本編

翌日の朝。私はライカ先生に会った。そして、1枚の紙を渡す。

「引き受けてくれて、ありがとう」

そう生徒会長の承諾書だ。いろいろあって忘れかけていたが、私はちゃんと生徒会長の件を引き受けることにした。

一応、兄にも引き受けてもいいものなのか聞いてみた。もしかしたら、例の任務の支障になるかもしれないと思い聞いてみたのだ。あっさりと「別にいいんじゃない?」と返された。

ライカ先生は書類を受け取ると、授業の準備があると言ってそそくさと去ってしまった。教授というのは忙しいものなのだろう。お忙しいところ、邪魔してしまった。

ちなみに私の今日の1時間目の授業はライカ先生の授業だ。ライカ先生は、魔法の実践の授業を担当している。

ライカ先生と解散した後、学園を1人歩きながら、昨日のことを考えた。

アリスとともに歩いていたアラン様。

アリスはエドワードと婚約中だ。アラン様との関係なんて認められるはずがない。

ふと目の前から、タイミングよくエドワードが歩いてきた。最近はいつもアリスと歩いているのを見たが、今日は1人であった。

私はエドワードにぺこりと一礼する。

エドワードはこちらを睨みつけるばかりで、なにも返さなかった。

「ねえ聞いた?」

噂話が聞こえた。私は聞き耳を立てる。

「エドワード様、生徒会長になる気満々だったのに、なれなかったらしいよ?」

「推薦すらされなかったって」

「まじか。親からも勘当寸前らしいよ?」

「婚約破棄の件で?」

「そうそう」

なるほど。噂ではあるため真実は分からないが、本当であれば少し可哀想である。とはいえ、自業自得なのでなんとも言えないが。

生徒たちはさらに話を続けた。

「それで、アリス様との仲も不穏らしいよ?」

「まじ?」

「まあ、そうだよね。アリス様は100パーセント、エドワード様の地位目当てだったもの」

……アリスがエドワードに愛想尽かしたのか。いや、婚約破棄からの婚約がついこの間なのに、あまりにも早すぎる。

呆れを通り越して、むしろ笑えてくるくらいである。

アリスからアラン様へ気持ちが向いたのは、なんとなく分かった。しかし、アラン様がアリスと関わりがあるのは分からない。

考えても、考えても答えは出ない。

「エドワード様、オリヴィア様と婚約破棄しなきゃよかったのに……」

気づけば生徒たちがそんな会話をつづけていた。私に関する噂話はあんまり聞きたくない。私はその場から離れた。

スタスタと、スタスタと。

次の教室へ向かう。着いたのがかなりギリギリになってしまった。ふと、教室を覗いてみる。

……あれ? フィオナがいない。休みだろうか。

私は1人、席に座る。

しばらくして、ライカ先生がやってきた。

「さて、今日の授業は……」

ライカ先生が授業を始める。刹那──私のポケットの中が震えた。兄から貰った鏡だ。例の任務について、連絡がある時はこの鏡が震えるシステムになってる。兄が作った魔道具だ。

私はコソッと教室を出る。

ぱかりと鏡を開いた。現れたのは兄の顔であった。

「オリヴィア! 今、うごけるか!?」

授業中ではあるが、兄の必死さから状況を察することができた。おそらく、また誰かが消えてしまう──優先順位はこっちだ。

「ええ!」

「体育館に行ってくれ! 反応があった!」

「分かった!」

私は慌てて体育館へ向かう。

体育館に到着した。と同時に、ずしんと体育館の中から圧を感じた。

──熱い

──苦しい

その思いが伝わる。私は体育館の扉に手をかけた。が、あかない。後ろから鍵がかかっている。しかたない、魔法をかけ、扉を開けようとした。

その時。後ろから、誰かが駆け寄る気配がした。振り返るまもなく、その主は声を放つ。

「こんなところで魔力使うのはもったいない」

聞いたことのある穏やかな声。後ろからぎゅっと誰かに抱きとめられた。ふわりとレスノアの花の甘い香りがする。

思わず、上を見た。金色の艶やかな髪がキラリと揺れた。

「フィーリオ殿下!?」

思いがけない人物の出現に、思わず素っ頓狂な声をあげる。

なぜ、殿下がここに──

殿下は腰から剣を抜く。剣が白い光を放った。そして、体育館の扉を斬る。

パキーンと音を立て、目の前の重厚な扉が真っ二つに切れた。ガシャンと音を立て、扉が崩れさる。

「ありがとうございます!」

殿下の腕の中から出た私は体育館の中を確認する。

体育館の中央に1人女子生徒がいた。身体は黒い炎で包まれ、うずくまっている。

「あつい! いたいよ! やめて!」

彼女はひたすらに苦しみから逃れるように身体を掻きむしっていた。

この気配は知ってる。私がついこの間体感したもの。

異世界転移魔法だ。

私は彼女のもとへ駆け寄る。そして、彼女の身体を抱きしめた。

彼女の焼けるような痛みが私にも伝わる。

熱い……

だけど、こんなところで負けてたまるか。

私は彼女にひたすら魔力を注ぎつづける。

「痛い! 痛いよ! 苦しい!」

女子生徒の劈くような悲鳴が私の耳に聞こえる。

「大丈夫! 私が助けるから……!」

女子生徒に言い聞かせると、彼女は顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら頷いた。

ひたすら魔力を注ぎ込む。

彼女を守れ。

彼女を守れ。

彼女を──この世から消さないで!

心から祈る。

私の心がズキンと痛む。私は彼女を抱きしめる腕に、さらに力を入れた。

力がしっかりと彼女に伝わっているのを感じる。

彼女のことなんて知らないけど、彼女にだって大切な家族がいる。大切な友達がいる。恋人もいるかもしれない。そのすべてから、彼女が生きた記憶を失わせる訳にはいかない。

彼女はこの世界にいるべきなのだ。

ふと、彼女の身体がビクンと大きく震えた。

ダメかと思ったが、彼女の反応をよく見るとそうではないようだ。だんだんと彼女の顔から苦しみの色が、痛みの色が消えていく。

だんだんと熱さが消えた。

だんだんと炎が消えた。

そして──

彼女は私の腕の中でことんと意識をおとした。すやすやと寝息が聞こえる。

た、助かった……の?

私はゆっくりと彼女を離し、横に寝かせた。

ただの眠っている女の子だ。

フィーリオ殿下が駆け寄ってきた。そして、そのまま私の身体を抱きしめる。

「よくやった! オリヴィア!」

殿下が私の背中をポンポンと叩いた。

目の前に緑色の魔法陣が現れる。瞬間移動の魔法陣だ。

しばらくして、現れたのは兄であった。

兄は私を抱きしめるフィーリオ殿下を見て、一瞬にたりといたずらっぽい笑みを浮かべるが、すぐに眠っている女子生徒に向かった。

額に手を置いたり、手を握ったりしている。

「異世界転移魔法の反応は無くなってる」

「無事ってこと……?」

「ああ……! よくやったぞ! オリヴィア!」

そう言って、兄はガシガシと乱暴に私の頭をかき回した。

力の加減ができておらず、かなり痛い。

「レナード」

どこからともなく声が聞こえた。

殿下の声ではない。この声は──

「アラン!」

兄が名前を呼ぶ。私は顔を上げた。そこには、殿下が壊した扉の手前に立つアラン様の姿と、なぜか拘束されているアリスの姿があった。
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