白石×仁王×菊丸
3人の絆。
「…なんじゃ、英二。お前さん、まだ起きとったんか?」
「あれ、雅治?」
ウィンブルドンでの試合の為に遠路はるばる日本からイギリスまでやってきたその日の夜のこと。
日本代表選手のうちの何名かが謎の集団に襲撃され、一時入院を余儀なくされてしまった。
更に次の日には、その謎の集団───クラックと呼ばれるものの一員であったらしいシウという奴が俺達の前に現れた。
そして幾らか俺達と言葉を交わした後、単身クラックのアジトへ乗り込んでいったのだ。
まあ、色々と詳しい事情があるらしいが、所詮俺達には関係ないと高を括っていたのが災いした。
どうやら、何処の世界にも他人の事情に首を突っ込みたい奴ってのはいるようで。
数時間前から青学───いや、中学テニス界と言うべきだろうか、まあともかく、期待のルーキー越前リョーマの姿がない。
そんな奴を心配してだろう、表向きは明日の試合に備えて体を休めておけ、と言い残して手塚や不二、跡部、真田に赤也、そして蔵ノ介は越前を追い掛けて行ってしまった。
「まあ、ね…気になるし」
「…ったく、嘘吐け、気になるっちゅーどころか、めちゃくちゃ心配しとるんじゃろうが」
「心配は、してないってば」
そう言いながらも、憂いを帯びた表情で窓から覗く月を見上げるその姿に、ちょっとした敗北感を感じたのもまた事実。
けれど、自分が彼奴と同じ様に危険を冒して何かをしようとするなら、きっとコイツは今と同じ様に俺を心配してくれるのだろう。
自意識過剰だと言われるかもしれないが、いつかコイツが蔵も雅治も比べられないくらい大好きで大事だもん、と泣きながら訴えてきたあの日の姿を思い出せば、今のコイツのこの姿は彼奴と俺への愛の大きさを物語っている。
「そりゃ確かに、油断してたとはいえあの桃や切原を怪我させたくらいだから、よっぽど強い集団なんだろうとは思うけどさ…」
「…まあな、流石にその話を聞いたときには俺も驚いたぜよ」
「うん、だけど雅治だって知ってるでしょ?おちびだって、追い掛けてった蔵やみんなだって、俺らの中では凄く強い奴らだもん」
「…ああ、」
そこまで考えが至れば、先ほどまで感じていたちょっとした敗北感も、今やコイツと同じく彼奴の安否を心配するものにすり替わるのだから、つくづく俺も甘くなったもんだ、と笑みが浮かんだ。
「信じてる、絶対負けたりなんかせずに、勝って帰ってくるよ」
「…まあ、万が一帰って来んかったら、蔵ノ介の試合は俺がイリュージョンで出てやるぜよ」
「あー…リアルに俺以外は気が付かなさそうだよにゃ…」
そしてお互い顔を見合わせ、どちらからともなく笑い合う。
先ほど見た憂いを帯びた表情もさることながら、やはり笑顔が一番似合う、と彼奴なら躊躇することなく言ってしまえるだろう恥ずかしい台詞を飲み込んで、その細い体を自分の胸に抱き寄せた。
「…雅治?」
「さっきな、出掛けに蔵ノ介に言われたんじゃ、俺がおらん間、雅治が英ちゃんのことちゃんと守っといたってや!…ってな」
「全く、人の心配してないで自分の心配すれば良いのに…」
「どうせ、このままじゃ眠れんじゃろうし、口煩い手塚や真田もおらん。何があるかもわからんしな、折角じゃ、朝まで2人で蔵ノ介の帰りでも待つとするか」
「…うん!」
英二の左頬にひとつ口付けを落とし、またまだ長い夜を共に過ごすであろう月を、幾分か晴れやかな気分で見上げれば、ロビーのソファーに並んで腰掛けた。
───────………‥‥
翌朝。
クラックのアジト───もとい跡部くんの別荘から帰還した俺は、たまたま手塚くん達より早く宿泊施設に足を踏み入れ、ロビーのソファーで盛大に眠りこけている英ちゃんと雅治を発見した。
「…英ちゃん、雅治、」
「…あー?」
「全く…、あー?やあれへんがな…ちゃんと英ちゃんのこと守っとけよってあれほど言うといたのに…」
「…すまん、待ちくたびれてな」
「何もなかったから良いようなものの…とにかく、手塚くんと真田くんがこっちに来るさかい、早いとこ部屋まで戻るで」
溜め息を吐くも、自分の帰りを待っていてくれた2人に内心感謝しつつ、手塚くんや真田くんに見つからないように気を配りながら、まだ眠りこけている英ちゃんを抱き抱え、欠伸を噛み殺している雅治の背を押し部屋まで戻った。
「…ふあ…、ん、あ…あれ?」
「おお、やっとお目覚めみたいやな、英ちゃん。おはようさん」
「…っ、おかえり!蔵!」
「おん、ただいま」
部屋に入り、ほっと一息吐いてベッドに降ろすと同時に目が覚めたらしい英ちゃんは、俺の姿を確認すると勢い良く抱き付いてきた。
そんな姿に愛おしさが募り、背と頭をゆっくり撫でながら右頬にひとつ口付けを落とす。
「…で、聞くまでもないとは思うが…どうだったんじゃ?」
「せやなぁ、話したいのは山々なんやけど、もうすぐ試合やで」
「「…あ、」」
時計を指差し、お互い徹夜したようなもんやから、せめて朝飯くらいはちゃんと摂らなアカンで、と笑顔で告げれば、同じく笑顔で頷く2人を見て、不意に城で聞いた不二くんの言葉が脳裏に蘇った。
「…絆、か」
「?何か言った?」
「いや、何でもない」
食堂へ向かおうと並んで歩き始めていた2人の背中を見ながら、俺はその言葉を小さく呟いた。
怪訝そうに振り返った2人に首を振り、自らも先を行く彼らの横に並ぶべく歩調を早め、心の中でもう一度その言葉を繰り返す。
───今日の試合が終わって、日本に帰ったら話をしよう。
昨日の晩、何があって、俺が何を学んで、何を感じたのかを。
これからの絆の物語を───
*2011/09/19
1/2ページ