本編

「オリヴィアを危険に晒すってことか……?」

闇の中で朧気に聞こえた声。誰の声だろう。聞き覚えのないものであった。怒っている声であった。

「フィー、落ち着けって。オリヴィアは異世界転移魔法を阻止できる力を持ってるんだぞ」

今度は聞いたことある声であった。

……兄上……?

そういえば兄とは最近話していない。たしか、仕事がバタバタとしてるって言ってたっけ? 仲が悪い訳では無いし、むしろいいと言えるくらいである。しかし、兄は家になかなか帰ってこないため、会っていないのだ。

「オリヴィアにも手伝ってもらうことが、事件解決の近道になるはずだ」

「とはいえ……」

だんだんと意識がはっきりしてきた。ゆっくりと……ゆっくりと目を開く。

目の前にいたのは兄と──思いがけない人物であった。

フィーリオ・デル・リアン。この国の第1王子である。金色の髪に、エメラルドグリーンのような瞳。そして、その綺麗な顔。

1度、舞踏会で挨拶をした程度の関わりしかないが、その存在はもちろん知っている。

なんで……と思ったが、そういえば兄はフィーリオ殿下の臣下であった。

「オリヴィア! 目覚めたか!」

兄が声あげた。私はむくりと起き上がる。すると、兄は私の身体に抱きついてきた。

「よかった!」

「兄上……」

私はちらりと辺りを見渡す。フィーリオ殿下以外にもう1人、男性がいた。それも私の見知った人間であった。

「アラン様!?」

「久しぶり、オリヴィア嬢」

少しバツの悪そうな顔をしている。そりゃそうだ。彼は例のエドワードの兄だ。とはいえ、アラン様に悪い印象はない。元気そうでよかった。

いや、今はそれどころでは無い。

私は兄をひっぺがし、フィーリオ殿下に向かう。早く挨拶しなければ、失礼にあたる。

私はすぐに立ち上がって、一礼した。

「お久しぶりです。フィーリオ殿下。オリヴィア・モルセットと申します。兄と父がお世話になっております」

「……おひさしぶり」

フィーリオ殿下が穏やかに微笑む。優しそうな人である。どこか人を安心させるような雰囲気がフィオナに似ていた。

以前会った時は、ほんの少しだけだった。舞踏会のときであったが、一言二言の挨拶程度しか交わしていない。

「オリヴィア、身体に違和感はない?」

殿下が私に問うた。私はこくんと首を縦に振る。

「特に違和感は無いです……」

「よかった」

フィーリオ殿下がほっと安堵のため息をついた。ここまで、フィーリオ殿下が人の心に寄り添えるような王子だとは知らなかった。これはいい国王になると確信する。

「……オリヴィア、話があるんだ。いいか?」

兄が私の腰を抱く。さっき、ひっぺがしたばかりなのに、また引っ付いてきた。兄は、昔からこうである。距離感が少しおかしいのだ。正直、鬱陶しい。

「レナード」

フィーリオ殿下が諌めるように兄を睨みつける。兄はそれに対し、ヘラヘラと笑った。

「話すだけだ。オリヴィアが嫌だって言ったら、巻き込まないさ」

「巻き込む……?」

何の話か分からない。

私は兄の端正な顔を覗き込んだ。

「オリヴィアは異世界転移魔法って知ってる?」

「学校で教えてもらったわ」

「さすが俺の妹オリヴィア。優秀だ」

異世界転移魔法──禁忌の魔法として教えこまれた。それがどうしたのだろうか。

……もしかして……

「さっきの魔法……」

「ああ、あれが異世界転移魔法さ。誰かが人間を転移させようとしたみたいだ」

「そんな……禁忌なのに」

「オリヴィア、君は“なかったこと”にされそうになったんだ」

兄の言葉は少ないが、その言葉で何となく事情はわかった。

もしかしたらこの世から消えたかもしれないという事実に、恐怖で心臓が凍える。私の抵抗が失敗してたら、家族からも、友人からも、フィオナからも私にまつわる記憶がなくなっていたんだ。体が強ばっていくのを感じる。

なんで。

「フィオナは!? 一緒にいた女の子……」

「ああ、フィオナは──」

兄が口を開こうとしたところで、フィーリオ殿下が口を挟んだ。

「あのご令嬢は無事だよ。今は自宅にいるはずだ」

よかった。それを聞いて安堵のため息をつく。

「私、なんで生きてるの? 消えなかったの?」

「多分、オリヴィアが異世界転移を阻止したんだ」

答えたのは兄であった。

「阻止……?」

「君、魔法かけられた時、防御したんだろ?」

防御。当時は必死で分からなかったが、あれが異世界転移魔法を食い止められたのか。異世界転移魔法に強大な魔力と技術がいると聞く。この国で使えるのは兄上くらいであろう。そんな魔法を自分が防いだというのが、にわかには信じられない。

「異世界転移魔法を防いだっていう事例は、多くない。俺が知ってる限り、お前がはじめてだ」

ふざけた兄であるが、今日ばかりは目が本気だ。

「オリヴィア、兄上からのお願いだ。兄上の仕事に協力してくれないか?」
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