case2 狐の神隠し
「あの森で神隠しってはじめて聞いた」
「そうなのか」
「ああ。肝試しで入っていくっていう馬鹿な人たちはちょくちょく見るが、実際に被害者が出たのははじめてだよ」
「喫茶 つきかげ」のある商店街を歩きながら、そんなことを話す。
増田尚子が帰ってすぐ。私たちは、例の森に行った。
そう、“私たち”である。呉竹だけではない。私“も”である。
もちろん、私の意思ではない。奴の強行手段だ。
「前々から思っていたが、お前はひとりで行動できないのか」
「ひとりよりもふたりの方がいいだろう?」
「私はひとりのほうがいい。お前の価値観を私に押し付けるな」
そんなことを話しながら、例の森に向かう。
森までの距離は20分となかった。些細な話をしている間に、着いてしまう。手入れのされてない森であった。木は乱雑に生い茂り、足元には私の腰の高さほどある雑草が無数に伸びている。
「すごいな……やっぱりここは、人が入れる森じゃない」
「……9歳がよくこの中入ろうと思ったな……」
私は呆れ半分、感心半分の気持ちでそんな言葉をもらした。私だったらこんな森、入ろうとも思わない。十数年前、入ったが、それも呉竹に言われたものだった。相談所の調査ではいったものである。とはいえ、そこまで奥深くは立ち入らなかった。
呉竹がズカズカと森の中に入っていった。森の中には辛うじて道があった。私もそれにつづく。
草が足元にあたって、木々が身体に刺さる。
やつの広い背中はそんな障害物をものともせず、スルスルと前へ進んでいく。
5分、10分、20分――
どれくらいたっただろうか。体力は人間の何百倍もある私であるとはいえ、同じ景色を見続ければ飽きてしまう。
「神隠しって、鬼もやるんだって。つばきもできるの?」
「」
たまに呉竹にふられるだる絡みの相手をするのも、「めんどくさい」から「やめてくれ」という感情に変化してきた。
次話をふられたら無視してやろうか。
そう思ったその時。
「あれ? この岩……」
呉竹が呟く。
そういえば、この辺りは……私がかつて見たしめ縄がはってある岩があるはずだ。
私も呉竹の目線にあったものを見る。
私の記憶に間違いなかった。そこには、ひとつの大きな岩がある。苔がびっしりと生えており、堂々たるものであった。正直、ただの森であるここには少し不釣り合いだ。そんな岩に不自然な異物がひとつ。縄が掛けられているのだ。
「見て。つばき。ここ……」
そう言って、呉竹が指を指す。彼の指の先にあったのは、縄であった。しかし、そこには切れ目がある。
「……結界が切れてるってことか?」
「ああ」
呉竹がうなづいた。
「この辺り、もう少し探ってみるか」
呉竹が周囲を歩く。私は連絡手段を持ってないし遭難するのも面倒なので、役割分担はせず、ひたすら彼についていった。
しばらく歩くと、少し開けたところに出た。
そこにあったのは――
「家……?」
私の口からこぼれる。
私たちの目の前にあったのは、さびれたコンクリート作りの家であった。木々は生えてないが、周囲は雑草が生い茂り、壁にはツタが張っている。人が生活しているようには思えない。
「……元々、画家のアトリエだったらしいね」
「……なぜ分かる」
外観にはそのような記載はない。どのような建物か断定できる材料はない。
「Googleマップに書いてあったよ」
そう言って、呉竹はスマホを取り出した。なるほど。文明の利器とは偉大なものである。
「入るか」
「……入っていいのか?」
「廃墟だから、人はいないよ」
「廃墟であっても不法侵入だろ」
「まあまあ」
曖昧な返事をしながら、呉竹が廃墟へ向かう。呉竹は、扉のドアノブに触れる。ギィーという音を立て、扉がゆっくりと開いた。
「つばきもおいで」
廃墟の扉に手をかけながら、呉竹がちらりと私の方を見た。
「おいで」と言っているが、つまりは「来い」という意味である。ここで断ったら、いつも通り強引につれてかれるのだろう。
私はしぶしぶその扉をくぐる。
そこは玄関であった。
中も外と同じようにさびれていた。ものが散乱しており、すべてに埃かぶっている。数枚のキャンバスもあったが、どれもが破れ腐敗し原型を留めていない。中に入るなり、私の鼻をくすぐったのは、かびの匂いであった。その匂いと漂うホコリに、思わずむせてしまう。
「まあ……何があるという訳では無いね」
呉竹が周りを見渡す。
たしかに、目の前に見えるのはガラクタばかりである。これといって怪異事件の解決に繋がりそうな何かはない。
「やみくもに探しても何も無いだろう」
帰るぞ。そう思い、踵を返した。
ふと。窓に“何か”がいるのが横目に見えた。私は瞬時にそちらを見る。
……狐だ。小さな狐がこちらを見ていた。ただの野生の狐ではない。あきらかに、何かしらの“意思”を持って私たちを見ている狐だ。怪異だろう。
私の咄嗟の反応に呉竹も気づいたのか、彼も私が見つめる窓を見る。
狐は私たちが見ていたのを気がついたのだろう、小さな狐は慌てて逃げ出していく。
「つばき、追いかけてくれ」
「……わかった」
私は狐が見ていた窓を体当たりで壊して、駆け出す。鬼なのだ。物理的な力と運動神経、そして戦闘能力には自信がある。本当はめんどくさいので、鬼としての力は使いたくない。しかし、ここで呉竹の指示に従わないと、後のこいつの対応がめんどくさいので、とりあえずは指示に従っておく。
森を駆け抜け、木々を抜ける。
狐はすばしっこい。ちょこまかちょこまかと木と木の間を抜けていく。
「待て!」
そう呼ぶが、止まる気配はない。
……とはいえ、徐々に距離は縮めている。 走って、走って、走って。私も狐も怪異なので、疲れは知らない。持久戦を制すれば、いつかは捕まる。こちらの勝ちだ。
もう少しでいける。
私はひたすら、足を動かした。
よし。手を伸ばせば、あと数ミリで狐の尾を掴むことが出来る――
そう思った刹那。辺りの木々が無くなった。森を抜けてしまったのだ。
抜けた先は、町であった。目の前を車が駆け抜けていく。コンビニ、マンション、ビル……そして、森をぬけた私を怪訝な目で見る人間たち。人間社会だ。
……ここで、鬼の力を使うのは悪目立ちする。
私はすぐにそれを悟った。
気づけば、例の狐の姿は無くなっていた。狐なのだ。しかも、おそらく怪異だ。古今東西ある伝承のように、人間に変身するくらいすぐにできるのであろう。
……これ以上、追いかけるのは得策ではない。私は、重い足を動かしながら、呉竹の元へ戻って行った。
