白石×菊丸
Fall in Love
強い奴ってのはやっぱり、それだけで格好良いっていう気がする。
強い奴ってのは、本当にそれだけで無条件に2割り増し、3割り増しに格好良く見えるから不思議なもんだ。
あの無愛想で取っ付きにくいな手塚やおちびだって…まあ、元から顔が良いってのもあるけどさ。
不二に至っては強いわ頭良いわ愛想良いわでファンとかもう凄まじいけど。
まあ、とにかく、別に自慢じゃないけど、うちのトップ3は本当に格好良い。
それに物凄く強い。
…だからかな、あの時は驚いた。
公式戦…どころか練習でさえ、手塚以外に負けたところの見たことない無敗の不二が。
白石蔵ノ介に、負けた。
「…嘘、だろ?不二先輩が…?」
「さすがの俺も驚いた。無敗の不二が負けるなど…俺のデータでは先ず有り得ない。…まさか、手でも抜いたのか?」
「…違う、違うよ、不二が手なんて抜くわけないでしょ。白石が、強かっただけ」
「…っ…!?エージ先輩っ!」
試合直後、まだ事実が受け止め切れていないみんなが、応援席で会話しているのに一言だけ呟いて、俺は走り出した。
…白石のところへ。
不二が手を抜いたわけでもなく、白石が実力で勝ったことくらい見ていればわかる。
純粋な、興味だった。
あの不二を彼処まで追い詰めた白石は、敵だけど、素直に格好良いと思った。
「…あ、ねえ!白石っ!」
「ん?あれ、菊丸くん?」
「…あれ?俺って白石に自己紹介したことあったっけ?」
そして目的の人物を見つけて声を掛ければ、ちょっと予想外の返答が返ってきて驚いた。
試合にも出てないし、白石くらい強い奴なら俺のこと知らないかもって思ってたから。
「全国区のゴールデンペアの菊丸英二、なんて有名やのに知らんわけないやないか」
「…あ…」
「ん?どないした?」
ヤバい、と思った。
そう言って優しく微笑んだ白石を見て、その、たった一瞬で、
………恋に落ちた。
本当に一目惚れってあるんだな、と今物凄く実感した。
何がどうってわけでもないし、会話をまともにしたことすらないけど、でも、好きだと思った。
「…ううん、ただね、すごく…嬉しいな、と思って」
知らず知らずに笑顔になる顔を抑えられないまま、俺は素直にそう答えていた。
すると一瞬驚いたような顔をした後、さっきより優しい笑顔で、また再び予想外なことを口にした。
「…ん、聞いてた通り…いや、それ以上に、菊丸くんは笑顔が似合う。…可愛いな、君は」
言いながら、俺に近付いてわしゃわしゃと頭を撫でてきた。
頭を撫でられるのは嫌いじゃないけど、好きな人がしてくれてるってだけで凄く嬉しい。
「そう、かな?…ありがと、」
「はは、素直でええな」
そう言って暫くそのまま頭を撫で続けていた白石が、ふっと真面目な雰囲気を漂わせて、俺に問いかけてきた。
「なんや、負け無しの親友倒されて文句の一つでも言いにくるんかと思っとったのに…違うんか?」
「どうして?お互い本気で戦って決まった勝負でしょ?俺が言うことなんて何もないよ。…ただ、」
その先をなかなか口にすることが出来ないのは、きっと俺が白石を意識しているから。
意識していない相手に言うのは簡単なのに、好きな人というだけでこんなにも難しい。
「…か、格好良かったっ!」
赤くなっているであろう顔を隠すようにして俯いて、小さく深呼吸をする。
それから勇気を振り絞って、叫ぶように言うと、顔も見ずUターンをして走り出した。
「待て待て、言い逃げっちゅーんはズルいんとちゃうか?」
「…わっ、」
…と、思ったのに、気付いたら白石に腕を引かれて振り向かされて、ついでに抱き締められていた。
「おおきに、菊丸くん」
「あ、うん…っていうか、その、なんでこんな体勢…?」
「なんで、ってそりゃ菊丸くん、離したら逃げてまうやん」
な?なんて超至近距離で見つめられたら、俺の心臓がもう爆発寸前なんだけどな…。
ともかく、たったこれだけで、心臓バクバクな俺だけど、折角呼び止めてくれたんだから、もうひとつだけ。
「…じゃあ、逃げないから、俺のお願い、聞いてくれる?」
「もちろん、俺に出来ることやったら何でも聞いたるで?」
「…名前で、呼んで欲しいな」
少しずつでも、白石と…仲良くなれれば、今はそれでいい。
「………英二?」
「…っ、うん…」
…けどやっぱり、名前呼ばれただけで心臓バクバクするなんて、ちょっと前途多難かな。
「…うーん、けど、なんや違う気ぃすんねんな…」
「………?」
「せや、英ちゃん、にしよか!」
なんて俺の気持ちを知ってか知らずか、そんな提案をしてきた。
…けれど、なんだかその暖かい響きと嬉しそうな白石の声を聞くと、もう何でもいいって気になる。
「可愛くてぴったりやん。な?」
「そう?…ありがと」
「ほんなら、英ちゃんもいつか俺のこと、名前で呼んでや?」
白石がそう言って、ぽんぽんと俺の頭を撫でて体を離したのと、四天宝寺のみんなが白石を呼ぶ声がしたのは、同時だった。
「ほな、またな英ちゃん!」
「うん!またね!」
たった数分の出来事だったけど、俺にとっては人生を左右する大きな数分だったと思う。
白石の背中を見えなくなるまで見送って、次にまた逢えるのはいつだろうと楽しみにしながら、俺も仲間たちのところへ駆け出した。
*2011/04/18
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