本編

「オリヴィア・モルセット! お前とは婚約破棄だ!」

目の前の男が私に指を突きつけ、声高らかに宣言した。エドワード・フィリンス。リアン王国の大臣の息子であり、私の婚約者でもある。彼の美しい漆黒の髪がなびき、青色の瞳はつり上がっていた。

ことが起こったのは、私が通っているアカデミーのクリスマスパーティーのさなかであった。多くの生徒が集まる場である。ザワザワと声が湧く。その場の視線が全て私たちにあつまった。

「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

一応、聞いてみる。そんな私の言葉を聞いて、エドワードは、ふっと鼻で笑った。

「アリスのことだ。お前、アリスに嫌がらせしてるだろ」

アリスとは最近エドワードと仲の良い女の子である。アリスの存在は知っているが、そもそも嫌がらせに発展するような仲じゃない。数回挨拶をしたことがある程度だ。

もしかしたら、知らないうちに傷つけてしまったか?とか思ったが、本当に心当たりがない。

ふと、どこからともなくアリスがでてきた。アリスのビターチョコレートのような茶色の髪がふわりと揺れた。子犬のような愛らしい顔が、エドワードの顔をのぞき込む。

「エドワードさま……私のために……」

アリスはエドワードの腕にギュッと抱きついた。その顔は恋する乙女のものである。こいつ、エドワードに気があるのか。

……いや、“気がある”程度の話では無さそうだ。よく見ると、アリスを見るエドワードの瞳は、愛する女性を見る瞳であった。その微笑みは私が今まで見たことのない、穏やかで優しい笑みである。

浮気であろう。

わざわざこのような人の集まる場所で、こんなものを見せつけるような行為しなくてもいいのに。あまりにも愚かな行為に思わずため息が出てしまう。

この婚約はもともと親が決めたもののため、私自身エドワードにそこまでの愛着はない。ショックも少ない。だからこそ、怒りよりも呆れの方が勝った。

エドワードが思慮が浅く少し浮ついた性格であるのは分かっていた。授業態度も真面目とはいえず、夜遊びも多い。とはいえ、私たちもまだ学生。「大人になれば丸くなるだろう」と軽く見ていた。こんな大変なことになるとは思ってなかった。

こんな馬鹿なことをするとは思ってなかった。

呆れているのは、私だけではないようだった。この場にいる人たちも、顔に私と同様の呆れた表情を浮かべている。

私は背筋を伸ばし、今も愛し合っている2人に向かう。

「わかりました。婚約破棄、お受け致します」

なぜ、こんなところでこんなこと言わなければならないのか、少々納得はいかない……が私はエドワードとアリスに向かって一礼する。

周りからの哀れみの瞳が突き刺さった。正直、めちゃくちゃ視線が痛い。「可哀想」という声も聞こえてくる。

パーティー会場内に居にくくなった私は、廊下へと出た。廊下を進んで、人の少ない所へ移動する。

そこは静かで、薄暗いところだった。

窓から月の光が差し込む。私はそんな月をぼーっと眺めた。今日は満月だ。

「オリヴィア」

後ろから声をかけられた。振り返ると、私の見知った顔があった。

美しい金色の髪と青い瞳を携える、この世のものとは思えない美しい顔立ちの女性。スレンダーな体つきに、赤いドレスが映える。胸には緑色の石がついたネックレスがキラリと輝いていた。

フィオナ・ルーナン。数ヶ月前に学園に転校してきた女子生徒である。ルーナン家という子爵の娘であり、私の友人だ。彼女が転校してきた時、「とんでもない美人が転校してきた」と大きな話題となった。様々な男性が求婚してきたが、それをのらりくらりと交わし続けている。フィオナと私は受講する授業が重なっていることが多く、また趣味関心も似ているのですぐに意気投合した。

フィオナは穏やかな雰囲気を携えているが、どこか掴めない不思議な女性であった。一緒にいるとその雰囲気が、心地よい。

「大丈夫? オリヴィア」

フィオナの心配そうな声色。心配をかけてしまったことが申し訳なくなる。私はできるだけ明るく振る舞えるよう務めた。

「ええ。大丈夫よ。あの会場が居心地悪くなったから移動しただけよ。心配かけてごめんなさい」

「心配なんて……」

フィオナが私の隣に移動する。一緒に空を眺めた。

「もともとそこまで相手のこと好きじゃないのよ。……ただ、家族にどうやって説明しようかしら」

「ありのままを普通に言えばいいんじゃない? 君の家だったら、婚約破棄で君を責めることはないよ」

「そうなんだけど、あまり心配をかけたくないわ。父上がお相手見つけてくださったのに、申し訳ない……」

「別に君が悪いわけではないだろう?」

「そうなんだけれども……」

モゴモゴとしていると、フィオナが私の顔を覗き込んできた。その綺麗な顔に、同性の私でも心ときめいてしまう。

「オリヴィア、今度遊びに行こうよ。最近、あそこに美味しいパンのお店を見つけたんだ。それ持ってピクニックに行こう」

何気ない誘い。気を使ってるのであろうが、根掘り葉掘りいろいろと聞かれるのが苦手な私の心を察してくれたのだろう。いまはそれが嬉しい。彼女の誘いに私は首を縦に振った。

そしてしばらくして。パーティーが終わる頃。

私たちはパーティー会場に戻ることなく、それぞれの帰路についた。
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