白石×菊丸


心拍数#0822



「…夢?」

「そう、夢!プロテニスプレーヤーとか学校の先生とかさ、あるじゃん!くらは何になりたい?」


夕飯後、習慣化されている恋人との電話で、今日は開口一番そう問い掛けられた。

聞けば今日学校で進路希望調査があったのだと教えてくれた。

確かに、そんなことがあったのならば聞いてみたくなるのも道理だとは思うけれど、ただ、それだけではない気がする。

ほんの気がする、という程度だが、何かもっと他に俺に聞きたいことがあるのではないだろうか、今日の英ちゃんには。


「…英ちゃんは?」

「え?俺…うーん…」


いや、もしかしたら聞きたいのは俺の方なのかもしれない。


「俺はな、まだ自分が何になりたいのか、何をしたいのか、何にも決まってない」

「…うん」

「けど、ひとつだけはっきりしてることがある」


まだほんの少ししか生きていないけれど、それでもきっとそれだけで、この世を満喫して、やり残したこともないと思えるくらいに。


「何してても、何処におっても、何年経っても、英ちゃんさえ隣におってくれたら、俺はそれだけでええねん」

「…っ…」

「英ちゃんさえおってくれたら、俺はずっと笑ってられる」


きっと、電話の向こうで今にも泣きそうな顔をしているのだろう。

姿が見えなくても、声だけでも、たとえ言葉にならないような息遣いでも、こんなにも姿が目に浮かぶのに。

手が届かない距離がもどかしい。


「…今日ね、進路希望調査あったって言ったでしょ?」

「ああ、」

「羨ましいって思ったの」


つまり、周りにいるカップル達が進路希望調査について、同じ所に行こうだとか、毎日会おうだとか、先のことを話しているのが羨ましい、ということらしい。

無論、俺だって周りを見てそう思うのは一度や二度じゃない。


「同じ、やったんやな…」

「…くらも?」

「…ああ…」


もしかしたら、遠く離れた東京と大阪で、お互い同じようなことで泣いて、同じようなことを思っていたんじゃないだろうか。

これでまたひとつ、お互いの不安が、自分だけではないと知れた。


「…っ…ねぇ、逢いたい、よ…」

「……………待っとき、」

「…え…?」


本当は寂しがり屋のくせに、甘えん坊なくせに、いつも我が儘は言わない英ちゃんが、久しぶりに本音を言った。

…これは叶えてやらなきゃ、恋人失格もいいところだろう。

なんて、ただ自分がどうしようもなく逢って、抱き締めてやりたいと思っただけだが。


「今から家出れば、日付変わるくらいにはそっち着くやろ?」

「…でも、」

「幸い明日は土曜やしな、部活は休みにでもしたらええ」


それからも、戸惑う英ちゃんをなだめながら、浪速のスピードスターよろしく支度を済ませると、家を飛び出した。



───────………‥‥



「英ちゃん…っ!」

「くら…っ!」


東京で待ち構えて居た英ちゃんが、俺を見た途端に目を潤ませながら胸に飛び込んできた。

それを難なく抱き留め、本格的に泣き始めた英ちゃんの頭と背中を撫で続ける。


「…ホンマ、英ちゃんがおらんとあかんねんな、俺は」

「そんなの、俺だって…!」


勢い良く顔を上げて、そう訴えてくる姿に、思わず頬が緩む。

そんな英ちゃんの頭をくしゃくしゃと撫でた後、その目に溜まった涙を拭ってやった。


「…ほら、英ちゃんは泣いとっても、怒っとっても可愛いけど、やっぱ笑顔が一番やで?」

「………うん」

「そう、それでええんや」


そして再び抱き締める。

逢えた喜びと愛しさで、いつも以上に心拍数が上昇する。

大人しく俺の腕に収まっている英ちゃんの心拍数も、俺と同じくらいに早い。


「…俺、思うんやけどな、」

「うん?」

「好きな奴が側に居ると心拍数が上がるんは、心臓が叫んでるんやないかと思う」


普段なら、運動したときなどは殊更実感する、生きているということの一番の証明である心拍数。

これが、ただ好きな奴の側に居るというだけで、こんなにも上昇してしまうのは。


「…心拍数の数だけ、心の底から、愛してる、ってな」

「くら…」


一瞬驚いたような顔をしたものの、またすぐにふにゃりと柔らかい笑顔を浮かべた。

そんな英ちゃんの笑顔を見ていると、いつも思うことがある。


「英ちゃんが隣におってくれて、笑ってくれるんなら、それを守るんが俺の役目で、生きる意味や」


そう、何よりも愛しい存在を守れるのなら俺の生きる意味なんて、それでいい。


「…ねぇ、くらの生きる意味が、俺なんだとしたら…俺とくらが出会えたことは、運命、かな?」

「運命…」

「…ううん、運命でも、そうじゃなくても、嬉しいことに、変わりはないよね」


そう言って微笑む英ちゃんに、愛しさが溢れて止まらない。

けれど、どんな言葉をいくつ連ねてもこれほどの想いを伝えるには到底及ばない。


「ホンマ言葉っちゅーんはいくら言うても足らんもんやな…」


だが、たとえそれでも、伝える術は言葉以外にないのだから。

ありったけの想いを込めて、いつか終わりが来るその時まで、あと何度英ちゃんに、好きだと、愛してると、言ってやれるのだろう。


「…英ちゃん。俺の隣におってくれて、生まれてきてくれて、…ホンマ、ありがとう」


英ちゃんと一緒に、ここに居られて、生きていられる、この世界にも、感謝をしよう。


「…俺の方こそ、くらにはたくさん幸せをもらったし、多分これからもそうなんだと思う。…ありがとう、くら」


それっきり、会話は途切れた。

しかし、抱き合ったままの体から、高鳴り、重なる鼓動から、溢れるほどの想いはお互いの間を静かに流れていく。

今はまだ無力で、東京と大阪の距離さえ埋められないくらい子供かもしれない。

それでも、いつか、そう遠くない未来には必ずこの手で、その距離を埋めてみせる。

そう心で呟くと同時に、無言でお互いを見つめ合う。

口には出さなくてもきっと言いたいことは同じだったのだろう。

ごく自然な流れで唇を重ねる。

まるで、誓いを立てるように。


「いつか必ず、ずっと英ちゃんの側におれるようにする。そうなれば、もう寂しくて泣きそうになる、なんてことあらへんよな」

「…そうだね、」

「そしたら、もう絶対に離してなんかやらへんで?」

「俺だって絶対、離れてなんか、やらないんだから」

「───約束する。これからもずっと、英ちゃんを愛し続ける」


…心拍が止まってしまうまで。





*2011/05/18


心拍数0822
初音ミク/蝶々P


僕の心臓がね、
止まる頃にはね
きっとこの世をね、
満喫し終わっていると思うんだ

やり残したこと、
なんにもないくらい
君の隣でさ、
笑い続けていたいと思うんだ

この胸が脈打つうちは
君をまだ守っていたい
生きる意味なんてそれでいいの
もう一つ、もう一つって
同じ涙を数えて
僕らはまたお互いを知るんだ

高鳴る鼓動が伝えてく
重なる音と流れる想いを
もう離さないと約束しよう
いつでも君が寂しくないように

僕の心臓はね、
1分間にね
70回のね、
「生きている」を叫んでるんだ

でも君と居ると、
少し駆け足で
110回のね、
「愛している」を叫ぶんだ

この胸が脈打つうちは
君をまだ守っていたい
生きる意味なんてそれでいいの
もう一度、もう一度って
同じ心を重ねて
僕らはまたお互いを知るんだ

僕と君が出会えたことに
何か理由があるとするならば
運命かは分からなくても
嬉しいことに変わりはないよね

いつか僕をやめるときまで
あと何度「好き」と
言えるのだろう?
ここに居られることに
感謝しよう
ただ生きていることに
ありがとう。

高鳴る鼓動が伝えてく
重なる音と流れる想いを
愛し続けると約束しよう
心拍が止まってしまうまで



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