろう。

 「あの森には、大きな岩があって結界がはってあっただろう?

 あれは昔、人を食べる鬼が封じられているんだ。いつだったかな……だいぶ前に封印されて、結界がはられていた。封印されたのは、200年は前かな。

 まあ、今はそれは関係ない。その鬼の封印が解かれていたことが重要だ」

 呉竹の視線が男の方に向いた。

 「…………証拠はないが、君が破ったんだろう。きっと」

 男がごくんと息を飲んだ。言葉を紡ごうと、口を開くが掠れた息しか出ていない。おそらく、呉竹の言ったことは本当なのだろう。

 「君が破った鬼は、君を追った。なぜ君を追っているかは分からないよ。封じられたのを助けて貰って、鬼は君に感謝するべきだよ。

 でも、なぜ、君を追い求めてるのか……」

 呉竹がハンドルを切りながら、男――狐に問う。しかし、男が答える気配はない。

 「ちなみに、我々はひとつの事件を追っている」

 「……事件?」

 「ああ。あの森での神隠し事件だ。あの森では神隠しが起こるのは初めてのことだ。つまり、もしただの行方不明ではなく神隠しならば、被害にあった子が元々何者かに狙われてて、怪異にさらわれた可能性もある」

 ふと、狐の方を見てみる。狐は、唖然と口を開き、額からは汗が滲み出ていた。

 ……心当たりがあるのか。

 「ちなみに被害者の名前は増田健一。母親の名前は増田尚子だ」

 信号で止まる。その間に呉竹は1枚の写真を、狐に渡した。増田尚子から借りたあの家族写真である。

 それを見て。狐の瞳がだんだんと……だんだんと丸くなる。そして、元々青かった顔が、さらに青くなっていった。

 「尚子……健一……」

 そう、ぽそりとつぶやいた。狭い車内の中に、その言葉が静かに轟いた。
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